土曜日
日が差してきたので車でも拭こうと玄関先に出るとベンツが止まって、ドアを開けて道案内を乞おうとしている顔に見覚えがあった。まさかのZ君だった。この時間に隣県からわざわざと思った。魅力的だったあねさん女房もご一緒に何ごとかと思ったが探索せずに車を駐車場に入れるように指示して、慌てて家に舞い戻り食卓を片付けて、お客さんですと叫んでいた。
我家には応接間などないので、来客の折はいつも食卓を囲んでいる質素な家です。
2月の下旬に退職しましたと手紙をよこしていた彼が前触れもなく突然現れたのだから正直びっくりした。何ごとだろうと。退いて10年の歳月のぼくに何の力も持ち合わせていないし、相談相手でもないということは、1月まで現役であった彼が一番理解しているはずなのだ。
年賀状の挨拶ぐらいで10年以上は逢っていないのに、わざわざ訪ねてきてくれたのは嬉しかった。積もる話は山とあった。
まだ60の半ば、営業力を持ち合わせている彼なら一休みしてから、愛妻と力を合わせて新たな道を羽ばたいて行くだろうと確信している。ベンツの後ろ姿に手を振りながらそう思った。
見送ると昼までには十分時間があったので、あーちゃんが桜が(河津桜)きれいですよと言っていた富士フイルムの工場にチャリを走らせた。豊肥線の三つ目の駅三里木までサイクリングに可もなし不可もなし。
線路の国道の反対側、左側を一直線にペダルを踏んでゆくと、車も通りもすくなくスイスイと富士フイルムの工場の桜並木に到着した。