1964年の東京五輪(オリンピック)では、「水の女王」と呼ばれたのオーストラリア水泳女子のドーン・フレーザー選手が金メダルを獲得しました。
競泳女子100メートル自由形で、史上初の五輪3連覇を成し遂げたのです。
当時の写真を見ると、メダルを首から提げたフレーザー選手は、腕を高く上げ柔らかい笑みを湛えています。
ふんわりとした印象の表情からは想像し難いですが、五輪直前に最愛の母を交通事故で失い、文通で親しくした日本の友人を自死で亡くしたとそうです。
調べるうち、13歳の時水泳を教えてくれた兄とも病気で死に別れていました。
百戦錬磨の強者もメダルのかかる試合の前夜は一睡も出来ないと聞きます。
実際、決勝2時間前に喘息の発作を起こしたというから、緊張の波は尋常ではないと分かります。
身一つで水中の速さを競うトップレベルのレースに、呼吸困難の体で挑んだ、まさに命懸けのチャレンジは、初めて1分を切るという胸のすくような結果を導きました。
心技体が結実した奇跡でした。
私は、これ程の心の疲労や体の不調の極限を身に受けたことはありません。
国民の期待を一身に負い、逃げ出したくなる弱い気持ちに堪え、誰も超えたことのない限界のラインに孤独に立ち向かうことで、心は忍耐により磨かれ、体はどんなピンチにも怯まない逞しさを備えていったに違いありません。
ドーンさんの手に納まるカンガルーの縫いぐるみを、実は私も持っています。
高校3年の夏、オーストラリアに留学したとき、私がテニス好きだと知ったホストファミリーが「お土産に」とプレゼントしてくれました。
初めての国。慣れない英語で意思を伝える心の強さなどありませんでした。
けれど、そばにいつも誰かがいて、自分の事より私の事を真っ先に考えてくれる友人や先生に囲まれていました。
ホストファミリーの垣根のない大らかな愛に包まれ、どんな場面でも心細さを感じることはありませんでした。
鋼のような精神を持つ彼女も、自分を慈しみ支えた家族の願い、心を通わせた異国の友の励ましが、肉体を離れても存在する魂のように、彼女の原動力となって、心が震える勝利を導く最後の踏ん張りを生み出したと思います。
人の心を強くするのは、不安に怯える心にそっと寄り添うこと、笑顔一杯でハグするようなあたたかい愛情で、純粋に相手を気遣い、包みこむことだと改めて感じます。
彼女自身、自分を優しく迎えてくれた日本での記憶から、他者に寛容な日本の文化を学んで欲しいと話します。
お互いを知って相手の立場を理解しようとする過程に争いなど起こりようがないのです。
河崎凌
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