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吉田沙保里選手(レスリング)~出羽俊明

レスリングの吉田沙保里(よしだ・さおり)選手は、ひたすら強さを追い求めてきました。

女子55キロ級。綜合警備保障所属。

2001年12月の全日本選手権での黒星を最後に、負け知らずで北京オリンピックに臨みました。

「北京五輪も無敗のまま金メダルを取る」と圧倒的な内容での連覇を目指しました。

アテネ五輪をはさんで世界選手権で5連覇を達成。6年連続で世界の頂点に君臨し、連勝記録は100を突破していました。

当時のインタビューでは「どこまで勝てるのか、自分でも楽しみ」と笑っていました。

とはいえ、油断はありませんでした。

2007の世界選手権では、得意のタックルを返されるなど苦しい場面が目立ちました。

着実に狭まってくる包囲網に「世界のレベルは上がっている。一から自分を鍛え直す」と、あらためて気持ちを締めていました。

タックル一辺倒の戦い方から脱却し、寝技の技術の習得に励みました。

体力面の強化にも抜かりはありませんでした。日本女子の栄和人監督は報道陣に対して、「沙保里は危機感を、強くなろうという意欲に変えてきた。心技体すべてで大きくなって北京に臨むだろう」と語っていました。

当時25歳。日本が誇る無敗の女王は「世界中のだれにも負けたくない。そして、昨日までの自分にも負けたくない。強くなることにゴールはない」と力を込めました。

五輪連覇への道は、自分との戦いでもありました。

結果は、見事に金メダルを獲得しました。

さらに、その4年後のロンドン五輪(2012年)でも金メダル。3大会連続で女王となりました。

その4年後のブラジル・リオデジャネイロ五輪(2016年)では銀メダルを獲りました。
出羽俊明

カテゴリー: スポーツ | 投稿者出羽俊明 14:27 | コメントをどうぞ

ハンマー投げ・室伏広治選手/出羽俊明

2008年の夏季北京オリンピックで、陸上男子ハンマー投げの室伏広治選手(ミズノ)は33歳でした。

大会前、マスコミのインタビューでは、「4年に1回の大会で、いい成績を残すことは大変だけど、そのために毎日頑張っている。すべてを懸けたい」と語っていました。

になった強い決意を示しました。五輪のタイトルだけは渡すつもりはありません。

室伏広治選手は前年の2007年、中京大大学院での研究論文作成に追われ、必ずしも練習に専念できませんでした。

大阪での世界選手権は6位となって初の世界一を逃しました。

その直後から「北京五輪に向けて新しいことにも取り組んでいる」と動きだしました。

博士号取得が決まり、この冬は強化に集中できる環境にありました。「いい練習ができれば結果は出る」と万全を期す構えで北京五輪に臨みました。

アテネ五輪でも金メダルを獲得しました。

このときは、メダルを取得した選手がドーピング違反で順位が繰り上がってのことでした。

「勝てば何でもいいという風潮がスポーツ界にある。その中で自分自身を磨く姿を見てもらいたい。アテネの一件から自分には、そういう使命があることを自覚している」と熱い口調で語っていました。

北京五輪中に実施される国際オリンピック委員会(IOC)選手委員会の選挙に立候補したのも、こうした姿勢の表れだったのでしょう。

日本のスポーツ界きっての国際派として知られる室伏さんらしいですね。

結局、北京五輪では5位入賞を果たしました。

今でも私が最も尊敬するアスリートの一人です。

 
出羽俊明

カテゴリー: スポーツ | 投稿者出羽俊明 15:28 | コメントをどうぞ