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ながりの眼塊を前にた

な音をたてる銀色のまばゆい小片は、ファギンの受光器官のように思える。しかし、たとえそうだとしても、それでどうなるわけでもない。ファギンに向かうときは、自我の先端ではなく、その全体に目を向けなけれぱならないのだ。自分の気持ちとしては、いったいどちらがほんとうのところなのだろう──このハンディキャップにもかかわらずこの異星人が好きなのか、それとも、長年の友だちづきあいにもかかわらず、彼といると不安になるのか。
黒っぽい葉に覆われたファギンは、体をゆさゆさゆらし、そのたびにひとつらしながら、窓ぎわから近づいてきた。ジェイコブは中くらいに丁寧なおじぎをひとつして、待った。
「ようこそ、ジェイコブ・アルヴァレス・デムワ──ヒト=主=イルカ=主=チンプ。本日、このあわれな生物に、ふたたびきみの存在を体感させてくれたことを、うれしく思う」ファギンのしゃべりかたははっきりしていたが、抑揚に、どうしても押さえきれない独特の癖があり.そのため、スウェーデン語と中国語とまぜあわせたような感じに聞こえた。カンテンという種族は、原始イルカ語や現代イルカ語のほうが、ずっとうまく話せるのである。
「ファギンーカンテン=従=リンテン=従=シクル=従=ニッシュ、ミホーキ・キープ。また会えてうれしいよ」ジェイコブはもういちど、おじぎをした。
「ここにおられる尊敬すべき方々は、きみと意見を交換ずるためにやってこられたのだ、わが友ジェイコブ。正式に紹介を受ける心構えができているといいのだが」
ジェイコブは各異星種族につきものの、複雑につながった種族名に──少なくともその構成に──注意を払おうとした。種族名に連なる主族と類族の名前は、その種族の地位について。かなりの情報を提供してくれるのだ。ジェイコブははじめてくれるようにとうなずいた。
「それでは」、正式におひきあわせしよう。こちらはババカブ──ビラ=従=キシャ=従=ソロ=従=ハル=従=ババール=主=ジェロ=主=ブリング。〈ライブラリー〉協会のラパス分館長だ」
ETのひとりが前に進み出た。第一印象は、身長四フィートの、灰色をしたテディペアといったところだった。が、大きな鼻と目のまわりをふちどる柔毛は、そんな印象を改めさせた。
では、これが〈ライブラリー〉分館の館長、ババカブなのか! 〈コンタクト〉以来、地球が蓄えてきたとぼしい外貨は、ラパスの〈ライブラリー〉分館ひとつであらかた消えてしまった。しかも、ちっぽけな〝地方〟分館を人間にも使えるようにする膨大な作業の大半は、〝遅れた〟人類が銀河文明のレベルに追いつけるよう援助するために、慈善活動として、巨大な〈ライブラリー〉協会のサービスで行なわれたのである。その分館の館長であるパパカブは在最深的紅塵固守住自己對生活的承諾,在清淺的歲月來壹場忘我的邂逅

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ついての知識

を放ちはじめた。これは、夢が紛れもなく記憶の様相を呈しはじめた頃、そしてわたしの心が夢をつのりゆく抽象的な不安に関連させはじめた頃のことだった。抽象的な不安をもたらしたものは、記憶が抑圧されているという感じ、時間に関する奇妙な印象、一九〇八年韓式霧眉から一三年にかけて第二人格と悍ましい交換がなされたという感じ、かなり後に味わうようになった自分自身に対する不可解な嫌悪だった。
特定の明確な細部が夢にあらわれはじめるにつれ、恐怖はいやがうえにも高まった――一九一五年の十月には、何とかしなければならないと思うようになった。悩みの種を客体化すれば、心にとりつく不安をふりはらえるかもしれないと思い、記憶喪失や幻覚の症例を徹底的に調べはじめたのは、その頃のことだった。
しかしながら、先にも記したように、その結果はまずもってほぼ正反対のものだった。やがてわたしの夢が正確に再現されているのを知ったことで、心が激しくかき乱された。とりわけ、一部の記録は、対象人物に地質学の知識――つまり原始時代の景観に――があったとはとうてい思えない、古い時代のものだったから、なおさらだった。
さらに、こうした記録の多くは、巨大な建築物や密林のような庭園――そして他のこと――に関連し窩輪報價て、きわめて恐ろしい細目を伝えていた。実際に見たということと、漠然とした印象をうけていたということだけでもひどいのに、わたしと同じ夢を見た一部の者がほのめかしたり断言したりしているものには、狂気と冒涜の気味があった。とりわけひどいことに、擬似記憶が喚起され、夢はさらに狂乱の度合を強め、やがて意外な事実がもたらされることをほのめかした。それなのに、たいていの医者は、わたしの調査方針をおおむね当を得たものとみなした。
わたしは心理学を系統だてて研究したが、もっぱらそれに刺激され、息子のウィンゲイトも同様のことをした――ウィンゲイトはこの研究を推し進め、現在の教授の地位につくことになった。一九一七年と一八年には、わたしはミスカトニック大学で特殊な科目を履修《りしゅう》した。一方、遠方の図書館に足をのばしたりしながら、医学、歴史、人類学の記録を根気よく調査するようにもなり、ついには、わたしの第二人格が不穏にも関心をいだいた、禁断の伝承をとどめる忌わしい書物さえ読むようになった。
そんな書物のなかには、完全に様変わりしていたわたしが実際にひもといたものもあり、恐ろしい本文にほどこされた紛れもない訂正と欄外の書きこみが、どことなく妙に非人間的なもののように思える字体と語法でなされているため、わたしはひどく不安にさせられた。
こうした書きこみはたいてい本文と同じ言語で記されており、見たところ、すべて等しく学者さながら辦公室屏風にすらすらと書かれているので、書きこみをした者がそれぞれの言語に精通しているように思われた。しかしながら、フォン・ユン

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