をおも生活は

12年前に視力を失い、それから別のセンスを発達させてきた彼の行動には驚かされるものがある。

2月にサンフランシスコで行うイカット(絣)のエグジビションのために、新しい個人のコレクターを探し求め、その場で生地に触れただけでその良さに惚れ込み鳥肌を立てていた。全盲なのに、目の前の織物の色を当てることができる。明るい色だったら、そのエネルギーでわかるのだそうだ。

ランチを一緒にしていて、私がテーブルの向こうにあるナプキンに手を伸ばすと、私よりも先に彼がそれを手に取り渡してくれた。

彼は全盲のフォトグラファーでもある。マスクとパペットの博物館に行ったときは、対象に手を伸ばすものの、その手は物の手前10cmでぴたっと止まり、そこから後ずさりしてシャッターを切る。物が持っているエナジーと温度で判るのだそうだ。

私の姿を私のiPhoneで写真を撮ってくれる。私の声の方向でしっかり私を捉える。ズームアップの私の顔でさえ、しっかり真ん中に収まっていて驚かされた。

彼はインドネシア人であるもののオランダ系の血を持ち、よって独立して政権が変わったときに家族は国を出なければなかった。オランダで厳しく、それでアメリカに移住したとのことだった。そういえば、インドネシア人と言われても周りと違った肌の色にピンと来なかった。彼はどちらかといったら色白の中国人に見える。

満月の日にティルタ?ウンプルで沐浴することを誘ってくれた。彼の手を取りながら、一緒に現地の人と沐浴ごそかに行った。彼にとっても初めての経験だったらしく、たまたま彼と知り合ったことでそれができた私もラッキーだと言える。

彼はインドネシアに盲目の子供のためのスクールをサポートするプロジェクトを始めている。そのおかげで、二日ほどは一緒の時間を過ごしたけれど、後はかなり忙しくなっていた。一度、彼の古い友人宅でのベジタリアンディナーに紹介してもらった。アメリカ人とイギリス人の年配の女性で、25年前にウブドに住んでいた時のご近所さんだったらしい。

25年在ウブドの人から聞くローカルな話は、結構興味深い内容のものだった。やっぱり人間関係は『村』独特のものなのだなと思う。

彼から最後のテキストが届いた。音声変換機能があるので、テキスト会話が可能なのだ。

まもなくこの地を離れることを知らせてくれ、私と過ごした時間は大変楽しかったと強調した。そして、私の先の旅の行方を案じてくれた。


カテゴリー: 未分類 | 投稿者gooutorg 16:57 | コメントをどうぞ

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