家族間の呼び方は、難しいものがあります。
「お兄ちゃん」などという呼び方には、生まれた順番と性別だけでなく、役割まで付いています。
どうも、そこには、相手との立場の関係をはっきりさせたい、という、「日本人の文化」があります。
小学生が一番嫌いな教科は国語だともいいます。
これは教え方がまずいのと、日本人は以心伝心が好きだということもあります。
おじいちゃんが「うん」というとおばあちゃんがお茶を持ってくる、というような……。
おしゃべりを楽しむ、ということでは、言葉が乱れるのはいいことなんです。
乱れが潤滑油になって、人間的な温かみ、個性が出ます。
そのために発明された言葉はかなりあります。
親の立場では、乱れを正さなければならないでしょうが、正したからといって悪くはない、という表裏の思考を、子育てをしている方は持っていると思います。
私は娘と友達のように会話をしています。
正しい言葉をわからせてあげた上で、状況によって乱れるのは大切なこと。
私と姑(しゅうとめ)の間に敬語はありません。
わざと言葉を崩したんです。
そういう中で一人っ子の娘が育ちました。
娘が試験で悪い点をとったときでも「もうチョイ、だったわねえ」なんて言えます。
そこで子供は「今度は頑張ろう」と。
家庭の中でも、オープンにしゃべらなければ伝わりません。
私も状況に応じて乱暴な言葉を使いますが、若い人が言葉の基礎がわからないで言っているのはこわいな、って思います。
湯村紗瑛