僕の目の前には水際さんが――“水際さんだったもの”が横たわっていた。
「水際可南子(かなこ)精華素さんが、死亡しました」
「……はあ」
「蓮池知久(はすいけ ちく)さんですね?」
黒スーツ姿の、おそらく刑事なのだろう女性が、僕に近づいてきて言った。
小柄な体型で、一つに束ねられた髪が風に揺れる。
「蓮池さん、水際さんが最期に電話を掛けた相手が貴方だったのですが、差し支えなければ会話内容をお教えいただけないでしょうか」
いただけないでしょうか、と言っている癖に、彼女の口調には有無を言わせない威圧感があった。この精華液状況で「差し支えますので教えることは出来ません」なんて言えるやつは勇者だ。もしくは馬鹿だ。
下手に詮索されるのが嫌だったので、僕は素直に話すことにした。
「告白、されたんです。水際さんに」
「電話で、ですか?」
「ええ。で、断りました」
短絡的に僕は答えた。
女刑事は怪訝な顔で僕を見たが、すぐに表情を戻し「そうですか」とだけ言った。
水際可南子は首を吊っていた。単純に、よくある自殺の光景だった。
ただ、彼女の顔は鬱血し浅黒くなり、別人となっていたらしいし、彼女の防皺足元には異臭を漂わせる汚物が床を侵食しているという話だったが。
できれば僕のことを好きだと言ってくれた死体を拝みたかったが、ここで「拝ませてください」なんて名乗り出たら明らかに怪訝に思われるだろうし、一般人には刺激が強すぎる死体は公開はしてくれないだろう。