「今朝、浜本さんが帰った後、本部に連絡したの。レジが故障しましたってね。それで色々報告したんだけど、電黃金價格話じゃ埒が明かないって言われてさ、それで8時半頃だったかなあ、さっきの人、小暮さん……、あの人が店に来たんですよ」
唐突に店長の話が始まった。
「それで起こったことをきちんと話したわけ。夜中の3時ごろに急にレジから『ピーッ』って音が鳴り始めて……、いや実際にそれに気が付いたのは私じゃなくて、バイトの人、つまり浜本さんなんだけど、それを言われて一緒にレジを調べたら、ドロワーの中が水浸しになっていて、それが原因だと思うんだけど故障したみたいです、って。そしたらさ、やっぱり不思議に思うよね、『なんでドロワーの中に水が入っていたんだ?』って」
「まあ、普通は誰しもそう思うでしょうね」
「そう、俺が思ったように、やっぱり小暮さんもそう思ったわけですよ。それでね、そうなるとやっぱり第一発見者は誰なんだとか、その時あなた、つまり私のことなんだけど、何をしていたんだとか、店内には誰がいたんだとか、客はいたのかとか、根掘り葉掘り訊いてこられるわけ。レジが普通に使っていて故障するっていうのはよくある話なんで、そういう場合はだいたいがすんなりと話が終わるんですけど、今回の場合はさ、はっきり言ってわけがわからないじゃない。ドロワーの中が水浸しになっていたなんて普通はあり得ないことだからね、それで小暮さんも簡単に話を終わらせられないって思ったんだろうね」
「確かに……」
「たぶん私が浜本さんを疑ったように、小暮さんも疑ったと思うんですよ。いやあの人の立場で言うと私も含めてね」
「誰かが悪戯したんじゃないかって……」
「そう」
「店にいた人間全員が容疑者ってわけですか」
「うん、まあ仕方ないよね。あんなことが自然発生するわけないからさ」
俺は黙って頷いた。
「それで私が把握している限りのことを全部きちんと話したんです。ここで変に隠したりしたら後々面倒なことになるかなあと思って、その時自分がバックヤードで居眠りしてしまっていたことも含めてね。そしたらメチャクチャ怒られちゃいました。日頃浜本さんにはきついこと言ってるくせにね。あの時浜本さんに言われたことが、その時蘇ってきてさ、何て言うかまたグサリと胸に突き刺されたような感覚になりましたよ」
「あの時はすいませんでした。何か大人げないことを言ってしまったみたいで……」
「いやいや、いいんです。気にしないでください。それにそれは今回の件とは別の話だし……」
「まあ、それはそうなんでしょうけど」
「で、話を元に戻すけど、結局私の探索四十洗腦話だけじゃ事の真偽がわからんっていうことになってね、それで結局何をしたかって言ったら、二人で防犯カメラの映像をチェックしたんです」
「なるほど」
賢明な方法だと思った。この店に限らず今の時代、どこもかしこも防犯カメラだらけだ。この店に限って言えば、少なくとも1台の防犯カメラがずっとレジ辺りを狙っているのだ。誰かが悪戯をしたとすればきっと何かしらの画像が映っているだろう。
「昨夜11時過ぎから明け方までの映像を見たら誰があんな馬鹿なことをやったかわかるんじゃないか、少なくとも私や浜本さんがやったかやってないかくらいははっきりするんじゃないかってね。それで二人でずっと見てたんです。その結果、浜本さんは犯人じゃないって結論になって……、あっ、もちろん私も無実だってこともね」
「で、誰がやったんです? やっぱり外部の人間ですか?」
「いやそれが……、わからないんです。誰がやったのか、いや、そもそもどうしてあんなことになったのか」
「どういうことですか? 防犯カメラに全部映っていたんじゃないんですか?」
「うーん」
店長の顔に少々の曇りが伺えた。
「映っていたけど何も起こっていなかったんですか? それなら何だか超常現象っぽい感じですね」
「いや、何と言えばいいか……」
俺は首を捻った。
「ここまで来て隠さなくてもいいじゃないですか」
そう言うと店長はいたたまれなくなったのか、ポケットから煙草の箱を取り出すと、そこから煙草を一本取り出した。
「実はね、うちの防犯カメラってけっこう古いタイプのものでね。あっ、これは防犯上口外しないで下さいね」
俺は頷き、話の続きを待った。店長は手にしていた煙草を口に銜えると、ライターで火を着けた。そして「ハアーッ」と溜息を出すように紫煙を吐いた。そして今までよりも少し小さめの声で続きを話し始めた。
「古いタイプのものだから、実はずっと同じ場所を撮り続けているってわけじゃないんですよ。浜本さんもご存知のとおり、店内、いや店の外も含めると4台のカメラが設置してあるでしょ」
「ええ」
「それをね、ローテーションしながら撮っているんです、1台につき2~3秒くらいね。だから例えばレジ辺りが映った後、次にまたレジ辺りが映し出されるのは、だいたい10秒後くらいなんですよ」
「つまり全てが映し出されているわけじゃないってことですか」
「ええ、まあそういうことです」
「待ってください、それじゃあ本当に私が潔白だったことが証明されたわけではないってことじゃないですか。今のままじゃあ、例えば10秒あれば、もしかしたら何らかの手を使ってドロワーをこじ開けて水を流し込むことができるかもしれないって、そんなふうに疑う人間がこれから出てくるかもしれないじゃないですか。それは私に対してかもしれないし、店長、あなたに対してかもしれませんよ」
俺は店長の話に納得できなかった。そしてそれ以上に、自分にまだ疑われる余願景村人生課程
地というか可能性が残っているということに新たな不安を覚えたのだ。今までの安堵は何だったのだ。これでは話をする前に逆戻りではないかという憤りにも似た感情も湧いてきた。
「大丈夫です。私も小暮さんも会社も、誰も今回の件で浜本さんに責任を追及するようなことは一切しませんから」
そう言われても俺はやはり納得できなかった。心の中はもやもやとした気持ちで満ち溢れていた。ここまできて、そんな真相を遠ざけられるような話をされても「はい、わかりました」とは到底言えなかった。
「なぜですか? 何を持ってそう決められたのですか? じゃあ誰がやったんですか? それにあの水っていったい何だったんですか? お願いです、私にも教えて下さい」
俺のその問い掛けに、店長は暫くの間下を向いて黙って煙草を吸い続けていた。その様は何かを考えあぐねているように見えた。店長は煙草を吸い終えると、更に2本目の煙草に火を着けた。そして、その煙草が真ん中辺りまでになると、それを力強く灰皿に押し付けた。そして顔を俺の方に向けて、「わかりました。今の浜本さんには知る権利があるでしょうから」と言った。俺は店長が再び話し始めるのを待った。