月別アーカイブ: 2016年7月

山小屋で鮨詰めになって寝る必要もない

仲間と男体山に登ろうという話になり、朝、東武日光駅に集合した。
二荒山神社中宮祠前でバスを降り、境内を抜けると男体山に登る登山口がある。
白い着物に赤い袴を履いた若い巫女がいたが、鬱蒼とした森に囲まれた神社で見る巫女の姿というのは、いつにも増して可憐かつ清楚で、何か惹きつけるものがあった。

余談だが、巫女カフ產後脫髮ェというのが秋葉原にできたらしい。
気持ちは判る。しかし、これは邪心の塊・・・店員も客もとんだ罰当たりである。

さて、二荒山神社中宮祠の朝の冷たくて清々しい空気を吸い、爽やかな巫女の姿を眺めながら、神社受付で入山料を払い、登山者名簿に名前を書いた。
境内を抜けて神殿横にある鳥居をくぐって登り始めた。男体山の山頂には、二荒山神社の奥宮がある。男体山は、あくまでも神の山、霊山なのであった。

男体山の登山はつまらない。山の斜面をただ登るだけ、ひたすら真っ直ぐに登り続けるだけ、直登である。道もかなりの距離、階段状になっていたように思う。
もともとがガレ山なので、足元も悪い。登りには4時間近く掛かったような気がする。4時間、ひたすら登り続けた。

霊山なので、信仰の厚い人は年に何回も登るらしい。週に1回ペースで登る人がいて、1000回以上も登っている人がいたと思う。
まあ、私は不信心者なので、二度と登ろうとは思わなかったし、人にも勧めない。
ただ、奥日光のどこからも男体山が望めるように、男体山からは中禅寺湖を始めとして戦場ヶ原を眼下に見渡せ、奥日光の山々を遠くに望むことができる。

男体山を同じルートで下山し升降桌、二荒山神社中宮祠前から再びバスに乗って、終点の湯元温泉で降りた。日も落ちかかっていた。
予約してあった小さな旅館に投宿した。

翌日は、早朝に起きた。旅館の朝食時間には早かったので、おにぎり弁当を用意してもらって旅館を出発した。
湯ノ湖の西岸を周り、湯滝から湯川に沿って戦場ヶ原を下って赤沼に抜けた。整備された平坦な散策路を、鼻歌を歌いながら、お喋りしながら歩いた。

湯滝から泉門池への道の途中ではなかったかと思う。前を歩いていたSが突然、「ぎゃっ!」という声を上げた。
どうしたのかと思い、みんなが足を止めた。
Sが道の上に伸びた木の枝を指差している。そこから蔓のようなものが垂れ下がっていたのだが、よく見ると蛇だった。

「何だ、蛇じゃねぇか」
他の4人が蛇ごときで何を騒いでいるのだと、Sの横を抜けて蛇の巻きついた枝まで進むが、Sは枝の5メートル手前で凍りついたまま動こうとしない。まさにフリーズしていた。
気を取り直したSは、蛇の下を迂回して道の端を怖々と歩いてきた。
それからひとしきり、Sが蛇が苦手だという話題で盛り上がった。蛇を怖がるのは女の子くらいのものかと思っていたが、人は見かけによらない・・・

戦場ヶ原の木道を歩いたのは、この時が初めてだった。
それ以前に、同じ仲間と尾瀬に行ったことがあったが、乾燥化の進んでいる戦場ヶ原にはあまり興味をそそられなかった。
しかし、その後、何度か戦場ヶ原を訪れるうちに、小田代原を含むこの一帯の四季の美しさに惹かれるようになった。
尾瀬に比べれば遥かにアクセスも良いし。

07/4/10「奥入瀬に若葉の美しさを思ふ」升降桌にも書いたことがあるが、ゴールデンウィークの頃には奥日光でも水芭蕉を見ることができる。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者gyafjangshu 16:45 | コメントをどうぞ

 伊藤さんは天性のジャンプ力を武器に世界に挑み続け

技術点では高い評価を得たものの、いつも芸術点で苦渋を舐めてきた。1988年のカルガリーでは、伊藤さんは5種類の3回転ジャンプを成功させたが5位に甘んじた。
 この大会で優勝したカタリーナ・ビット<企業培訓課程は、ピョンピョン跳ねているだけのゴム鞠だと伊藤みどりを評した。演劇を学んでいたビットの「カルメン」に乗せた妖艶な演技は、確かに素晴らしかった。

 しかし、ユーチューブで改めて20年前の二人の演技を見比べてみると、表現力に頼るビットのスケーティングが意外に古臭いことに気づく。一方の伊藤さんは、演技は確かに荒削りだが、スポーツとしてのスケーティングの高い技術力が今見ても決して古びていないのである。
 二人の演技を見比べたい方は、違法画像ではあるが、1988、Olympics、Midori Ito、Katarina Witt という検索ワードをユーチューブで組み合わせれば見ることができる。

 伊藤さんはその後、技術力に加えて演技力を磨き、1989年の世界選手権、1992年のアルベールビルで大会史上初のトリプルアクセル、3回転半ジャンプを決め、世界選手権では金、オリンピックでは銀メダルを見事手にした。オリンピックでは、オリジナルプログラム(ショートプログラム)の失敗がなければ、金を手にしていたのではないか。
 正直、伊藤さんは欧米人のように容姿が優れDR REBORN黑店ていたわけではないが、アルベールビルではラフマニノフのピアノコンチェルト2番の曲に乗せて、大人の演技力を身につけていた。

 伊藤さんは、カルガリーで難易度の高い3回転ジャンプを決めるたびに、思わず何度もガッツポーズをとった。カタリーナ・ビットのいう芸術としてのフィギュア演技からすれば、粗野な行動であったかもしれない。
 しかしそのガッツポーズは、それまでショーの要素の強かった女子フィギュアを高度な技術のスポーツに変えた伊藤さんの、審査員に対する挑戦のシンボルでもあったような気がする・・・

 オリンピックは国威発揚の場でもある。そのためフィギュアのような採点競技では、審査員が自国や同じ文明圏の選手には甘く、敵対国家やライバル国家、異民族の選手に対しては、露骨に厳しい採点をするのが当たり前に罷り通っていた。
 これが大きな問題となったのが2002年のソルトレイクシティで、採点の不正疑惑が持ち上がり、より客観的な採点方式が採用される契機となった。

 現在の採点は技術点と構成点からなっていて、技術点はジャンプ、スピン、スパイラル、ステップなどの技の難易度による基礎点と、それに対する加減点を積み上げていく方式になっている。高得点を稼ぐには多彩で高度な技術が必要で、新採点方式に合わせて育成された浅田真央さんのような若手が台頭してくる契機となった。
 改めてそうした目で昔の演技と見比べてみると、現在の女子フィギュアがいかに技術的に高度なスポーツとなっているかが判る。

 旧世代に属する荒川静香さんが、現在の採点方式に合わせるために相当な苦労をしたという話をトリノの時にテレビで見たことがある。それでも元来天才肌の荒川さんは、練習によって高得点の技術をマスターし、トリノでの金メダルに結びつけた。

 フィギュアの採点はとても専門的で、私のような素人が観ていてもさっぱり判らない。採点は判らなくても、荒川さんの演技が素晴らしいことだけは判る。
 荒川さんといえばイナバウアーだが、このイナバウアーはステップにもスパイラルにも含まれないために、演じても得点にはならないのだそうである。ところが荒川さんは、観客が彼女のイナバウアーに感動してくれるという一点からトリノでも演じた。

 荒川さんの秀美ともいえるイナバウアーが、実は観客に対するサービスのためだけにあるというのも、いかにも荒川さんらしくて嬉しい。彼女にとってのフィギュアは、ただの純粋なスポーツとは割り切れないものなのかもしれない。
 女子フィギュアはショーかスポーツか?

 やはり、是非とも荒川静香のイナバウアーを観に行かなければHKUE 認可性ならなかったのである・・・

カテゴリー: 未分類 | 投稿者gyafjangshu 18:00 | コメントをどうぞ