キミの名は。

 

中山知希
20歳

今日は調布校への出勤だ

中山は緊張気味に家を出た
いつからかは記憶にないが、
いつものように縁起を担いで右足から家を出る

緊張の理由
それは慣れない調布校でのレッスン、ではなく
土地勘のない自分が無事に調布校に辿り着くのか
ということだった

北海道出身の彼にとって
JR以外の『私鉄』などというものには馴染みがなかった

矢川駅に着くと、同い年だが先輩の北川の姿
「しめた!」
利用できるものは何でも利用する
ご利用は計画的に
美容より理容
あらゆる座右の銘を巡らせた中山は北川に声をかけようとした

そのとき

『青函トンネル』

中山の頭にふとよぎった

青函トンネル?
函青トンネルだろ
東京寄りっていうだけで青森行きが上りっておかしいだろ
北海道と青森?
試合したら6-0、6-2で北海道でしょ

中山は出身地の北海道に誇りを持っていた
「道」という字を使って短文を作りなさい
小学生のときのテストにも
[北海道はどの都府県よりも圧倒的に広い]
と書いて周りを驚かせた

青森には負けるはずもない
青森になど頼ってはならぬ

青森出身の北川に声をかけることなく
一人飛田給へと向かった

調布校に辿り着くと
そこにはすでに先輩の内藤と北川がいた
「おはようございまーす」
「あ、おはよう 今日はよろしくね」
ハンドクリームを塗りながら内藤は応じた

レッスンの時間が近づいてきた
初級レッスン
国立校では担当していない
「どういう感じですればいいですか?」
内藤に助けを求めた
「え、あ、うん、いいんちゃう」
いいんちゃう?
え、何が? どういうことだ?
ハンドクリームに夢中になる内藤の背中を睨んだ

どうする?
何も思い浮かばない丸腰の状態でコートに立った

何やら自分に向けられた違和感のある視線
そう、誰の仕業か分からぬが
新しいコーチはイケメンだ
いやイクメンだ
などという噂が流布されていたのだ
自分はイケメンでも、ましてやイクメンでもない

妙な空気感
一体感のないバラバラな雰囲気でレッスンが始まる

なぜだ?

なぜなんだ?

なぜ、調布の方は名札を付けていないんだろう
なぜ、こちらの話を聞かずに思い思いの話に興じているのだろう
なぜ、一打毎に大声を発するのだろう

とにかくこの一体感のないバラバラな感じをどうにかしなければ
彼は強硬策に打って出た
共同作業
一体感を生むにはそれしかない
次の瞬間、中山は誰の目にも気付かれないように
ボールカートをぶちまけた

「あぁー、すいません・・」

大変だわ
お客様全員が一斉にボールを拾う
それを横目に、してやったりの中山
一体感を生むことに成功した彼はその後問題なくレッスンを進行した

レッスン終盤
試練は突然訪れる
「ライジングって難しいですね」
「そうですね、えっとー・・・」
「あー!まさかまだ私の名前覚えてないの?」

ピンチ
まさかの展開
そもそもお前が名札をしていないからだ
などとは言えぬ

二択
井田か井出
そう、どちらかだ
さっきも口にしたのだ

井田?
or
井出?

どっちだ?
私にとってはどっちでもいい
しかし、この人にとっては自分の名前だ

もはや時間がない
仕方ない
間を取ってごまかすほかあるまい
ばれやしない

「いだぇさんですよね」

「えっ?」

「あ、いえ、いでぁさんですよね」

「はいー?」

なぜだ
なぜばれるのだ
完璧だったはずだ
「a」と「e」の間の発音
仕方あるまい
50%の勝負だ

「井出さんの場合はですね・・」

「井田だよ」

しまった
ケアレスミス
アンフォーストエラー

頭が真っ白になる中山
荒れる初級
打つだけ打って叫ぶK村

中山知希
20歳

『希』望を『知』る男

ナイターまで終えた中山は明日だけを見据えていた
内藤がハンドクリームを塗りながら尋ねた
「朝一に来てたお客さんの名前覚えた?」

 

「はい、いだぇさんですよね」

 

 

 

中山コーチ・・

声を枯らしながら頑張っていましたよ・・・冷や汗 (顔)

ではまた手 (パー)

へばねっぴかぴか (新しい)


カテゴリー: 未分類 | 投稿者tsunrise625 22:23 | コメントをどうぞ