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転がボールを投げ

子供のいない伯母の実家は跡継ぎのいない金持ちだった。
親が勧めた養子縁組に、未成年の聡一の意思が入り込む余地は、どこにもなかったのだという。
理由は簡単だった。
聡一の父親が、立ち行かない事業に油を注ぎ込むように、大金を借りていたからだ。
悪い話じゃないだろう?と、親だけではなく周囲の親戚も言った。

「君は進学校に通っているのに、大学進学を諦めるというじゃないか。すぐに働くのが悪い肌肉 線條というわけじゃないが、勿体ないな。別に赤の他人の家に入るわけじゃないんだから、少し考えてみたらどうだね?」

養子縁組と同時に、待ちかねたように伯父のほうの親類と結婚話が持ち込まれ、早々に決まった。
親の借金も反故になり、聡一の未来は約束された。

「今時、家に縛られるなんてドラマだけの話だと思うだろう?俺もそう思ったよ」

聡一はじっと春美を見つめた。

「卒業と同時に、俺の名前はおまえの知る「宮永」から伯母の嫁ぎ先の「芳賀」になったんだ。言ってたろ、昔。放課後は女に会うって」
「あ……はい」

悲しくてたまらなかった昔が、フラッシュバックする。
問わず語りのように聡一の話は続き、春美と聡一の間にあった果てしなく深かった溝が少しずつ埋まってゆくようだ。
いくら聞いても応えてくれなかった、聡一の過去がそこにあった。

「最初、嫌われるつもりで会いにいったんだ。縁談だったら向こうから、断らせればいいんだと思ってガキなりに、懸命に新陳代謝慢考えたんだ。その子、今の女房なんだけど……驚くほど性格が春に似てた。一生懸命なんだ、何にでも。どれだけ冷たくしても、一生懸命無理して笑ってるところか……まるで春そのままの性格だった」

そんな話、不愉快なだけだ。

「あいつには生まれつき心臓に欠陥が有って、学校にもまともに通えてなかったんだ。それで結婚相手も、心配した親が決めたんだな。俺の最後の夏の試合、テレビで見てたんだとさ。初恋だったんだそうだ。初めて会った日に、一度だけ会ってみたいと、わがままを言ったら会えましたって、涙ぐんでた。正直、それを聞いたときは、悪い気がしなかった」

胸が重くなる。

「担架にかきついて、わんわん泣く春がすごく可愛かったって言ってたぞ。DVDに焼き直ししてあるから、今も家にある。その頃の春美は、色が白くて女の子のようだったな」

懐かしむように、聡一がつぶやいた。
中等部の試験日、二人は初めて言葉を交わした。のになんの不思議もなく少女だと思った。

「その春が、今やいっぱしの営業だ。」
「限界ですけどね……。復帰したばかりだけど、この通り足がもたないんで、悔しいけど今の仕居屋二按事は辞めなきゃと思ってます」
「やめなくていい。違う部署に移動させてやる」

何を言ってるんですかと、ちょっと春美はイラついた。
たかだか、2年しか違わない聡一に人事権などあるはずも……

「……あっ」
「わかったか?副社長の名前、思い出した?」
「は……がって、そうなんですか」

カテゴリー: 未分類 | 投稿者luckryer 12:58 | コメントをどうぞ