月別アーカイブ: 2020年11月

ビワの花芽剪定と高菜漬け 今日、髪カット博多の義姉

日曜日 晴れ

昨日はビワの花芽の剪定と高菜を漬ける。前の日。クラブハウスの出入口の一角のチョットしたスペースに農作物を置いている。知りあいの農家の人が置いている感じ、季節に応じて色々な作物、何度か買ったがめったに買わない。その日は束ねた高菜が目についた。新新鮮でキレイだったので手にしてみていた。3束しかなかった。2束をわきに抱えて、白い品の良い大根一本を手にして車に急いだ。自分でもめずらしい行動に思えた。久しぶりの安い買い物だったと思っていたに違いない。小銭を探して箱の中に入れた。

IMG_0417(太陽に近いところで一日半)

IMG_0419 (2)(完了して容器に重しした高菜漬け)

高菜漬けはぼくが時々つける。時々だから漬け方はいつもおぼろげ、ネットで探していると、阿蘇の青年団のおうざっぱな漬け方が、気に入ってそれをマネすることにした。

漬ける容器にごみ入れのビニールを敷いて、まず底に塩をまいて、一段目の高菜をそのまま半円形に敷き詰め、塩と胡椒をまき、ビニール袋を絞って上から足で踏みつける。ぼくの容器は片足しか入らなかったので、片足入れて踏みつける。2段目も同じようにして、3段目で終わった。三段目もビニール袋を絞ってその上から片足で念入りに踏みつけて、蓋をのせて家にあった重そうな重りを乗せて完了。阿蘇の若者のやり方は高菜の塩もみとかなかったので、びっくりするほど早く終わっていた。この後どうすればベターか又ネットで調べてみよう。

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東京毎日選手権開催日程変更知る、ランキング少し

土曜日 晴れ

ランキング少しは上がっているかとJOP-TENNIS COMを開いてみる。
8月50位くらいだったが9月40位、11月は35位になっていた。福岡ベテラン優勝と九州選手権B8が貢献していた。少しだけ嬉しかったが、物足りなさは大きい。
たら、れば、の言い訳をついついしたくなる、福岡ベテラン、九州選手権は利き腕の左で我慢しながら戦ったが、思いのサービスは出来ず、終わった後の肩のダメージは大きかった。左でのサービスは諦めなくては、左のストロークにも影響が出てきそうなのだ。

ついでにJOP-TENNIS COMの「まもなく開催の大会」なにげなく見ていると、例年6月に行われる東京の毎日選手権が1月終わりから2月の初めに開催されるのが目についた。これは何かの巡り合わせ、12月1日が締め切りとある、普通であれば見逃しているはずなのだ。

3月頃までに体調を整えておこうと考えていたのだが、コロナの影響で大会は例年通りには行われないのを再確認した。

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桃栗三年柿八年? たわわの渋柿

木曜日 曇り

激しいテニスはしていないのに、近頃は疲れが溜まっている気がしてならない。
昨日、帰り際O氏にストロークをお願いしたら、気持ちよく応じてくれた。久しぶりの思い切りの打ち合い、でも20分ぐらいで、いっぱいいっぱいになっている。30分で終わろうと思ったが、相手に止める気配感じられなかった。もう限界というのを期待していたが、それがないのだ、自分から申し出ていた。

桃栗三年柿八年ということわざを知りつつも、毎年買ってから吊るし柿をするので、ついつい柿の木の苗を買って植えていた。八年間は長い、年を考えればもっと早く実行しておればよかったのだが、今更致し方なしの心境でいた。ところが5年くらいでたくさん花芽を付けていたので、まさかとびっくりしていた。

気温も下がってきたので、今日柿をちぎろうと予定するも、雑用で午前中ぎりぎりで柿をもぎ取って、昼となっていた。昼が終わると急いで皮むきにかかった。慣れるまでに時間を要しながらも、とりあえず頑張っていた。夕方、少しだけでもコートに出かけたい、その思いでがんばって、3時過ぎにはコートにたどり着いていたが、元気が感じられず、カゴボールで1時間も遊ばず戻っていた。こんなことなら、もっとじっくり、ゆっくり吊るし柿を作っていればよかったと後悔していた。

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いくとせふるさときてみれば

水曜日 曇り 晴れ

昨日は母の命日だった。昔のデーターを探索していると11月17日が母の命日だったとしる。
11月2日がキリンちゃんの誕生日だったので、当時は記憶に新ただったが、徐々におぼろげ気味になっていた。
年に一度ぐらいは墓参りに行こう。そして幼馴染ともあいたい考えていたが、あることが起きてから帰るのが嫌になっていて、小学校の同級会以外は母の法事に一度帰っていた。

八十路になって墓参りに行かねばと、頭の隅にあり続けていた。それを昨日の命日に実行した。

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運動公園 初めてセンターコートで遊んだ日

木曜日 晴れ

昨日、運動公園のセンターコートで初めてあそぶ。

今年の春頃、クラブに入る前は壁打ちの出来る公園に通っていた。夕やみ迫る橋げたの一角から、管楽器の音色が何処からともなく聞こえてきていた。雰囲気にぴったしの聞き覚えのあるメロディーだったが、曲名は覚えだせなかった。
それは調べると「ロンドンデリーの歌」とか「ダニーボーイ」とかで呼ばれていた。
ユーチューブで検索すると尺八でイメージした音色が響き渡っていた。とりあえず一曲覚えようと集中して、なぜか練習していた。昔から持っていた尺八は音が出なくなり、代わりにと勝った1万円ほどのプラスチックの尺八はイメージしていた音色ではなかった。

センターコートは閉鎖された場所だから、他人には見られず披露する場所に持ってこい、という思いもあった。仲間3人の前で、緊張して披露した。出来栄えは30点くらい?何とか最後まで吹けたので良しとしょう。

動画には近くにある壁打ち打球の音が絶え間なく入っていて、カメラの位置がまずかった。

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鹿児島~指宿goto

4日 水曜日 晴れ

鹿児島~指宿goto、娘が計画してくれて、昨日昼過ぎ鹿児島中央駅で合流。西郷隆盛の像がある城山のふもと近辺を散策すると、幕末活躍した有名人の像が何点か見受けられた。それから桜島をみようと海の方に向かって歩く。
大きなフェリー、雄大な桜島を堪能して、天文館で夕食。

5日 木曜日 晴れ

鹿児島中央から特急たまてばこに乗車して指宿へ。
駅前通りは殺風景だったが、竜宮をもした簡易な作り物などで宣伝し、ハワイアンが終始流れて、ハワイにあやかりたいと願っているようにもみえた。

観光案内所で案内されたタクシー2時間3千円で指宿観光をすることなった。

饒舌な運転手で最初からかすれ声でべらべらと案内しだした。普通9千円掛かるところ、今回は3千円ですので安いものです。

まず見えてくるのは開聞岳の頭、温かく青空が一面、お客様たちは恵まれています、日頃の行いが良いのですよ、と運転手。
だらだらと下り坂を長崎鼻を灯台ある先端ま歩く。開聞岳の撮影スポットを次々と紹介してくれて、手際よくたつ場所まで示してくれて、シャッターを押してくれた。

指宿観光は砂風呂とか聞いたことはあるが、2時間のタクシーでの案内、長崎鼻をゆっくり歩いて灯台まで行き、竜宮神社などや、開聞岳をバックにした撮影スポットでシャッターを押していると、かなりの時間を費やしていたに違いない。

後は黄色い昔なじみのポストのあるJR最南端の駅での写真スポット、それから西郷隆盛が民家に泊まっていたという家などを通り過ぎて、時間たがわず指宿駅に舞い戻っていた。

特急玉手箱でJRのホテルに戻り、夕食を済ませて夜の観覧車に、二台しかないという透明のボックスに乗り込むと、昼だったら怖そうだった。

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80歳でお迎えあれば早すぎると言え

火曜日 晴れ文化の日

落ち着いた秋日和が続いている。

だけど体は元気がない。疲れが溜まっていているようだが、そんなに激しい運動もしていない。近頃頻繁に車で10分ちょいの温泉に通いだしたが、疲れが思ったほどにとれていない。

80になったからといって急に80歳の体になるわけではないはずなのにと思う。かごボールで練習していてもすぐに息が上がったりしていたので、疲れているせいだと考えていたが、この世代になるとこうなるのだと思い始めているこの頃。

体力もそうだが耳が悪くなっている。特に高い音は聞こえない。反響する場所での会話はまず聞き取れない。やはり着実に老いているのをやせ我慢しょうとしていたが、耳などの話になると認めざるを得ない。

玄関際に新築の時植えられていた木はバサバサと剪定していると、この数年で枯れてしまい、今年、ゴーヤを植えて幹にはわせていると成功して思った以上の収穫があった。秋風が吹くと葉が黄色になり始め、実の成長も止まる。先端は緑で元気に頑張ろうとしていた、小さな実も付けて養分を送れともがいているようにも思えたが、全体が衰え始めるともう諦めているように感じた。

生きとし生きるもの全て同じなのだ。焦ることもあるまい、なるようにしかならないのだ。

70歳の時仲間からお祝いの席をもうけてもらい、「人生訓」書いた状をもらった。 ・・・・80歳にてお迎えあれば早すぎると言え・90歳でお迎えあれば急がずでもよいと言え・・・・・

確かに的を得ている言い草と思えたが、90まで行けるかどうか?

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 10:13 | コメントをどうぞ

新幹線で鹿児島へ  弁護士といとこに

日曜日 晴れ

新幹線で昼前へ鹿児島へ。弁護士に会いに行くのといとこに10余年ぶり会うため。

近くの駅から熊本駅まで20分乗り換え時間25分、新幹線さくらで約一時間弱だった。迎えに来ていた弁護士とタクシーで1000円ちょっとのところの雑居ビルにらしき建物の中に案内された。

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弁護士は合計3名で待機していた。

去年の11月下旬、こうこうこういうことが起きていいるから、鹿児島の警察へ電話してくれと、元の会社の人に頼まれたが断って帰ってもらうと、あーちゃんが不審者から電話がかかっていると、知らない間に電話番号を控えて、近くの交番へ行っていた。警察官がそこへ電話すると何と鹿児島の警察署だった。

電話せざるを得なくなって電話すると、その件で出向くから会ってくれという。何か会わざるを得ないような気がして翌日、近くの喫茶店であった。それは20余年前の出来事が現在も続いていて、調査でばれたようだ。ぼくはすべてを忘れました、思い出せませんで通せばよかったのに、遠方から来ているので、なにかお土産を持たせないと、そういえば彼は手土産を持ってきていたような気がする。

適当に当たり障りなく言った気がする。もう何を喋ったか記憶はない。世間話も多くなる、来年4月で定年というので、まだ継続して働けるのでしょうと、もういいです、この仕事は大変ですという。もうやめるときっぱり。刑事の仕事は大変なのだ。最後に調書を作るのでというので、雑談みたいに思えたので、えーっと思ったが、家で待っていた。持ってきた調書をぼくに確認させ、良かったらサインをといった気がする。刑事を見送ったとたんほっとしていた。調書の内容、大体をメモっておけばよかったと、今頃思っている。

10日ほど前、デイズ運転中に電話がなった。そのままで通話ができるのだ。女性の声だった。一年前の事件がまだ解決しておらず、告訴されている奥さんからだった。弁護士の話を聞いてもらえないでしょうかと涙声で訴えていた。

同じ会社で働いていた人の奥さんで面識はあった。断る事由はあったけど断れなかった。

電話で話し合うと向こうには弁護士が3人いたのに驚いた。お会いしてお話したいという、出向いてくるという。でもよく考えると、ぼくにはそんな場所用意できそうにないことが分かった。刑事の時は一人で喫茶店で済んだが、3人となれば目立ちすぎる気がした。

いとこにも久しぶり会いたいので、こちらから出向くからと、話し合った。ぼくは行く直前、刑事に調書を取られていることを思い出していた。調書の内容は頭から抜けている。うかつにしゃべって、検事の調書と異なれば問題になりそうで躊躇していた。弁護士の期待には応えることは出来ずに終わっていたと思う。

彼も会社のために一生懸命に頑張っていたのだから、和解して1年以上拘束されている彼を、奥さんのところに返してほしいと願う。

鹿児島中央駅でいとこと待ち合わせて、近くの和の店で黒豚の夕食をとる。彼は農業が専門で今は、クリスマス正月用のリースを作っているという。小鉢に花などを植え付け、それを円形に取りつけるという。生きた枯れることのないリース。屋敷にテントなど張って近所のおばちゃんたちに教えたりして、市場にも出したり、結構充実した日々を過ごしているチョットうらやましかった。

 

 

 

 

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:40 | コメントをどうぞ