今朝、また神宮テニスクラブの前の銀杏並木に、クラシックカーが沢山並んでいました。
その中に、なんとスバル360があったのです。
私が小学生の時に母が盲腸で入院しました。
母が退院して家に帰ってきた夜に、父が見せたいものがあると言って私達(母と兄と私)を永田町の家の山の上(なんと今の参議院議員会館のところに山というか丘というかがありました。)に連れて行ったのです。
そこの駐車場にカバーをかけたものがあって、それが母を喜ばせようと父が買っておいたスバル360だったのです。
先日兄にその話をしたら、車は覚えているけど、その話は覚えていないと言いました。
私は、母がすごく喜んだからだと思うのですが、すごく嬉しくて。だから今も記憶にあるのでしょう。
懐かしの楽しい思い出のいっぱい詰まったスバル360です。
でも、私が学習院女子中等科に入学してから、他の友達の家の車は黒塗りの運転手さん付きだったり、もっと大きな車であることに気付きました。
そして、スバル360は小さくて恥ずかしい車になってしまったのです。
ある時、私が学校で足を挫いて、母が迎えにくることになりました。
その当時学習院女子部には「中庭」というのがあって、テニス部のナナが怪我をしたというので、すごい数の下級生、同級生、上級生が中庭を囲むそれぞれのクラスの窓から、「ナナー、大丈夫?」「ナナさーん気をつけてぇ。」などと声を掛けてくれる中、私は保健室の先生に肩を借りて包帯でぐるぐる巻きにされた足を上に浮かせながら、大急ぎでその中庭を出ようと焦っていたわけです。
なぜなら、もし私の母があのスバル360にの乗ってプップクプップク音を立ててやって来たら、せっかくの人気者の私の(この図々しさ、お許しください。)イメージが台無しになってしまうからです。
ところが、来ましたよ。
私は恥ずかしくて、穴に入りたい気持ちでした。
帰りの車の中で母と大喧嘩になったことは、いうまでもありません。
「なんで中庭まで入って来たわけ!」
「あなたが心配だったからじゃない。」
ま、懐かしい思い出です。佐藤直子