月別アーカイブ: 2016年7月

いはないと思うが

「アンガラクの竜神の弟子、クトゥーチクの御名に感謝します」ベルガラスは頭髮保養マンドラレンとバラクを両脇に従え、堂々と階段を下りながら、声高に言った。階段の下まで来ると、か

れは鋼の面をつけた護衛の前で立ち止まった。「これにてわたしの役目を終わります」かれは羊皮紙を差し出し、言った。
護衛のひとりがそれを受け取ろうと手を伸ばした。が、その瞬間、バラクが大きな握り拳でその腕を殴りつけた。大男はもう一方の手で驚愕しているグロリムの喉元を締め上げた。
もうひとりの護衛はすかさず剣の柄に手整容を掛けたが、マンドラレンが針のように尖った細長い短剣の先を臀部に突き刺したとたん、ウーッと呻いて体を二つに折った。騎士はおそろ

しい集中力で短剣の柄をひねり、先端をグロリムの体に深く食い込ませた。ついに刃先が心臓に達すると、護衛はブルブルッと体を震わせ、ゴボゴボと長い息を漏らして床に崩れ落ち

た。
バラクの大きな肩がうねったかと思うと、その恐ろしい握力の中で、最初のグロリムの中醫腰痛首の骨が耳障りな音を立てて二つに折れた。護衛の足はしばらく床の上をヒクヒクと掻いてい

たが、やがて力尽きたとみえてグニャリとなった。「だいぶ調子が出てきたぞ」バラクはそう言って護衛の体を下に落とした。
「おまえとマンドラレンはここに残ってくれ」ベルガラスはかれに言った。「わしが中に入ったら、決して邪魔をしないでほしいのだ」
「わかりました」バラクは請け合うと、護衛の死体を指して、「これはどうしましょう?」
「レルグ、こいつらを始末してくれ」ベルガラスはウルゴ人に短く声をかけた。
レルグが二つの死体の真ん中にひざまずき、両脇にその死体をつかむと、シルクは急いで背中を向けた。かれが死体を石の床に押し込むと、ズルズルというくぐもった音があたりに

響いた。
「まだ足が一本突き出してるぞ」バラクは超然とした声で言った。
「わざわざ言う必要があるのか?」とシルク。
ベルガラスは大きく息を吸い込むと、鉄のドアの把手に手をかけた。「よし、行くとするか」そして、ドアを押し開けた。

黒いドアの向こうには富の帝国が横たわっていた。床の上に積み重なっているのは、黄色く光るコインの山――数えきれないほどの金貨の山だ。コインのまわりには指輪や腕輪や鎖

、そして冠が無造作に散らばり、眩しいほどの光を放っている。壁沿いには、アンガラクの金鉱から掘り出した金の延べ棒が山と積まれ、その合間に散らばった蓋の開いた箱の中には

、拳ほどの大きさのダイヤモンドが溢れんばかりに詰まり、氷のようにキラキラと光っている。さらに部屋の中央には、卵ほどの大きさのあるルビーやサファイアやエメラルドをちり

ばめた大きなテーブルが。そして、窓の前で重々しく波打っている深紅のカーテンは、数珠つなぎの真珠に埋めつくされている。ピンク、バラ色がかった灰色、中には黒玉の真珠も見

える。
ベルガラスはあちこちに視線を配りながら、年寄りとは思えないしなやかな足取りで、まるで獲物に忍びよる獣のように部屋の中を歩いている。かれはまわりを埋めつくす金銀宝石

には目もくれずに、毛足の長い絨毯の上をまっすぐ進み、学問の匂いのする部屋に入った。天井まで届く棚には、きっちりと丸めた巻物が積み重なり、黒っぽい木の書棚には革の背表

紙が歩兵大隊のようにずらりと並んでいる。初めの部屋と違い、ここのテーブルには化学実験に使うような奇妙なガラスの装置と、真鍮と鉄でできた歯車と滑車と鎖を組み合わせた不

可思議な機械が載っていた。
さらに三番目の部屋まで来ると、そこには黒いベルベットのカーテンを背景に大きな金の聖座が置かれていた。聖座の一方の肘掛けには、アーミン毛皮のケープがかけられ、座の部

分には笏と重々しい金の冠が載っていた。そして、ピカピカ光る石の床には、地図がちりばめられていた。ガリオンの見たところ、それは全世界の地図らしかった。
「まったくなんという場所だろう」ダーニクは畏敬の念に打たれて囁いた。
「クトゥーチクはここで独り悦に入っているのよ」ポルおばさんは嫌悪をあらわにして言った。
「かれの悪徳と言ったら、それこそ数えきれないほどあるけど、ひとつひとつは常にこうやって分散しておきたいのよ」
「ここにはいないようだ」ベルガラスが呟いた。「次の階へ行こう」かれは皆を率いて今来た道を戻り、丸い塔の壁に沿ってカーブしている石の階段を上った。
階段の上の部屋は恐怖に満ち溢れていた。部屋の中央には拷問台が据えられ、壁際には鞭と殻竿がかかっていた。さらに、壁に近いテーブルの上には、ピカピカの鋼でできた残酷な

道具の数々が整然と並んでいた――かぎ針、鋭く尖った大釘、そして鋸のような刃をつけた恐ろしげな道具。その刃の隙間にまだ骨と肉の破片が少し残っている。そして、何より、そ

の部屋は血の臭いに包まれていた。
「この先はおとうさんとシルクで行ってちょうだい」ポルおばさんが言った。「この階にはガリオンやダーニクやレルグの目にふれさせたくない部屋がまだいくつもあるわ」
ベルガラスはうなずき、シルクだけを後ろに従えてドアを抜けていった。数分後、二人は同じドアを通って戻ってきた。シルクの顔は心なしか青ざめて見えた。「クトゥーチクって

やつは、かなりの倒錯症みたいですね」かれはブルブルッと怖気をふるった。
ベルガラスは厳しい表情を浮かべ、静かな声で、「さあ、また上に行くぞ」と言った。「クトゥーチクは最上階にいるはずだ。わしの勘に間違、確かめないことに

は何とも言えん」かれらはまた階段を上った。
階上に近づくにつれて、ガリオンはどこか胸の奥の方が奇妙にうずき始め、終わりのない歌声のようなものに誘い込まれていくのを感じた。そして、右の掌が焼けるように熱くなっ

た。

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とトルネドラ人のちが

「つかまってろよ」と指示すると、シルクは腕を伸ばして馬たちの尻を巧みに手綱でぴしゃりとたたいた。
荷馬車が上下にはね、走りだした馬たちのうしろで猛烈に揺れた。座席にしがみついて母乳餵哺いるガリオンの顔を寒風が痛いようにさした。
三台の荷馬車は全速力で次の谷をくだり、明かるい月光をあびた霜の野原と野原のあいだを疾走して、村とひとつだけともった明かりをあっというまにおきざりにした。
陽がのぼる頃にはたっぷり四リーグは進んでおり、シルクは手綱を引いて汗をかいて湯気をたてている馬たちをとめた。鉄のようにコチコチの道路をがむしゃらにとばしたせいで身体中が痛くなっていたガリオンは休息のチャンスにほっとした。シルクはかれに手綱をあずけて荷馬車からとびおり、ミスター?ウルフとポルおばさんのところへ歩いていくと、短い話をしてまた荷馬車に戻ってきた。「このすぐ先の小径にはいるんだ」指をもみながらガリオンに言った。
ガリオンは手綱をさしだした。
「やってごらん」シルクは言った。「手がかじかんじまったんだ。馬たちをただ歩かせりゃいい」
ガリオンは馬たちに声をかけて軽く手綱をゆらした。馬た嬰兒敏感ちはおとなしくまた進みだした。
「小径はぐるりと輪をかいてあの丘のうしろへ通しているんだ」両手をチュニックの中にひっこめているため、シルクは顎で方角を示した。「向こう側にはモミの木立がある。そこでとめて馬たちを休ませるんだ」
「ぼくたちはつけられていると思う?」ガリオンは訊いた。
「そいつをつきとめるには今が絶好のときなのさ」
一行は丘を一周して、道路と境を接する欝蒼たるモミ木立へ向かった。やがてガリオンは馬たちの向きを変え、木立の陰へ乗り入れた。
「これでよしと」シルクが荷馬車をおりて言った。「一緒においで」
「どこへ行くの?」
「後方のあの道をちょっと見たいんだ。木立をぬけて丘のてっぺんにのぼり、われわれの足跡が関心を中風治療ひくかどうか見てみるのさ」シルクは丘をのぼりはじめた。驚くべきはやさなのに、物音ひとつ立てずにのぼっていく。ガリオンは必死についていった。枯れ枝を踏みつけてさんざんヘマな音をたてたあげく、やっとガリオンにもコツがわかってきた。シルクはその調子だというように一度うなずいてみせたが、何も言わなかった。
木立は丘の手前で途切れており、シルクはそこで足をとめた。黒い道の通る下方の谷に人影はなかった。反対側の森からシカが二頭あらわれて、霜枯れの草をはみはじめただけだった。
「ちょっと待とう」シルクは言った。「ブリルとやつの手下が追ってくるとしたら、もうじきやってくるだろう」かれは切り株に腰をおろして、人気《ひとけ》のない谷を見守った。
しばらくして二輪荷馬車が一台、ウィノルドの方角へゆっくり道を進んでいった。遠ざかるにつれて豆粒のようになったが、傷跡のような道を行く速度はばかにのろく思われた。
太陽の位置が少し高くなり、かれらはまぶしい朝日の中で細めた目をこらした。
「シルク」ガリオンはとうとうためらいがちに言った。
「なんだ、ガリオン?」
「これはどういうことなの?」大胆な質問だったが、ガリオンはそう訊いてもかまわないほどシルクとはもう気心が知れているような気がした。
「どういうこととは?」
「ぼくたちのしていることさ。すこしは聞いたし、推測もちょっとはしてみたけど、ぼくには本当になにがなんだかわからないんだ」
「どんな推測をした、ガリオン?」シルクは訊いた。ひげもじゃの顔の中で小さな目が明かるすぎるほどだった。
「なにかが盗まれて――なにかすごく大事なものなんだ――ミスター?ウルフとポルおばさん――それに残りのぼくたち――がそれを取り返そうとしている」
「ふむ。そのとおりだよ」
「ミスター?ウルフとポルおばさんは見かけと全然ちがう人たちなんだ」ガリオンはつづけた。
「そう。ちがう」シルクは同意した。
「かれらは他人にはできないことができるんだと思う」ガリオンは言葉を捜しながら言った。
「ミスター?ウルフは見ないでもこのなにか――それがなんだろうと――を追いかけることができる。それから、先週あの森の中でマーゴ人たちが通りすぎたとき、かれらはなにかをしたんだ――どう説明したらいいのかわからないけど、まるで手を伸ばして、ぼくの頭を眠らせたみたいだった。どうやってやったんだろう? それにどうして?」
シルクはくすくす笑った。「きみはじつに観察眼のするどい若者だ」と言ってから、もっと真剣な口調になって、「われわれは由々しき時代に生きているんだ、ガリオン。一千年、いやそれ以上の歳月の出来事がすべてこの時代に焦点を合わせている。世界はそういうものらしい。なにこともなく数世紀がすぎるかと思うと、短い数年間に世界が二度と元通りにはならないようなきわめて重大な出来事が起きるんだ」
「選択権があるなら、ぼくはそっちの波乱のない数世紀のほうがいいな」ガリオンはむっつりと言った。
「よせよ」シルクの唇がめくれてイタチのような笑いがうかんだ。「今こそ活動のときだぞ――一切が起きるのを見て、その一端をになうときだ。血わき肉おどる冒険じゃないか」
ガリオンはそれを聞き流した。「ぼくたちが追っているものってなんなの?」
シルクは神妙に言った。「それの名前とか、それを盗んだ者の名前については知らないのが一番いい。われわれをはばもうとしている連中がいるんだ。知らなけりゃ、あらわしようがないからな」
「マーゴ人たちにぺらぺらしゃべる習慣なんかぼくにはないよ」ガリオンはぎごちなく言った。
「やつらにしゃべる必要はない。連中の中には手を伸ばして人の頭から思考をつかみだせる者がいるんだ」
「そんなことありえないよ」
「なにが可能でなにが不可能かだれにわかる?」シルクは言った。ガリオンは一度ミスター?ウルフと可能と不可能について話しあったことを思いだした。
シルクはのぼったばかりの太陽をうけて切株に坐り、まだ薄暗い谷を思案顔に見おろしていた。ありふれたチュニックにズボンをはき、粗織りの茶色いケープについた頭巾をかぶったその姿は、どこにでもいる平凡な小男だった。「きみはセンダー人として育てられただろう、ガリオン」かれは言った。「センダー人というのは堅実で実際的な人々だ。魔法とか魔術とかいった日に見えない、自分の手でたしかめられないものにはまずがまんができない。きみの友だちのダーニクは完壁なセンダー人だ。かれは靴の修繕や壊れた車輪の修理、病気の馬に薬をのませることは得意でも、ほんのちょっとした魔法ですら信じようとはしないだろう」
「ぼくだってセンダー人だ」ガリオンは抗議した。シルクのそれとない言いまわしが、自分はセンダー人だというガリオンの意識の核心を脅した。
シルクはふり向いてじっとガリオンを見つめた。「そうじゃない。きみはちがう。センダー人は見ればわかる――アレンド人い、あるいはチェレク人とアルガー人のちがいがわかるようにな。センダー人には一定の頭の恰好、一定の目つきがあるが、きみにはそれがない。きみはセンダー人じゃない」
「じゃあ何人なのさ?」ガリオンは挑むように言った。
「それがわからないんだ」シルクは困惑ぎみに額にしわをよせた。「何人かすぐ見抜けるように訓練をつんできたわたしにわからないんだから、こいつはきわめてまれなことなんだ。まあ、そのうちわかるかもしれんがね」
「ポルおばさんはセンダー人?」

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山地を抜けると雪は

「青い薔薇、わたしはエレニアのスパーホークだ。わたしを知っているな」
宝石は深く冷たい群青色に輝いた。敵意は感じられないが、とりたてて友好的といSCOTT 咖啡機うわけでもない。心の奥に響いてきた小さなうなり声から察するに、トロール神たちはその中立の立場を共有してはいないようだ。スパーホークはさらに宝石に語りかけた。
「眠るときがきた、青い薔薇。苦しみはないだろう。次に目覚めたとき、おまえは自由だ」
宝石がまたも身震いした。クリスタルの輝きが、まるで感謝するかのようにやわらいだ。
「眠るがいい、青い薔薇」スパーホークは計り知れない価値のある宝石をそっと両手に包みこんだ。それを箱に収め、しっかりと蓋を閉じる。
クリクが無言で、精巧な作りの錠前を差し出した。スパーホークはうなずいて、箱の掛け金に錠前をかけた。見るとその錠前には鍵穴がなかった。問いかけるように幼い女神を見やる。
「海に投げこんで」まっすぐに騎士を見つめてフルートが言った。
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そうしたくないという気持ちが湧き上がった。鋼鉄の箱に収められたベーリオンには、もう干渉する力はない。スパーホーク自身の、それが本心なのだ。しばらくのあいだ、ほんの数ヵ月ではあったが、スパーホークは星々よりも永遠の存在に触れ、その一部を共有した。ベーリオンの真の貴重さはその点にこそあるのだ。美しさや完壁さといったものは関係ない。最後に一目それを見て、その柔らかな青い輝きを手の中に感じたかった。いったん海に投げこんでしまえば、何か推拿とても大切なものが人生から失われてしまうような気がした。そして残る一生をぼんやりした喪失感の中で過ごすことになる。時の経過とともにその感覚は薄れていくだろうが、決して完全に消えることはない……
だがスパーホークは意を決し、喪失の痛みに耐える道を選んだ。背をそらし、小さな鋼鉄の箱を怒れる海に向かって、できる限り遠くまで放り投げる。
箱は弧を描き、はるか眼下に砕ける波の彼方へと飛んでいった。それが空中で輝きはじめる。その輝きは赤でも青でもどんな色でもなく、純粋な白熱の光だった。箱はどこまでも、とても人間の力で投げられるはずのない距離を飛んでいく。やがてそれは帚星《ほうきぼし》のように長く優美RF射頻な尾を引いて、やむことなく荒れ狂う海の中へと落下した。
「これで何もかもけりがついたってわけか」カルテンが尋ねた。
うなずくフルートの目には涙が光っていた。
「みんなもう帰っていいわ」少女は木の根元に腰を下ろし、悲しげに短衣《チュニック》の下から笛を取り出した。
「いっしょに来ないの」とタレン。
「ええ。しばらくここにいるわ」フルートはそう言って笛を唇に当て、悔恨と喪失の悲しげな曲を奏ではじめた。
道をわずかに戻ったころ、聞こえていた悲しげな笛の音がとだえた。スパーホークがふり返ると、木はまだそこにあるものの、フルートの姿は消えていた。
「またいなくなってしまいましたね」とセフレーニアに声をかける。
「ええ、ディア」教母は嘆息した。
岬を出るとふたたび風が立ち、吹き上げられた波しぶきが肌を刺した。スパーホークはマントのフードで顔を守ろうとしたが、うまくいかなかった。どんなに頑張っても、しぶきが頬と鼻を濡らしてしまう。
急に目覚めて起き上がったときも、まだ騎士の顔は濡れていた。塩水をぬぐい、短衣《チュニック》の下を探る。
ベーリオンはなくなっていた。
セフレーニアと話をしなくてはならないと思ったが、その前にまずやることがある。スパーホークは立ち上がり、宿営用に使った建物の外に出た。二軒先の厩《うまや》にはクリクの遺体を乗せた荷車が置いてあった。そっと毛布をめくり、旧友の冷たい頬に触れてみる。
クリクの顔も濡れていた。指先に舌を当てると、海のしぶきの塩辛い味がした。騎士は長いことその場に座りこんで、幼い女神が〝あり得ないこと?の一言で片付けた事柄の大きさに思いをめぐらした。スティリクムの若き神々が力を合わせれば、文字どおりどんなことでもできるらしい。結局スパーホークは、何があったのかをはっきりさせるのはやめようと心に決めた。夢か、現実か、その中間の何かか――どんな違いがあるというのだ。ベーリオンはもう安全だ。重要なのはその点だけだった。

フォラカクに到着した一行はさらにガナ?ドリトまで南下し、そこで西に転じてラモーカンド国境の街カドゥムに向かった。平地に出ると、東へと敗走するゼモック兵にしばしば出会うようになった。負傷者の姿がないところを見ると、戦闘には至らなかったようだ。
スパーホークたちには戦勝気分も満足感もなかった。雨に変わった。湿っぽい空は、一同の気分をそのまま表わしているようだった。西へ進む一行のあいだには、話し声もなければ陽気な笑いもなかった。誰もが疲れきって、ただひたすら家に帰りたいだけだった。
カドゥムには大軍を率いたウォーガン王が到着していた。王は街中に陣取ったまま、ただ天候が回復して地面が乾くのをじっと待っていた。スパーホークたちは王の本陣に案内されたが、それは予想どおり居酒屋の中に構えられていた。
「これは驚き入った」スパーホークたち一行が入っていくと、ほろ酔い加減のサレシア国王はバーグステン大司教にそう声をかけた。「この者たちに生きてふたたび会えるとは思わなかったぞ。おお、スパーホーク! 火のそばへ来るといい。何か飲み物を言いつけて、どういうことになったのか話を聞かせてくれ」
スパーホークは兜《かぶと》を取り、藺草《いぐさ》を敷き詰めた居酒屋の中を横切ってウォーガン王に近づくと、簡潔に状況を報告した。
「ゼモックの街へ行ってきました、陛下。オサとアザシュを殺して、帰ってきたところです」
ウォーガンは目をしばたたいた。
「まさに要点のみだな」笑い声を上げ、酔眼であたりを見まわして、ドアの前の衛兵に大声で命令する。「そこのおまえ! ヴァニオン卿を呼んでこい。部下が戻ったと言ってな。捕虜はどこかに閉じこめてあるのか、スパーホーク」
「捕虜はおりません、陛下」

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