泣きそうな顔で、ギュッとしがみつく

「…っ」

 

泣きそうな顔で、ギュッとしがみつく。

 

牙蔵は醒めた心で、微笑んだ。

 

「んぁ…っ」

 

姫がおさまったところで、またゆっくり動くと、我慢できない吐息が姫の口から漏れた。

 

カタン…と襖の向こうで音がする。

 

「…姫様?」

 

侍女の声だ。

 

牙蔵は少しおどけるように目を開き、わざと襖の方を見てから首をかしげて美和を見つめた。

 

『どうすんの?俺は別にばれてもいいけど』というように。

 

美和は焦って、赤くなって声を出す。

 

「だ、大丈夫です、何も」

 

「姫様?さっきから何か変な音が…入ってもよろしいですか?」

 

「ダメ!なりません」

 

美和が声を張ったところで、グッと腰を推し進める。

 

「…んうっ!」

 

涙目で牙蔵を見上げる美和に、牙蔵は意地悪く微笑んだ。

 

「姫様?どうかされましたか」

 

「っ…少し、1人にしてください。…泣いて…っ…いたのです」

 

「…姫様…」

 

「お願いっ…今日だけ…は」

 

「………わかりました…」

 

侍女が次の間から外へ出て行く気配がした。

 

侍女が起きているのに、加減なく美和を攻めた牙蔵を、美和は恨めしそうに見つめる。

 

「意地悪なお方…」

 

「よく言われる」

 

牙蔵は姫を抱え起こして後ろ向きに寝かせた。

 

「…何を…」

 

「気持ちいいこと」

 

そのまままた繋がると姫はすぐにビクビクと痙攣した。

 

「…あっ」

 

おさまる前に動くと、苦しがってジタバタと手足を動かす。

褥に押さえつけて、上から攻める。

 

「んあっ…あ…あ…あ…」

 

何度も痙攣して、姫はぐったりとなった。

 

牙蔵は姫からスッと離れて、その背中を撫でる。

 

 

「…あなたの…お名前を」

 

荒い息がおさまる頃、姫はとろんと潤んだ瞳で牙蔵を見上げる。

 

「…」

 

答えない無表情な牙蔵を美和は見つめる。

牙蔵の着物は乱れていない。最中も、息さえ乱れていなかった。服を全て脱いでいるのは、自分だけなのだ。

 

「…あなたは…悪い方なの?」

 

牙蔵は片方だけ口角を上げた。

 

「そうだね」

 

美和はガバッと起きて、牙蔵にしがみついた。

 

「だとしても…いい。

 

あなたが誰でも…いい。

 

また、会えますか…会って、くれますか…」

 

「…」

 

牙蔵は無表情で、ピクリとも動かなかった。

 

「もう遅い。…眠るといい」

 

スルッと頭を撫でると、とたんに美和の目がトロンとなった。

 

自分に体重を預けて、気を失うように眠りに落ちた美和を、牙蔵はゆっくり褥に横たえた。

 

「…」

 

 

月が雲に隠れる頃ーー闇に紛れて牙蔵は沖田の城を出た。

 

屋根から塀、塀から大きな木に飛ぶ。

 

ーーと

 

「…」

 

城の庭から、まっすぐこちらを見ている男と視線がぶつかる。

 

「ーー…」

 

沖田の忍だ。

 

雰囲気から、かなりの手練れなのはわかった。

 

「…」

 

牙蔵は視線を絡めて、臨戦態勢に入るーーが、

 

その男は、視線を外すと、踵を返して行ってしまった。

 

「…」

 

深追いは無用ーー牙蔵もまた、音もなくその場を後にしたーー。ーーーーー

 

軍議は遅くまであったようで、それでも夜に、仁丸と信継が揃って詩の離れに来た。

 

きちんと3人分用意された食事。

 

信継が、包みを手に、詩に渡す。

 

「桜、これ…やる」

 

「あ…ありがとう、ございます」

 

両手で受け取ると、仁丸が信継を睨んだ。

 

「桜、当然僕からもあります」

 

仁丸からも、包みを渡される。

 

「ありがとうございます」

 

「先に、開けてみてください」

 

仁丸からウキウキした表情で言われ、詩は包みを開ける。

 

「…」

 

中身は、髪結いに使える、美しく編まれた幅の広い組みひもだった。

色とりどりの糸が、丁寧に編み込まれている。

 

「母からです。『寵姫の桜姫によろしく』と」

 

「とてもきれい、です

 

仁丸様のお母様が作って下さった大事なものを、

 

私がいただいてもよろしいのでしょうか…」

 

「もちろんです」

 

仁丸が胸を張る。

 

「ありがとうございます、大切にします」

 

詩は頭を下げた。

 

「ま、俺のも開けてくれるか、桜」

 

信継が詩をじっと見る。

 

詩は頭を下げて、信継の包みも開ける。

 

「…」

 

中身は、たくさんの種類の、美しいお菓子だった。

 

「きれいですね…こんなにたくさん…ありがとうございます」

 

信継がボソッと呟く。

 

「ああ。

 

桜は…その、アレだからな」

 

「…?」

 

詩が首をかしげると、信継が赤くなって鼻を掻いた。

 

「その…まだ子どもみたいに…カラダが小さいからな…

 

もうちょっと、…成長しないと」

 

とたん、何を言われたかわかって、詩は羞恥心で、ボッと赤くなった。

ほんの昨日の、洞窟でのことが蘇る。

裸の肌と肌が触れ合い、きっと全て見られていたーー

 

仁丸は、詩と信継を交互に見て、怪訝な顔をしている。

 

「まあ、その…なんだ。

桜はまだ成長期だから…

 

早く、…大きくなれ、…よ?」

 

「…っ」

 

詩は真っ赤になって思わずプイっと信継から顔を背ける。

 

「桜?どうしたんですか」

 

仁丸が不思議そうに詩を見た。

 

「…知りません…」

 

詩は赤くなっている。

 

信継も赤くなって、頭を掻いた。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 22:22 | コメントをどうぞ

そう言うとクービルは剣を手放し

そう言うとクービルは剣を手放し、崩れ落ちるように横たわった。

「後で人を寄越して、丁寧に埋葬させる。あばよ。」

ハンベエはクービルに軽く会釈してエレナの待つ陣地に戻って行った。

 

「しかし、見えるもんだな。くっきりと見えたぜ。」

本陣に向かいながら、ハンベエは思いだしたように独り言を言った。

はて、見えるとは何の事か。或いはハンベエはクービルの放った真空の刃が見えたのだろうか。見えないと断言は出来ない。空気は見えないとされるが空中には様々な微粒子が浮いているはずである。埃などは眼に明らかであるが、他のものも多数有るはずだ。それらの物は実は意識されないだけで眼に映っているいるのかも知れない。真空の刃は空気に裂け目を生じる。とすれば、そこだけが周りの空気と異なった状態になる。それをハンベエの異常に研ぎ澄まされた感覚が捉えた、という事は有り得る。 いずれにしても途中までは互角の勝負であった。クービルが必殺と信じて両撃風刃殺を出そうとせず、通常の攻撃防御に努めていたら勝負はどう転んだか分からない。とハンベエは思っていた。

(生と死を分けたのは結局運か? クービルが必殺技などに頼らぬもっと辛抱強い、用心深い性格であったら、或いは敗れていたやも知れぬ。)

勝負の後の反省はハンベエの癖である。感心な事にまだ修行中の心は消えていないようであった。

「ハンベエ、生きてるって事は勝ったって事だな。」

王女の天幕の前でまだ立っていたヒューゴが声を掛けて来た。

「当たり前じゃないかあ。ハンベエが負けるわけなんて無いよお。」

ヒューゴの隣でロキが当然のように言う。天幕の周りには侍女達が閉め出されたままであった。かなりの時間が経っているはずであったが。

「王女は。」

ハンベエは首を捻って誰ともなく尋ねた。

「待っておいでだよ。ハンベエが来たら、中に入ってもらうようにとの事だ。」

ヒューゴが答えた。腕を振るう相手をハンベエに持って行かれた憤懣か、少し面白く無さそうである。

黙って、ハンベエは天幕の中に入っていった。

エレナは天幕の中央で端座し、膝にハイジラの頭を乗せて彼女の髪を撫でていた。ハイジラが裸にされたのかどうか不明だが今は服を着ていた。

「又斬り合いをされていたようですね。」

入って来たハンベエを見てエレナは言った。別に咎める気は無いようで、他意の無い口調だ。

「うん、相手は十二神将のクービルって奴だ。もう片付けたが、王女の首を取りに来たって言ってたいた。」

「それでは私が御相手をしてあげなければいけなかったのでは。」

思わぬ言葉がエレナの口を突いて出ていた。冗談めかした声音ではなく、かと言って文句がある様子でもない。ただふと思った事を言ってしまったという様子であった。

「うーん、無礼な事を言ってしまうけど、王女の手にはまだ荷が重かったかも知れない。」

「そうですか。今回もハンベエさんのお陰で命拾いと言う事ですね。重ね重ねお礼を言います。」

「うん、素直に礼の言葉を貰って置こう。」

とハンベエは言った。気のせいか、眼前のエレナに以前に比べて明るい雰囲気を感じて皮肉を言う気も失せてしまっていた。

「それで、その娘。」

とハンベエは話を変えた。「衣服を脱がせて調べました。ハンベエさんの心配していた物はこれ一つですね。服の襟の内側に縫い付けられた鞘に収まっていました。」

エレナは柄も併せて十五センチほどの細身の短剣を手に取って見せた。切っ先の鋭い両刃の物で、柄まで一体の鉄で出来ている。

「一本だけか。守り刀と言ったところか。」

「それより、この子の身体ですけど、あちこちに小さな切り傷、刺し傷が有りました。どれももう塞がっている古いものですけれども。」

「なるほど。」

とハンベエは腕を組んだ。あの異常なハイジラの脅えよう、『お仕置き』という言葉。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 21:35 | コメントをどうぞ

いつの間にか貴族達の取り纏め役的地位に上り詰めていたノー

いつの間にか貴族達の取り纏め役的地位に上り詰めていたノーバーを先頭に彼等は言外にその寝返りを匂わせながら、エレナ達の討伐を強硬に主張した。何故、貴族達がエレナ達の討伐を訴えたのか。その理由は領地問題に有った。彼等貴族達は今領地を離れ、その一族郎党を引き連れてゴルゾーラの軍に身を投じている。エレナ側に降伏しても良かったかに見えるのに、それをせずゴルゾーラ側に降ったのは一重に自分達の領地保有を案じたからである。何故そうなるかと言うと、international school list in hong kong それは戦勝軍であるエレナ軍の論功行賞に対する危惧である。本来彼等貴族達はゴロデリア王国の膨張に伴い吸収されて来た独立の領主であった事は既に述べた。そして、ゴロデリア王国の軍の主力を為すものは独立自営農民出身の兵士であり、彼等貴族は寧ろ傍流であった事も。戦勝軍であるエレナ軍は自分達の兵士に報酬を支払うであろう。命を的に戦い、手柄を立てた兵士に報酬を払うのは古来から軍を統率する者の義務である。その報酬の一番通常の物は土地であった。ゴロデリア王国は貨幣経済の発達した国柄であった為、兵士に金銀で給与を支給はしていたが、戦勝に置ける褒美は又別であり、兵士達の望みもやはり究極的には土地所有に向かう事がほとんどであった。.  今回のエレナ軍兵士達の戦功は著しいものがある。当然、それに対する報酬もそれ相応のものが予測される。では、その土地は何処から供給されるのか。勿論、ステルポイジャン軍の支配していた領地もある。しかし、それは本来王家に属する土地であり、ステルポイジャン達は王家の下に支配管理していたに過ぎない。王家に属する土地を簡単に褒美として与える道はエレナであってもゴルゾーラであっても採らないであろう。何故なら、それは王家の力の衰えに繋がるからである。そう貴族達は考える。そして、今この時において、彼等貴族達は将に敗残者の位置にいた。ステルポイジャン軍達に所属したのは半ば脅迫に屈したのであるが、今更そんな言い訳は通用するまい。エレナ達戦勝軍はきっと彼等の領地を没収して配下兵士に与えるに違いあるまい。この理屈を主にノーバーが仲間の貴族に吹き込んだ。他の貴族達も思い当たったらしく、衆議一決してゴルゾーラ軍に降る事になったのである。勿論ゴルゾーラ軍に降ったからと言って彼等の領地権が保護されるわけではない。王女と太子が平和裏に軍を収め、新たなる国王(どちらがなるにせよ)の下にゴロデリア王国の治世が始まった場合、エレナ軍の兵士達に対する行賞の問題は残るであろうし、貴族達の領地を以ってそれに充てると言う危惧は去らない。彼等貴族達の心情としては、そして客観的情勢判断としても又、どうあっても勝ち組にならなければならなかった。戦勝軍に属してこそ初めてその地位も権益も保証されるのである。それ故に、彼等としては戦争に此処で終わられては困るのであった。王家の身内同士の争いは悲しむべき事であるとか、既に暴悪の徒ステルポイジャン軍は滅んだとか、

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 03:40 | コメントをどうぞ

殺されるかと

殺されるかと、不用意な一言を悔いたが、ハンベエの殺到して来る足音は聞こえない。「もし命が惜しいなら、俺の前に二度と顔を見せるな。次は容赦はせん。」代わりに聞こえて来たのは、意外やちょっと間延びしているかと思うほど穏やかなハンベエの声音だった。男は振り向きもせず、急ぎ足に去った。ビッコ引き引き、血を流しながらだが。「ハンベエが見逃すなんて真似珍しいね。むやみやたらに人を斬るのは止めたんだあ。」馬の下に戻ったハンベエに馬上からロキが言った。「ただの伝令だ。殺したら、ドブスキーって奴に俺の伝言を届けられんからな。別に情けをかけたわけじゃねえ。しかし、俺だってむやみやたらに人を斬っ” 您是否一直在猜測為什麼您的皮膚永遠 多くの女性が直面する課題の1つは、職場に適した化粧を選ぶことです 美麗可能是您外觀上必不可少的部分,但了解它併購買正確的產品可能會很棘手“てるわけでも無いぞ。斬っていい人間とそうでない人間の区別はつくつもりだ。」「でも、王女様を斬り殺しそうになった事もあったでしょお。」「ふむ。」馬の背に乗りながら、ハンベエは少し考え込む表情になったが、直ぐにロキに言い返した。「だが、ロキの大事な王女と斬り合う事はもう無いから心配するな。」「本当に大丈夫う?」「大丈夫だ。俺が抜かなきゃ、王女は斬り付けて来れるような人間じゃないと気付かせてくれた奴がいたからな。」「成る程、確かにその通りだあ。」ロキは何が嬉しいのか、ニコッと笑った。「アカガネヨロイのドブスキーか・・・・・・。」ハンベエは呟くように言った。これは独り言らしい。「それ誰?」「さっきの連中に俺の命を狙わせた奴らしい。今ゲッソリナを荒らし回ってる野盗共の親玉らしい。手下が五千人とか言ってたな。」「ハンベエ大丈夫?」「ふふふ。」 少し心配そうに見上げたロキにハンベエはくすぐったそうに笑った。「何笑ってるの?」「いや何、随分と世間って奴はこのハンベエを退屈させないでいてくれると嬉しくなったのさ。」「でも、恐ろしい悪人達なんだろお。」「おいおい、ロキ。俺が、いや俺やロキがこの間まで誰と戦っていたのか忘れたのか。ステルポイジャンだぜ。比べたら、野盗共の五千人や一万人、屁でもないだろう。」ハンベエはさもおかしげにロキに笑って見せた。「でも、ステルポイジャンはゴロデリア王国の大将軍でそれなりにまともな人だったでしょう。今回の連中は道理も糞もない悪党達だから。」ロキはやはり心配そうである。悪党ね、ロキの言葉でハンベエの頭に浮かんだのは、ハナハナ山にいたドン・バターやタゴロローム軍入隊直後に出くわしたルーズの顔であった。「ふん、ちょっとばかりの悪党に怖じけづいてやるわけには中々行かないなあ。何せ、テッフネールやステルポイジャンと命のやり取りをした俺達だ。」「良く考えたら、とんでもない奴等と戦ってたんだあ、オイラ達。」「そういう事だ。アカガネヨロイのドブスキーって奴が数を頼んで向かって来るってんなら、反って好都合。本隊はまだだが、ヘルデンやレンの部隊がいる。一発で蹴散らしてゲッソリナのゴタゴタに一気にケリをつけてやる。」不敵に笑うハンベエであった。その表情をロキはいつもながらやれやれの事だと見ていたが、ふと小首を捻った。「ハンベエ、此処に来てからの暴れ方もそうだけど、何か急いてるみたいだよねえ。何かそんなに急ぐワケでも有るのお?」ボソッとロキが言った。ハンベエはロキをちらりと見て、少し迷ったようだが、「俺はな、ロキ。ゲッソリナの秩序がある程度回復したら、お師匠様と暮らしていた山に一度帰ってみようと思っているんだ。」と答えた。「ええ。」「何せ、ガストランタから『ヘイアンジョウ・マサトラ』も取り返したし、届けにも行きたいしな。」「そうなんだあ。」「・・・・・・会えるのかなあ? フデン将軍に。」さあな。既に今生の別れを済ませているお師匠様と俺だ。それにお師匠様が山に帰ったとは限らない。九割方望み薄かもな。」この若者にしては湿っぽい口調だった。ロキはロキでいつもならオイラもハンベエについて行く、と言いそうなものなのに、今回はそれを言い出さない。ロキの今までの言動から見れば、将軍フデンに会いたくないはずは無いのである。が、この時ロキはその事に一言触れなかった。ハンベエは一人で行くに決まっていると察しているのだろう。図々しいように見えて、目鼻が利き、空気の読める事油断のならない少年である。

「会えるといいねえ、ハンベエ。」

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 01:40 | コメントをどうぞ

そんな敵の待ち構えている所へ

そんな敵の待ち構えている所へ、寡兵をもって攻めて来るほどには馬鹿じゃないだろうとニーバル達は考えたのである。だが、ハナハナ山に後一日という所まで進軍したところで、斥候から報が入った。敵と思われる軍が、ハナハナ山の後方にあるアダチガハラの野に陣を敷いていると云うのである。凍卵「どんな軍だ。とニーバルが尋ねた。この場合、ハンベエ達タゴロロームの兵士達以外に陣を敷くような軍勢は考えられないにも拘わらず、思わずニーバルはそう質問してしまった。それ程、意外であったようである。斥候の言うには、甲冑を纏った美しい女人の描かれた旗が林立しているという。「甲冑を纏った女人・・・・・・王女エレナか。・・・・・・」奇抜な旗であった。ニーバルはしかし、旗にはさほどの興味を示さなかった。「人数は?」二万、多くても三万、と斥候は答えた。「・・・・・・、何故敵がそんな所に陣を敷いているのか分からないが、我が方は五万だ。ハンベエめ、運が尽きたな。」ニーバルは薄笑いを浮かべた。ニーバルの率いる軍勢は、ゆっくりと進軍して二日後の夜明けとともに、アダチガハラ平野に入って陣を敷いた。しきりに斥候を出して探らせたが、タゴロロームの陣地は静まり返って、動く気配がない。ニーバルの軍勢が近付いて来たのに気付いていないはずはない。進軍中も敵方の斥候らしい者が行き来していた。敵が隙を突いて攻撃して来るなら、進軍の途上か陣を整えている今この時のはずであった。しかし、敵方は静まり返って何の動きも見せない。不気味である・・・・・・とは、ニーバルは考えなかった。所詮は烏合の衆に素人司令官、いすくんで動けないのだろうと思った。個人的武勇なら群を抜いているのだろうが、兵を動かすには全く別の資質が要る。士官達に見放されるような男に軍を統べる事など出来ようはずもない。ニーバルは努めてそう考えていた。いやはや、何故ハンベエの敵に回る人間はこんな風に物事を考えようとするのだろう。一見強気そうに見えるその姿勢は、翻って見れば逆に、ハンベエという敵の恐ろしさに震え上がり、猫に追い詰められた鼠が思考停止した揚げ句、無用の勇を振るおうとしているかのようであった。いやいや、それでは鼠に失礼であった。猫に追い詰められた鼠は生きる事に必死であり、その行動に何の邪念もないはずであるが、ニーバルのハンベエを見下そうとする心には真実から目を逸らそうとする怯懦が透けて見えるのであった。人間の持つ虚栄心がそうさせるのであろうか。タゴロローム軍が手を出して来ないまま、ニーバルの軍勢は布陣を終えた。両者は僅か三百メートルほどの距離を置いて対峙する事となった。ニーバル側の軍勢が陣を敷き終えると、待っていたように、タゴロローム側が動きはじめた。『甲冑を纏った美しき女人の旗』、その旗が粛々と動き出したのである。タゴロローム側は旗をたなびかせ、自軍の陣地から百メートルほど前衛兵士を前に進めた。手に手に弓を携えている。弓部隊が前衛のようだ。彼等兵士に囲まれるようにして高さ五メートル程の塔が進んで来た。ニーバル側から見ても、その塔は目立つ物であったが、ニーバル軍の兵士は何も感じなかった。何だありゃ、上に人が乗ってるみたいだが、何をするつもりやら、くらいに思っただけであった。これこそ、ロキの発案によって作られた『測射の塔』であった。タゴロローム側から弓兵士が進んで来たのを見て、ニーバルは自軍からも弓兵士を前に出すように命じた。敵は存外芸がない。正面から戦うつもりのようだ。とニーバルは笑った。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 18:43 | コメントをどうぞ

笛の音のが何になるのかは今

笛の音のが何になるのかは今一つ知らぬ顔のハンベエであったが、果たし合いは本業、避けて通れぬところであった。明け方少し前の、タゴロローム郊外、無名の原っぱで、テッフネールはハンベエと言う男を待っていた。昨日タゴロローム陣地を陰形して見張る内、ロキと呼ばれる少年が街に周大福教育出かけるのを見かけ、その少年に『果たし状』を言付けた。少年はテッフネールに声を掛けられ、びっくりしたような顔をしたが、恐れる風情も無く、『果たし状』を届ける役を引き受けた。ただ、去り際に、「ハンベエが負けるわけなんてないんだから、諦めたらあ。」と少年に胴間声で言われたのには閉口であった。危うく膝カックンになるところであった。思えば、テッフネールの戦歴の中で二度も仕留め損なった事などかつて無かった事であった。今度こそはと、テッフネールは意を決していた。果たして、ハンベエは来るや否や、来るとすればどの方向から来るのか。タゴロロームから真っ直ぐに来るなら白虎の方向則ち西から来る事になる。自らは今、原っぱの東の端に身を潜めている。この時刻ならば東にいる方が太陽を背にする事ができ、優位に立つ事が出来るのだ。来た!この気配は間違いなくハンベエに相違ない。テッフネールはゆっくりと立ち上がり、塵を払って剣を抜いた。(西から真っ直ぐやって来るとは、迂闊な奴でござるな。したたか者で、駆け引きに長けていると思ったは、買い被り過ぎでごさったか。)そうこう思案のうちに、足速にハンベエは近付いて来ていた。まだ十数歩の向こうではあるが。「一人で来るとは見上げた度胸でござるな。今日も、鎖帷子の類は身に付けておらぬ様子。みどもの太刀を見切ったという自惚れか、それとも死にに参ったか。」テッフネールの指摘通り、今日のハンベエは平服に『ヨシミツ』をさしているだけで、何ら防護用のものを身に付けていない。「果たし合いを始める前に、一ついいか?」丁度地平から顔を出した太陽が、テッフネールの背後から光を放つのを目を細めて眩しげに見ながら、ハンベエは口を切った。「・・・・・・はて? 何でござるか?」「ステルポイジャンの側から俺達の側に鞍替えしてみる気はないか。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。それが、みどもを動揺させる為に考えたペテンでござるか。・・・・・・子供騙しにもならぬでござるな。」「別にペテンじゃない。こっちの大将の王女エレナが妙にオメエの事が気に入ってるみたいだから、念の為に聞いて見ただけだ。」「みどもがそっちの側に与するわけもござるまい。それに、みどもが働いているのはステルポイジャンの為ではござらぬ。太后モスカに頼まれて、お前達を潰しに来たのでござる。」

「・・・・・・モスカ・・・・・・。」

ハンベエは怪訝そうにテッフネールを見詰めた。「ふん、合点が行かないという顔付きでござるな。確かに、太后は邪悪な人間でござる。妖婦と呼んで間違いない。だが、正道を守って我慢を重ねても報われる事などないこの浮世。ならばいっその事、邪悪なる者に手を貸して清らかなる者を滅ぼすのも、それはそれで面白いと言うもの。」

「・・・・・・。」

「ハンベエ、お前こそ、ナニユエに王女などの為に働いてござる。大方、正義の騎士でも気取っているのでござろう。ただの無頼漢の分際で。」

「・・・・・・、この俺の進む道に正も邪もない。風に流れる雲と同じ、ただの成り行きだ。」

「ただの成り行きで命を捨てるか、命は惜しくはないでござるか。」「命が惜しいのは、オメエの方だろうが。二度も逃げやがって。」「ふん、ハンベエ、貴様などはみどもが次の場所へ移る為の踏み石に過ぎぬでござる。踏み石に蹴つまずいて転ぶわけには行かぬでござるからのう。しかし、今日は地の利も得て、みどもが圧倒的に優位でござる。万に一つの負けもござらぬ。」テッフネールは嘲笑うようにして言った。「そうかい、じゃあ、とっとと殺し合おうぜ。」ハンベエは『ヨシミツ』を抜いて脇構えを取った。テッフネールはこれを見ると、剣尖を頭上に掲げ、ゆっくりとハンベエに迫った。ただでさえテッフネールは厄介な敵である。それが太陽を背にしているのである。流石にハンベエもそのまま斬り込んで行こうとはしなかった。右に走った。「させぬ。」テッフネールも向きを変え、ハンベエを遮るように太陽を背にしたまま、平行に走った。ハンベエは足が速い。だが、テッフネールは少しも遅れずハンベエと平行に走る。走りながら身を寄せて来て横殴りに斬り付けて来た。ハンベエは後ろに跳んで躱した。相手が太陽を背にしている為、距離感が掴めない。それでも何とか躱した。ハンベエは今度は左に走った。テッフネールもやはり左に走った。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 22:06 | コメントをどうぞ

しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう?

しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう?権門の府は衆怨を被り易く、まして徴税吏は怨嗟の的。武力も無く、ただ権力のみで高みに位置し、その座を滑り落ちた猿がどんな目に逢うか想像出来なかったのであろうか?実は嫌われ者の身であった事を知らなかったのであろうか?返す返すも哀れを留める話であった。私利を貪っていたのは幹部のみでは無かった。上がこうである。王国湊b課程金庫の吏員は役得と称して、多かれ少なかれ不正に加担し、利益を享受していた『いっその事、全部追い出してしまおう』とロキは提案したが、『それでは徴税業務に差し支える。兵士にそんな仕事をさせても絶対に上手くはいかない。一罰百戒を以て事を収めよう。』とモルフィネスが不問に付したのであった。ロキもそれもそうかと納得した様子であった。こうして、ハンベエはどうにかこうにか戦費調達問題に目処をつけたのである。王国金庫には金貨80万枚以上が貯蔵されていた。守備軍陣地に戻ってハンベエに報告を行ったモルフィネスは最後に一言付け加えた。「ロキが居なかったら、どうなった事やら。これほど上手く事が運んだのは全てあの少年の手柄だ。これからは私もロキに対する侮りを改める事にする。」これに対し、ハンベエは珍しく相好を崩した。鮮やかなほど嬉しそうな顔付きであった。で、今回の主役ロキがその頃どうしていたかと言うと、王女エレナを尋ねて自分の手柄話を吹き捲っていたのである。王国金庫の特別監査に名を借りた吸収劇に先立ち、タゴロロームを後にし、不穏な空気立ち込めるゲッソリナに向かった人間がいた。イザベラである。モルフィネスの参入を受け入れたその日の夜、ハンベエの要請に従ってイザベラは軍司令官執務室にやって来た。「来たよ、ハンベエ。アタシに頼みって?」「早速だが、ゲッソリナに戻ってステルポイジャン達の動向を探って貰えないだろうか?今日動くか明日動くかと戦々恐々のこちらを知ってか知らずか、兵を動かしたと云う風聞すら聞こえて来ない。随分と気になるのだ。」「ふーん、それでアタシに探って来いと。他の奴じゃ駄目なのかい。第一諜報活動なら、モルフィネスが群狼隊を使ってやってるようじゃないか。」「敵の内情を見極めるのは、それなりの奴でないと信が置けない。」「いいのかい?ハンベエには随分と貸しが貯まってるんだけど、このまま行くとアタシへの借りでがんじがらめになるよ。アタシはその方が有り難いけど。」イザベラは妖しく微笑みながら、ハンベエに擦り寄った。ハンベエは困ったように見返した。この妖気かと思えるほどフェロモン満載のイザベラの誘惑に何処まで耐えられるのか、かなり自信が無くなって来ている。その内にパックリ喰われてしまうのでは、とハンベエは不安である。だが、何故誘惑に耐えねばならないのだろう?その答はハンベエ自身分からない。分からないが、この若者は強情に耐えようと心を定めていた。そうは言ってもイザベラの事が嫌いなのではなかった。今はそんな場合ではないと思うばかりだ。「いずれ、この乱も収まり、共々生きてあれば、ゆるりと物語りでも交わしながら、借りを返したいものと考えている。」「およ?ハンベエにしてはロマンチックなセリフだね。上出来だよ、アハハ。」「そもそも、これは王女の為でもあるんだぜ。」「解っているよ。じゃあ、明日早朝、司令部の屋根の上で待っていて。ちょっと準備する事が有るから。」イザベラはそう言って部屋を立ち去った。明けて早朝、ハンベエは司令部の屋根に登った。司令部は石造りである。屋根は平板で、人が歩けるようになっていた。いわゆる陸屋根と呼ばれる形であり、司令部内部から階段で屋根に出る事ができる構造になっていた。囲いのない屋上と言った形である。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 23:08 | コメントをどうぞ

ハンベエの言い回しに

ハンベエの言い回しに、勘のいいロキは、ピンと来るものがあったらしく、「ええー、オイラ達を見守ってくれてるなんて本当?、そのさる偉い方に感謝しなくちゃ。」 ロキはハンベエに合わせて、さも感激したように言った。「その頼もしいおじさんがロキの身が危ないっていうのに助けてくれないなんて事はあり得ない。その事は我が愛刀『ヨシミツ』にかけても断言する。」無針埋線效果イ、要は、お前の正体はバレてるぞ、この小僧の身に何かあったら、お前だって困るだろう。・・・そう言いたいわけね。でもって、頼みを引き受けなければダンビラ振り回すぞって事ね。)ボーンはハンベエやロキの言い草にそう思った。さっきからのやり取りに混乱して、若干やけくそ気味になって来たボーンは、いい加減解放してもらいたくなって、「何だか分からないけど、明日その小僧の護衛をすればいいのか?」 と言った。

.「その通り、貴公中々話が分かるじゃないか。」 とハンベエが言えば、「おじさん、迷惑かもしれないけど、引き受けてくれないかなあ。何せハンベエは血の気が多くて、断ったりしたら、この場で刀を振り回して暴れ出しかねない奴なんだよ。その上、暴れ出したら、そこら中血の海になりかねないって危なすぎる奴なんだ。」とロキも調子に乗って脅しをかける。「何だか変な疫病神に取り憑かれたような気がするが、分かったよ。引き受けるよ。でも今から、用事が有るんだ。」「なら、明日の朝7時前に『キチン亭』の前に来てくれ。朝飯位は奢る。」「分かった。7時に『キチン亭』の前だな。それじゃあな。」 こうして、ボーンは口約束とはいえ、ロキの護衛を引き受けるハメになってしまった。ありえねえ!「待ってるからねえ、絶対来てよお。」ボーンは一刻も早く、この場から立ち去ろうと足速に歩き出した。本当は一目散に駆け出したいのを堪えてるようにも見えた。 ボーンの姿が見えなくなるまで、黙って見送っていたハンベエとロキであったが、姿が見えなくなると互いに顔を見合わせ、ニンマリと笑った。「というわけで、敵の見張りに身を任せる事になったが、怖くはないか。」「冒険小説の主人公みたいでワクワクするよ。」息もぴったりの二人であった。 明くる日、つまりハンベエとロキがゲッソリナについて2日目の朝、昨日と同じくハンベエが早朝の鍛練をしている頃、ゴロデリア王国宰相ラシャレーは、王宮の執務室で、例の『声』から報告を受けていた。 丁度、ハンベエ達とボーンのやり取りが報告し終えられたところである。「お話したような流れで、私の部下がハンベエとガブレエルの決闘について行く事になったのですな。」「使える奴に見張らせろ、っと言ったはずじゃが。」

. 「なかなかどうして、今回行かせたボーンというのは、部隊の中でも1、2の優秀な奴でしてな。ハンベエという男が規格外なだけだと思いますな。」「で、おまえは、そのボーンにハンベエの決闘の手助けを命じたわけだな。」「そうですな。ロキはハンベエがベルガン達に殺された後に、攫(さら)ってくればいいわけですからな。」「万一、ハンベエが勝ったら、いかがいたすのだ?」「その時は、ロキを攫うのは中止ですな。ボーンの手には負えないという事になりますからな。」「それでいいと思うのか?仮にも敵の手助けをする事になるのじゃぞ。」「私等の世界では、誰が敵で誰が味方かなどという事はそう簡単には決め付けられませんな。ハンベエ達はまだ敵と決まったわけではないですな。」「五人も殺されておるのにか?」「あんな雑魚どもの事は忘れてしまうのがいいですな。仇をとっても、連中が生き返るわけでもないですな。ハンベエを片付けるのにかかる被害の方が恐ろしいですな。それにベルガンは何かと評判の悪い持て余し者、地位をかさに着て色々不正の噂もありますな。ハンベエが片付けてくれるなら、願ってもない事だと思いますな。宰相もベルガンが消えても困る事はないと思いますな。」「確かに、ベルガンのような奴が消えたところで王国の痛手にもならんがの・・・ベルガンはわしも気にいらん奴であるが、一応町の治安管理者じゃ。それが素性も知れぬ流れ者に討たれたでは王国の威信はどうなるのかの?・・・まっ、ベルガンの方は大勢で行くじゃろう。ハンベエが助かる見込みはないじゃろうから、考えても仕方ないかのう。」

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 22:15 | コメントをどうぞ

彼の家の最寄りの駅で降り

彼の家の最寄りの駅で降り、駅の近くのスーパーに立ち寄る。普段会うときは外食が多いため、私が手料理を振る舞う機会は少ない。正直、料理には自信がない。確実に久我さんの方が手際も良いし上手だ。それでも、少しでも喜んでもらえるのなら、苦手な料理にも挑戦しようと思える。恋が、こんなに人を変えるものだとは思わなかった。何を作るか悩みながら買い物するのは楽しい。自分一人のために作るものだったら、こんなに悩むことはない。和食にするか洋食にするか、無針埋線效果中華か……。スーパーの中を何度も周り、買い物を終えて彼のマンションに着いた頃にはだいぶ時間が経ってしまっていた。「やばっ!もうこんな時間……早く作らないと」バッグからキーケースを取り出し、貰ったカードキーを差し込んでオートロックを抜ける。エレベーターに乗り上に向かう間も、私は少しドキドキしていた。そして、誰もいない彼の部屋に足を踏み入れた。「お邪魔しまーす……」合鍵を使って彼の留守中に部屋に入るという特別感に、少し酔いしれてみたけれど、すぐに我に返り支度を始めた。「まずはお米を炊いて、それから肉をこねて、お風呂もすぐ入れるようにしておいた方がいいよね……」独り言を延々と呟きながら、お米を炊き、お風呂掃除を軽く済ませ、今日の夕食のハンバーグ作りに取り掛かる。「どれぐらいの大きさがいいかな……」料理って楽しい。初めてそう思ったかもしれない。相当手際は悪いけれど、どうにか夕食を作り終えたところで、タイミングよく久我さんが帰宅した。「ただいま」「おかえり。ご飯、ちょうど今出来たの。ナイスタイミング!すぐに仕上げるから、食べよ」すると帰宅したばかりの彼は、キッチンにいる私のそばまで来て頬を緩めた。そして、私の口の端に指先で触れた。「味見したの?ソース付いてるよ」「うわ、恥ずかしい……ありがとう」「何か、こういうのっていいね」久我さんは、指先に付いたソースを舌でペロリと舐めた。その仕草からは信じられないくらいの色気が溢れ出ていて、私は彼の行動から目を離せなかった。「美味しい。食べる前に、着替えてくるよ」「あ……うん、わかった」もう、どうしてこの人はこんなに簡単に私を翻弄するのだろう。いまだに見とれてしまうなんて、どれだけ好きになってしまったのか。どうにか気持ちを切り替え、私はせっせと作った料理をテーブルに運んだ。この日の夕食は、一枚のプレートにハンバーグとオムライス、それからシーザーサラダと三種類の焼野菜を乗せた。スープは余った野菜をたっぷり入れて煮込んだミネストローネだ。全部、ネットでレシピを見ながら作ったけれど、こうして見ると見映えは悪くない。ただ、オムライスの卵がうまく半熟にならず、若干固まってしまったことは悔やまれる。「凄いね。全部美味しそうだ」「オムライスが思ったよりボリューム凄くなっちゃったの。多かったら残していいから」「いや、ありがたく頂くよ」滅多に作らない手料理は、どうやら久我さんの口に合ったようだ。何度も美味しいと言いながら、全てたいらげてくれた。私の作った料理を口に運ぶ彼を目の前で見つめながら、思った。こんな日が毎日続けばいいのに、と。本気でそう願ったのだ。「卵って、どうやればトロットロに出来るんだろ。火加減が難しいのかな」「僕はこれくらい火が通ってる方が好きだけどね」「そう?それなら良かった」ボリュームたっぷりのプレートを、結局私も完食してしまった。今度は何を作ろうか。そんなことを考えながら、私は食器を手に立ち上がった。「ねぇ、今日はワインにする?それとも日本酒?たまには芋焼酎もいいかな」「蘭が決めていいよ」食後は大体晩酌と決まっている。冷蔵庫の中から美味しそうなカマンベールチーズを見つけ、今夜は一瞬でワインの気分になった。

カテゴリー: 未分類 | 投稿者laurie6479 19:41 | コメントをどうぞ

そこから積丹に到着するまでの間

そこから積丹に到着するまでの間、私たちは依織のどこが好きなのかを思う存分語り合った。「私は依織の唇が好きなんだよね。ちょっと厚めで、リップ塗らなくても綺麗な色してるの。何度キスしたいと思ったことか」「お前、今までよく我慢してきたな。キスなんて、女同士なら酒で酔っ払えばノリで出来るチャンスあるだろ」「バカなこと言わないで。好きな相手にノリでキスとか、あり得ないでしょ。それに、私どんなに酒飲んでも酔えないから」「確かに」酔ったフリをして依織の唇を奪うなんて、考えたこともない。そういう狡いことだけは、したくなかった。豪華 遊艇 、積丹に着いたらどこに向かえばいいんだろ」「ちょっと七瀬に電話してみて」甲斐に言われ、依織に何度か電話を掛けてみたけれど、一向に出る気配がない。こうなったら、もう手掛かりはあの人から得るしかなかった。久我さんにどこにいるのかラインを送ると、一分もかからずに返事がきた。綺麗な夕焼けが見える絶景スポットにこれから向かうらしい。恐らくこれから依織にフラれると彼もわかっているはずなのに、そんな状況でも雰囲気を重要視するのが久我さんらしいと感じた。私はすぐにその場所を甲斐に伝え、車を走らせた。それから二十分後、ようやくその場所に到着し車から降りると、久我さんに抱き締められている依織の姿が目に飛び込んできた。「七瀬!」私よりも先に依織の名前を叫んだのは、甲斐だった。突然現れた甲斐と私を見て、依織は目を丸くして驚いている。反対に久我さんは、私たちが来ることを知っていたからいつもの余裕の表情で出迎えた。「甲斐も蘭も……どうしてここに?」「お前、何でスマホ繋がらないんだよ。どこかに落とした?」「え?スマホはバッグの中に入れてあるけど……それより二人とも、どうして?」私は、まだこの状況を飲み込めていない依織に近付き、耳元で囁いた。「依織、私に感謝してよ。あんたと甲斐の二人にとって最高のきっかけを私が作ってあげたんだからね」「待ってよ、何を言ってるのか意味が……」「じゃあ、頑張って。私はこのまま久我さんに送ってもらうから」これでいい。この行動を、私はきっと後悔しない。長年大切にしてきた初恋は、今日で終わらせるのだ。「久我さん、私も乗せてもらっていい?」「まさか、本当に乗り込んでくるとはね」「何言ってるのよ。こうなるってわかってたくせに」私は半ば強引に、彼の車の助手席に乗り込んだ。遠くから、依織と甲斐の姿を見つめる。あの二人は、確実に今日これから互いの想いを伝え合うだろう。嬉しそうに涙を流す依織の姿を想像しただけで、胸の奥がじわりと温かくなった気がした。「せっかくだし、どこかに寄って帰ろうか。どこか行きたい所ある?」「……久我さんの告白の邪魔をしたことは、悪いと思ってる。ごめんなさい」謝るくらいなら、するべき行動ではなかったと非難されても仕方ない。それなのに、久我さんは私に怒りをぶつけるようなことはしなかった。「君が僕に謝る必要はないよ」「え……」「僕は僕で、自分の思うように行動した。君は君の思うように行動した。お互い、自分の気持ちに素直になって行動しただけだよ。だから、謝らなくていい」「……」久我さんは、とても大人だと思う。自分もとっくに大人だけれど、思考はまだまだ幼稚な部分がある。でも彼は、何に対して怒るべきなのか、何に対して謝るべきなのかをちゃんと知っている。いつも間違えてばかりいる私とは、根本的に違うのだ。「それに正直に言うと、君が現れたとき少しホッとしたんだ」「え?どうして……」「どうしてかな。君の顔を見て、張り詰めていた気が緩んだのかもね」

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