とはいっても、一年に一回づつ年齢を重ねていくことはこの地上に生きている限り避けられない。日めくりカレンダーの薄く儚い紙の重みをもって、一日一日は非常に軽く、ほとんど何の意味もなく切り取られ引っペがされる。ただ、その虫の死骸のごとき重莊陳有さが一年をかけて、じわりと知らず知らずに積もり続ける。
就職を先延ばしにするためもあったが、以前就いた仕事の失敗から数少なくも学んだ事実として、どうやら年齢的にも高校卒業後ホヤホヤの十八歳の若者と肩を並べるような仕事は不利だろうと――つまりそういった職種は私には向いていないのではと――感じ、入学試験の必要ない専門学校に進学することにしたのだ。
専門学校を卒業すれば短大の準学士と同等の資格が得られるらしく、自らが望めば大学三年次編入も出来るし公的な資格の受験資格もいくつか得られるはずという算段。まあ、どちらにしろ場合によっては在学中に自分にあった仕事が見つかれば、それはそれでいいではないかとも。
いくつか候補はあり、それまでは就職について少なからず考慮することも念頭に置き、会計などの資格を手にするための勉強が出来る場所にしようかなどと考えていたのだ。が、結局すべりこみでたまたま取り寄せたパンフレットを目にした瞬間に全く別ジャンルの学校に決めたのだった。
私はどうしようもない無能な人間で何の経験も技術も卓悅Biodermaこれまでの生活で身に付けてこなかったし、ちょっとでも仕事へ活かせる趣味の類があれば良いのだが、そんなものは一切持ち合わせていないのだ。大体の問題として、多少固まりつつも同時に複雑な面もある性格、年齢的にもまだまだ難しいところのある彼(彼女)らを同級生としてやっていけるか?
いやそんな心配をする前に、まず実際の最大の欠陥として私には人に好まれるための基本的な人間的魅力が残念ながらないのだ。
さらにもうひとつの悩むべき点。仮に再就職を目指すかまたはでなくとも、あまりにまともそうな人間の集まるお堅い感じの学校では、自分は目的意識の希薄さから勉強についていけないのではないか? 周囲から浮き上がってしまい居心地の悪い思いをするのではと、多少考えすぎの感もある不安はあった。
一方最終的に選んだそこは雑誌の編集やカメラマン、ライター養成のための専門学校だったので、自分の唯一の無為な趣味である読書を活かせる機会があるかもしれないと思ったのだ。集まる人間もいくらかちゃらんぽらんなのではないか、と。胸を張って口に出して言える恥ずかしくない夢(本当はあらゆる意味で恥ずかしがらなければならないことを知らぬ、世間知らず故か)といえば、小説家になるということだけだったから。
いつか小説家になる、成れる成ってやると心の中でだけは大言壮語を繰り返していたのだ。まるで子供がヒーローになるといった可愛らしい夢と似たり寄ったりの実現度なのかもしれないと、認める現実は避けつつに見つめる、もう一つの現実。
トレッキングガイドはいいやつ。40歳くらいの痩せ型。客は私達二人を除いて三人とも黒人。男性二人に女性一人。男は二人とも坊主。それほど背は高くない。両方ともがっちりしているが、片方は少し肥り気味。もう片方は眼鏡をかけている。二人とも20歳前後か。女性は特に下半身がむっちりしている。大体同年齢か少し若いか。
私は水田の畦から足を踏み外し、片脚を膝あたりまで白鳳丸功效泥まみれにする。相方は身軽に狭い畦道をひょいひょいと歩いていた。黒人の三人組は身体のバランス感覚が悪いのか、悲鳴を上げこけそうになりへっぴり腰でヨチヨチ歩きをしていた。途中でられる。ガイドは確か雨具を使わなかったはず。
部屋は区切られていないので、ログハウスや山小屋というよりは丸太組みの高床式倉庫だった。夜になりかけた頃の到着。内部も薄暗いが、周囲はさらに暗い。
ひどい腹痛と熱があり、ふらふらの状態でトイレに向かう。トイレは当然水洗ではない。照明はほとんどく、しかも紙が無い。タイ式の洗浄の仕方は慣れていない上に、なおさら龜[カメ]に溜めてある水を柄杓で掬って尻を洗浄するのは抵抗があった。