いはないと思うが

「アンガラクの竜神の弟子、クトゥーチクの御名に感謝します」ベルガラスは頭髮保養マンドラレンとバラクを両脇に従え、堂々と階段を下りながら、声高に言った。階段の下まで来ると、か

れは鋼の面をつけた護衛の前で立ち止まった。「これにてわたしの役目を終わります」かれは羊皮紙を差し出し、言った。
護衛のひとりがそれを受け取ろうと手を伸ばした。が、その瞬間、バラクが大きな握り拳でその腕を殴りつけた。大男はもう一方の手で驚愕しているグロリムの喉元を締め上げた。
もうひとりの護衛はすかさず剣の柄に手整容を掛けたが、マンドラレンが針のように尖った細長い短剣の先を臀部に突き刺したとたん、ウーッと呻いて体を二つに折った。騎士はおそろ

しい集中力で短剣の柄をひねり、先端をグロリムの体に深く食い込ませた。ついに刃先が心臓に達すると、護衛はブルブルッと体を震わせ、ゴボゴボと長い息を漏らして床に崩れ落ち

た。
バラクの大きな肩がうねったかと思うと、その恐ろしい握力の中で、最初のグロリムの中醫腰痛首の骨が耳障りな音を立てて二つに折れた。護衛の足はしばらく床の上をヒクヒクと掻いてい

たが、やがて力尽きたとみえてグニャリとなった。「だいぶ調子が出てきたぞ」バラクはそう言って護衛の体を下に落とした。
「おまえとマンドラレンはここに残ってくれ」ベルガラスはかれに言った。「わしが中に入ったら、決して邪魔をしないでほしいのだ」
「わかりました」バラクは請け合うと、護衛の死体を指して、「これはどうしましょう?」
「レルグ、こいつらを始末してくれ」ベルガラスはウルゴ人に短く声をかけた。
レルグが二つの死体の真ん中にひざまずき、両脇にその死体をつかむと、シルクは急いで背中を向けた。かれが死体を石の床に押し込むと、ズルズルというくぐもった音があたりに

響いた。
「まだ足が一本突き出してるぞ」バラクは超然とした声で言った。
「わざわざ言う必要があるのか?」とシルク。
ベルガラスは大きく息を吸い込むと、鉄のドアの把手に手をかけた。「よし、行くとするか」そして、ドアを押し開けた。

黒いドアの向こうには富の帝国が横たわっていた。床の上に積み重なっているのは、黄色く光るコインの山――数えきれないほどの金貨の山だ。コインのまわりには指輪や腕輪や鎖

、そして冠が無造作に散らばり、眩しいほどの光を放っている。壁沿いには、アンガラクの金鉱から掘り出した金の延べ棒が山と積まれ、その合間に散らばった蓋の開いた箱の中には

、拳ほどの大きさのダイヤモンドが溢れんばかりに詰まり、氷のようにキラキラと光っている。さらに部屋の中央には、卵ほどの大きさのあるルビーやサファイアやエメラルドをちり

ばめた大きなテーブルが。そして、窓の前で重々しく波打っている深紅のカーテンは、数珠つなぎの真珠に埋めつくされている。ピンク、バラ色がかった灰色、中には黒玉の真珠も見

える。
ベルガラスはあちこちに視線を配りながら、年寄りとは思えないしなやかな足取りで、まるで獲物に忍びよる獣のように部屋の中を歩いている。かれはまわりを埋めつくす金銀宝石

には目もくれずに、毛足の長い絨毯の上をまっすぐ進み、学問の匂いのする部屋に入った。天井まで届く棚には、きっちりと丸めた巻物が積み重なり、黒っぽい木の書棚には革の背表

紙が歩兵大隊のようにずらりと並んでいる。初めの部屋と違い、ここのテーブルには化学実験に使うような奇妙なガラスの装置と、真鍮と鉄でできた歯車と滑車と鎖を組み合わせた不

可思議な機械が載っていた。
さらに三番目の部屋まで来ると、そこには黒いベルベットのカーテンを背景に大きな金の聖座が置かれていた。聖座の一方の肘掛けには、アーミン毛皮のケープがかけられ、座の部

分には笏と重々しい金の冠が載っていた。そして、ピカピカ光る石の床には、地図がちりばめられていた。ガリオンの見たところ、それは全世界の地図らしかった。
「まったくなんという場所だろう」ダーニクは畏敬の念に打たれて囁いた。
「クトゥーチクはここで独り悦に入っているのよ」ポルおばさんは嫌悪をあらわにして言った。
「かれの悪徳と言ったら、それこそ数えきれないほどあるけど、ひとつひとつは常にこうやって分散しておきたいのよ」
「ここにはいないようだ」ベルガラスが呟いた。「次の階へ行こう」かれは皆を率いて今来た道を戻り、丸い塔の壁に沿ってカーブしている石の階段を上った。
階段の上の部屋は恐怖に満ち溢れていた。部屋の中央には拷問台が据えられ、壁際には鞭と殻竿がかかっていた。さらに、壁に近いテーブルの上には、ピカピカの鋼でできた残酷な

道具の数々が整然と並んでいた――かぎ針、鋭く尖った大釘、そして鋸のような刃をつけた恐ろしげな道具。その刃の隙間にまだ骨と肉の破片が少し残っている。そして、何より、そ

の部屋は血の臭いに包まれていた。
「この先はおとうさんとシルクで行ってちょうだい」ポルおばさんが言った。「この階にはガリオンやダーニクやレルグの目にふれさせたくない部屋がまだいくつもあるわ」
ベルガラスはうなずき、シルクだけを後ろに従えてドアを抜けていった。数分後、二人は同じドアを通って戻ってきた。シルクの顔は心なしか青ざめて見えた。「クトゥーチクって

やつは、かなりの倒錯症みたいですね」かれはブルブルッと怖気をふるった。
ベルガラスは厳しい表情を浮かべ、静かな声で、「さあ、また上に行くぞ」と言った。「クトゥーチクは最上階にいるはずだ。わしの勘に間違、確かめないことに

は何とも言えん」かれらはまた階段を上った。
階上に近づくにつれて、ガリオンはどこか胸の奥の方が奇妙にうずき始め、終わりのない歌声のようなものに誘い込まれていくのを感じた。そして、右の掌が焼けるように熱くなっ

た。


カテゴリー: 未分類 | 投稿者awkwardgut 16:01 | コメントをどうぞ

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