一年の計は元旦にあり 

火曜日 曇り

一年の計は元旦にありで計画を、と思うが去年のブログを見ると、肩は秋口からだんだんと悪くなり、年明けして痛いなりにサービスやストロークをやっていたのだが、それがこじらす原因になったと今ではよくわかる。なおすためにはどうすればよいか分からず、行きつくとこらまで行ったのだ。

完治していないのは昨年によく似ているが、肩の仕組みを勉強した分だけ、前向きになれている。この状況で完治の努力を怠らずに一歩一歩進めます。

80歳での全日本ベレランを目指して、結果をだす。これがぼくの一年の計です。

80歳は昨年からドロー数が半減されて16ドローから8ドローと高いハードルに変更されているのには驚いていた。(できれば納得できる事由が知りたい)クリアーするためには少なくともグレードD以上の3大会で優勝か準ずる成績を残さなければ難しいと思われるが、9月までぼくなりに頑張ってみます。

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大晦日  八十路を迎える最後の青春をどう生きるか?

月曜日 晴れ

今年も終わろうとしている。紅白歌合戦が行われているが、興味は年ごとに薄れてゆく。もうぼくたちの時代は遠くに過ぎ去って、思い出が時々頭をかすめるだけ、今年も孫三人来ているので二人でさびしく新年を迎えるよりは賑やかで気が紛れている。

今年一年は肩の故障で棒に振って終わった。肩の構造がどんなになっているとかも、知ろうとうもしないで、直すすべが分からず半年以上が過ぎていた。九州選手権で最後の止めというべきか、サービスで腕を上げて打とうとしたとき、激痛が走った。ぼくはすぐ試合を棄権して、途方に暮れていた。整形外科を2軒回りMRIを撮ってもらったりしたが、医者からは納得する説明えられず、自然治癒を待つしかないと観念していた。

テレビに接続しているユーチューブであるとき、「肩が痛い」と呼びかけると、全国の整体師のケアーのノウハウが次々と出て来るのに驚いた。インナーマッスルという言葉も知らず、上腕骨を支えている腱を教わり、そのトレーニング方法を教わりリハビリに取り組んだ。腱は重傷に思えるほど、痛んでいた。毎日少しずつ、根気よく、痛みの緩和に取り組んでいた。

三か月間クラブを休会して、橋桁の壁打ちに通う毎日を過ごしていた。そこでは利き腕は休ませて、反対の腕でのストローク、サービスの練習に励んだが、かぼそい右腕は悲鳴をあげていたが、三か月くらいで、どうにもなるわけではなかったが、ぼくにはそれに期待するしかった。

ふく会して、試合に出たりし始めたが、だましだましのサービスで何とかしのいでいる現状、来年の4月までには何とかと思いながら過ごしているこの頃です。

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人工芝のゲレンデに孫3人連れて遊ぶ

土曜日 晴れ  寒い

9時からコートへチャリを走らせる。I・Oコンビは今日も健在でコートに立っていた。ぼくは彼らより少し遅いので、なかなか一緒に遊ぶことが出来ない。3試合目は1番コートでストロークをしていると試合の終わった彼らが二人でそそくさと来てくれたので、久しぶりのダブルスを楽しむことが出来た。ぼくとO氏、I氏とX氏が組んで対戦、押されながらも何とか食らいついて頑張ったが46で負けてしまった。

昼から孫3人を草スキーのゲレンデに連れて行くと約束していたので、3試合目が終わる急いで帰途に着いたが12時近くになっていた。

ゲレンデに到着した時は少なかったが、三々五々と幼子や孫を連れてやって来だして、いつのまにかゲレンデは賑わっていた。

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4歳の孫を連れだし草スキーへ

金曜日 晴れ  寒い 午後小雪が舞う

昼過ぎ、一番下の男の孫と次女の孫が喧嘩を始める。いつものパターンらしい、けんかになると次女は家中を逃げ回り、うるさいことこの上なし、怒っても男の孫は頑固でなかなか収まらない。じいちゃんと遊びに行こうと連れ出して、車に乗せてコートへと行ってみた。正月休みらしい人は見掛けず、駐車場は車も少なく、コートも空いていた。
めずらしい人も見かけなかったので、車を運動公園方面へと走らせ、パークドームへ行くと、ソフトテニスの大会が行われていた。尋ねると中学校の試合だという。ソフトテニスの大会は選手も応援も一体となって戦っているようで、一生懸命さが伝わってきて、迫力がある。孫とまわりを一周してから、近くのサッカー場に隣接している公園の草スキー場に車を走らせた。

午前中100円ショップに出かけた時、尻に敷いて滑る草スキー用具が目についたのでとりあえず一つだけ買っていた。
最初は枯れた芝の傾斜で滑らせたが、滑る要領も分からず、距離も短いので、人口芝の本格的なゲレンデに連れて行った。少し強い傾斜のついた上から滑ると、勢いがついて下まで滑れるが、スピードが出て怖くなり足でブレーキをかけようとすると転んダリする。さすが男の孫、最初は要領が分からずうまくいかなかったが、アドバイスするとだんだんと長く滑れるようになっていった。
ボートのソリを持ってきたときは、ここであまり滑れず諦めた記憶があったが、これだけ滑れるなら明日は孫3人連れてこようかなと考えたりした。

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4年生にテニスを教える

木曜日 晴れ

四年生の孫娘がテニスをしたがっていると二男が言う。昨日帰り際にも一言いっていたので、今日コートに連れて行った。年末でレンタルコートは今日までのようだ。

今朝、10時から1時間コートを借りて出かけた。バトミントンも危ういのにテニスはまだ無理だと思ったが、4年生になっていろんな意欲が出始めたのであれば、結構なことだと思う。

低学年の子供にテニスを始めから教えるのはどうすればよいのか、それが問題。筋力もなく片手打ちで大丈夫か、最初フォアーを右手でワンバンドさせたボールを打つ練習から始める。ネットとサービスラインの中ほどに立たせて、ぼくがワンバンドさせたボールを打つ。なかなかネットを越えない、まともに当らない。

ラケットはグリップテープを全部はがして裸にして細くなったところでグリップテープを巻くとかなり細くなったが重さは300グラム、重い。手首が痛くなったらしいので、バックを両手打ちでグリップさせて打たせる。グリップをチェックしながら、下から上へと振りぬくと指導すると、直ぐにネットを越えるボールを打つことが出来た。両手だからか、腕の負担が減ったようだ。

フォアーぼくと同じ両手打ちで打たせることにした。バック両手打ちのグリップのまま、フォアー側にボールをワンバンドさせて打たせたところ、案ずるより産むがやすしの言葉通り、思ったより上手に打っていた。

初めての練習、60分で丁度良い時間だったようだ。最初にしてはめでたしめでたしと思った。

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赤毛のアン

水曜日 曇り 雨

昨夜、次男が孫三人を連れてやってきた。それで今日のレッスン一緒に受ける約束をしていたIK氏に、断りのメールを入れた。午後は薄日もさしてテニス日和となったが、みんなで家で過ごし、両親は夕食後戻って行った。楽しみにしていた孫三人としばらく一緒に過ごすのだ。

夏休みに会ってからまだ4か月なのに、3人はそれぞれ大きくなって成長しているのが、たくましく感じられる。上が4年生、次が2年生でまだ幼く見える、そういえばキリンちゃんも2年生から上京して、環境が激変したのだ。厳しく耐えて来たんだろうなあと、今頃になって強く感じている。手紙でももっとたくさん出してあげれば良かったのにと思う。

あれから10年、彼女はじいちゃんの手の届かなところに、成長して羽ばたいていこうとしている。ぼくは赤毛のアンのマシュウおじさんのような心境なのかもしれない。

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終日コートで2万歩弱遊ぶ

水曜日 晴れ

今日は天気が良くて暖かかった。それでついついやりすぎて、帰ろうとしているとクラブハウス内から硝子窓を叩いている、ぼくは気が付かず目の前のコートの女子ダブルスに注視していた。熱心だけどなかなかうまくならない彼女が結構頑張っていた。必死につなごうとして、つないでいたのは進歩だった。振り返ると彼女がさっきから叩いているのよとしぐさする。ドアから来いよと、言いながらドアへ回る。

それからミックスダブルスワンセット、彼女を敵に回して、彼氏には失礼とは感じながら、ハンデイのつもりで右手のサービスを最後まで通した。02 22 23 24 34 35 44 45 55 65であやうくやっつける。45でぼくのサービス00 40と負けを覚悟していたが、何とかキープして55とおもしろくなっていた。

朝9時半にコートへ、H・I氏らは9時に来て10時まで屋内が使えるので、屋内で練習、スロースターターのぼくは3番コートで一人軽く練習していると、彼らがやってくる。それから12時までストローク中心の練習、2対1で10分くらいで交代するが、ぼくにとってはハードな練習になる。今日は一人が足首を痛めているとお姉さんのダブルスの誘いに誘われた。それでまさに1対1でやるも残された彼も肩を痛めていて11時半には終わった。

ドイツ周辺の国を一月あまり自転車持参で旅をしてきた彼が自転車で来ていた。玄関先で出くわし話をしていると、乗ってみませんかと言いので、甘えて乗せてもらう。持ち上げて御覧という、十分軽い。敷地内を回ったが、なれないせいか不安定だが、ずっしりとしていた。車輪はレバーひとつで取り外せるという。タイヤは一番小さいのに思えた。少しタイヤの大きな自転車があるという。たいまいの自転車を2台所有しているのだ。向こうではタイル張りの道が多いので、大きめのタイヤが良いと言う。

ストロークだけで満足している彼と、ストロークしているとお姉さんがクラブハウスから出てきてダブルをお願いしますと言う。二人でストロークしているとこの危険性が多い。相手も考えて申し込んでいるのだから、断ってばかりいたらヒンシュクを買う恐れがあるので、お付き合いもしなければならない。3人の女性相手に1セット。けっこう遊んだ。7番コートに男3人で持て余し気味に見えたので、すたこら出かけてダブルス1セット、終えると、昼も大きく回っていたので帰ろうそしていたところだった。

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Cクラスの実力  80歳 最後の挑戦へ

月曜日 晴れ 曇り

天皇誕生日の振替休日とのこと、まさか試合があっているとはつゆ知らず朝からコートへ出かけてみると、駐車場の様子がおかしい、空いているコートも見える。クラブハウスで聞いてみると試合があっていると言う。

Cクラスのミックスダブルスのようだ。どこかで見たような人がいる、前のクラブの人で夫妻で出ていた。張り出されているドローを見ていると夫婦のペアーが結構あった。多い人は4試合やっていたので楽しんだに違いない。
Cクラスにしてはレベルが高い、ぼくがCクラスで出ても勝てないことを理解させてくれた。

先日久しぶりTM氏から電話がある。2月の福岡ベテランの件だった。ぼくはその前の日に要項を見ていた。どおしょうかと考えていた時だった。来年からは80歳のエントリーとなる。75歳で頑張ってもいいけれど、そんなことをしている人は聞いたことがない。実力もないくせにやせ我慢をするなと言われるのがせきのやまだ。

今年の福岡ベテラン、80歳は冬、夏、秋の三大会とも成立していない。九州を離れれば成立する大会はあまたあることは分っているけれど、今のぼくにはそんな元気はもうない。

彼もそれを心配してくれたが、3人おれば成立する、何々氏に確認するから、新しい選手もいることだから大丈夫だろうよという。同じころに四国選手権がある、グレードCでそちらに参戦する選手が今まで多かった。今年は徳島でかなりへんぴだから、こちらに目を向ける人もあるかもしれない。とりあえず申し込むことにした。

60歳の際の還暦を迎えるおり、年寄りになり棺桶もぐっと近づくのだと、かってに想像たくましくしていた。おりしも室内コートの試合の合間に、右目がまぶたが下りるように、目が見えなくなり慌てた。目を閉じてしばらくして薄目を開けると見えるのでほっとして試合をデフォして観念していた。やっぱし年のせいだと、毎週レッスンを受けていたそのクラブをそく止めた。それから60代の半ばの頃、テニス仲間の70歳半ばの人に聞いたことがある。体力的にどうなのかとか・・・・・。今度は80歳になる・・・・聞いてみたいけど聞かない方がいいかもしれない。ケセラセラ・・・なるようになるは、あすのことは分らない・・・。だけどぐんと近づいたことはたしかなのだ。


(羽をのばしている冬休みの孫娘)

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2008年11月 アーカイブス

土曜日 晴れ 曇り 暖かい

朝からコートへ出かけてみる。ウイークデイにはダブルスの好敵手はほとんどいないとようやく理解した。土日は現役のテニス好きが早朝から集まる。年齢のハンデイを考え遠慮していた面もあったが、背に腹を替えられず、来年は頑張りたいと思うにつけ、ハンデイは考えずにとこまで通用するかしばらく出かけようと思う。

今日はダブルス1勝3敗だったが、2勝2敗に近かったから良しとしょう。何とか通用しそうだ。

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T杯県のシングルスの大会でFJの強さをしみじみ感じていたが、それから今まで継続して活躍している。今年は全日本ベテランでダブルス優勝を果し、ぼくの知る限では九州選手権でも単複優勝していた。すごいのだ。
この頃はFR氏とKT氏が活躍している。全日本グラスでFR氏は単複制覇、この頃のぼくには高嶺の花を眺めているだけの時代だった。長洲町のシングルスも記憶に残る。帰りは車の運転はアクセル踏む足があやうく、夕やみの道を走らせた。クルム伊達の活躍を予感させる11月でもあった。

・2008年11月07日 全日本グラスコートベテランの70歳D
・2008年11月08日 菊鑑賞会も菊よりダンゴ
・2008年11月12日 全日本女子16熊本出身4名も
・2008年11月14日 全日本テニス女子単 米村知子残念
・2008年11月15日 クルム伊達公子の四大大会での活躍を!
・2008年11月16日 長洲町シングルス大会 3位
・2008年11月17日 いろんな思い
・2008年11月24日 ひとりごと 尺八の練習
・2008年11月29日 50歳以上のT杯、残念無念

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2008年10月 アーカイブス

金曜日 晴れ 曇り

シカゴマラソンで3位ながら2時間5分11秒、日本歴代最高を出した大迫傑選手に陸連は嬉しい悲鳴というか今年二度目の1億円のたいまいを払うことになった。
その大迫傑選手が帰国しての質問に「今を大事に」と答えたのが印象に残った。

H・I氏らの練習を約束していたのを忘れて、今を大事にしょうと10時過ぎに家を出るといつものコートに人影がある近づくと彼らだ、今日は木曜日でなかった金曜日なんだ。昼までには時間がある、詫びを入れて仲間に加わって練習。雨上がりのコートは水たっぷり含み苦手の状態での練習だった。こうやってハードなストロークの練習に加わっていれば、シングルスには役立つはずだと期待している。

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個性派俳優の緒形拳が逝ったのは、もうこんなになっていたのだ、大分出身でニヒルな役柄がうまかった。
全米以降の錦織の成績思わしなくイライラしていた。女子の期待していた両手打ちの中村も落ち目で、同じく両手打ちの森田あゆみに期待していた。鹿児島県でのねんりんピック、準優勝はハイライトだった。あれから十余年経過したが、そこまでの成績を残したという記憶はない。あの時は運も味方をしてくれたと思う。

・2008年10月01日 錦織3回戦もがんばれ(ジャパンオープン)
・2008年10月02日 錦織どうした、ふがいないど
・2008年10月04日 なつかしい仲間現る(KB氏)
・2008年10月07日 緒形 拳逝
・2008年10月14日 「暗黒の大陸」スタンレー著を読み終える
・2008年10月20日 テニスのショットの中で最も大切なショット

・2008年10月23日 派遣労働者へのしわ寄せ、胸痛む
・2008年10月28日 準優勝 ねんりんピック鹿児島2008
・2008年10月30日 東京有明国際女子オープン II 2008
・2008年10月31日 仲間からの祝福
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