月別アーカイブ: 2021年2月

そんな敵の待ち構えている所へ

そんな敵の待ち構えている所へ、寡兵をもって攻めて来るほどには馬鹿じゃないだろうとニーバル達は考えたのである。だが、ハナハナ山に後一日という所まで進軍したところで、斥候から報が入った。敵と思われる軍が、ハナハナ山の後方にあるアダチガハラの野に陣を敷いていると云うのである。凍卵「どんな軍だ。とニーバルが尋ねた。この場合、ハンベエ達タゴロロームの兵士達以外に陣を敷くような軍勢は考えられないにも拘わらず、思わずニーバルはそう質問してしまった。それ程、意外であったようである。斥候の言うには、甲冑を纏った美しい女人の描かれた旗が林立しているという。「甲冑を纏った女人・・・・・・王女エレナか。・・・・・・」奇抜な旗であった。ニーバルはしかし、旗にはさほどの興味を示さなかった。「人数は?」二万、多くても三万、と斥候は答えた。「・・・・・・、何故敵がそんな所に陣を敷いているのか分からないが、我が方は五万だ。ハンベエめ、運が尽きたな。」ニーバルは薄笑いを浮かべた。ニーバルの率いる軍勢は、ゆっくりと進軍して二日後の夜明けとともに、アダチガハラ平野に入って陣を敷いた。しきりに斥候を出して探らせたが、タゴロロームの陣地は静まり返って、動く気配がない。ニーバルの軍勢が近付いて来たのに気付いていないはずはない。進軍中も敵方の斥候らしい者が行き来していた。敵が隙を突いて攻撃して来るなら、進軍の途上か陣を整えている今この時のはずであった。しかし、敵方は静まり返って何の動きも見せない。不気味である・・・・・・とは、ニーバルは考えなかった。所詮は烏合の衆に素人司令官、いすくんで動けないのだろうと思った。個人的武勇なら群を抜いているのだろうが、兵を動かすには全く別の資質が要る。士官達に見放されるような男に軍を統べる事など出来ようはずもない。ニーバルは努めてそう考えていた。いやはや、何故ハンベエの敵に回る人間はこんな風に物事を考えようとするのだろう。一見強気そうに見えるその姿勢は、翻って見れば逆に、ハンベエという敵の恐ろしさに震え上がり、猫に追い詰められた鼠が思考停止した揚げ句、無用の勇を振るおうとしているかのようであった。いやいや、それでは鼠に失礼であった。猫に追い詰められた鼠は生きる事に必死であり、その行動に何の邪念もないはずであるが、ニーバルのハンベエを見下そうとする心には真実から目を逸らそうとする怯懦が透けて見えるのであった。人間の持つ虚栄心がそうさせるのであろうか。タゴロローム軍が手を出して来ないまま、ニーバルの軍勢は布陣を終えた。両者は僅か三百メートルほどの距離を置いて対峙する事となった。ニーバル側の軍勢が陣を敷き終えると、待っていたように、タゴロローム側が動きはじめた。『甲冑を纏った美しき女人の旗』、その旗が粛々と動き出したのである。タゴロローム側は旗をたなびかせ、自軍の陣地から百メートルほど前衛兵士を前に進めた。手に手に弓を携えている。弓部隊が前衛のようだ。彼等兵士に囲まれるようにして高さ五メートル程の塔が進んで来た。ニーバル側から見ても、その塔は目立つ物であったが、ニーバル軍の兵士は何も感じなかった。何だありゃ、上に人が乗ってるみたいだが、何をするつもりやら、くらいに思っただけであった。これこそ、ロキの発案によって作られた『測射の塔』であった。タゴロローム側から弓兵士が進んで来たのを見て、ニーバルは自軍からも弓兵士を前に出すように命じた。敵は存外芸がない。正面から戦うつもりのようだ。とニーバルは笑った。

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笛の音のが何になるのかは今

笛の音のが何になるのかは今一つ知らぬ顔のハンベエであったが、果たし合いは本業、避けて通れぬところであった。明け方少し前の、タゴロローム郊外、無名の原っぱで、テッフネールはハンベエと言う男を待っていた。昨日タゴロローム陣地を陰形して見張る内、ロキと呼ばれる少年が街に周大福教育出かけるのを見かけ、その少年に『果たし状』を言付けた。少年はテッフネールに声を掛けられ、びっくりしたような顔をしたが、恐れる風情も無く、『果たし状』を届ける役を引き受けた。ただ、去り際に、「ハンベエが負けるわけなんてないんだから、諦めたらあ。」と少年に胴間声で言われたのには閉口であった。危うく膝カックンになるところであった。思えば、テッフネールの戦歴の中で二度も仕留め損なった事などかつて無かった事であった。今度こそはと、テッフネールは意を決していた。果たして、ハンベエは来るや否や、来るとすればどの方向から来るのか。タゴロロームから真っ直ぐに来るなら白虎の方向則ち西から来る事になる。自らは今、原っぱの東の端に身を潜めている。この時刻ならば東にいる方が太陽を背にする事ができ、優位に立つ事が出来るのだ。来た!この気配は間違いなくハンベエに相違ない。テッフネールはゆっくりと立ち上がり、塵を払って剣を抜いた。(西から真っ直ぐやって来るとは、迂闊な奴でござるな。したたか者で、駆け引きに長けていると思ったは、買い被り過ぎでごさったか。)そうこう思案のうちに、足速にハンベエは近付いて来ていた。まだ十数歩の向こうではあるが。「一人で来るとは見上げた度胸でござるな。今日も、鎖帷子の類は身に付けておらぬ様子。みどもの太刀を見切ったという自惚れか、それとも死にに参ったか。」テッフネールの指摘通り、今日のハンベエは平服に『ヨシミツ』をさしているだけで、何ら防護用のものを身に付けていない。「果たし合いを始める前に、一ついいか?」丁度地平から顔を出した太陽が、テッフネールの背後から光を放つのを目を細めて眩しげに見ながら、ハンベエは口を切った。「・・・・・・はて? 何でござるか?」「ステルポイジャンの側から俺達の側に鞍替えしてみる気はないか。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。それが、みどもを動揺させる為に考えたペテンでござるか。・・・・・・子供騙しにもならぬでござるな。」「別にペテンじゃない。こっちの大将の王女エレナが妙にオメエの事が気に入ってるみたいだから、念の為に聞いて見ただけだ。」「みどもがそっちの側に与するわけもござるまい。それに、みどもが働いているのはステルポイジャンの為ではござらぬ。太后モスカに頼まれて、お前達を潰しに来たのでござる。」

「・・・・・・モスカ・・・・・・。」

ハンベエは怪訝そうにテッフネールを見詰めた。「ふん、合点が行かないという顔付きでござるな。確かに、太后は邪悪な人間でござる。妖婦と呼んで間違いない。だが、正道を守って我慢を重ねても報われる事などないこの浮世。ならばいっその事、邪悪なる者に手を貸して清らかなる者を滅ぼすのも、それはそれで面白いと言うもの。」

「・・・・・・。」

「ハンベエ、お前こそ、ナニユエに王女などの為に働いてござる。大方、正義の騎士でも気取っているのでござろう。ただの無頼漢の分際で。」

「・・・・・・、この俺の進む道に正も邪もない。風に流れる雲と同じ、ただの成り行きだ。」

「ただの成り行きで命を捨てるか、命は惜しくはないでござるか。」「命が惜しいのは、オメエの方だろうが。二度も逃げやがって。」「ふん、ハンベエ、貴様などはみどもが次の場所へ移る為の踏み石に過ぎぬでござる。踏み石に蹴つまずいて転ぶわけには行かぬでござるからのう。しかし、今日は地の利も得て、みどもが圧倒的に優位でござる。万に一つの負けもござらぬ。」テッフネールは嘲笑うようにして言った。「そうかい、じゃあ、とっとと殺し合おうぜ。」ハンベエは『ヨシミツ』を抜いて脇構えを取った。テッフネールはこれを見ると、剣尖を頭上に掲げ、ゆっくりとハンベエに迫った。ただでさえテッフネールは厄介な敵である。それが太陽を背にしているのである。流石にハンベエもそのまま斬り込んで行こうとはしなかった。右に走った。「させぬ。」テッフネールも向きを変え、ハンベエを遮るように太陽を背にしたまま、平行に走った。ハンベエは足が速い。だが、テッフネールは少しも遅れずハンベエと平行に走る。走りながら身を寄せて来て横殴りに斬り付けて来た。ハンベエは後ろに跳んで躱した。相手が太陽を背にしている為、距離感が掴めない。それでも何とか躱した。ハンベエは今度は左に走った。テッフネールもやはり左に走った。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 22:06 | コメントをどうぞ