よそのクラブでダブルス楽しんだ

火曜日 晴れ

ゴーヤとトマトの苗を何本か植えてしばらく、昨年ゴーヤは失敗した。ミニトマトは少しだけ実をつけるがいまいちに思えた。

何年か前に植えた柿に、実とも花ともいえぬものが付いている。桃栗三年柿八年というが、まだ半分しかたっていない気がしている、実をつければ良いがと楽しみ。期待していた梅、花は咲いたが実は見当たらず、がっかりしている。

朝練のシングルス、今日も完敗。サービスの原因も大きいとおもうが、もがく日々。

昼からフジスポーツへ出かける。Facebookに仲間を呼んでいた。熊そう会世話役の彼と面識があったので厚かましくお願いすると快諾してくれていた。

集まっている男女の人たちが4ゲームのダブルス、組合わせをしてくれていたので、初参加のぼくも違った人達と3ゲーム、テニスを楽しむことができた。彼の誕生日に大きな花束をもらった写真が載っていたがようやく理解できた。

帰り反省を込めて橋げたの壁打ちへ立ち寄り、ちょっとだけ練習したが成果なし。野イチゴは成果大だった。雨も降り、もう終わりがけの野イチゴは完熟の大きいのがあり、触ると落ちるくらい熟していた。今日が最後だなあと思いながら、滑り落ちそうな急斜面と格闘していた。

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アーサー・アッシュ選手

日曜日 雨

昨日今日と久しぶりの雨模様、テニスは休めて良かったと思っていた。クラブ支払った1万円割った会費はウイークデイ会員だと、仲間から知らされた。土日でのI氏やO氏とのダブルも楽しみにしていたので、慌ててえ追加料金を払ったのだが、思ったより高かったし、金曜日の夕方で疲れていた。明日明後日出てきて、ダブルスする元気はない、土日は体を休め、他にもすることがいっぱいあることに気が付いていた。シャワーを浴びて階段を下りたところにある受けに、申し込んだ女性がいた。ぼくは御免と言って断っていた。仲間とダブルスを楽しむ機会は遠のいたが、確かに齢を考えれば、いつまでも同じ気持ちでやろうとしている自分に、反省も浮かんでいた。

アーサーアッシュ、アメリカのアフロヘアーの黒人選手、という印象は昔から持っていたが、試合は見たことはない。全米の試合の時、彼の名前のスタジアムがある。名前まで付けられような選手だったとは、その理由は何故という疑問は名前を聞くたびに頭に浮かんでいた。

動画接続のユーチューブを探していたら、そこに彼の昔の試合があった。1970ウインブルドン決勝、アーサーアッシュVSコナーズ。半世紀米の出来事、61615764セット31でアーサーアッシュ優勝。コナーズの踊るようなパフォーマンスは出ずじまいで、オーソドックスなテニスのアーサーアッシュはたんたんとコナーズを軽くいなしていた。

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バースデー

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元の古巣へ戻る    圭の2014全米準優勝wowow

5/7 水曜日 晴れ

朝一番に行って練習しているというOK氏に一言、いっていたので強風が吹き荒れてはいたが、休会しているホームコートへ出かけると、たがわず屋内真ん中のコートで練習していた。

ぼくはクラブハウスへ戻り受付のいつもの女性に1万円渡して、今日からお願いします、お釣りはあとからと、いいのこして、彼と1時間ほど練習して帰った。そとのコートには強風が待っていたし、練習相手もいなかった。

戻るとwowowで2014年全米、錦織選手の活躍が放映されていた。ワウリンカを破りベスト4、決勝戦進出をかけてのジョコビッチ戦が続いて放映されるので、座り込んでいた。

足の豆の手術で危ぶまれていたが即されて出場したと聞く、休養が役立ったのかとんとん拍子で勝ち上がっていた。思えば20代の半ば、一番油の乗っていた時代。NO1のジョコビッチと対戦して、失うものはない圭は最高のプレーをしてNO1を窮地に追い込みそして勝利していた。
「もうまけるあいてはいない」とか、会見でのコメントに胸が痛んだ。高揚感ただようなかで口をついで出た言葉だったかもしれない。日本人らしくないと思った。彼はもうヤンキーになっていたのかもしれない。ずっとアメリカでの生活、ナイズされていたのかも。

あの当時、高揚感はぼくにもあった。当時のブログを開いてあらたにした。日本人としての最高の準優勝だった。

夕方飲み物入れを忘れているのに気が付き、チャリでコートへ出かけると玉名のF氏が、聞いていた通りコーチとしてレッスンしていた。ダブルス一つしてハウスに戻っていた彼としばし会話。いまから幼子のレッスン、初めてだと戸惑っていたが、シャワーのあと、のどいてみると夢中でコーチしている彼に、一言いって帰途に就く。今日からホームコートだ。

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バースデー

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 01:07 | コメントをどうぞ

みらい大橋公園に管楽器の響き

5/6 水曜日 晴れ

連休の終わる明日から緊急事態宣言が全国バラツキで解除されるという。当県の運動公園のテニスコートはどうなるのか、気にかかる。みんな自粛している、慣れてきた密集、密閉、密接の三蜜回避に、国が大旗を振り回して。

それでは世の中閉塞、動かないので困る、三蜜を実行してください、なんて間違っても言わないでください。

映画を録画してじっくりと一本鑑賞するこの頃。「ドクトルジバゴ」一度見たことがあった気がする長編の映画だった。昨夜と今朝でようやく見終わる。それから二階のテラスの網目の針金の塗装内側完了。裏側は残っている。

夕方みらい大橋公園までチャリで壁打ち。野イチゴを別のところで又発見。チャリを飛ばしての家近くの、高速道路の橋の上を過ぎたところで、対面の歩道から日焼けした顔がぼくを凝視して驚きの顔が一瞬、テニスコート近くの元バンカーの顔だとすれ違いながら、確信していた。それにしても髭ずらのぼくを認識したのだと感心していた。水道町支店長が最後だった。

「橋げたの壁打ち」という呼び名がぼくには似つかわしい広場で、いつごろだったろうか、トロンボーンやサックスなどの管楽器が時々練習に来ていたが、近頃はほぼ毎日どこからかきこえるようになった。昨日は夕やみ迫る中、ロンドンデリー?物悲しく響き渡っていた。

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バースデー

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 00:01 | コメントをどうぞ

コロナウイルスに翻弄される日本

月曜日 曇り

緊急事態宣言、あと一か月も先伸ばしにするとは、信じられない。政府は責任が取れるのだろうか。それでも裕福層は何ともなかろう、ちゅふくそうは何とかもがくかもしれないが、それ以外は土俵からけ落とされ、崖下まで転がり落ちて、万事休すとなるところが多かろうとおしはかる。5月の連休が終わるまでと、みんな辛抱してきたじゃないですか。皆無にして出直そうなんて、土台無理のこと、日常に戻してコロナと戦うべきだと思う。

こんなことをしていると日本は立ち直れないよ。二言目には専門家委員会、専門家委員会と逃げる。これは政治なんですよ、専門家委員会の出番じゃないのです。日本の政治家の貧困さをいまさがながら、露呈している。

ぐちぐち ぐちぐち

午前中二階裏のテラスの手すりの網、錆が来ているので塗料ぬり。
夕方みらい大橋公園へチャリで壁打ち。

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バースデー

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 22:15 | コメントをどうぞ

新たな野イチゴ

日曜日 晴れ

昨日は山茶花の木を、風通しが良くなるように、バッサリと内側から切った。脚立を使って切れる範囲にしごほんの木を剪定している。

テレビはほとんどの競技が中止になっているので、往年の諸々の名場面名勝負とうが放映されて、そうだったんだと、改めて思い知らされている。

テニスで言えば、フェデラーもジョコビッチも最後にようやく全仏を征してグランドスラムを達成したが、相手はナダルでなかった。二人ともナダルに阻まれて全仏で苦杯しており、全仏でナダルにどうしても勝てなかった二人は、ナダルのいないスキに優勝して、グランドスラムを達成していたのだった。

昼から雨が上がっていて、大丈夫そうだったので、みらい大橋公園へ車で行く。快適デイズターボ車を飛ばすと10分足らず到着、ゆうことなし。

日曜日だったが所定の場所は空いていて、サービスの練習メインで目的の歩数1万歩をめざしたが、車でもあり5000歩くらいしか達成しなかった。草むらでようたす場所を探していたら、野イチゴ大きいのを発見、慎重に取らないとすぐに落ちてしまう、大きく熟しているのは・・・・・・。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:05 | コメントをどうぞ

みらい大橋公園の草むらで野イチゴ

金曜日 晴れ

きょうからゴールデンウイークということで、いつも利用している大きな園芸店が休むとチラシが入っていてガッカリ、それで近くにも園芸店があることを思い出して出かける。すこし早かったので、休会しているホームコートへ、行ってみると携帯で話していたように、OK氏が屋内の奥で一人でやはり練習していた。朝いちばんは空いているのは確かようだった。

サービス練習の邪魔をしないように表に出て見ると、少年少女二人で練習している。以前見たことはあったが、スピードとパワーのある練習をしているのに、くぎ付け。レベルの高い練習。ぼくがコートへ入ったら多分はじき飛ばされていたに違いない。

昼から錆の目立つ二階ベランダの手すりの網を黒からベージュ色に塗り替える作業に取り掛かる。3時半に止めて4時半未来大橋へ、出かける。1時間半、西へ大きく傾きかけたころ、帰途に就く。見上げると空高く飛行機雲に見惚れる。溝に落ち込んだボールを探しに行って野イチゴがあるのに気が付いた。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:59 | コメントをどうぞ

コロナの締め付け ジュワジュワ~と厳しく

水曜日 晴れ  昭和の日

5月の連休明けを首を長くしていたのに、休業要請は解除されないようだ。今更言っても仕方がないが、フランスのようにロックダウンをもっと早くやっておけばこんなことにならずに済んだものを、と思う。小出し小出しの政府のやり方が、こんな結果になってしまっている。こんなことをズルズルやっていると国がへたばる、弊害の方が多くあちらこちらに噴出しそうだ。

みらい大橋公園にもパトカーが巡回した。若者たちで密集していると感じていたバスケのゴールにシートが被せられていた。可哀そうに。行政のやりそうなこと。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:50 | コメントをどうぞ

みらい大橋公園

日曜日 晴れ

ぼくが何年間も通っていた橋げたの広場は、運動公園方面へと繋ぐ橋、その橋は途中で白川沿いへと舞い降りるあい路もあるから、その周辺には、橋げたの数えきれない。
ぼくは「みらい大橋公園」命名の前を何度も通っていたが気が付いたのは昨日のことだった。大変失礼していた。

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(みらい大橋公園)

孫娘のきりんが小学生時代、夏休みで帰ってくるたびに一度は一緒に遊びに来ていた。当時はテニスでなく白川の浅瀬におりて網で小魚をとったり、川岸の広場でトンボを追ったりしていた。

ぼくが来るようになったのは、左肩を痛めてサービスがうてなくなった頃、3年くらいなるだろうか。

コロナウイルスが起きてから土日に関わらず人が集まりだした。バスケットボールのゴールのある壁は若者たちが密集しだした。残りの壁にも誰かが遊んでいる。

人込みを避けてぼくは夕方行くようになった。専用テニスの壁は殆ど満員の状況。ぼくの向かう壁、夕方は殆ど無人。狭いし後ろには水路が控えているので、うかうかすると、ぽちゃんと落ちる仕掛けになっている。サービスの練習がメインなのでそれで充分なのでした。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:53 | コメントをどうぞ

散歩の途中テニス仲間をたずねる

金曜日 晴れ

朝の散歩、休会しているクラブを目指して歩く。駐車場に顔見知りさんがいたので声をかける。今日は女子ダブルスとミックスの日と言うこと、ハウスの中にも声をかけて話せるような人影なし。帰ろうかと思ったが、近くのテニス仲間を久しぶり訪問した。

コートまで1分くらいのOG氏を訪ねると、外で草花に水やりをしていた。 農業高校の校長さんだったので、草花には詳しい。ひとしきり草花、テニスグラブの情報などを会話する。
奥さんを亡くして一人暮らしと思っていたら、今は受験勉強のお孫さんと一緒に暮らしていると聞いて、ほっとした。

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(エビネ)

それから少し離れたところに、昔はテニスコートを作っていたという、広大な屋敷を有するMR邸を訪ねた。丁度作業着姿で庭にいるのが目についた。自宅は熊本地震で大きな被害を受けていたのを当時表から見ていた。自分が設計したというセルターを思わせるような家は、周囲を分厚いコンクリートで囲われ、建物は地下にかなり埋没させていると説明を受けた。腰をかがめたように頑丈そうに建っている家は、どんな災害でも耐えるに違いないと思わせた。
コートの後らしきところに造作中の庭造り、震災での家の廃材を利用したというけれど、あるじが4年をかけて苦労して作られた作品で趣のあるものだった。庭には天を突くような大木2本、屋敷を守るように、木漏れ日を落としていた。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 22:40 | コメントをどうぞ