そんな敵の待ち構えている所へ

そんな敵の待ち構えている所へ、寡兵をもって攻めて来るほどには馬鹿じゃないだろうとニーバル達は考えたのである。だが、ハナハナ山に後一日という所まで進軍したところで、斥候から報が入った。敵と思われる軍が、ハナハナ山の後方にあるアダチガハラの野に陣を敷いていると云うのである。凍卵「どんな軍だ。とニーバルが尋ねた。この場合、ハンベエ達タゴロロームの兵士達以外に陣を敷くような軍勢は考えられないにも拘わらず、思わずニーバルはそう質問してしまった。それ程、意外であったようである。斥候の言うには、甲冑を纏った美しい女人の描かれた旗が林立しているという。「甲冑を纏った女人・・・・・・王女エレナか。・・・・・・」奇抜な旗であった。ニーバルはしかし、旗にはさほどの興味を示さなかった。「人数は?」二万、多くても三万、と斥候は答えた。「・・・・・・、何故敵がそんな所に陣を敷いているのか分からないが、我が方は五万だ。ハンベエめ、運が尽きたな。」ニーバルは薄笑いを浮かべた。ニーバルの率いる軍勢は、ゆっくりと進軍して二日後の夜明けとともに、アダチガハラ平野に入って陣を敷いた。しきりに斥候を出して探らせたが、タゴロロームの陣地は静まり返って、動く気配がない。ニーバルの軍勢が近付いて来たのに気付いていないはずはない。進軍中も敵方の斥候らしい者が行き来していた。敵が隙を突いて攻撃して来るなら、進軍の途上か陣を整えている今この時のはずであった。しかし、敵方は静まり返って何の動きも見せない。不気味である・・・・・・とは、ニーバルは考えなかった。所詮は烏合の衆に素人司令官、いすくんで動けないのだろうと思った。個人的武勇なら群を抜いているのだろうが、兵を動かすには全く別の資質が要る。士官達に見放されるような男に軍を統べる事など出来ようはずもない。ニーバルは努めてそう考えていた。いやはや、何故ハンベエの敵に回る人間はこんな風に物事を考えようとするのだろう。一見強気そうに見えるその姿勢は、翻って見れば逆に、ハンベエという敵の恐ろしさに震え上がり、猫に追い詰められた鼠が思考停止した揚げ句、無用の勇を振るおうとしているかのようであった。いやいや、それでは鼠に失礼であった。猫に追い詰められた鼠は生きる事に必死であり、その行動に何の邪念もないはずであるが、ニーバルのハンベエを見下そうとする心には真実から目を逸らそうとする怯懦が透けて見えるのであった。人間の持つ虚栄心がそうさせるのであろうか。タゴロローム軍が手を出して来ないまま、ニーバルの軍勢は布陣を終えた。両者は僅か三百メートルほどの距離を置いて対峙する事となった。ニーバル側の軍勢が陣を敷き終えると、待っていたように、タゴロローム側が動きはじめた。『甲冑を纏った美しき女人の旗』、その旗が粛々と動き出したのである。タゴロローム側は旗をたなびかせ、自軍の陣地から百メートルほど前衛兵士を前に進めた。手に手に弓を携えている。弓部隊が前衛のようだ。彼等兵士に囲まれるようにして高さ五メートル程の塔が進んで来た。ニーバル側から見ても、その塔は目立つ物であったが、ニーバル軍の兵士は何も感じなかった。何だありゃ、上に人が乗ってるみたいだが、何をするつもりやら、くらいに思っただけであった。これこそ、ロキの発案によって作られた『測射の塔』であった。タゴロローム側から弓兵士が進んで来たのを見て、ニーバルは自軍からも弓兵士を前に出すように命じた。敵は存外芸がない。正面から戦うつもりのようだ。とニーバルは笑った。

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笛の音のが何になるのかは今

笛の音のが何になるのかは今一つ知らぬ顔のハンベエであったが、果たし合いは本業、避けて通れぬところであった。明け方少し前の、タゴロローム郊外、無名の原っぱで、テッフネールはハンベエと言う男を待っていた。昨日タゴロローム陣地を陰形して見張る内、ロキと呼ばれる少年が街に周大福教育出かけるのを見かけ、その少年に『果たし状』を言付けた。少年はテッフネールに声を掛けられ、びっくりしたような顔をしたが、恐れる風情も無く、『果たし状』を届ける役を引き受けた。ただ、去り際に、「ハンベエが負けるわけなんてないんだから、諦めたらあ。」と少年に胴間声で言われたのには閉口であった。危うく膝カックンになるところであった。思えば、テッフネールの戦歴の中で二度も仕留め損なった事などかつて無かった事であった。今度こそはと、テッフネールは意を決していた。果たして、ハンベエは来るや否や、来るとすればどの方向から来るのか。タゴロロームから真っ直ぐに来るなら白虎の方向則ち西から来る事になる。自らは今、原っぱの東の端に身を潜めている。この時刻ならば東にいる方が太陽を背にする事ができ、優位に立つ事が出来るのだ。来た!この気配は間違いなくハンベエに相違ない。テッフネールはゆっくりと立ち上がり、塵を払って剣を抜いた。(西から真っ直ぐやって来るとは、迂闊な奴でござるな。したたか者で、駆け引きに長けていると思ったは、買い被り過ぎでごさったか。)そうこう思案のうちに、足速にハンベエは近付いて来ていた。まだ十数歩の向こうではあるが。「一人で来るとは見上げた度胸でござるな。今日も、鎖帷子の類は身に付けておらぬ様子。みどもの太刀を見切ったという自惚れか、それとも死にに参ったか。」テッフネールの指摘通り、今日のハンベエは平服に『ヨシミツ』をさしているだけで、何ら防護用のものを身に付けていない。「果たし合いを始める前に、一ついいか?」丁度地平から顔を出した太陽が、テッフネールの背後から光を放つのを目を細めて眩しげに見ながら、ハンベエは口を切った。「・・・・・・はて? 何でござるか?」「ステルポイジャンの側から俺達の側に鞍替えしてみる気はないか。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。それが、みどもを動揺させる為に考えたペテンでござるか。・・・・・・子供騙しにもならぬでござるな。」「別にペテンじゃない。こっちの大将の王女エレナが妙にオメエの事が気に入ってるみたいだから、念の為に聞いて見ただけだ。」「みどもがそっちの側に与するわけもござるまい。それに、みどもが働いているのはステルポイジャンの為ではござらぬ。太后モスカに頼まれて、お前達を潰しに来たのでござる。」

「・・・・・・モスカ・・・・・・。」

ハンベエは怪訝そうにテッフネールを見詰めた。「ふん、合点が行かないという顔付きでござるな。確かに、太后は邪悪な人間でござる。妖婦と呼んで間違いない。だが、正道を守って我慢を重ねても報われる事などないこの浮世。ならばいっその事、邪悪なる者に手を貸して清らかなる者を滅ぼすのも、それはそれで面白いと言うもの。」

「・・・・・・。」

「ハンベエ、お前こそ、ナニユエに王女などの為に働いてござる。大方、正義の騎士でも気取っているのでござろう。ただの無頼漢の分際で。」

「・・・・・・、この俺の進む道に正も邪もない。風に流れる雲と同じ、ただの成り行きだ。」

「ただの成り行きで命を捨てるか、命は惜しくはないでござるか。」「命が惜しいのは、オメエの方だろうが。二度も逃げやがって。」「ふん、ハンベエ、貴様などはみどもが次の場所へ移る為の踏み石に過ぎぬでござる。踏み石に蹴つまずいて転ぶわけには行かぬでござるからのう。しかし、今日は地の利も得て、みどもが圧倒的に優位でござる。万に一つの負けもござらぬ。」テッフネールは嘲笑うようにして言った。「そうかい、じゃあ、とっとと殺し合おうぜ。」ハンベエは『ヨシミツ』を抜いて脇構えを取った。テッフネールはこれを見ると、剣尖を頭上に掲げ、ゆっくりとハンベエに迫った。ただでさえテッフネールは厄介な敵である。それが太陽を背にしているのである。流石にハンベエもそのまま斬り込んで行こうとはしなかった。右に走った。「させぬ。」テッフネールも向きを変え、ハンベエを遮るように太陽を背にしたまま、平行に走った。ハンベエは足が速い。だが、テッフネールは少しも遅れずハンベエと平行に走る。走りながら身を寄せて来て横殴りに斬り付けて来た。ハンベエは後ろに跳んで躱した。相手が太陽を背にしている為、距離感が掴めない。それでも何とか躱した。ハンベエは今度は左に走った。テッフネールもやはり左に走った。

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しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう?

しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう?権門の府は衆怨を被り易く、まして徴税吏は怨嗟の的。武力も無く、ただ権力のみで高みに位置し、その座を滑り落ちた猿がどんな目に逢うか想像出来なかったのであろうか?実は嫌われ者の身であった事を知らなかったのであろうか?返す返すも哀れを留める話であった。私利を貪っていたのは幹部のみでは無かった。上がこうである。王国湊b課程金庫の吏員は役得と称して、多かれ少なかれ不正に加担し、利益を享受していた『いっその事、全部追い出してしまおう』とロキは提案したが、『それでは徴税業務に差し支える。兵士にそんな仕事をさせても絶対に上手くはいかない。一罰百戒を以て事を収めよう。』とモルフィネスが不問に付したのであった。ロキもそれもそうかと納得した様子であった。こうして、ハンベエはどうにかこうにか戦費調達問題に目処をつけたのである。王国金庫には金貨80万枚以上が貯蔵されていた。守備軍陣地に戻ってハンベエに報告を行ったモルフィネスは最後に一言付け加えた。「ロキが居なかったら、どうなった事やら。これほど上手く事が運んだのは全てあの少年の手柄だ。これからは私もロキに対する侮りを改める事にする。」これに対し、ハンベエは珍しく相好を崩した。鮮やかなほど嬉しそうな顔付きであった。で、今回の主役ロキがその頃どうしていたかと言うと、王女エレナを尋ねて自分の手柄話を吹き捲っていたのである。王国金庫の特別監査に名を借りた吸収劇に先立ち、タゴロロームを後にし、不穏な空気立ち込めるゲッソリナに向かった人間がいた。イザベラである。モルフィネスの参入を受け入れたその日の夜、ハンベエの要請に従ってイザベラは軍司令官執務室にやって来た。「来たよ、ハンベエ。アタシに頼みって?」「早速だが、ゲッソリナに戻ってステルポイジャン達の動向を探って貰えないだろうか?今日動くか明日動くかと戦々恐々のこちらを知ってか知らずか、兵を動かしたと云う風聞すら聞こえて来ない。随分と気になるのだ。」「ふーん、それでアタシに探って来いと。他の奴じゃ駄目なのかい。第一諜報活動なら、モルフィネスが群狼隊を使ってやってるようじゃないか。」「敵の内情を見極めるのは、それなりの奴でないと信が置けない。」「いいのかい?ハンベエには随分と貸しが貯まってるんだけど、このまま行くとアタシへの借りでがんじがらめになるよ。アタシはその方が有り難いけど。」イザベラは妖しく微笑みながら、ハンベエに擦り寄った。ハンベエは困ったように見返した。この妖気かと思えるほどフェロモン満載のイザベラの誘惑に何処まで耐えられるのか、かなり自信が無くなって来ている。その内にパックリ喰われてしまうのでは、とハンベエは不安である。だが、何故誘惑に耐えねばならないのだろう?その答はハンベエ自身分からない。分からないが、この若者は強情に耐えようと心を定めていた。そうは言ってもイザベラの事が嫌いなのではなかった。今はそんな場合ではないと思うばかりだ。「いずれ、この乱も収まり、共々生きてあれば、ゆるりと物語りでも交わしながら、借りを返したいものと考えている。」「およ?ハンベエにしてはロマンチックなセリフだね。上出来だよ、アハハ。」「そもそも、これは王女の為でもあるんだぜ。」「解っているよ。じゃあ、明日早朝、司令部の屋根の上で待っていて。ちょっと準備する事が有るから。」イザベラはそう言って部屋を立ち去った。明けて早朝、ハンベエは司令部の屋根に登った。司令部は石造りである。屋根は平板で、人が歩けるようになっていた。いわゆる陸屋根と呼ばれる形であり、司令部内部から階段で屋根に出る事ができる構造になっていた。囲いのない屋上と言った形である。

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ハンベエの言い回しに

ハンベエの言い回しに、勘のいいロキは、ピンと来るものがあったらしく、「ええー、オイラ達を見守ってくれてるなんて本当?、そのさる偉い方に感謝しなくちゃ。」 ロキはハンベエに合わせて、さも感激したように言った。「その頼もしいおじさんがロキの身が危ないっていうのに助けてくれないなんて事はあり得ない。その事は我が愛刀『ヨシミツ』にかけても断言する。」無針埋線效果イ、要は、お前の正体はバレてるぞ、この小僧の身に何かあったら、お前だって困るだろう。・・・そう言いたいわけね。でもって、頼みを引き受けなければダンビラ振り回すぞって事ね。)ボーンはハンベエやロキの言い草にそう思った。さっきからのやり取りに混乱して、若干やけくそ気味になって来たボーンは、いい加減解放してもらいたくなって、「何だか分からないけど、明日その小僧の護衛をすればいいのか?」 と言った。

.「その通り、貴公中々話が分かるじゃないか。」 とハンベエが言えば、「おじさん、迷惑かもしれないけど、引き受けてくれないかなあ。何せハンベエは血の気が多くて、断ったりしたら、この場で刀を振り回して暴れ出しかねない奴なんだよ。その上、暴れ出したら、そこら中血の海になりかねないって危なすぎる奴なんだ。」とロキも調子に乗って脅しをかける。「何だか変な疫病神に取り憑かれたような気がするが、分かったよ。引き受けるよ。でも今から、用事が有るんだ。」「なら、明日の朝7時前に『キチン亭』の前に来てくれ。朝飯位は奢る。」「分かった。7時に『キチン亭』の前だな。それじゃあな。」 こうして、ボーンは口約束とはいえ、ロキの護衛を引き受けるハメになってしまった。ありえねえ!「待ってるからねえ、絶対来てよお。」ボーンは一刻も早く、この場から立ち去ろうと足速に歩き出した。本当は一目散に駆け出したいのを堪えてるようにも見えた。 ボーンの姿が見えなくなるまで、黙って見送っていたハンベエとロキであったが、姿が見えなくなると互いに顔を見合わせ、ニンマリと笑った。「というわけで、敵の見張りに身を任せる事になったが、怖くはないか。」「冒険小説の主人公みたいでワクワクするよ。」息もぴったりの二人であった。 明くる日、つまりハンベエとロキがゲッソリナについて2日目の朝、昨日と同じくハンベエが早朝の鍛練をしている頃、ゴロデリア王国宰相ラシャレーは、王宮の執務室で、例の『声』から報告を受けていた。 丁度、ハンベエ達とボーンのやり取りが報告し終えられたところである。「お話したような流れで、私の部下がハンベエとガブレエルの決闘について行く事になったのですな。」「使える奴に見張らせろ、っと言ったはずじゃが。」

. 「なかなかどうして、今回行かせたボーンというのは、部隊の中でも1、2の優秀な奴でしてな。ハンベエという男が規格外なだけだと思いますな。」「で、おまえは、そのボーンにハンベエの決闘の手助けを命じたわけだな。」「そうですな。ロキはハンベエがベルガン達に殺された後に、攫(さら)ってくればいいわけですからな。」「万一、ハンベエが勝ったら、いかがいたすのだ?」「その時は、ロキを攫うのは中止ですな。ボーンの手には負えないという事になりますからな。」「それでいいと思うのか?仮にも敵の手助けをする事になるのじゃぞ。」「私等の世界では、誰が敵で誰が味方かなどという事はそう簡単には決め付けられませんな。ハンベエ達はまだ敵と決まったわけではないですな。」「五人も殺されておるのにか?」「あんな雑魚どもの事は忘れてしまうのがいいですな。仇をとっても、連中が生き返るわけでもないですな。ハンベエを片付けるのにかかる被害の方が恐ろしいですな。それにベルガンは何かと評判の悪い持て余し者、地位をかさに着て色々不正の噂もありますな。ハンベエが片付けてくれるなら、願ってもない事だと思いますな。宰相もベルガンが消えても困る事はないと思いますな。」「確かに、ベルガンのような奴が消えたところで王国の痛手にもならんがの・・・ベルガンはわしも気にいらん奴であるが、一応町の治安管理者じゃ。それが素性も知れぬ流れ者に討たれたでは王国の威信はどうなるのかの?・・・まっ、ベルガンの方は大勢で行くじゃろう。ハンベエが助かる見込みはないじゃろうから、考えても仕方ないかのう。」

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彼の家の最寄りの駅で降り

彼の家の最寄りの駅で降り、駅の近くのスーパーに立ち寄る。普段会うときは外食が多いため、私が手料理を振る舞う機会は少ない。正直、料理には自信がない。確実に久我さんの方が手際も良いし上手だ。それでも、少しでも喜んでもらえるのなら、苦手な料理にも挑戦しようと思える。恋が、こんなに人を変えるものだとは思わなかった。何を作るか悩みながら買い物するのは楽しい。自分一人のために作るものだったら、こんなに悩むことはない。和食にするか洋食にするか、無針埋線效果中華か……。スーパーの中を何度も周り、買い物を終えて彼のマンションに着いた頃にはだいぶ時間が経ってしまっていた。「やばっ!もうこんな時間……早く作らないと」バッグからキーケースを取り出し、貰ったカードキーを差し込んでオートロックを抜ける。エレベーターに乗り上に向かう間も、私は少しドキドキしていた。そして、誰もいない彼の部屋に足を踏み入れた。「お邪魔しまーす……」合鍵を使って彼の留守中に部屋に入るという特別感に、少し酔いしれてみたけれど、すぐに我に返り支度を始めた。「まずはお米を炊いて、それから肉をこねて、お風呂もすぐ入れるようにしておいた方がいいよね……」独り言を延々と呟きながら、お米を炊き、お風呂掃除を軽く済ませ、今日の夕食のハンバーグ作りに取り掛かる。「どれぐらいの大きさがいいかな……」料理って楽しい。初めてそう思ったかもしれない。相当手際は悪いけれど、どうにか夕食を作り終えたところで、タイミングよく久我さんが帰宅した。「ただいま」「おかえり。ご飯、ちょうど今出来たの。ナイスタイミング!すぐに仕上げるから、食べよ」すると帰宅したばかりの彼は、キッチンにいる私のそばまで来て頬を緩めた。そして、私の口の端に指先で触れた。「味見したの?ソース付いてるよ」「うわ、恥ずかしい……ありがとう」「何か、こういうのっていいね」久我さんは、指先に付いたソースを舌でペロリと舐めた。その仕草からは信じられないくらいの色気が溢れ出ていて、私は彼の行動から目を離せなかった。「美味しい。食べる前に、着替えてくるよ」「あ……うん、わかった」もう、どうしてこの人はこんなに簡単に私を翻弄するのだろう。いまだに見とれてしまうなんて、どれだけ好きになってしまったのか。どうにか気持ちを切り替え、私はせっせと作った料理をテーブルに運んだ。この日の夕食は、一枚のプレートにハンバーグとオムライス、それからシーザーサラダと三種類の焼野菜を乗せた。スープは余った野菜をたっぷり入れて煮込んだミネストローネだ。全部、ネットでレシピを見ながら作ったけれど、こうして見ると見映えは悪くない。ただ、オムライスの卵がうまく半熟にならず、若干固まってしまったことは悔やまれる。「凄いね。全部美味しそうだ」「オムライスが思ったよりボリューム凄くなっちゃったの。多かったら残していいから」「いや、ありがたく頂くよ」滅多に作らない手料理は、どうやら久我さんの口に合ったようだ。何度も美味しいと言いながら、全てたいらげてくれた。私の作った料理を口に運ぶ彼を目の前で見つめながら、思った。こんな日が毎日続けばいいのに、と。本気でそう願ったのだ。「卵って、どうやればトロットロに出来るんだろ。火加減が難しいのかな」「僕はこれくらい火が通ってる方が好きだけどね」「そう?それなら良かった」ボリュームたっぷりのプレートを、結局私も完食してしまった。今度は何を作ろうか。そんなことを考えながら、私は食器を手に立ち上がった。「ねぇ、今日はワインにする?それとも日本酒?たまには芋焼酎もいいかな」「蘭が決めていいよ」食後は大体晩酌と決まっている。冷蔵庫の中から美味しそうなカマンベールチーズを見つけ、今夜は一瞬でワインの気分になった。

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そこから積丹に到着するまでの間

そこから積丹に到着するまでの間、私たちは依織のどこが好きなのかを思う存分語り合った。「私は依織の唇が好きなんだよね。ちょっと厚めで、リップ塗らなくても綺麗な色してるの。何度キスしたいと思ったことか」「お前、今までよく我慢してきたな。キスなんて、女同士なら酒で酔っ払えばノリで出来るチャンスあるだろ」「バカなこと言わないで。好きな相手にノリでキスとか、あり得ないでしょ。それに、私どんなに酒飲んでも酔えないから」「確かに」酔ったフリをして依織の唇を奪うなんて、考えたこともない。そういう狡いことだけは、したくなかった。豪華 遊艇 、積丹に着いたらどこに向かえばいいんだろ」「ちょっと七瀬に電話してみて」甲斐に言われ、依織に何度か電話を掛けてみたけれど、一向に出る気配がない。こうなったら、もう手掛かりはあの人から得るしかなかった。久我さんにどこにいるのかラインを送ると、一分もかからずに返事がきた。綺麗な夕焼けが見える絶景スポットにこれから向かうらしい。恐らくこれから依織にフラれると彼もわかっているはずなのに、そんな状況でも雰囲気を重要視するのが久我さんらしいと感じた。私はすぐにその場所を甲斐に伝え、車を走らせた。それから二十分後、ようやくその場所に到着し車から降りると、久我さんに抱き締められている依織の姿が目に飛び込んできた。「七瀬!」私よりも先に依織の名前を叫んだのは、甲斐だった。突然現れた甲斐と私を見て、依織は目を丸くして驚いている。反対に久我さんは、私たちが来ることを知っていたからいつもの余裕の表情で出迎えた。「甲斐も蘭も……どうしてここに?」「お前、何でスマホ繋がらないんだよ。どこかに落とした?」「え?スマホはバッグの中に入れてあるけど……それより二人とも、どうして?」私は、まだこの状況を飲み込めていない依織に近付き、耳元で囁いた。「依織、私に感謝してよ。あんたと甲斐の二人にとって最高のきっかけを私が作ってあげたんだからね」「待ってよ、何を言ってるのか意味が……」「じゃあ、頑張って。私はこのまま久我さんに送ってもらうから」これでいい。この行動を、私はきっと後悔しない。長年大切にしてきた初恋は、今日で終わらせるのだ。「久我さん、私も乗せてもらっていい?」「まさか、本当に乗り込んでくるとはね」「何言ってるのよ。こうなるってわかってたくせに」私は半ば強引に、彼の車の助手席に乗り込んだ。遠くから、依織と甲斐の姿を見つめる。あの二人は、確実に今日これから互いの想いを伝え合うだろう。嬉しそうに涙を流す依織の姿を想像しただけで、胸の奥がじわりと温かくなった気がした。「せっかくだし、どこかに寄って帰ろうか。どこか行きたい所ある?」「……久我さんの告白の邪魔をしたことは、悪いと思ってる。ごめんなさい」謝るくらいなら、するべき行動ではなかったと非難されても仕方ない。それなのに、久我さんは私に怒りをぶつけるようなことはしなかった。「君が僕に謝る必要はないよ」「え……」「僕は僕で、自分の思うように行動した。君は君の思うように行動した。お互い、自分の気持ちに素直になって行動しただけだよ。だから、謝らなくていい」「……」久我さんは、とても大人だと思う。自分もとっくに大人だけれど、思考はまだまだ幼稚な部分がある。でも彼は、何に対して怒るべきなのか、何に対して謝るべきなのかをちゃんと知っている。いつも間違えてばかりいる私とは、根本的に違うのだ。「それに正直に言うと、君が現れたとき少しホッとしたんだ」「え?どうして……」「どうしてかな。君の顔を見て、張り詰めていた気が緩んだのかもね」

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あの女の方は、間違いなく甲斐にまだ未練がある

あの女の方は、間違いなく甲斐にまだ未練がある。でも、甲斐の気持ちが依織からあの元カノに動くことがあるのだろうか。「え、甲斐くん元カノとヨリ戻しそうなの?」「俺の勘では、そうだと思うんだよな。桜崎はどう思う?」甲斐がもしも元カノとヨリを戻したら……依織はきっと大きなショックを受けるだろう。「……さぁ、どうだろ。元カノの方は、甲斐とヨリを戻したくて必死だろうけど」三人で延々とそんな話をしていると、突然スマホのバイブ音が響いた。三人で一斉に自分のスマホを確認したけれど、鳴っているのは誰のものでもなさそうだった。湊b課程 ホ鳴ってんの?」「あぁ、甲斐のだ」見ると甲斐のスマホが床の上に置きっぱなしになっている。なかなか鳴り止まない着信に対してしつこいと思いながら画面を覗き込むと、画面には『高橋真白』と名前が表示されていた。「うわ!噂をすれば、これ元カノの名前じゃね?」「あ、鳴り止んだ」画面には、不在着信一件が表示されている。あの女、まさか甲斐が同期と温泉に来ていることを知っていてわざわざ電話してきたのだろうか。だとしたら、結構面倒くさいタイプかもしれない。「俺、ちょっと甲斐呼んでくるわ」「わざわざ呼びに行かなくても……」「だってもし大事な電話だったら、甲斐が困るだろ」そう言って青柳は、甲斐のスマホを手に取り部屋を出て行ってしまった。「あーあ、二人の邪魔しに行っちゃった。甲斐くんと依織さん、今頃イチャイチャしてたりして」「それはないでしょ。依織の体調が悪いときに、甲斐は手出せないだろうし」「確かに甲斐くん、そういうところ真面目そうですもんね。でも蘭さんも、二人の恋がうまくいけばいいって思ってますよね?」「……」思っていると、素直に即答出来ない自分が苦しい。私は美加ちゃんのように、純粋に二人の恋を応援することは出来ない。「……私は、依織が幸せになるなら、それでいいかな」依織が誰を好きになってもいい。ただ、幸せそうに笑っていてくれるなら、私はそれだけで嬉しくなる。「蘭さんと依織さんの友情って、本当に羨ましいです」「え……」「ちゃんとお互い想い合ってるのが伝わってくるので、いいなぁって」すると、美加ちゃんとの話の最中に青柳が一人で部屋に戻ってきた。「甲斐は?」「廊下で電話中」戻ってきた青柳と入れ替わりで、私は部屋の扉を少しだけ開けた。すると開いた扉の隙間から、甲斐の話し声が微かに聞こえてきた。「あぁ、楽しんでるよ。うん、うん。そう、今皆で部屋で飲んでた」元カノと電話で話しているときの甲斐の口調は、私と話すときのものと何も変わらない。時折笑顔を浮かべながら相槌を打ち、そう長くは話さずに電話を切った。

私は扉の隙間から覗いていたことがバレる前に、室内に戻った。部屋に戻ってきた甲斐に、青柳と美加ちゃんが元カノのことを聞き出そうとしたけれど、甲斐はあまり話したくないのか軽くあしらい、その後は何か考え事をしているのかずっとぼんやりとしていた。「ねぇ、甲斐。依織の様子、どうだった?体調だいぶ悪そう?」「え?あぁ……そうだな。ゆっくり寝かせてあげた方がいいと思う。熱出てたし」「……依織の不調に、よく気付いたね。私はすぐに気付いてあげられなかった」「俺も、たまたま気付いただけだよ」そう言い残し、甲斐は「風呂に入って頭冷やしてくる」と言いタオルを手に持ち部屋を出て行った。頭を冷やすって……依織と何かあったのだろうか。それとも、元カノ?私は、気になったことはそのままにしておけない性分だ。結局その日の内に甲斐から話を聞くことは出来なかったため、翌日じっくり話を聞くことにした。

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「あー……もう……何やってんだ、私……」

「あー……もう……何やってんだ、私……」確かに涙は消え去っていたはずだったのに、どうしてあの場面で泣いてしまったのだろう。あの人に渡したくない。甲斐は私の目を見て、ハッキリとそう言った。無針埋線效果、キスを受け入れようとする前に、私は自分の気持ちを伝えるべきだったんだ。涙を流している場合じゃなかったのに。「青柳も……部屋を出てから言ってよ……」真白さんから連絡がきている。ただそれだけのことで、こんなにも不安になり、こんなにも胸が苦しくなってしまう。私は布団の中に潜り込み、深い溜め息をついた。その日は結局、気持ちを伝えられなかった後悔に押し潰され、少しも眠れなかった。ただ、私を見つめる甲斐の不安げな瞳だけが、ずっと胸の中に残っていた。「あー……もう……何やってんだ、私……」確かに涙は消え去っていたはずだったのに、どうしてあの場面で泣いてしまったのだろう。あの人に渡したくない。甲斐は私の目を見て、ハッキリとそう言った。あのとき、キスを受け入れようとする前に、私は自分の気持ちを伝えるべきだったんだ。涙を流している場合じゃなかったのに。「青柳も……部屋を出てから言ってよ……」真白さんから連絡がきている。ただそれだけのことで、こんなにも不安になり、こんなにも胸が苦しくなってしまう。私は布団の中に潜り込み、深い溜め息をついた。その日は結局、気持ちを伝えられなかった後悔に押し潰され、少しも眠れなかった。ただ、私を見つめる甲斐の不安げな瞳だけが、ずっと胸の中に残っていた。一泊の温泉旅行を終え、私は甲斐が運転する車で実家まで送ってもらった。でも、昨夜の話の続きをすることはなかった。二人きりではなかったからだ。「まだ少し熱あるんだから、今日はゆっくりしてろよ」「うん、わかった。甲斐も蘭も、いろいろ心配かけてごめんね」「まさか風邪でもないのに熱出すとは思わなかったけどねー。疲れが溜まってたんじゃない?本当にゆっくり休んだ方がいいよ」甲斐と蘭は、だいぶ遅くまで飲んでいたみたいだけれど、全く二日酔いはしていないのか元気な様子だ。「じゃあ甲斐、次は私の家まで送って」「桜崎の家遠いから面倒なんだけどな」「文句言わずに送って。依織、じゃあねー!」私は手を振りながら、立ち去る甲斐の車を見送った。昨夜の話の続きは出来なかったけれど、今この場に蘭がいてくれて良かったと思った。今朝、甲斐の態度が少し私を避けるようなものに変わっていることに気付いてしまったのだ。気のせいだと言われれば、そうなのかもしれない。でも、気のせいだとはどうしても思えなかった。「ただいま」「お帰り、依織。温泉は楽しかった?」実家に帰宅した私を迎えてくれたのは、母だった。「はい、これお土産。皆で食べて」「ありがと。こういう定番の温泉まんじゅうが一番嬉しかったりするのよね。今お茶入れるから、食べて行けば?」「うん」実家に預けられていたもずくは、ゲージの中で私の姿を見つけ嬉しそうに尻尾を振っている。私はもずくを抱きかかえ、ダイニングの椅子に座った。そこからキッチンに立つ母の背中を見つめながら、子供の頃の記憶を思い出していた。私が子供の頃、母は仕事を掛け持ちしていたためほとんど家にいることがなかった。キッチンに立つのは、私の役目だった。そのせいか、たまの休みに母がキッチンに立つ姿を見ることが私は密かに好きだった。母が家にいることが、何より嬉しかったのだ。「で、旅行はどうだったの?甲斐くんとか蘭ちゃんたちと一緒に行ったんでしょ?」「楽しかったよ。温泉もやっぱり凄く気持ち良かったし。でも、昨日の夜急に熱出しちゃって……結局温泉は一回しか入れなかった」「あら、じゃあきっと今、何かに凄く悩んでるのね」「え?」母はお茶を私に差し出し、私の目の前の椅子に座った。「依織は昔から、何か悩み事があるとすぐ熱出してたのよ。すぐお腹もこわすしね」子供の頃から何も変わっていないことに恥ずかしさを感じながらも、急に熱を出してしまった原因が自身の悩み事に直結しているのだと知り納得した。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 17:46 | コメントをどうぞ

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