水泳・北島康介選手(金メダル2冠)/出羽俊明

モチベーション—。

それは、競泳男子平泳ぎの北島康介選手(日本コカ・コーラ)が、北京五輪の前のアテネ五輪で2個の金メダルを獲得した後に失った最も大きなものだったそうです。

北島選手は2003年の世界選手権で100メートルと200メートルの2種目とも世界記録で制し、翌年のアテネ五輪で頂点に立ちました。

王座への過酷な戦いを終えた達成感からか、ハングリーさがなくなったそうです。度重なる故障に泣き、日本選手権で負けも味わいました。2006年8月のパンパシフィック選手権200メートルでは、ライバルのブレンダン・ハンセン選手(米国)に目の前で世界記録をマークされ、大差で敗れました。

当時は「メンタル面が上がらない」とも語っていたそうです。「北島はもう終わったか」ともささやかれました。しかし、敗北を重ねて気付いたのは「五輪は特別なもの。北京しかない」という信念でした。2006年夏を過ぎて、ようやく闘争本能を取り戻しました。

北京オリンピックに向けた2年間の強化計画で再出発しました。筋力トレーニングで体を一からつくり直し、基本的な泳ぎ込みを重ねました。2007春の世界選手権は200メートルで優勝。その後左脚を痛めましたが、本来の伸びやかな泳ぎを取り戻しました。テレビのインタビューでは「目標に銀メダルはない。金メダルを狙う」と語っていました。

そして見事、2大会連続の金メダル2冠を獲得しました。

最難関の100メートルで1位になった後、「なんもいえねぇ」という明言が飛び出しました。

当時、北島選手は25歳でした。

 

出羽俊明

カテゴリー: オリンピック | 投稿者出羽俊明 14:26 | コメントをどうぞ

ハンマー投げ・室伏広治選手/出羽俊明

2008年の夏季北京オリンピックで、陸上男子ハンマー投げの室伏広治選手(ミズノ)は33歳でした。

大会前、マスコミのインタビューでは、「4年に1回の大会で、いい成績を残すことは大変だけど、そのために毎日頑張っている。すべてを懸けたい」と語っていました。

になった強い決意を示しました。五輪のタイトルだけは渡すつもりはありません。

室伏広治選手は前年の2007年、中京大大学院での研究論文作成に追われ、必ずしも練習に専念できませんでした。

大阪での世界選手権は6位となって初の世界一を逃しました。

その直後から「北京五輪に向けて新しいことにも取り組んでいる」と動きだしました。

博士号取得が決まり、この冬は強化に集中できる環境にありました。「いい練習ができれば結果は出る」と万全を期す構えで北京五輪に臨みました。

アテネ五輪でも金メダルを獲得しました。

このときは、メダルを取得した選手がドーピング違反で順位が繰り上がってのことでした。

「勝てば何でもいいという風潮がスポーツ界にある。その中で自分自身を磨く姿を見てもらいたい。アテネの一件から自分には、そういう使命があることを自覚している」と熱い口調で語っていました。

北京五輪中に実施される国際オリンピック委員会(IOC)選手委員会の選挙に立候補したのも、こうした姿勢の表れだったのでしょう。

日本のスポーツ界きっての国際派として知られる室伏さんらしいですね。

結局、北京五輪では5位入賞を果たしました。

今でも私が最も尊敬するアスリートの一人です。

 
出羽俊明

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