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激災地の一つ益城のテニス仲間を訪れる

日曜日晴れ

昨日は兎谷とおぼしきところの震災を受けた仲間を訪問した。そして今日は益城の仲間の事が浮かんでいた。電話を二回ほどしたが、家が少しやられたが大丈夫ですとの返事だった。

昼過ぎ娘婿が実家からUターンしてきたので、百聞は一見にしかず、誘って二人で出かけることにした。
震災から二週間余経過しており、渋滞も緩和されて道路状況も少しは改善されているだろう。益城の道路標識が目に付きはじめたころ、農地の中の大きな屋敷が屋根瓦はもろにやられてかたむいて見えた。

街中に入ると娘婿が驚きの声をあげる。道路状況は黒いアスファルトの修理箇所だらけで運転に無中で、目をそらすと道路際の無残にも倒壊、半壊の家々が続き始めていた。そのすざましさに唖然とするばかり。
娘婿はスマホを向けたが無残な姿を収めるのを躊躇してシャッターは押さなかった。
テレビでは切り取った一部分だけだが、道路の両側にこれでもかこれどもかと、いうように無残な建物の残骸に心が痛んでいた。

ipadのカーナビを頼りに街中を抜けてしばらくして左折して田圃の道、アスファルトの修理だらけでまともに運転は出来ない。
前方に大きな道路が目についた。それを左に曲がりしばらくして左手の坂道を登りだした。かなり田舎の集落に見えた。少し迷ったが、ipatの終点でタオルでほおかぶりした麦藁帽のおっさんに見覚えがあった。

農家の構えの大きな屋敷、小学生らしい数名が軽トラの後ろで手伝いをしている。聞くと稲の苗床作り、土を長方形の底の浅い箱にすりきりに入れる作業を繰り返していた。母屋の横の納屋、大きな中柱は折れかかり、かたぶきその前に建てられていた鉄骨の構築物に寄りかかり、何とか耐えていた。

その小さな集落には被害はいたるところに見受けられて、電話口でのギャッの差を実感しながら、邪魔にならないように引き上げて行った。

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カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 21:55 | コメントをどうぞ