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雪舞は恨め

「殿下のせいでますますのぼせてしまったわ!」
翌朝、馬に与える飼葉桶を運ぶ暁冬にくっついて回りながら、悪態をつく雪舞の姿があった。
「結局、洗いざらい楊海成吐かされちまったのか?」
にやりと笑う暁冬の肩を、雪舞は恨めしげに小突く。
「決まってるじゃない。殿下に捕まって、逃れられると思う?」

昨夜のことを思い出しているのか、自分で自分を抱き締める雪舞。その姿に見とれていた暁冬は、あ、と声を上げた。
彼女の背後から長恭が現れたのだ。雪舞が気付く間もなく、その身体は逞しい腕の中に囲われていた。驚いた雪舞は小さな悲鳴を上げ、空の桶を落としてしまう。
「朝起きたら、きみがいなかった。寂しかった」
首筋に顔を埋められ、雪舞はおろおろした。やってられ楊海成ねえや、と鼻を鳴らして暁冬はひとり先をゆく。
「雪舞。のぼせはもう治ったのか?斯様に外に出ているとは──」
耳元の囁きに、雪舞は俯く。昨夜の熱がまだ身体の奥に残っていた。日に当たるよりも、こうしてあなたの腕に抱かれている方がのぼせがひどくなりそうだ、とはさすがに言えないが。
日光をよけるように、長恭は雪舞を回廊へいざなった。手に手を取り、吹き抜けの長い廊下をゆっくりと歩く。まだ朝だというのに太陽はじりじりと庭院を照り付けている。蝉の鳴き声が耳を焦がすかのようだ。心地よいはずの風すらも、生ぬるく肌に絡みついた。

「今日も暑くなりそうだわ。こんな日は、雪がとても恋しいわね」
「では、今日は二人で柳絮を見に行こうか」
「柳絮?妙案ね。柳絮は雪のようだもの」
「ああ。きみののぼせも、少しは良くなるやも知れぬ」
「帰りは市場に寄りましょう。皆へのお土産に、お茶を買って帰りたいわ」
まだ晩夏には程遠い。猛暑はしばらく続くだろう。団扇で雪舞の顔をあおいでやり楊海成ながら、長恭は空を見上げた。雲ひとつない蒼穹。空は涼やかなのに、何故地上はこうも暑いのか。
「貸して。殿下こそ汗をかいているわ」

不意に雪舞が団扇を取り上げてしまう。長恭はこめかみを伝う汗を袖口でぬぐった。
「返しなさい。私はなんともない」
「殿下ったら、いつも自分のことは二の次ね」
「きみこそ人のことは言えまい?」
離れたところから見守っていた小翠と暁冬が、顔を見合わせて呆れたように肩を竦めた。強情なところは似た者夫婦である。
「仕方がない。団扇をもう一つ、持って行ってやるか」

カテゴリー: 未分類 | 投稿者nbvkjud 15:26 | コメントをどうぞ