月曜日 曇り
646464ついにメドベージェフはジョコビッチを下したのだ。それもストレートで、テニス界の新たな胎動を感じられた全米であった。
日曜日
田舎の兄嫁、急逝の報昨日あり。朝から高速小倉東インター経由を利用して始めて行くと2時間半で到着していた。
兄が妻を自宅でみとったと知ったのは、火葬場での待ち時間、一人寂しく座っている兄を見つけたので、側に行き肩に手をまわして会話したときだった。手を背中に回すと瘦せこけている背中があった。帰りたいと言う妻を自宅に連れ帰ったが、けれどもトイレなどで大変な苦労していたという。最後まで一生懸命に看病、最後の言葉は大きな声で妻の名前を呼ぶと「はーい」とこたえて、それが最後だった。看護婦さんに電話して、それから医者に連絡してもらったという。長女はいたようだが、一日早めて戻った長男家族は間に合ったのだろうか。
涙ながらにつぶやいていた兄、焦心しきった兄の姿。最善を尽くしていたのだから義姉はきっと喜んでいるよと肩を抱きしめていた。時間が来るまで、ぼくは兄の側に寄り添って昔話などもしていた。
畑にしている隣地を買い求めたとき、二人で植えた桜の苗が今はこんなに大きくなっているよと、両手でを丸めた。そこには二人の思い出の桜の木があったのだ。
3月、ルーツ求めてと田川の香春町へ出かけたとき、兄のところへ、庭先を写しているとき、兄が何か言っていたので写真に収めていた。あの桜の木を眺めながら、なつかしむことだろう。
全米女子決勝戦ラドゥカヌ(英国)vsヘルナンデス6463で英国の18歳が予選から上り詰めて優勝。
金曜日
全米OP、まさか十代の二人が決勝のひのき舞台に上り詰めようとは驚きより呆れる出来事。
ランキング2位のサバレンカ、大坂なおみと互角のハードヒッターはQFでウインブルドン優勝のクレイチコバをストレートで下して、そのパワーをいかんなく発揮していたので、まだくちばし黄色くおもえしヘルナンデス、力でねじ伏せてほしいと、そして試合開始直後はそのパワーでブレークくしたのだが、ヘルナンデスは徐々に粘り強さを発揮しだして、互角に持ち込みタイブレークとなる。そしてタイブレークはヘルナンデス。
セカンドは流石にサバレンカが取りファイナルへ、互角に進んで45でサバレンカのサービス。しかし、あとのないサバレンカはいつもの短所が首を持ち上げていた。メンタル修行をしたと聞いていたが、一番悪い自分に戻っていた。力んでしまってサービスはまともにラケットに当たらず、ショットおかしくなり、独り相撲で自滅もいいところ、なにか情けない寂しい終わり方だった。
続いて行われたSFラドゥカヌvsサカーリ。サカーリはもっと良い試合をやってくれると期待していたが、スリムなフェルナンデスより少し大きく感じたラドゥカヌのショットは腰をおとして目一杯ラケットを振っていた。筋肉ウーマンのサカーリをついて行けずファーストは61でサカーリらしさは発揮できずにズルズルとなっていた。セカンドの中盤かららしき自分を取り戻していたが、時遅し46でここでも十代の少女に負けていた。
2020年コロナの影響で9月に行われた全仏では19歳のシフィオンテク(ポーランド)が優勝していた。いみじくも彼女がのたまっていたのを思いだす、今の女子テニス界では誰もが優勝のチャンスがある。
木曜日
スマホのカレンダーを見ていると今日は9月9日だったと理解する。毎日が日曜日で過ごしていると、日にちと曜日がおぼろげなのだ。並びの日は何かあったと巡らす。
「さんふれあ」の温泉が半額なのを思いだす。そうだ行ってみようとその気になって用意する。退院してきてからひと月以上、車の運転もOKとなっているから、行けたのだが来週の第三木曜日に回数券の割引があるので、それから始めたらと考えていた。
ウオーキングプールプールを歩いてみると、手術前と同じ感覚で行ける。左腕の違和感は感じられず、可動域が知らず知らずのうちに広がっているのが分かった。
テニス&温泉仲間とも出くわして、会話が弾んでいた。
全米、女子QF戦、英国18歳のラドゥカヌVS東京オリンピック覇者のベンチッチ戦。ラドゥカヌは初めて見る選手だった。準決勝まで来たのだからヘルナンデスとどうなのだろうかと、興味深く見ていた。最初は互角に見えたが、慣れるにつれて重心を低くしての思い切りの良いショットはヘルナンデスとよく似ていたが、彼女より体格から推し量って威力がありそうな気がしていた。ベンチッチもハードヒッターの選手だが、動きの良さの差で、押されてミスの差が敗因となっていた。5364で18歳のラドゥカヌ勝利。
完敗を認めたかのようにベンチッチはネットを横切りコートにうずくまるラドゥカヌのもとへ、祝福したのだろう。つよいわね。
同じくQF、ジョコビッチVSベレッティニ戦のファースト。すごい打ち合いでベレッティニがファースト取って、期待したのだが、ジョコビッチは打たれ強い。相手に合わせて、緩急自在にボールを操りまたも最後は余裕のテニスを繰り広げて勝利していた。57626263。
水曜日
全米オープン、錦織圭と大坂なおみが3回戦で姿を消してから、ガッカリしてテレビ観戦意欲も急に冷めかけていた。だがベストエイトが決まるころから、台頭する初めて見る若者たちの活躍などもあり圭となおみの落胆の傷も癒えていた。ヘルナンデスの活躍も救いとなっていた。
第三シードのチチパスをフルセットで破ったスペインの18歳アルカラスを解説ではナダルの再現とかではやしたてていた。
ベスト4かけて、カナダのオブジェ・アリアシムと対戦した。21歳の彼も同じ年ごろにデビューしてはやされていた、身長190余サービス、ストロークもいいものを持っていたが、期待される成績は記憶にない。
この試合に勝てばグランドスラム初めてのベスト4に違いない。テニス界の将来を背負うと思われる二人の対戦に満員の観客は期待にどよめいていた。
壮烈なラリーで始まった試合は、ファイナルまで行くのではと思わせた。リードのアリアシム53のサービスでラブフォーティと追いこまれていた。54となれば互角に戻りどうなるかわからなかったが、そこから4ポイントをアリアシムはもぎ取りファースト63で取っていた。
その辺でぼくはリハビリの予約をしていたので出かけた。
帰ってみるともう終わってい、サーカリとアンドレスクの録画が放映されていた。まだ試合の真っ最中のはずだと思い、録画を見るとセカンドの序盤でアルカラスが棄権を申し出ていた。
大坂なおみに土をつけたフェルナンデスは19歳丁度、シピヨンピョンはねる子ウサギのようにして躍動し16シードのケルバーを破り、そして今日5シードのスビトリーナを366376で破りベスト4に進出する。次はサバレンカ、この大会で好調なパワーヒッターには通用するか?????。
火曜日 曇り 風強し
18日水曜日が退院して2回目の診察日だったが、豪雨が心配されたので断っていた。今日がその2回目の診察日、手術してから2か月と10日余、退院してひと月と5日。そろそろ装具ともお別れしたいし、車の運転もokしてもらいたいと出かけていっていた。
診察は仰向けに寝て両手で握った腕が頭の方までどれくらい行くか、手術した方の腕だけで上げてどうなのか、角度をを測っていたようだった。順調に回復している問題なしという言い方をしていた。車の運転は良いでしょうかというと、はっきりとは言わなかった、が、あとでそれが分かった。
一階のリハビリ室でぼくを迎えてくれた理学療法士、入院中ぼくの担当だった若者にそれが委ねられていた。彼はしんけんな顔付きでリハビリしながらチェックしている様子だった。最後に車の運転はOKです、腕がまだ完全じゃないので気を付けて下さい。装具もしなくて良いことになりましたが、安心しないで気をつけてくださいと付け加えた。
皮肉な恩返し
これはそう遠くない昔、ある出来損ないの鴉の話。
その出来損ないの鴉「ヒビキ」と燕や雀の村がありました。
ヒビキは物心ついた頃に両親を人間達に殺されてしまい、独りボッチでした。
そんないつも独りでいるヒビキに雀の「ルリ」が言いました。
「あなた、鴉なのに黒くないのね」た
確かにヒビキの羽は灰色に近い色でした。ヒビキはまだ羽が生え替わっていなかったのです。
そんないつも一日なにもせず枝に停まっているだけのヒビキに燕の「キキョウ」が言いました。
「お前、鴉なのに飛べないんだな」
確かに羽の生え替わっていないヒビキはまだ空を飛べません。飛び方を教えてくれるはずだった両親はもういないからです。
そして、ルリとキキョウが言いました。
『あなた・お前は本当にムラサキね・だな』
出来損ないのヒビキはその『ムラサキ』の意味を知っていました。
『ムラサキ』とはあの綺麗な色「紫」のことをいっているのではなく。斑が多い、汚い色・汚いやつという意味の『斑咲き』という、同情と憐れみを込めたあだ名であることを知っていました。
毎日毎日、上から石や枝を落とされる日々。時にはけがをしたこともありました。
でも、ヒビキはその場から動きません。どんなに石や枝が顔の近くを掠めても、一歩もその場から動こうとしないのです。
最初はそんなヒビキを面白がって、繰り返し繰り返し石や枝を落とし続けていたルリとキキョウの仲間も、そのうち飽きてなにもしなくなりました。
ある嵐の日、ヒビキはいつもと同じようにユラユラ揺れる枝の上に停まっていました
ポタポタとヒビキの顔に雨が当たっては落ちて行きます。
このヒビキが停まっている枝からは、一度は行ってみたいなと思っている大きな木と、綺麗な川が見えます。
今日、その川は嵐のせいで黒く濁り、流れも速く、水の量なんて見たこともないようなものになっていました。
ずっと同じ場所からその川を見ていたヒビキは、何故かとても裏切られたような気持ちになりました。
ふと、ヒビキが視線を川の河口付近に逸らすとルリとキキョウの姿が目に飛び込んできました。
ルリが増水した川に落ちてしまったようでした。必死にルリを助けようとするキキョウがルリと一緒にどす黒い液体に飲まれていくのと同時に、ヒビキはその川に向かって飛び降りました。
ヒュルルルルとヒビキの翼が音をあげます。
そして、ヒビキをも飲み込んでしまわんと黒々した川が渦を巻きます。
でもヒビキはそんな川を見ても怖いとは思いません。逃げたいとは思いません。それどころかヒビキは、水面すれすれで体勢を持ち直して、水面と平行に飛びだしました。
そして、すぐにルリとキキョウを見つけ出し大きな爪で二人を救いだしました。
ヒビキは二人を危険のない場所まで連れていくと、その横にそっと座りました。
二人はどちらも大事には至っていないようで、小さな胸を上下させていました。
すると不意にルリが目を閉じて言いました。
「あなた、鴉なのに黒くないのね」
ルリはあのときと同じ口調でした。
ヒビキの翼は白く、その翼に水を滴らせ全身は銀色の膜に覆われているようでした。
するとキキョウが目を閉じて言いました。
「お前、鴉なのに泣くんだな」
キキョウはあのときとは全然違う、とても優しい口調でした。
ヒビキは知らず知らずのうちに、透き通った黒く大きな眼から涙を流していました。
ルリとキキョウは同時に言いました。
「ヒビキ、強くなったわね・な」
ヒビキは泣きながら声を震わせて言いました。
『二人とも、何で目を閉じているのに俺をわかってしまうんだ』
ルリとキキョウはニッと笑ってただ一言。
『当たり前でしょ・当たり前だろう?』
saku 2015 kirin
土曜日 曇り
そして私はたどり着く(´▽`)/
私は今、無人駅に1人座っている。あのカラフルな椅子と、黄色い点字ブロック。
遠出なんて何時ぶりだろう、そもそも家から殆ど出ていなかったものだから新鮮といえば新鮮だ。
といえども、別に行きたいところがあるわけではない。なんとなく、本当になんとなく家を出てきてしまったので駅に来た迄である。
乗るとしたらどちらの方向がいいのだろうか。どちらが山でどちらが海なのかもよくわからない。
取り敢えず、来た電車に乗車してみよう。
乗った電車はどこか懐かしい物だった。
学校の修学旅行なんかで乗ったりした、あの座席が回る新幹線のような感じ。新幹線に乗ったことがあるわけではないのでわからないが。
私の乗った車両には、腰の曲がった老婆がコックリコックリと眠りこけていた。
せっかくこんなに席が空いているのだ、窓際に座って景色を眺めよう。
ゆっくりと電車は動き始めた。
ガタンゴトン…。
本当に電車というのはこういう音がするのだな。
走り始めて私はそう感じた。
犬がワンワンと言われても実際はワンワンと鳴かないように、電車もガタンゴトンとはいわないものだと思っていた。
通り過ぎていく桜並木。
もうこんなに桜が咲いていたんだな。満開ではないか。
いや、TVなどで桜前線がどうのとかは聞いたことぐらいあった。
しかし、間近で見る桜というのは確かに見事だ。日本という国に生きている実感が湧いてくる。
天気がいい日に花見をするのもいい。外は嫌いだが、やはり美しい。たまにはいいものだなと思う。
真っ赤な鉄橋を抜けて、渡る川。
谷のようになっている。
ふと見ると真っ白な鳥が飛んでいた。
アルビノ種か?形からして鴉の類だろう。綺麗だな、鴉は好きだ。ああも誇り高く生きている動物が他にいるだろうか。ゴミを漁り、意地汚いというものもいるが、私はそうは思わない。あれこそが美の最骨頂。あの漆黒の羽は全てを見透かし、魅了する。
そのアルビノ種を見れたことは非常に光栄なことだ。
その白い鴉の周りには2匹ほどの小鳥が飛んでいた。1匹は濃い黄色のような色合い、もう1匹は緑というより翠というかんじの色をしていた。
仲むつまじく飛んでいく3匹は家族のように見えた。
種類、種族限らず仲がいいというのはいいことだ。差別の絶えない人間とは違う。
ふと、空腹を覚え駅弁を買った。
タコの炊き込みご飯を頬張りながら、窓の外を眺めるとどこかの学校だろうか、その前を通った。
やっぱり桜が満開で、新生活の始まりを感じさせた。
ぐんと電車はスピードをあげた、山と山の間を駆け抜ける。
新芽の出始めた木々を抱える山々は、川を挟むように聳えていた。
これからは川に沿って進むようだ。先ほど渡った川はこの川の尻尾だったのだろうか。
それならばまたあの鳥たちにも会えるだろうか。
もうすぐ終点というアナウンスが流れる。
あと1つ駅を過ぎれば終点だ。
早いものだ、もう少し乗っていたい。久しぶりの遠出なのだから、と惜しまれる。
そして最後の通過駅、あの老婆が席から立ち上がった。
ここで降りるのか。
すると老婆は私にむきあって言った。
「たまにはいいでしょう?こういうのも」
老婆はそれだけいうと、電車から降りていった。
なんなのだろう、ボケてるのか。
それとも、なにかの…。
いや、やめよう。なんでもないのだ、きっと。
終点、降りると桜吹雪だった。
目の前が見えなくなるくらいの桜吹雪だった。
ああ、いいな。こういうのも。
はっと思い出す老婆の言葉。
『たまにはいいでしょう?こういうのも…』
やっぱり、なんでもないのだ。なんでもないのだ。
遠くに飛んでいく3匹の鳥たちに私は気づかなかった。
2015 15才 kirin
金曜日 雨
「紅ークレナイー」
登場人物
向日 椿(歌う人形)
氷差 朝顔
路上で一人歌いはじめて、どのくらいの月日が流れただろうか。暗く、社会と隔てられたこの路地裏には、今日も日が当たることはない。
そんな場所で私「向日椿」は今日も歌い続ける。
ついたあだ名は「歌う人形」。誰がつけたかは知らない。ただそのあだ名が皮肉以外の何でもないことにはかわりない。
この路地裏で歌いはじめて色々な人間を見た。体の一部が欠けた者。心の一部が欠けた者。最早、何もないやつもいた。
でも、あいつは違った。
あいつは急に現れた。それは、偶然なんかではなく、生まれる前から分かっていたような、不思議な感覚だった。
その日は今年一番といわれたくらいに寒い日で、そいつも、真っ白なマフラーを首に巻いていた。
「貴女が歌う人形?」
そいつは準備をしていた私の後ろに立っていた。
とろけるくらいに甘い笑顔で立っていた。吐く息のように肌が白い少年だった。
「…そうよ、何?」
そう私が応えるとそいつは嬉しそうに言った。
「やったっ!会いたかったぁっ」
正直、新鮮だった。こんなに感情を露にする人間を、久しぶりに見たから。
「今日ずっと聞いてて良いですか?」
「…勝手にすれば」
心から喜んでいると言わんばかりに、そいつはその場でぴょんぴょん跳ねた。
「ありがとうっ」
最後にそいつは、私の手を強引にとってぶんぶんと振った。
忙しい奴だ。見ているだけでクラクラする。
「ふふっ」
私が無意識に綻んだ自分の表情に気づく事はなかった。
私が歌い始めると、そいつは近くの壁に寄りかかって目を閉じた。
少したつとここいらへんの住民が私の歌を聴きに来た。住民たちは、見かけないそいつをチラチラと見ていたが、無害だとわかり気にしなくなった。日が暮れてきたころ、そいつはやっと目を開けた。
「今日は終わり?」
「そうね、今日は何か疲れたわ。あんた、家は在るの?」
そいつは考える素振りを見せて言った。
「今んとこないかな、適当に探すよ」
少し汚れてはいるが、身なりはいいから、家でしてきたとかそんなんだろう。
「お前、名前は?」
「…っと、朝顔。氷差朝顔」
「じゃあ、朝顔。うちに泊まる?」
「え?」
目を見開いて私を見る朝顔は、本当の子供見たいで可愛らしかった。
私には子供がいた、葵という男の子が。
「いいの?やったぁ!」
葵もちゃんと育てばこのくらいの年齢なんだろうなと、朝顔の頭を撫でた。生きてるかどうかもわからない息子。無表情で笑わない奴だった。
あの頃の若い私はそんな自分の異様に大人びた子供を気味悪がり、友人の研究所に売り払った。今では後悔しか残らない。無表情でも、笑わなくても、たった一人の血の繋がった息子だったのに。葵は私を恨んでいるだろうか。いや、恨んでいるだろう。それでいい、私は恨まれて当然のことをした。
無言で朝顔をつれて帰宅した。今にも崩れそうなアパートだ。
「さびれたところだが、自分の家だと思って寛いでくれ」
「はい」
またニコッと笑う朝顔は輝いて見えた。
お茶を淹れようとしたところ、不意にインターホンがなった。
「はい!」
こんなアパートを訪ねてくる人間は初めてだ。
なんて、思いながらドアノブにてをかけようとした瞬間
「出ないで!」
と、朝顔が大きな声をあげた。すると、ドアの向こうで音がした。ギシギシとなる廊下を走っていく音の様だった。
「え?なに?」
「つけられてたかな…、油断した」
「どういうことよ、朝顔。あの足音はなに?」
「ごめん、後で説明する!」
そういった頃には、朝顔はベランダから飛び降りていた。
「えっ?嘘…」
私がベランダから顔を出した頃にはもう朝顔の姿は遠くなっていた。
ヤバいかもしれない。特に確証があるわけではないが、この裏側の社会で身に付いた直感が悲鳴をあげていた。ベランダから躊躇なく飛び降りる朝顔といい、不気味な足跡といい、おかしなことが多すぎる。知らないうちに、変なことに巻き込まれているのかもしれない。
「よしっ」
自分の顔を強く叩き、気合いをいれると、手ぶらで家を飛び出した。とりあえず、朝顔を追ってみることしか私には出来ない。
なにかわかるかもしれないしね。それに朝顔を放っておけない。
朝顔は確か、あっちの方向に走っていった筈だ。でも、あの足音の持ち主を追ったのなら、足音も真っ直ぐ逃げたりはしないだろう。だからこの方向の直線上に朝顔がいるとは限らない…
「どこいったのよ…」
息も切れてきて、私は一度立ち止まった。右も左も人の気配は見当たらない。
そのとき、路地裏の方から音がした。軽い靴の音と、悲鳴のようなものが聞こえる。
「こっちか…っ」
暗い路地裏を走り、音のした方へと近づくと殴り合うような新しい音も聴こえてきた。
「朝顔!」
そして目に飛び込んできたのは、虐待されている朝顔と顔を腫らした黒ずくめの男たちだった。
「椿さん…、何で来ちゃったんですか」
血の混じった様な声で朝顔が私を絡める。
「何でって…、何でだろう?」
なにも考えず走ってきてしまったので、自分にも今一分からなかった。
「もう、あなたって人は…」
朝顔は細い首を絞められながらも、呆れたように溜め息をし、真っ正面から私を見つめた。
「そこから、動かないでくださいよ。椿さん」
「え…」
そういえば、何で私の名前を知っているの?と聞く前に、朝顔は動いた。
朝顔は細い体躯を器用に扱い、物の数秒で男たちを地面にひれ伏させてしまった。
「朝顔…」
「椿さん」
振り返った朝顔が言った。
「あなたは自分の息子のことを覚えていますか?」
「何を急に」
私は適当に茶化そうとした、が、朝顔の真剣な顔を見てそうもしていられなくなった。
「実の息子を忘れるやつがいるかしら」
私がそう答えると、朝顔はとても嬉しそうに笑った。
「良かった、これで本当の名前をあなたに教えられる」
朝顔はその場で、クルリと舞った。
すると、全体的に白かった朝顔が黒く染まった。雰囲気が代わったのだ。
でも、不思議と怖いとは思わなかった。寧ろ、懐かしいような気がした。
「朝顔?」
「それは偽名です。俺の名前は向日葵。今は大神仁と名乗っています」
大神…、息子を売った友人の名前だ。
「そう…、葵。あんただったんだね」
「ええ」
それだけ言うと葵は背中を向けてしまう。
私はそんな息子に話しかけた。
「ねぇ、葵。私のこと恨んで…」
「俺は今、幸せです」
私の言葉を最後まで聞かず、葵が振り返り言った。
『あなたの息子はここに居ますよ。母さん
』
それだけ言うと、葵…仁は黒ずくめの男たちを連れて闇に消えてしまった。
「ははっ」
口許から自然と乾いた笑いが零れた。それに反比例するように雨が降り始めた。
~後日談~
ふてぶてしい息子と再開してから1ヶ月ほどたった。
あのあと、私は自分の情報網を駆使して様々なことを調べた。
主にあの、黒ずくめの男たちについて。
まぁ、情報網というのは…
プルルルルルルルルルッ
『はい、もしもし?』
「あっ、大神?おひさー。椿だよ」
『えっ?椿?久しぶりだねー』
息子を売った友人だ。
『葵を、椿のところに寄越しただろって?違う違う、今は大神仁だって…。ああ、どうでもいい?いやいや、あのね。僕だって仁を行かせる気はなかったよ。でも仁がどうしてもって言うから。あ、あの黒ずくめ?あれはもともと仁を狙ってたんだよ。いわば世界の刺客というか、うんうん。そう、親を人質に取ってしまえっていう考えだったらしいよ。考え方がかたいよねー…」
ガチャッ
そーゆーことか。
相変わらずギシギシいう、床に寝転がり、携帯電話を放った。
自分の尻拭いに親を使いやがったのか、あのバカ息子は。
「でも…」
私の目にはあの笑顔が焼き付いていた。
『あなたの息子はここにいます』
「…ここにいるの?葵」
振り返りざまのあのキラキラした笑顔に私は救われた。
「なんて、思ってたまるか!」
腹筋だけで起き上がって怒鳴ると、ドアの向こうで物音がした。
「なんだろ」
四つん這いになってドアを開けるとそこには、朝顔の苗と椿の苗が入り交じった1つの上木鉢が置かれていた。
「洒落たことを…ん?」
上木鉢の影に沢山の写真が落ちていた。
「なにこれ…」
その写真に写っていたのは歌う人形と呼ばれていた頃の私の写真だった。
「ほんっと、腹立つわぁっっ!」
苛立ちにまかせて上木鉢も投げ捨ててやろうかと思ったがやめた。
私の見た氷差朝顔と息子の向日葵と友人の養子(?)の大神仁は同じ人であることを、ふと思い出してしまったからだ。
「ふんっ、今回はこの華に免じて許してやるわ」
すると物陰からクスクスと笑い声が聴こえた気がしたが、私の気のせいだろう。
2015年 14歳kirin
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