フェデラーとナダル

ロジャー・フェデラー(スイス)と並んでグランドスラム20勝で最多優勝回数タイに並んでいるのはラファエル・ウナダル(スペイン)ですが、実は全仏13回、全米4回、ウィンブルドン2回、全豪1回とクレーコートの全仏に偏っています。全仏での成績は100勝2敗(1棄権)と勝率98%で驚異的な強さです。

グランドスラムにオリンピックを合わせた5大会制覇をゴールデンスラムと言いますが、セレーナ・ウィリアムズ(米)はシングルス、ダブルス両部門でこれを達成している男女唯一の単複両達成者です。ダブルスでは姉のビーナスと組んで2000年のシドニー五輪を経て2001年の全豪で達成、シングルスでは2012年のロンドン五輪で達成しています。

史上最長試合とされる「ウィンブルドン選手権2010年の男子シングルス1回戦」は、ジョン・イズナー(米)とニコラ・マウ(仏)が3日間にわたって11時間5分の試合を行い、なんとスコアは6-4、3-6、6-7、7-6、70-68でした。第3、第4セットがタイブレークで最終セットがゲームカウント70-68という驚異的な記録です。

1981年、ウィンブルドン男子シングルスで初優勝したジョン・マッケンロー(米)はこの年、同男子ダブルスでも優勝し単複同時優勝の快挙を成し遂げています。

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ナブラチロワのボックスセット

ウィンブルドン女子シングルスの最多優勝回数はマルチナ・ナブラチロワ(チェコ・米/1978-79、82-87、90)の9回でシュテフィ・グラフ(独/1988-9、91-93、95-6)とセレーナ・ウィリアムズ(米/2002-3、9-10、12、15-16)が7回で続いています。

シングルス、ダブルス、混合ダブルスすべての部門においてグランドスラムを達成することを「ボックスセット」といいます。この栄冠を手にしたのは2021年現在、女子で3名のみです。オープン化前ではドリス・ハート(米)が1947年(全英ダブルス)→1954年(全米シングルス)にかけて史上初の達成者となっています。2人目はマーガレット・スミス・コート(豪)で1960-1964 (オープン化前)、1968-1973 (オープン化後)とダブル達成、3人目はマルチナ・ナブラチロワです(1974-2003)。男子達成者はいません。

ウィリアムズ姉妹はウィンブルドンの女子シングルスで二人合わせて12回優勝しています。そのうち4回が姉妹での直接対決で、妹のセレーナの3勝1敗と勝ち越しています。

テニスのウィンブルドン男子シングルスの最多連続優勝回数はスウェーデンのビョルン・ボルグ(1976–1980)とスイスのロジャー・フェデラー(2003-2007 )がそれぞれ5連覇を成し遂げています。

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ナブラチロワの復活

1994年に現役引退をしたマルチナ・ナブラチロワですが、その後2000年に現役復帰して、2003年のウィンブルドンでは混合ダブルスで優勝しています。この優勝でナブラチロワはウィンブルドン20回優勝の偉業を達成しています。

ウィンブルドン女子シングルスの最多優勝回数はマルチナ・ナブラチロワ(チェコ・米/1978-79、82-87、90)の9回でシュテフィ・グラフ(独/1988-9、91-93、95-6)とセレーナ・ウィリアムズ(米/2002-3、9-10、12、15-16)が7回で続いています。

テニスのウィンブルドン選手権でビョルン・ボルグ(スウェーデン)は男子シングルスで初優勝した1976年は1セットも落とさずにパーフェクトで優勝しています。その後5年連続の5連覇を成し遂げています。

テニスの4大国際大会のうち2大会で5回以上優勝しているのは、ビョルン・ボルグ(スウェーデン)、ピート・サンプラス(米)、ロジャー・フェデラー(スイス)の3名がいます。ちなみにフェデラーは3大会で5回以上優勝し、四大大会は合計20勝でナダルと並ぶ最多記録になります。

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ボルグと恒久の白い帽子

ウィンブルドン選手男子ダブルス決勝の史上最長時間は、1992年、ジョン・マッケンロー(米)&ミヒャエル・シュティヒ(ドイツ)組とジム・グラブ&リッチー・レネバーグ組(ともにアメリカ)の試合で記録した5時間1分で5-7, 7-6, 3-6, 7-6, 19-17 で接戦を征したのはシュティヒ&マッケンローの独米連合でした。

ウィンブルドン5連覇を果たしたビョルン・ボルグ(スウェーデン)は日本でもTV-CMに出演するなどお茶の間でもなじみ深くなりましたが。3連覇中に日本のTV-CMに登場して、Sunkist DrinkのCMでは「ウィンブルドン3連覇」というナレーションが流れたのが印象的でした。HondaのスクーターLeadのCMにも登場しています。

テニスのウィンブルドン選手権での日本人の優勝(1968年のオープン化以降)は、いずれも女子ダブルスで2回あります。1975年の沢松和子&アン清村(米)組と2003年の杉山愛&キム・クライシュテルス(ベルギー)組です。 杉山愛は2000年、2001年と決勝進出し3度目のチャレンジでのタイトル獲得でした。

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レンドルが達成できなかったもの

チェコ出身のイワン・レンドル(現米国籍)は、テニスの世界ランキング1位連続在位「157週」の記録を持っていますが、実はウィンブルドン選手権での優勝は一度もなく(2度決勝進出)、全豪で2勝、全米では3勝、全仏でも3勝していますが、グランドスラム最後の砦、ウィンブルドンに栄冠を阻まれています。

ウィンブルドン男子でシングルス&ダブルス同時優勝最多回数はジョン・マッケンロー(米)が1981、1983、1984と3回も記録しています。 その時のペアを組んだのはいずれもマッケンローのダブルスの盟友ピーター・フレミング(米)でした。

ウィンブルドン女子ダブルスの最多優勝回数はマルチナ・ナブラチロワ(チェコ・米)の7回ですが、同じペアでの最多優勝はウィリアムズ姉妹で6回の制覇があり(2000、2002、2008-9、2012、2016)決勝進出した試合では無敗です。

2003年日本人テニスプレーヤーの杉山愛は、女子ダブルスで全仏とウィンブルドンでグランドスラム2連勝を達成しています。この年は全部で8つのダブルス・タイトルを獲得、ダブルス・ランキング1位にも返り咲いています。

カテゴリー: テニスプレーヤーの記録 | 投稿者tennislove15 15:41 | コメントをどうぞ

ボルグとマッケンロー

1981年、ウィンブルドンで6連覇がかかったビョルン・ボルグ(スウェーデン)の優勝を阻止したのがかのジョン・マッケンロー(米)で前年の決勝で敗れた雪辱を果たしています。
2年連続で一進一退の攻防を続け、一勝一敗のライバル同士ですが、物静かなボルグに対して、時には感情を顕にするマッケンローは対照的で性格が正反対の二人による決勝は当時話題を呼びました。しかし日本のファンを驚かせたのは、その後二人揃ってTV-CM登場、日清サラドレのコマーシャルでは仲の良さそうな様子で共演していました。
同じくウィンブルドン女子シングルスでライバル同士だったのが、ウィンブルドン女子シングルスの決勝戦で最多対戦の組み合わせとなったクリスエバートとマルチナ・ナブラチロワで5回決勝で対決しています。いずれもナブラチロワが勝利しています。ちなみにナブラチロワのウィンブルドン初優勝はそのクリス・エバートと組んだ女子ダブルス(1976)でした。

カテゴリー: テニスプレーヤーの記録 | 投稿者tennislove15 08:59 | コメントをどうぞ

ウィンブルドン男子シングルス最多連続優勝は?

テニスのウィンブルドン男子シングルスの最多連続優勝回数はスウェーデンのビョルン・ボルグ(1976–1980)とスイスのロジャー・フェデラー(2003-2007 )がそれぞれ5連覇を成し遂げています。ウィンブルドン男子ダブルスで最多連続優勝回数の6連覇と最多優勝回数9回を誇るトッド・ウッドブリッジ(豪)はウィンブルドンの混合ダブルスでも1994年にチェコのヘレナ・スコバと組んで優勝しています。1994年に現役引退をしたマルチナ・ナブラチロワですが、その後2000年に現役復帰して、2003年のウィンブルドンでは混合ダブルスで優勝しています。この優勝でナブラチロワはウィンブルドン20回優勝の偉業を達成しています。テニスの4大国際大会制覇のグランド・スラムを既に達成し、残りオリンピックを制覇すればゴールデン・スラム達成に王手がかかっている選手は3名います。男子のノヴァク・ジョコビッチ、ロジャー・フェデラー、女子ではマリア・シャラポアですが、シャラポアは2020年2月に引退を表明しています。

ラグビーの点数ですが現在はトライ5点、ゴール2点ですが、1992年まではトライは4点でした。もともとトライは0点で、トライ後のコンバージョンゴールを決めるための権利みたいな意味合いでした。バレーボールは以前は1セット15点でした。ただしサーブ権がないと点数が入らないサイドアウト制で、延々と点数が変わらないジュースゲームを繰り返すという状況もありました。サッカーやラグビーで一人の選手が人試合で3ゴール決めることをハットトリックと言いますが、これはもともとクリケットの用語で、ボウラー(投手)が打者を三者連続ウィケット(アウト)にすることで、難易度が高く、これを成し遂げた場合賞として帽子(ハット)が贈られていたことに由来しています。柔道はあるデータによると国内の競技人口は約20万人で、フランスの60万人やドイツの18万人、オランダの5万人とヨーロッパ勢の数字に押されています。フランスで人気なのは柔道が日本の礼儀・精神を重んじるものと違い楽しめるスポーツとして発展していったっことにあると言われています。

カテゴリー: テニスプレーヤーの記録 | 投稿者tennislove15 18:59 | コメントをどうぞ