すっかり忘れていたシニアの例会で

木曜日 晴れ

ゴールデンウイークも終わり、どうにもならないサービスの練習を、久しぶりコートに立てるとあーちゃんが公園にラジオ体操にでかけると直ぐに準備をしていた。

うろうろしながら用意していると、留守番電話の声が気にあなる。玄関チャイムがなり出て見ると、ななめ前のラジオ体操を指導しているおじさんだった。奥さんが公園に忘れ物をしていましたと、小さな手提げ袋を届けてくれた。

準備万端整いかけていると、電話がなる出て見るとシニアの世話役の人で、「どうしたんですか今日はシニアの大会ですよ」という。すっかり忘れていた。そう言えばそんなやり取りを、連絡担当の女性の方としていたと、記憶がおぼろげに浮かんだが、もうどうしょうもない。謝っていると、まだ間に合いますから、出てきませんかというので、分かりましたと言って電話を切る。

日産デイズに乗ると運動公園までは10分足らずで行ける。おぼ用意はできていたので、最後のチェックをして急ぎでかけた。試合開始ぎりぎりに、終おうとしている受けつけに息せき切って何とか到着すると、3試合目ですから大丈夫ですよと言ってくれた。

ぼくは16日の熊壮会の例会のことが気になっていて、欠席の連絡をしたかを心配していた。16日は北九州連盟の「北九州テニストーナメント」とダブっていたのだ。なにせそちらの方に神経が集中していたのだった。これでサービスの出来具合の確認はとれないんだと思っていたが、それができると、良かったとよぎっていた。

サービスの出来映えが確認できると喜んではいたものの全くダメで、ほぼアンダーサービスで通していた。

ところがそれで2勝していたので、満足していた。3勝目のパートナーはその中でも、強力なすけっぴと思える人で、3勝目を上げると周りから注目されていることが分かった。欠席の有無を問われていた人が優勝候補のいっかくとなっていたのだから。

4試合目は大接戦、54とりーどしていたが55と追いつかれて56で敗退するも、この接戦が優勝に貢献して、数字をはじいていた世話役がぼくが優勝ですと発表されていた。
本物ビール半ダースゲット、今夜は本ビールで癒そう。

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マドリード1000の大会での錦織圭

水曜日 雨 曇り 子供の日

県内、聖火が走るのをテレビで見る。矛盾だらけの催しに思えた。

夕方、テレビで番組表を見ているとマドリード1000の大会が載っていた。一回戦ロシアのハチャノフをファイナルでくだした錦織圭の放映で、二回戦はズべレフだったが、ストレート3626で敗退。
西岡は予選を勝ち抜き、2回戦に進んでいたようすだったが放映は見られず、その内あるのかな?

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いちご狩り  

日曜日 晴れ

イラスト上手な孫娘を連れて長男が一日にやってきて今日昼から帰って行った。昨日は熊本ローンテニスクラブにお願いして午前中2時間遊ぶ。

コロナウイルスは終息どころか、全国的に増加現象、大都市圏はさることながら、地方都市でも確実に増加傾向にある。行政は躍起になっておこっているが、オオカミ少年に半信半疑になった国民は言い訳しながら、言うことをきかずに、出回っている。

政府の次の一手が楽しみだが、藤井翔太にお願いした方が間違いなさそうにも思えてくる。

三人で近くのショッピングセンターに出かけて一人になると、昨年いちごを見つけて楽しんだのは今頃だったと思いだしていた。期待せずに気分転換にとデイズをとばせると、盛りを過ぎそうなところだったが満足の収穫、両手にいっぱいくらいあった。

戻ってきた孫娘は、台所の野イチゴをめずらしげに眺めながら、見るのも食べるのも初めてだと言った。一つ摘まんで口に入れると、おいしい好きだ言いながら、かごの中に手を入れては口にしていた。好き嫌いがはっきりしていたので心配していたが、じいちゃん、わだわだ行ったかいがあったとひそかに思っていた。

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九州選手権 ドロー発表されていた

水曜日 曇り

予報では雨の確立高かった。でも朝、外に出て空を見上げると雨の気配はあったが空は高かった。諦めてテレビを見ていたがコートへ行く準備をしていた。サービス何とかならないかと練習ばかりしているので、右肩も疲労困憊しているのが分かるが、それでもやっているので、どうなることやらと考えないでもない。

一人仲間が増えているのが心強い。同じ年の仲間がぼくと反対の左上でサービスの練習を始めているのだ。後発メーカにしては出来は上々で、一緒になった時は二人で練習している。

ユーチューブでサービスをああでもないこうでもないと見過ぎて、定まらず、良かったと思っていると翌日は元の黙阿弥となっていて、ガッカリすること何度あったことか。

昨日九州選手権のドローが出ていた。今回も一回戦はbyeで2回戦から4月に行われた毎トーは2回戦勝ってベスト8だったか、今回は2回戦も厳しい感じがしている。問題はサービス、左のストロークも振り切ったところで肩が痛いが、二の腕を脇が開かないようにがっちり締め付けてやれば何とか出来るように考えている。フラットで打つのも練習している。問題はサービスにつきる。右腕を痛めないようにしてあとひと月、サービスどこまでできるかが問題。
 
バルセロナ500の大会、錦織3回戦でナダルにファイナルで負けた大会。
決勝戦はそのナダルとチチパスだった。チチパスはその前の大会、モンテカルロ1000の大会での決勝戦、チチパスはルブレスをストレートで破り初の1000の大会での勝利を挙げていた。
その大会はナダルも出ておりルブレスに敗退していたので、チチパス有利かなあと思ってみていた。地元スペインのナダルは彼らしく必死に頑張って、最後の最後にチチパスを振りきって勝利をもぎ取っていた。64 67 75。

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熊壮会 松B復帰にほっとするも4連敗

土曜日 雨 曇り 晴れ

デイズで一っ走りのところ、富士フィルム九州工場の道路を挟んで「さんふれあ」という菊陽町の温泉施設がある。そんな温泉施設があることはずいぶん前から知ってはいたが、一度くらい行ったきりで遠ざかっていた。昨年の暮れ、久しぶり出かけて見てウオーキングプールがいたく気にいってしまった。自分にはあっていないと思っていたサウナもネットではいり方を勉強してみると、これまた温泉につかるより気に入ってしまって、それ以来通い続けている。今日から土日は休もうと思う。

昨日は月例の熊壮会と総会が行われた。毎月の会費は千円、年会費は三千円、80歳以上は千円。ダブルス4試合して一日楽しめるから気分転換にはちょうど良い。

左肩を痛めてサービスを打てなくなってから、さんざんな成績で不甲斐ないがそれでもサービスを工夫して出かけている。左肩が不調になって2か月ほど休むと松Aから松Bに落とされていて、もうカンバックできずに、それどころか4連敗して先月竹Aに落ちて4連勝して今月は松Bにはい戻ってほっとしていたのに、まさかの4連敗なのだ。八十路になるとこうなるのかなあと、思った。
来月は竹Aにまたも陥落。ぼくの居心地の良いところになりそうだ。

NHKBS「グレートヒマヤラトレイル」ネパールの神の山「ジャヌー」へのトレッキングの連続放映を見る。

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毎トー3回戦2シードに完敗 松山英樹マスターズVとは

火曜日 雨 曇り

毎トー又もyanoshiに完敗した。今度こそリベンジしようと密かに狙っていたのに、残念無念、サービスが全くうまくいかなかったので、致し方ないのだが、おまけに相手のドロップショットに翻弄されての敗退には情けなかった。

昼過ぎコートに行き練習すると、サービスが面白いほどよく入った。終わった後にこれだからと、悔やんだが、ほんの少しだけ打ち方を変えただけなのにと思ったりした。試合前に試行錯誤で打ち方を変えたりして、迷ったまま試合に出かけ、迷いながらサービスをしていたのだから、考えれば2シードに勝とうなんておこがましかったのだ。明日も同じようであれば、迷えるサービスから少し解放されそうな気がしている。

九州選手権、明日が締め切り、どうしょうかと迷っている。

昨日戻って夕刊を見ると、松山英樹のマスターズゴルフ優勝、グリーンジャケットに袖を通して両手を高く掲げた笑顔の写真が載っていた。
その前の日2打差くらいの首位でホールアウトしたことは、中継を見ていたので知っていたが、最終日の熾烈な争いに泣いている選手を見ているので、まさかと驚いた。ゴルフをたしなむ人にとってはオーガスターを征する日本人なんていない、参加するだけでみんな満足していたように思えた。

松山英樹が米国に渡り初優勝した時の出来事を2014年06月02日のブログに書いていた。

松山英樹=錦織圭となるか?
月曜日曇り 雨

全仏、第二週に突入し、実力もはくちゅうして目が離せないが、松山英樹の米国からの優勝の報があった。
USPGAツアー、メモリアルトーナメント。大会のホストはかの有名なジャックニクラス、そのコメントは松山英樹の素質を我々もうなずける内容でほめていたのが印象に残った。

米国挑戦1年目の快挙は錦織が2007年末にプロ宣言をして、翌年そうそう優勝したデルレイビーチ国際テニス選手権を思いだす。
あの時の反響はすごかった。だが、メモリアルトーナメントは世界のトッププレヤーの集まり、での優勝だからその意味がことなる。 4月オーガスタ―でのマスターズを征したババワトソン、ウォズニアッキを袖にした絶好調のマキロイもこの大会初日好成績を上げていた。
そのた有力な面々がいたなかでの優勝、きわどかったが、そこには彼の真価が現れての優勝だった。BSでの録画が早速夕方あった。優勝すると分かっていたのでリラックスして見ていた。ライブであれば一喜一憂のたまらない内容であったに相違ない。
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 米ツアー優勝の味は。
 「早く優勝できてうれしい。4日間で納得できないプレーもあったけど、結果は素晴らしいものになった。これを積み上げていって、今日のことは今日で忘れて切り替えないと次はない」
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久しぶりブログをたどると

金曜日 晴れ 風強し

昔のブログをたどっていると次男の希望で墓参りに出かけたブログに出会った。

香春神社
・思いもよらぬ北九州T 70単複制覇

2013年05月10日
錦織圭、フェデラーを破る殊勲
2013年03月19日
卒業式

2013年01月13日
「シェルブールの雨傘」(1963)

ある雪の夜、妻マドレーヌと息子フランソワがクリスマスの買い物に出ていった後、一台の車がギイのガソリンスタンドに給油に訪れる。運転席にはジュヌヴィエーヴが、助手席には3,4才くらいの女の子が乗っている。入営の日、シェルブール駅で別れて以来の再会だった。事務所で短く言葉を交わす2人。金持ちそうな毛皮のコートに身を包むジュヌヴィエーヴ。娘の名はフランソワーズだと告げ、「会ってみる?」とギイに聞くが、彼は無言で首を振り、互いの幸せを確認し合うと「給油が終わったようだ」と言う。ジュヌヴィエーヴの車が去って行くのと入れ替わりにマドレーヌとフランソワが帰ってくる。すると、ギイは気持ちを切り替え、2人の帰りを大はしゃぎで迎える。ガラス窓のカーテンが家族3人で幸せに楽しく過ごす様子を映し出す。

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マイアミ1000 keiチパスに善戦するも 

木曜日 晴れ

昨日の朝練、HG氏の練習相手が来ていなかったので、ストロークとサービスからの練習を久しぶり行う。何とかついていけたのだが、終盤右足を痛めて止めた。

今日は用心をして休む。明日は軽くやって様子を見よう。毎トーの初戦2回戦は来週の日曜日だ。現状での全力を尽くして頑張ってみたい。

マイアミ1000の4回戦はランキング5位のチチパス、366316で敗退したが、ファイナルまで頑張ってのは、次に向けて自信につながったことだろう。10歳ぐらい違うのでデビュー当時のことを思い出していたに違いない。18歳のケイはデビューの翌年の全米でランキング4位のフェレールとファイナルにもつれ込む大熱戦をして観衆を沸かして、フェレールに勝利して、コートに倒れこみ喜びをあらわにした。コートサイドには両親が見守っていて母親から祝福されて感極まっていた彼を思いだす。

そのフェレールも引退した。31歳になったケイは試練の歳月が待っている。どこまで頑張れるか注視して応援して行きたい。

グランドスラム3度優勝したのになおみの試合の放映するテレビのないことが、納得できない。それで頭に来たのではあるまいが女子マイアミオープンのQFでなおみは筋肉ウーマンのギリシャのサッカリに0646で敗退する。ぼくばユーチューブでのその負けぶりを拝見した。

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ファミリーのルーツを尋ねて

土曜日 晴れ

昨日は晴天、さくらは満開、しかしテニスクラブはイヴェントで有料だと聞いていた。その内と思っていた尺八の修理もできていたし、昔々の両親や家族の写真を2L版にして額に収めていたので、兄の処に届けようとルーツの詰まっている田川経由で目指した。

鳥栖インターで下りて途中から大きく左に曲がり飯塚を経由。いつかわと何度も思いながら、やっとその日飯塚の街の手前から右折して田川の中心部へとデイズを走らせていた。
祖父の住んでいた大藪の社宅、何十個あったのだろうか、一戸一戸板塀に囲われていた住宅があまたあった気がしている。

列車が土手の上を走っていて土手の下のトンネルの道を抜けると左手少し下の方に社宅が立ち並んでいた。社宅の先にはちょつとした広場があり、その先の高台に職員の憩いの建物、クラブとか言っていたような気がする。その道をまっすぐ進むと自分たちが住んでいた香春へ、行けると思っていた。

そこは大藪の社宅と呼ばれていたと、ぼくは車を運転しながら、思いだしていて、びっくりしていた。しかし戦前の話で、戦後もしばらくは使っていたかもしれないが、黒いダイヤと呼ばれていた石炭は、ラジオがテレビに代わっていたように、石炭は石油に変わって行って栄えていた田川は取り残されていったのだと思う。その頃炭塵爆発で三池炭鉱だったか、斜陽産業が大打撃を受けていたのを思いだす。

カーナビなどを使ってウロチョロしてみたが、アップダウンのある入りこんだ道が迷路のようにあり、兄のところにもいかなければと諦めて、兄宅にナビで設定して車を走らせていると、道沿いの家で、頃合いの良い老婦人が玄関先で何かしているのが目につい。二人目の人だった、ダメもとで尋ねてみようと、車を止めた。ぼくはどんな風に話しかけたか記憶にない。なんだか心意気があったのか、どうどこちらへと玄関際に座らせてくれた。

87歳という女性は色々思いだしてくれて、詳しかった。大藪の社宅というのも知っていて驚いた。社宅の跡地はマンションなどが立っているようですという。母のことも、自分は香春町で生まれて云々と会話した。そこで写真館をしていて、これが写真ですと香春岳の写真2枚を見せると、驚いて自分もこんな風に見えるところに住んでいましたと話す。

分厚い名簿を持ってきて、昔は女学校に行くのは大変で、行けるのは優秀な人たちだけでしたなどという。母がどこの学校に行ったかなど詳しくない、田舎の親せきの家に下宿して先生になるため中津の学校に通って、田川で小学校の先生をしていたとは聞いていた。

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(昭和初期の香春岳)

創立100周年記念と書かれた名簿、平成29年版、福岡県立西田川高等学校、高羽同窓会会員名簿と書かれており、その中に母の名前があるなんて、思いもしなかった。渡された名簿を、なんとなくページをめくっていると、昭和3年、卒業生の名簿の物故者のところに母の名前を見つけたときは、まさかと感極まっていた。何というめぐりあわせか、物静かなこの人は母の後輩だったのだ。色々話した気はするがうろ覚えだ。家の前には道を挟んで木立があった。この向こうに石炭公園がありますよと教えてくれた。ぼくは兄宅へと急がねばと、次の機会にと考え車を走らせていると、二つの煙突が目に留まった。

帰って調べると古ぼけた写真集が見付かった。母は当時、福岡県田川高等女学校を卒業していた。京阪・山陰地方 修学旅行記念 昭和2年10月 福岡県田川高等女学校 四年生と粗末な黒っぽい表紙に印刷されていた。

母の父は現在豊前市と呼ばれている片田舎から満足に小学校にも行かずに田川の炭鉱で働いていたに違いない。田舎の人たちを呼んで自宅に住まわせ炭鉱夫の下請けみたいなことをやっていたようだ。6人兄弟の長女だった母は小さい頃から、まかないの手伝いなどさせられて、大変だったと語っていたのを思いだす。無学だった母の両親は子供たちには学問をさせようと誓って頑張っていたという。男の子供二人には大学まで行かせて、女姉妹四人は当時の女学校を卒業させて、小学校教員免許をとれるところまで学ばせていた。

母は中津の何とかいう専門学校を卒業して田川で小学校の先生をしていた。その当時好きな人が小倉にいたが軍人だったので、結婚を反対されて失意のどんどこだったに相違ない。
フィリッピンで写真で成功した男が嫁探しに帰国していていた。その男は母と20歳も違う男、出稼ぎで出かけ、写真屋に潜り込み成功したのだ。若い可愛い女性に目をつけて、成長するのを待っていたようだが、彼女が年ごろになると、父は振られていたのだ。

お互いに通じ合うものがあったのだろうか、母は意を決して父のもとフィリッピンへと別府港から船出した。「今宵で船かお名残り惜しや 暗い波間に・・・」

歌詞:『出船』
今宵(こよい)出船か お名残惜しや
暗い波間に 雪が散る
船は見えねど 別れの小唄に
沖じゃ千鳥も 泣くぞいな

今鳴る汽笛は 出船の合図
無事で着いたら 便りをくりゃれ
暗いさみしい 灯影(ほかげ)の下(もと)で
涙ながらに 読もうもの

別府港の桟橋には妹のきみ子叔母さんが見送りに来ていて、この歌を手渡したのだ。小さい頃何度も聞かされ覚えている。

IMG_20210223_0003母父
(フィリッピンでの両親 犬の名前 ノウブル 何枚かの写真いつも母の前に座っている)

父の写真の師匠は肺病を病んでいた。暗い密閉された暗室での写真の仕事で、父も肺病になっていた。病んで帰国した父は母や祖父の生活の地を選んで香春岳のふもとに小さな写真館を開業した。道を挟んで直ぐに小学校があり、その隅っこに幼稚園があった。

父の師匠の末路は知る由もありませんが、父はわかっていたはずです。
あの戦争の勃発した年、昭和十六年四月、香春神社まで行き家族写真を撮ったのには何かを感じます。祈祷師がいました。まだ余裕のあったらしい父は香春町に色々と寄付をしていました。兄宅でその感謝状を見ました。神頼みで延命を願っていたのでしょうか、とにかく自分が元気なうちにと、神社まで行って大きな箱型の写真機のシャッターをどんな思いで押したことでしょうか。ガラス張りの写場をもっていたのですから。父は母子4人を残して終戦の前の年19年に亡くなりました。

軍人だからと結婚を反対された母、その人は元気に復員していたかもしれません。
その後の母の苦労を思うと胸が痛みます、その恩をどれくらい感じて生きてきたかと思うと又胸がいたみます、八十路になってようやく・・・・・。

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ブログ怠ると 謳歌満開 朝練継続

水曜日 晴れ

花冷え、朝は寒い。桜は満開に。

先週金曜日の熊壮会、出かけてみると先月の4連敗で一ランク格下げの竹Aになっていた。
松A松B 竹A竹B 梅A梅Bの六つのランクに別れているが、肩を痛めて松Bに落ちて、そしてまさかの竹Aに陥落していた。

60歳なり立て新規参加者の中には、パワフルな人たちがいて、松Aの復帰はかなり困難に感じている。八十路を考えれば無理のないことだが、全体的にレベルが上がっているのも事実。

62 63 64 62で全勝し、来月は松Bに戻ることが出来そうだ。サービス、少し打てたのが勝因。

ブログを怠ると、一日伸ばしで過ぎて行き止まりそうもなかったが、二十日以上ご無沙汰していたのに、ある日ビジターが千人以上、ページビューが最高の5千人以上になっていたので、申し訳ないと思った。

昨日列車の写真を撮りに出かける。

近々に行われwowowで放映された大会。
・ドバイ500の大会、決勝戦は予選勝者のハリス(南アフリカ)VSワイルドカード(主催者推薦)カラツェフ(ロシア)の対戦だった。
ハリスは2メートル近い長身で錦織選手を破った選手。カラツェフは27歳にして注目を集めている選手。全豪でも予選から勝ち上がりセミファイナルでジョコビッチと対戦して、ストレートで負けはしたがその内容には、観客を驚かせていた。物おじしないテニススタイルでストロークもサービスも、彼を見た選手は嫌な選手が突如表れたと思ったに違いない。ビッグサービスで勝ち上がったハリスを6362、ストロークで寄せ付けなかった。

・アカプルコ500の大会、決勝戦はチチパスVSズべレス4667でズべレフ優勝。

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