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孫娘と南阿蘇へ

木曜日晴れ 曇り

連休も半ば、長男の孫娘が一緒に昨日から遊びに来ている。利発で活発な娘さんに順調だ。

今朝も早く目覚めた、一人朝食を作りすませて長靴を履いて庭に出た。昨日ゴーヤと朝顔の苗を買ってきておいたのだ。二十センチ角の穴を五つ堀り、培養土入れてゴーヤを四つ朝顔を一つ、長方形のプランターに朝顔二つ、腰ベルトをして穴を掘ったがかなりしんどかった。

家に戻ると南阿蘇に行きたいらしく10時に家を出るという。トンネルが開通してうんぬんと報道されていたので長男の車の横に座って出かけることにした。南阿蘇には詳しいつもり、渋滞を避けようと指示しながら西原村入口らしきところの信号までたどり着くと左折は出来なかった。この先の集落がやられたのだと実感していた。真っ直ぐに上り大きく迂回して山田牧場の近くに出た。道が開通してオープンできたと報道の「萌の里」を右手に見ながら回復したというトンネルに直行できるのかと思いきや、ゴルフ場の手前にできていた橋脚は回復しておらず、その橋を迂回すると俵山越えをする旧道へと続くのだ、えらいこっちゃと思っていると峠のづっと手前から急激に山を下り気が付くとトンネルへと直行していた。

昨年は3月の下旬に同じメンバーで阿蘇ファームランドへ出かけていた。渋滞を避けて崩壊した阿蘇大橋を下から見上げる隘路を自慢げに橋を渡り川の合流地点の小さな公園で車を止めてしばし周囲の景観を楽しんでいた。首を伸ばすと阿蘇大橋が見えたし反対側を覗けば南阿蘇方面の見ごたえのある渓谷があり、川際の山は原始林のおおわれて、りっすいのよちも感じられなかった。
遠くには今は通過不能になっている南阿蘇鉄道の鉄道橋が郷愁を誘っていた。ひと月もたたずにその一帯が崩壊するとは悪夢の熊本震災がおきていたのだ。

トンネルをくぐり抜けると、そこにはさつきの山野がほっとするように広がっていた。

南阿蘇 月廻り公園まで足を延ばす。広大な芝の中を孫は草スキーや子ずれの山羊たちと戯れることしばし、中食の弁当を広げてそしてゆっくりと帰途についた。

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カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 21:52 | コメントをどうぞ