日別アーカイブ: 2021年6月6日

そう言うとクービルは剣を手放し

そう言うとクービルは剣を手放し、崩れ落ちるように横たわった。

「後で人を寄越して、丁寧に埋葬させる。あばよ。」

ハンベエはクービルに軽く会釈してエレナの待つ陣地に戻って行った。

 

「しかし、見えるもんだな。くっきりと見えたぜ。」

本陣に向かいながら、ハンベエは思いだしたように独り言を言った。

はて、見えるとは何の事か。或いはハンベエはクービルの放った真空の刃が見えたのだろうか。見えないと断言は出来ない。空気は見えないとされるが空中には様々な微粒子が浮いているはずである。埃などは眼に明らかであるが、他のものも多数有るはずだ。それらの物は実は意識されないだけで眼に映っているいるのかも知れない。真空の刃は空気に裂け目を生じる。とすれば、そこだけが周りの空気と異なった状態になる。それをハンベエの異常に研ぎ澄まされた感覚が捉えた、という事は有り得る。 いずれにしても途中までは互角の勝負であった。クービルが必殺と信じて両撃風刃殺を出そうとせず、通常の攻撃防御に努めていたら勝負はどう転んだか分からない。とハンベエは思っていた。

(生と死を分けたのは結局運か? クービルが必殺技などに頼らぬもっと辛抱強い、用心深い性格であったら、或いは敗れていたやも知れぬ。)

勝負の後の反省はハンベエの癖である。感心な事にまだ修行中の心は消えていないようであった。

「ハンベエ、生きてるって事は勝ったって事だな。」

王女の天幕の前でまだ立っていたヒューゴが声を掛けて来た。

「当たり前じゃないかあ。ハンベエが負けるわけなんて無いよお。」

ヒューゴの隣でロキが当然のように言う。天幕の周りには侍女達が閉め出されたままであった。かなりの時間が経っているはずであったが。

「王女は。」

ハンベエは首を捻って誰ともなく尋ねた。

「待っておいでだよ。ハンベエが来たら、中に入ってもらうようにとの事だ。」

ヒューゴが答えた。腕を振るう相手をハンベエに持って行かれた憤懣か、少し面白く無さそうである。

黙って、ハンベエは天幕の中に入っていった。

エレナは天幕の中央で端座し、膝にハイジラの頭を乗せて彼女の髪を撫でていた。ハイジラが裸にされたのかどうか不明だが今は服を着ていた。

「又斬り合いをされていたようですね。」

入って来たハンベエを見てエレナは言った。別に咎める気は無いようで、他意の無い口調だ。

「うん、相手は十二神将のクービルって奴だ。もう片付けたが、王女の首を取りに来たって言ってたいた。」

「それでは私が御相手をしてあげなければいけなかったのでは。」

思わぬ言葉がエレナの口を突いて出ていた。冗談めかした声音ではなく、かと言って文句がある様子でもない。ただふと思った事を言ってしまったという様子であった。

「うーん、無礼な事を言ってしまうけど、王女の手にはまだ荷が重かったかも知れない。」

「そうですか。今回もハンベエさんのお陰で命拾いと言う事ですね。重ね重ねお礼を言います。」

「うん、素直に礼の言葉を貰って置こう。」

とハンベエは言った。気のせいか、眼前のエレナに以前に比べて明るい雰囲気を感じて皮肉を言う気も失せてしまっていた。

「それで、その娘。」

とハンベエは話を変えた。「衣服を脱がせて調べました。ハンベエさんの心配していた物はこれ一つですね。服の襟の内側に縫い付けられた鞘に収まっていました。」

エレナは柄も併せて十五センチほどの細身の短剣を手に取って見せた。切っ先の鋭い両刃の物で、柄まで一体の鉄で出来ている。

「一本だけか。守り刀と言ったところか。」

「それより、この子の身体ですけど、あちこちに小さな切り傷、刺し傷が有りました。どれももう塞がっている古いものですけれども。」

「なるほど。」

とハンベエは腕を組んだ。あの異常なハイジラの脅えよう、『お仕置き』という言葉。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 21:35 | コメントをどうぞ