技術力は指導者、人間力は親が育てる―コーチも務めた母・芙沙子さんの“子育ての哲学”
15年の長きに渡りテニスの四大大会に出場し続け、62大会連続出場というギネス記録を樹立した杉山愛さん。シングルス世界ランキング8位、ダブルスでは1位と38ものタイトルを獲得した彼女は、2009年に34歳で、惜しまれつつ長く充実したキャリアに幕を引いた。
しかし、その輝かしいキャリアはもしかしたら、10年早く途切れていたかもしれなかった。24歳の時に「もう辞めたい」と思うほどに追い詰められた彼女は、遠征先のアメリカから、助けを求めるように1本の電話を掛けている。その先は、遠く日本に住む母親であった――。
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幼少期から一つの競技に打ち込むアスリートたちにとり、多くの場合、最初の指導者は親である。それは必ずしも、親がその競技に知悉し、直接コーチングすることだけを指すのではない。競技に向き合う上で不可欠な理念や哲学を教え、1人の人間として導いていくという意味においてでもある。さらには親の教育方針は、子供が競技者としてのキャリアを終えた後の、いわゆる“セカンドキャリア”にも多大な影響を及ぼすだろう。
ただ、それほどまでにアスリートに影響力を持つ親たちが、知識を学び、情報交換ができる場が少ないのが現状だ。スポーツの環境整備が進む中で、アスリートを目指す子供の親たちの間で高まる不安や、助言を求める声。それらの要望に応じるように生まれたのが、「ジャパンアスリートペアレンツアカデミー(JAPA)」である。
発起人であり代表を務めるのは、杉山愛さんの母親であり、コーチとしてツアーに帯同した杉山芙沙子さん。現在は自らテニスアカデミーを経営し、穂積絵莉らトップ選手のコーチとしても活動する杉山さんに、JAPA創設理念や、自身の経験に照らした子育て哲学を伺った。
子供を育てる親を育てる―“アスリートの親”育成組織「JAPA」の狙いとは?
――まずは、JAPA創設の経緯を教えて頂けますか?
「2011年に『一流選手の親はどこが違うのか』という新書を上梓したのですが、それを読んで下さったJOCの方から『アスリートの親の育成をやりませんか?』と声を掛けて頂いたのがきっかけです。そこでJOCの『アスリートのセカンドキャリア支援』プロジェクトの一貫として、2011年から2014年まで、文部科学省の管轄で講演会などの活動をさせて頂きました。
多くのアスリートの親が、スポーツと学業の両立や、モンスターペアレンツのことなど、色々な悩みを抱えていると思います。そのなかで、私が実際にご両親に話を伺ったり、大学院で勉強をする中で至った結論は、『スキルだけでなく、人間力が一番大切』ということです。スキルはトレーナーやコーチが育てますが、人間力は親が育てるもの。その親の無償の愛情が変な方向に進み、潰れてしまったアスリートもいます。その現実も踏まえた上での講演会を全国を回り、何千人という方に聞いて頂きました。
その後、このプロジェクトをこのまま終わせるのはもったいないよねという話になり、江副記念財団さんの助成を受けて、2016年4月から『ジャパンアスリートペアレンツアカデミー(JAPA)』という形でスタートしました。今年度(2017年4月)からは、また色々な企業等から助成を頂き継続していこうと思っています。
講師は、オリンピアン・パラリンピアンのご両親に基本的にやって頂いていますが、他にも栄養士さんやアスレティックトレーナー、理学療法やお医者様にも講演して頂いています。受講者の方々は、必ずしもアスリートの親ではありません。子供の人間力を育てることがテーマですから、どなたでも関心のあるテーマだと思います」
「モンスターペアレンツ」にならないために心がけるべき「家族の理念」
――先ほど「モンスターペアレンツにならないために」という言葉もありましたが、何が愛情ある親と、モンスターペアレンツを分けてしまう要因でしょう?
「子育てのベクトルは皆、同じだと思うのですが、手元で進む角度が一度でも違ってしまうと、そのまま進んだ時に大きな差になってしまいます。100組の親子がいれば育て方は100パターンあるので、誰かがやったことがそのまま正しいということではないと思います。ただ普遍的に正しいことはあるので、それを伝えていきたいと思っています。
どこで手元が一度狂うのかというのは、一つは、子供が大人になってきているのに、親が大人になりきれていない時だと思います。子供は学んでいるのに、親は学んでいない、成長が止まっていると起きる狂いなのだと思います。子供が成長しているなら、親も勉強して成長していかなくてはいけないと思います。
――モンスターペアレンツにならないために、心がけるべきことは何でしょう?
「私達のJAPAでは『家族の理念、哲学を持ちましょう』ということをよく言います。子供が生まれた時は、誰しも『生まれてきてくれただけで嬉しい』と思うはずなのに、そのうち『もっと容姿が良ければ』『勉強がもっとできたら、スポーツができたら……』と思ってしまいがちです。これは親が、子供を“自分の所有物化”しているということですよね。
そうではなく、“子供は社会からの預かり物”だと考え、その子供が社会に出ていくために何ができるのかを考えていくことが大切だと思います。親がすべきはそのためのサポートであり、そのサポートも引っ張ったり押すのではなく、寄り添っていくことです。そのためには、子供の意見にもしっかり耳を傾ける必要がありますよね。親にしても子供にしても、哲学を持つこと、そして、どんな人間になりたいかという目標を持つこと……最終的に大切なのは、そういう点だと思います」
(続く)
【了】
内田 暁●文 text by Akatsuki Uchida