「じゃあ、早く行かなきゃ。人間には動物みたいに見つめ合っただけで心が通じ合うなんて、高等手段はないの。面倒くさくても、ちゃんと言葉で言わなきゃわかんないんだよ。」
「うん、ありがと~。俺、頑張ってみる。」
そうだよ。ちゃんと伝えなきゃ。
俺はそれから勇気を出して、周囲の人に声を掛け続ける夏輝の元へと足を進めた。
「すみません。たんぽぽみたいな白い毛が、ふわふわした小犬なんですけど……」
「夏輝……。」
「……文太と一緒に居た子。……何?……何か用?文太に何か言われてきたの?」
「夏輝。俺……家出したわけじゃないんだ。」
夏輝は俺に向かって、俺の知らない冷ややかな目を向けた。
「何言ってるのかわからないよ?文太を探しているんなら、お門違いだよ。見ればわかるでしょ、俺は今忙しいし君の尋ね人はここにはいない。邪魔だからさっさと向こうに行ってくれないかな?」
誰の手も要らない。俺の欲しいのは、夏輝の手だけだ。夏輝だけが欲しかったんだ。
涙が止まらず、頬はべたべたになった。
あっちこっちで、人にぶつかりながら、雑踏の中を俺は祠のある場所に向かっていた。
俺は、心の中で父ちゃんを呼んでいた。
「とうちゃん……俺、夏輝に嫌われたんだ。どうすればいい?」
「とうちゃん、俺、夏輝がいなくなったら一人ぼっちなんだ。」
「とうちゃ~~~~ん!」
「荼枳尼神社」の祠の前で父ちゃんを呼んだ。
父ちゃんは旅立ちの前に、名残を惜しんで最後に白狐さまをあんあん言わせているところだった。
凄絶に綺麗な白狐さまは、身体の下に長く輝く髪を広げて大きく開いた足の中心で父ちゃんとつながっているのが見えた。
「あ……んっ、次郎長~~っ、おっきぃ~~っ!」
「次に会うまで、俺を覚えていろよ。ふんっ。この刻み込んどけ……っ!」
白狐さまが感じるのに合わせるように、父ちゃんは深く腰を突き入れた。
「いやああぁ~~~っ……んっ、いっぱい、来た……んっ……長次郎~~っ!」
別れが悲しいのか、感じたのか、白狐さまが父ちゃんの胸に縋ってしくしくと泣いていた。
祠に封印されたまま、父ちゃんと一緒に行けない白狐さまも辛いのだ。大好きな人との別れは、本当につらい。
自由にあちこちを飛び回り、思い出したようにやってくる風来坊の父ちゃん(狗神)を、白狐さまは、封じ込め所で、じっと待っているしかない。荼枳尼天という女神さまも結構厳しい。もう許してあげればいいのに……。
「とうちゃんってば、俺がこんなに傷ついてるのに……ばか。自分ばっかり……白狐さまとあんあんして……。」
「どうした、ナイト。恋のキューピッドはうまくいったのか?可愛くなったなぁ。」
「とうちゃんなんて、自分だけ白狐さまと仲良くして……俺……なんか、人間になったら夏輝に…嫌われちゃったぁ~~~~わ~~~ん……夏輝ぃ……。」