月別アーカイブ: 2017年4月

コナーズからフェデラーへ2

前回のマッケンローの続きになります。どうぞお読みください湯のみ

え~85年の全米でマッケンローを破りランキング1位になった
イワン・レンドルの話ですね。その以前はトップ選手でありなが
ら精神的に弱く「チキンハート」と言われていたのは有名です。

レンドルはすばらしいレシーブの技術があり、ストローク主体の
パサー(パッシングショットが上手い)と言われるまさにマッケ
ンローに真っ向から対向するスタイルのテニスをしていました。

しかしレンドルがその後のテニスに影響を及ぼす新しい流れを作っ
たとは言えないように思います。もちろんそれは影響を与えた人が
より優れているということではありません、結果的にそうなったと
いうことですのでボルグ、マッケンロー、レンドルファンの方々は
どうか怒らないでくださいませあせあせ (飛び散る汗)

この時期はいろんなタイプの選手がいた時代でした。ストロークマ
シーンのマッツ・ビランデルはタッキー二のウェアがよく似合い両
手打ちがカッコよかったぴかぴか (新しい)  またレンドルのJr.時代からのライバル
でフランスの英雄ヤニック・ノア、85年に衝撃的なウィンブルドン
優勝を飾ったボリス・ベッカー、何もかもが芸術的だったステファ
ン・エドバーグ、魅せるテニスで観客を沸かせたアンリ・ルコント、
金の長髪とジーパンのテニスウェアでコナーズを破り全米ベスト8
に進出して世界的な注目を浴びた当時18歳のアンドレ・アガシ…

個性的な選手も多くて楽しみがたくさんあったなと思います。

レンドルは85年から88年まで1位をキープし90年までは落ちて
も確か2位までだったと思います。これに対しビランデルがその王者
レンドルにどうやったら勝てるのかを示していきます。レンドルは全
体の傾向として速い球には速い球で返し、遅い球には遅く返す癖?が
ありました。
 
ここに目をつけてわざと遅目のボールでゆっくりレンドルに返させて
お互いゆっくりやるのかと思わせておいたところで急に攻めたりして
レンドルのペースを崩していく作戦でした。崩れるとレンドルの表情
には昔の「チキン…」の頃のレンドルが見え隠れしたようです。。

88年全米の決勝レンドル対ビランデル戦は試合途中までビランデルの
1stサーブの確率が100%という驚異的なものでした。この年ビランデ
ルはウィンブルドン以外の3つグランドスラムに勝ちランキング1位に
立ちます。負けることないんじゃないかと思わせたレンドルに対する
テニスをベッカーも今はチリッチのコーチ、ボブブレッドと共に完成
させレンドルに勝っていくようになります(これを書いた当時チリッ
チのコーチでしたテニス

この時期からベッカーはサーブでドカンドカン行くテニスからフォア
の逆クロスを軸に、いろんな種類・球種のショットを打ってネットも
こなし、かつビッグサーブも放つとても完成度の高いテニスをしてい
ました。この頃のベッカーのテニス、大好きです。特に88年のナビス
コマスターズ決勝や89年の全米決勝共に対レンドル戦はとても感動的
です。。

ちょっといろいろ思い出して熱くなってしまいましたがダッシュ (走り出すさま)
今日はここまでに…

次回はいよいよサンプラスの登場でするんるん (音符)

カテゴリー: 未分類 | 投稿者sugijiro 22:49 | コメントをどうぞ

コナーズからフェデラーへ1

こんにちは喫茶店
今日は昔書きました「新しいテニスの流れができる話」を…テニスの世
界もチャンピオンを倒した選手が次の流れを作ります台風  戦国武将のよ
うですねテニス

でもほとんどの選手に影響を与えるような流れを作ったのはほぼ3人かな
(答えは後ほど..)ですので自分が見てきた「男子王者の流れテニス 」をお読
みいただきたいと思います。目のつけ方によっては違った記述になりますが
「en tout cas」版、しかも数回に分けての長編でお付き合いくださいパソコン

自分は1985年からしかテニスをやっていないのでそこからのことをメイン
にします。 その前の時代はプレースメント(コントロール)主体のホント
にうまさの光るテニスだったと思いますクローバー  とにかくミスが少なく、コン
トロールで相手を追い込んでいくテニスです。

このテニスのスタイルは無礼な言い方でしたらお詫び申し上げますが、今
だいたい50代半ば以降のコーチや全日本クラスの方のテニスで多くお見か
けします。まだ何もかもよく分かってなかった学生の頃、日本ランキング
でベテランカテゴリーの上位にいるコーチの方達と練習したことがありま
したが、まぁ~当時の自分は

「どこに打っても返されて相手は絶対にミスしない!なんだこりゃ~!」

とよく思いましたたらーっ (汗)

そのテニススタイルをジミーコナーズ(答えの1人目)が打ち破ったと聞
いています。コナーズは当時「テニスを格闘技に変えた」と言われたそう
です。74年から79年までランキング1位をほぼ維持していたことから
もどれだけ強かったかが分かりますあせあせ (飛び散る汗)

フラットのテニスで果敢に戦うコナーズに続いてトップスピンで世界を征
したビヨンポルグ(全仏4連覇・全英5連覇など)や、天才的なネットプ
レーヤーで当時テニスファンでなくても子供でも知ってたジョンマッケン
ローが現れて順にトップに立っていきます。

マッケンローは76年にデビューしてから半年でランキング71位になり、
その年は最終的に243位上がって21位になりました。(※この記事の
数字は全て自分が調べられる限りの数字です) この数字で上り詰めてく
のを想像してください。当時みんなどれほどマッケンローに熱狂したでしょ
うか。。そして80年から85年までランキング1位か2位にいてテニス
界を大きくリードしていきますぴかぴか (新しい)

このあと現れた王者はレンドルですダッシュ (走り出すさま)  自分がテニスを始めた85年から
1位の選手なのでとても思い出深いプレーヤーです。

あっあせあせ (飛び散る汗) 時間がないので続きはまた明日以降に…どうぞまた読んでください湯のみ

P.S. ランキングのことを調べてる時に70年代のトップ10を見ると、
今は数々のトップ選手のコーチをしている名将「トニーローチ」や「ホセ・
ヒゲラス」の名前がありました。 見つけた瞬間に思わず

「おぉ~~っ」

と言ってしまいましたるんるん (音符)  今はシブ~イ味を出していますがピチピチの頃
があったんですねうれしい顔
 
 
続く…

カテゴリー: 未分類 | 投稿者sugijiro 08:00 | コメントをどうぞ

藤吉さんと岩佐さん

こんにちはぁー喫茶店   

テニスを始めた頃からテニス中継にずっとハマっていましたるんるん (音符)
確かに世界のトッププレーヤーたちのテニスが楽しかったのも
ありますがあんなにワクワクして見れたのは実況のアナウンサー
と解説がよかったのも大いにあると今では分かりますTV

テレビ東京でやっていた「ワールドビッグテニス」の藤吉アナ
ウンサーの実況と渡辺康二さんの解説がホントに他の誰にも真
似できないようなものでした。藤吉アナは聞いていて「この人
はテニス知ってるな…」と思わせるんですが、でしゃばらず、
選手のこともリスペクトしていて…というのが雰囲気で伝わっ
てくる方でした。いいシーンでは見てる人の気持ちをグッと上
げるような名調子もあって最高でしたぴかぴか (新しい)

数年前にWOWOWで実況されているのを見て「キタぁぁぁ~」と
興奮しましたグッド (上向き矢印)  しかも試合はグロージャンの試合! 
藤吉さんの声で「深いショットでしたグロージャン…」なんて
聞いたひにゃー涙が出そうになりました泣き顔

でもこの1試合だけしかお出になっていなかったようでそれっ
きりみたいなんですあせあせ (飛び散る汗) あせあせ (飛び散る汗)

「ナンデさぁーーブタ ブタ

またあの声が聞ける日が来るのをココロから待っています。。

相方の渡辺康二さんの解説はホントに知的で選手の心理やその人
の技術を分かっての解説のように聞こえるもので、未だこの人を
超える解説者はいないと自分の中では思っていますダッシュ (走り出すさま)

ワールドビッグテニスはもう随分前に終わってしまった番組です
が、ほんの数年前までWOWOWの実況をされていた岩佐さんは藤
吉さんと双璧をなす名実況でした。藤吉さんほどテニスはご存じ
なかったかもしれませんが(ワザと知らないふりして聞いてる場
合も解説者から引き出すためにあるようです…)その選手や大
会の面白くて聞きたい情報をいつも集めてくれていました三日月

品のいい口調でちょいちょいそれをはさんで、スーパーショット
では盛り上げて…もう聞けないのがホントに残念ですたらーっ (汗)

取材力と試合中は見えませんが立ち振る舞いのすばらしい方でし
た。見ている人の気持ちをよく分かっていられるんだと思います
指でOK 指でOK

でもテニスと言えばアナウンサーはやはり落ち着いた感じになり
ますね。プロレスの古館さんに始まり、「大仁田劇場」を繰りひ
ろげたテレ朝の真鍋アナ、「フルタチズム」の継承者?「まさに
ィ-っあせあせ (飛び散る汗) 」の辻よしなりみたいな人が1人くらいテニスで出てき
てもいいかも。。

例えば…

「おぉーっと、今まさに地中海の若大将ナダルがフォアという名
の無敵艦隊を引き連れてマルセイユからパリに攻め上がってきた
ぁーexclamation  目指すは『テニス界のベルサイユ宮殿』ローランギャロ
スか、今ぁーTop of the フランス革命っムード

みたいなうれしい顔

カテゴリー: 未分類 | 投稿者sugijiro 10:00 | コメントをどうぞ

ストリングの張りの強さって。。

こんばんはぁ三日月
過去に旧ブログで書いた記事ですが、移しておきたい記事はちょいちょい
アップして行こうと思います。。
 
傑作選exclamation and question
まさかあせあせ (飛び散る汗) 宜しかったらお読みくださいパソコン  
  

はじめにガット(ストリング)の張り方には細かいことを言い出したらキリが
なくなるくらい…流派もあり、深い世界で自分の記述が1つしかない答えだと
言えるものではないということをお知らせいたします。もちろん誰かと言い争う
つもりも全くありません。

以下は自分が経験したり、調べてみた結果というだけのものです。ご興味のある
方はお読みください。。

この前「フェデラーのストリングの張りは45ポンド前後と聞いて『緩いな…』
と思ったけどそれは(最近の)電動式張り機や“トゥルー”という張り機で45
ポンドで張った場合で、そうなると一般の方もそうかもしれませんが自分の昔
からのポンドの感覚=バネ式張り機の仕上がりでは約55ポンドで張った強さ
に張り上がるんだから別にフェデラーが緩く張ってるわけじゃないことをあと
から思い出した…」

という記事に「その45と55の違いは引く強さの違いではなく、ガットを引く
強さ(ポンド値)と張り上がった面の面圧値の違い(?)で電動式もバネ式も同
じ数字なら引く力は同じだから同じ張り上がりになる」

というご指摘をいただき自分に面圧の数値などについてブログで公開して書ける
だけの知識がなかったので、もし誤情報なら公開は防ぎたいと記事削除のおこと
わりと訂正の予定を月曜日にしていました。

「同じ機械の45ポンドで張ってもラケットやストリングが違うと面圧が変わる」
のはもちろん以前から認識しております。また実際に思い出せただけで分銅式・
バネ式・高級な電動式合わせて6種類の張り機で張った経験がありますが有名メー
カーの電動式で張る時はバネ式で張るときより約10ポンド数値を落として張る
ように言われていました。

つまり張り機の違いや詳しい張り方の指定をしない(ご存知ない)方が電動式の
お店で普通に「50ポンドで」とお願いしたら、お店の方は約40ポンドに数値を
設定して張ります。もし50ポンドに設定したら頼んだ人の想定(期待)よりす
ごく硬く張りあがってしまいます。

確認のため東京の有名テニスショップ2店にも聞いてみたところ、やはりバネ式
と電動式でそれぞれ同じポンド値で同じガットを同じラケットに張っても張り機
の性質の違いから約10ポンドの違いが出るということでした。

面圧についてはいくつか面圧測定機の種類があるそうですが2店とも面圧を測っ
ても出た数値に単位がない測定機を使っています。それが今は主流になっている
かもしれません。それぞれ数値の出かたは一方のお店は「-1、0、1、2、3
…」でもう一方は「30、34、38、42、46」などと数値が出ます。
後者は硬くもなく軟らかくもない標準値が38で、例えば90平方インチのラ
ケットで面圧が38と出たら厳密ではありませんが、だいたいバネ式で55ポ
ンドで引いて張ってるということになるそうです。

長くなりましたが今回の記事で自分にうっすらした記憶しかなかった面圧につ
いて知識を深められてとても良かったです。(面圧の測定に関してもいろんな
タイプがあってキリがありません)ちなみにフェデラーの45ポンド前後とい
うのは電動式で張った場合の数値ということもお店の方に確認をとりました。
マッケンローの場合と同じです。

お読みくださった皆様、今日もありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。。
 
 
というものでした冷や汗 (顔)  かなり前に書いたもので読んでて懐かしかったです喫茶店
またアップしますね~ダッシュ (走り出すさま)

カテゴリー: 未分類 | 投稿者sugijiro 22:22 | コメントをどうぞ