笛の音のが何になるのかは今

笛の音のが何になるのかは今一つ知らぬ顔のハンベエであったが、果たし合いは本業、避けて通れぬところであった。明け方少し前の、タゴロローム郊外、無名の原っぱで、テッフネールはハンベエと言う男を待っていた。昨日タゴロローム陣地を陰形して見張る内、ロキと呼ばれる少年が街に周大福教育出かけるのを見かけ、その少年に『果たし状』を言付けた。少年はテッフネールに声を掛けられ、びっくりしたような顔をしたが、恐れる風情も無く、『果たし状』を届ける役を引き受けた。ただ、去り際に、「ハンベエが負けるわけなんてないんだから、諦めたらあ。」と少年に胴間声で言われたのには閉口であった。危うく膝カックンになるところであった。思えば、テッフネールの戦歴の中で二度も仕留め損なった事などかつて無かった事であった。今度こそはと、テッフネールは意を決していた。果たして、ハンベエは来るや否や、来るとすればどの方向から来るのか。タゴロロームから真っ直ぐに来るなら白虎の方向則ち西から来る事になる。自らは今、原っぱの東の端に身を潜めている。この時刻ならば東にいる方が太陽を背にする事ができ、優位に立つ事が出来るのだ。来た!この気配は間違いなくハンベエに相違ない。テッフネールはゆっくりと立ち上がり、塵を払って剣を抜いた。(西から真っ直ぐやって来るとは、迂闊な奴でござるな。したたか者で、駆け引きに長けていると思ったは、買い被り過ぎでごさったか。)そうこう思案のうちに、足速にハンベエは近付いて来ていた。まだ十数歩の向こうではあるが。「一人で来るとは見上げた度胸でござるな。今日も、鎖帷子の類は身に付けておらぬ様子。みどもの太刀を見切ったという自惚れか、それとも死にに参ったか。」テッフネールの指摘通り、今日のハンベエは平服に『ヨシミツ』をさしているだけで、何ら防護用のものを身に付けていない。「果たし合いを始める前に、一ついいか?」丁度地平から顔を出した太陽が、テッフネールの背後から光を放つのを目を細めて眩しげに見ながら、ハンベエは口を切った。「・・・・・・はて? 何でござるか?」「ステルポイジャンの側から俺達の側に鞍替えしてみる気はないか。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。それが、みどもを動揺させる為に考えたペテンでござるか。・・・・・・子供騙しにもならぬでござるな。」「別にペテンじゃない。こっちの大将の王女エレナが妙にオメエの事が気に入ってるみたいだから、念の為に聞いて見ただけだ。」「みどもがそっちの側に与するわけもござるまい。それに、みどもが働いているのはステルポイジャンの為ではござらぬ。太后モスカに頼まれて、お前達を潰しに来たのでござる。」

「・・・・・・モスカ・・・・・・。」

ハンベエは怪訝そうにテッフネールを見詰めた。「ふん、合点が行かないという顔付きでござるな。確かに、太后は邪悪な人間でござる。妖婦と呼んで間違いない。だが、正道を守って我慢を重ねても報われる事などないこの浮世。ならばいっその事、邪悪なる者に手を貸して清らかなる者を滅ぼすのも、それはそれで面白いと言うもの。」

「・・・・・・。」

「ハンベエ、お前こそ、ナニユエに王女などの為に働いてござる。大方、正義の騎士でも気取っているのでござろう。ただの無頼漢の分際で。」

「・・・・・・、この俺の進む道に正も邪もない。風に流れる雲と同じ、ただの成り行きだ。」

「ただの成り行きで命を捨てるか、命は惜しくはないでござるか。」「命が惜しいのは、オメエの方だろうが。二度も逃げやがって。」「ふん、ハンベエ、貴様などはみどもが次の場所へ移る為の踏み石に過ぎぬでござる。踏み石に蹴つまずいて転ぶわけには行かぬでござるからのう。しかし、今日は地の利も得て、みどもが圧倒的に優位でござる。万に一つの負けもござらぬ。」テッフネールは嘲笑うようにして言った。「そうかい、じゃあ、とっとと殺し合おうぜ。」ハンベエは『ヨシミツ』を抜いて脇構えを取った。テッフネールはこれを見ると、剣尖を頭上に掲げ、ゆっくりとハンベエに迫った。ただでさえテッフネールは厄介な敵である。それが太陽を背にしているのである。流石にハンベエもそのまま斬り込んで行こうとはしなかった。右に走った。「させぬ。」テッフネールも向きを変え、ハンベエを遮るように太陽を背にしたまま、平行に走った。ハンベエは足が速い。だが、テッフネールは少しも遅れずハンベエと平行に走る。走りながら身を寄せて来て横殴りに斬り付けて来た。ハンベエは後ろに跳んで躱した。相手が太陽を背にしている為、距離感が掴めない。それでも何とか躱した。ハンベエは今度は左に走った。テッフネールもやはり左に走った。


カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 22:06 | コメントをどうぞ

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