土曜日
午前中、屋上塗装の最終段階、立ち上がりの目地のカビの上から塗料を塗る。ヒビがあって無づかしいい。
16日 金曜日
運動公園のシニア仲間の練習会にはK氏も近頃参加している。彼はJOPへの参戦、75で全日本でダブルス優勝してから達成感を感じたらしく、体調もあったかもしれないが、遠ざかるが、お願いして全日本75に申し込んでいたことがある。
ところがポイントが若干足らず補欠の一番になっていて、彼は参戦を諦めていた。ぼくははシングルスも出ていたので名古屋の会場まで出かけると、携帯が鳴った。ダブルスの欠場が出たという。
・全日本ベテランシングルス初戦勝利
・名古屋三日目台風で中止
・Sは敗れDで勝利 全日本ベテラン
・ダブルス準決勝へ
・ダブルス準決勝完敗
・過日 名古屋港散策
木曜日
先日久しぶりに運動公園に出かけてみた。シニアーの仲間が運動公園で練習会をしている。
参加のラインにM氏の名前を久しぶりに見つけたからだった。春以来の顔合わせ、握手を交わしてご機嫌を伺うと思わぬ病が出てきて、ようやく復帰してみようかという体調になったらしい。
彼とのJOPの大会は思い出深い。70歳代2年間彼と同じ年代、その2年間、組んでもらったダブルスではグラスコート選手権、中国選手権、九州毎日など優勝をさせてもらっている。
初めて全日本ベテランに出場できたのは、その成績のおかげで、ぼくは初めて名古屋の東山テニスセンターに参加することができた。初めて見た会場は入り口に大きな看板が掲げられて、会場にはテントが張られ記念品などが売られていた。
ダブルス一回戦の相手の一人は前年シングルスのチャンピオンかつその年のシングルスワンシード、まさかの勝利に興奮していた。
2回戦もファイナルまでいったが、ぼくのミスが大事なところででて負けていた。
彼からは良い思い出をたくさん作っていただいた。早くぼくと同じ世代になっていただき、お互い健康であればあの時の再現を一歩二歩進めいただきたいと願っている。
ビックリの電話がある。どうなることだろう。
月曜日
関東の離島では台風で大変らしいが、こちらでは心地よい秋の気候が続いている。
深夜の全仏決勝は、朝方までのファイナルを予想していたが、まさかの決着で、寝ずに最後まで頑張ることができた。
ジョコビッチの出来が悪かったとは思えなかった。いつもの正確なショットを繰り出していたのに、二十代のトップ選手には通用したが、ナダルには通用しなかっただけ、それほどなだるのナダルの出来は完璧だった。
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通算56回目となったナダルとの一戦に0-6、2-6、5-7で敗れたジョコビッチは、「今回のような負けはいつだって楽しくない。でも大敗の中で、テニス選手として、そして人としても最高の学びを得られる」と話した。
ジョコビッチはナダルとの直近18戦で14勝を挙げ、ナダルが全仏で喫した2敗のうちの一つとなった2015年大会の準々決勝を含む、グランドスラムでの最近3戦も勝利していた。
しかし、全米オープンテニス(US Open Tennis Championships 2020)は新型コロナウイルスを理由に欠場していたナダルがこの日はジョコビッチを粉砕。ジョコビッチが52本のアンフォーストエラーを犯したのに対し、自身は同14本に抑えて一方的な試合を披露した。これでグランドスラム決勝の舞台では17勝10敗となったジョコビッチも、「ラファが完全に自分を上回っていたし、コートの上でより良い選手だった」と認めた。
「特に第1、第2セットは自分がもう少し良いプレーができたというのも確かだけど、とにかく彼のプレーに驚かされた」「彼が生み出していたテニスの質と言いレベルと言い、並外れていた。相手が完璧な試合をした」ーーーAFPより
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木曜日 台風の影響で風強し
昨日、二回戦初戦の相手は横浜の選手だった。そこには娘がいて、そこを拠点で関東選手権や東京毎日などに出ていたことなどを話して、こんど横浜に行ったら遊んでいただけますかと、携帯を教えてもらった。
軟式あがりの人だった。案の定フォアでガンガンと攻めてきた。アンダーサービスや両手打ちでのサービスは通用せず、福岡県ベテランでもそうであったように、我慢して利き腕でサービスしなければならなかった。
ファーストは63で何とか取ったが、相手のミスに助けられいたので63のスコアは出来過ぎに感じていた。セカンドになると不安は的中していた。久しぶりの左のサービスはだんだんと不安定になって行き、相手のフォアの攻撃は威力を増して責め立てられていた。
24と追い詰められてファイナル10ポイントのタイブレークがよぎっていた。どうして挽回したか記憶はとんでいる。なんとか44と追いつきら55からサービスキープ65とリードして何とか綱渡りをしていた。最後は浅い甘いチャンスボール、相手は得意のフォアで決めに来たが勢い余ってバックアウトしてくれぼくの勝利となっていた。
今日の相手は第一シードのF氏、45歳代の頃佐賀のウインブルドンと呼ばれていた芝のコートで5連覇されたと聞き及んでいる。75歳代の頃、佐賀のグラスコート選手権で決勝戦を戦い21で敗退、その後だと思うが、全日本ベテランの1回戦で戦い、勝ったことを記憶する。
一時、体調を崩して振るわなかったようだが、彼は昨年、全日本ベテラン80の単複を征して復活している。
もしかしてと日産のデイズターボ車のプロパイロットを駆使して出かけたが、広川でトイレ休憩をして、小銭入れを取り出そうと、所定位置に目をやるといつものバッグが見当たらないのだ。財布から免許証、カメラ等必需品がつまっているバッグを忘れていた。
頭をフル回転して何が一番問題なのか、かねだ。一銭もないのだ。昨日横浜の人に名刺を渡すとき名刺入れにペシャンコの千円札一枚気が付いていた。千円はあるが、ガソリンは往復いっぱいいっぱいに気が付いた。
もしかして全日本ベテランの勝利を思うなんて、おこがましかったのだ。サービスはまともに打てない、臀部が痛むのは座骨神経痛かもしれないのに。
26 36で負けたけど、大事なところで4015を落としたことなど、流れがこなかった。
セカンドは33から43となりそうなのを落として34、何せぼくのミスが多かった。
帰りに何キロ走れるかを見ると130キロぐらいだった。熊本~太宰府インター100キロ、何とか持つだろうと高速に入ってガソリンをチェックして走っていると60キロ位で給油ランプがついて、それからはあと何キロ位走れるか分からなくなった。
80キロ位が一番燃費が良いと聞いていたので、エアコンもやめて、80で走って行った。
家までは何とか持つだろうと、植木の新しく出来たインターで下りると、オイルゲージ表示がランプ点灯からの半部に、細くなっていたので、不安になっていた。けいふえんの近くまで行くとスタンドが目についたので、とび込んだ。千円しかありませんのでこれでお願いします。オイルゲージを見ると半分弱まできている。軽のタンクは小さい。
木曜日
すっかり秋らしくなってきた。秋の夕焼け鎌を研げ、先日さんふれあ温泉の帰り空を覆う夕焼けに遭遇した。
今日は中秋の名月、写真を一枚。雲があったほうが似つかわしい。花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。
昨日は夕方から深夜まで、全米オープン日本勢の活躍を期待して過ごす。最初に登場した西岡、相手はフランス期待20の歳のガストン、両者左利き身長はほぼ同じ、経験の差で西岡が行けるのかと
期待して見守っていた。
ガストンのフォアは強烈な巻き込むスピン、両手打ちのバックは独特なグリップで西岡のように正確なバックで、打ち合いではほぼ互角、いや西岡の方が進むにつれて勝っていた気がしたが、勝敗を分けたのはガストンのドロップショットだった。これも進むにつれて容赦なくドロップショットをで西岡を苦しめ、苦しめられてやられた。2セット先行され3セット取るも4セットを取られてセットカウント31で3回戦3回戦行きを阻まれていた。
次に行われた錦織の試合は深夜になっていた。相手はイタリアのトラバグリア、28歳のいかつく大男、サービス、ストロークに大男にふさわしパワーを披歴したのでどうなるかと心配していた。
ファーストはトラバグリア、セカンドは圭、3セット目は深夜も深まり録画にして朝見ることにした。セットカウント22でファイナルへと進んでいた。4セット目で頑張りすぎたのか圭に迫力なく、相手は土留めを誘うと、ガンガンと攻めてきて、それがポイントにつながり圭は力尽きていた。セットカウント23で、日本の男子は姿を消した。
残るは女子の日比野ひとりとなった。3回戦向けてがんばれ、頑張れ。