と山南の立場を悪くしたとか、山南の人徳に嫉妬したとか。沖田も優しそうに見えて、冷酷だとか。
「や、止めましょうよ…。trust and company services 根拠の無い話は」
「そうだぜ。俺らには分からない事だってあるだろうよ」
馬越と山野が隊士達を諌めるが、全く聞く耳を持っていない。
それを黙って聞いていた桜司郎だったが、やがて我慢が出来ずに立ち上がった。
それに驚いたように山野と馬越が桜司郎を見上げる。
「副長は、沖田先生はその様な方では無いです…。昔からの仲間が切腹するんですよ、悲しくない訳が無いじゃないですか!」
その脳裏には苦悩に苛まれる土方や、脱走を知った時の呆然とした沖田の表情が浮かんだ。
彼らはそれを知らないとは云え、その覚悟が馬鹿にされた気がして嫌だった。
「何で鈴木が怒るんだよ。…嗚呼、分かったぜ。その面構えだから、さぞや可愛がられてんだろ」
下卑た笑いを向けられ、桜司郎は拳を握る。自分が馬鹿にされるのは構わないが、土方や沖田が馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
言い返そうとしたその時、廊下へ続く障子が一息に開けられる。
そこには降り続く雪のように冷たい視線を此方へ向けながら、斎藤が立っていた。
「…この様な日に、よくも下らぬ話が出来るものだ。恥を知れ。士道不覚悟で腹を詰めたいのか」
斎藤の登場に噂の中心だった隊士は慌てながら弁明をしようとする。それに興味が無いと云ったように斎藤は目を細めた。
「言い訳など、どうでも良い。早く寝ろ。明日は山南総長の葬儀だ」
絶対零度のような有無を言わさない言葉に、隊士達は素早く布団に潜る。立ち尽くしたままの桜司郎へ斎藤は視線を向けた。
「何をしている。あんたも部屋へ戻れ」
桜司郎は小さく頷くと、廊下へ出る。数歩進んだところ、斎藤はその背へ話しかけた。
組頭から贔屓されていると、桜司郎が一部の平隊士から疎まれていることに気付いていたのである。
その為、彼らの目の前で堂々と話しかけては更に溝を深めることになりかねないと判断し、部屋の外へ出したのだ。
「…沖田さんは立派に介錯を務めた後、飛び出した。恐らく一人になりたいのだろうが、羽織は勿論の事、草履すら履かずに行ってしまった」
それを聞いた桜司郎は空を見上げる。容赦なく身を切るような冷たい風が吹き、雪を舞い上げた。へ行かれたか分かりますか」
「分からぬ。ただ、この雪の中…裸足では遠くには行けまい。俺はこの後、処理がある 追い掛けられない。…頼めるか」
斎藤の言葉に頷くと、桜司郎は弾かれたように庭へ降りる。そして玄関へ向かうと沖田の分の草履と傘を持ち、前川邸の門を飛び出した。何処から探せば良いのかと壬生寺の前を通ると、寺の前に人影を見付ける。
しんしんと降る雪に溶け込むように、沖田は壬生寺の式台に顔を伏せて座っていた。
「沖田先生…ッ!」
直ぐに見付けられた事に安堵しつつ、桜司郎は傘を片手に駆け寄る。
沖田の肩や頭には雪が積もり、耳は真っ赤になっていた。
「来ないで、下さい…ッ。どうか、一人に……」
切実なる叫びに桜司郎の足はぴたりと止まる。沖田の肩は小刻みに揺れ、泣き声を押し殺すような息が聞こえた。
一人になりたいという気持ちは理解出来る。しかし、この極寒の空の下で長時間放っておけば命に関わってしまうだろう。
それに、今の沖田を一人にしたくないと思った。
もう一度拒絶されたらその時は大人しく引こうと決意し、恐る恐ると歩みを進める。