土曜日、晴れ。 あーちゃんは朝から歩こう会に出かけて、夕方までひとりだった。今日はコートへ行く気にならなかった。 さだちゃんの急逝の報にはじくじたる思いもあった。今日は夕方の通夜まで家で喪にふくそう。 新聞の報告欄に「都山流尺八演奏会 日時・9月29日13時開演 場所・市男女共同参画センター、主催 日本尺八連盟熊本支部 入場料 無料」をスクラップしてから「日本尺八連盟」のパソコンで調べた。 こんな団体があったとは知らなかった。中尾都山の宗家が牛耳っていると思っていたが、改革開放の波があったのだろうか。
久しぶり一週間ほど前尺八取り出してよく見ると、かすかにひび割れているのに気がついた。あーぼくと同じようによる齢に竹もかなわないのだ。けしていい音色は出してくれなかったけど、尺八はこれ1本しかない。音が少しは悪かろうとたまには吹いて見たい。ぼくはビニールテープで二か所力一杯巻き付けていた。
ぼくはその尺八を取り出して、うん十年前の確か「吾子恋慕」(あこれいぼ)?の薄汚れた譜面を取り出し、さだちゃんを頭に置いて吹いていた。まともな音はでなかった。ひび割れのせいにしたかったが、長いこと手にしてなかったから当然のことだった。でも吹き続けた。親が子を慕うのも、子が親を慕うのも同じだろう。
その内少し音が出だしたが、吹けば吹くほどかすれ出し曲の大事なよくようはなくなっていた。音は満足に出なくてもおかげで暗譜するほどになっていた。
会社に遅刻すまいと電車の前を走って横切り、車と衝突して死んでしまった同好会の会長の愛息。東大卒の入社まもない将来を約束された御曹司だったかもしれない。その会長の思いを察して作られたのが「吾子恋慕」だった。九州では、いや全国区だったかもしれない九州在住で親交のあった筝曲の先生の作曲だった。