とになったのかを

クリクは騎士に笑みを向けた。
二人で野営地を歩きながら、クリクが空を見上げた。
「風がやみましたね。埃もおさまってるみたいだ。これもやっぱり――?」
「たぶんな。辻褄《つじつま》は合うじゃないか。さて、行くぞ」スパーホークは咳払いをして、恥じ入った顔の仲間たちに近づいていった。「面白い夜だったな」と気安げに話しかける。「あの白い鹿はとても気に入ってたんだ。ただ濡れた鼻が冷たくてね」
やや緊張ぎみの笑い声が上がる。
「さて、憂鬱の原因は明らかになったんだから、そのことをほじくり返しても意味はない。そうだろう。誰が悪いわけでもないんだ、もうあの件は忘れることにしないか。今はもっと重要な問題が目の前にある」そう言って鎖帷子から作った袋を持ち上げ、「われらの青い友人はこの中だ。この小さな鉄の袋が気に入ってくれるかどうかは知らんが、気に入ろうと入るまいとこの中にいてもらわなくてはならない――必要なときが来るまではな。朝食を作るのは誰の番だ?」
「あんただ」とアラス。
「わたしは昨日の夕食を作ったぞ」
「だからどうした」
「不公平じゃないか」
「おれは食事を作る順番を調整してるだけだ。正義なんてことを持ち出したいんだったら、神と話をしてくれ」
全員が笑いだし、それですべては元どおりになった。
スパーホークが朝食の支度をしていると、セフレーニアが火のそばに近づいてきた。「あなたに謝らなくてはなりません、ディア」
「何です?」
「あの影の背後にトロール神がいるとは、想像もしませんでした」
「それをあなたのせいにはできませんよ。わたしはアザシュがやっていると思いこんでいましたから、ほかの可能性を示唆されても一蹴していたでしょう」
「もっと勘が働いてもよさそうなものでした。論理には頼らないはずだったのに」
「ペレンの件がありましたからね。それで判断を誤ったんだと思います。ペレンはマーテルの命令でわたしを襲ったわけだし、マーテルはアザシュが最初に立てた計画にそのまま従っていました。一連の襲撃が同じ延長線上にあったので、別の何かがゲームに参加してきていたなんて、わかるはずがなかったんです。影とペレンのあいだに何の関係もないことがわかったあとでも、それ以前の推測に縛られてしまっていました。自分を責めることはないですよ、小さき母上。わたしももちろんあなたを責めたりはしません。むしろ驚いたのは、われわれが考え違いをしていることをアフラエルが見逃して、警告してくれなかった点です」
セフレーニアは少し悲しげに微笑した。
「わたしたちが思い違いをしているとは考えもしなかったのでしょう。わたしたちの視野がどれほど限られているか、アフラエルには決して本当には理解できないのです」
「そう言ってやったらどうです」
「死んだほうがましですね」
クリクの推測が正しかったのかどうかは不明だが、ここ何日か土埃で一行の息を詰まらせていた風は、自然のものであったにせよベーリオンが起こしたものであったにせよ、今はもうやんでいた。空は明るくまっ青に晴れ上がり、東の地平線上には冷たく輝く太陽がかかっていた。そんなことが前の晩の幻視とあいまって、一行の気分は背後の黒い雲など気にならないくらい高揚していた。
「スパーホーク」ティニアンがファランの横に馬を並べて声をかけた。「やっとわかったような気がするぞ」
「何がわかったんだ」
「アラスが食事当番を決めるやり方だよ」
「ほう。それはぜひ聞きたいな」
「誰かが尋ねるまで待つんだ。それだけさ。誰の番だと尋ねた瞬間、アラスはそいつを食事当番に指名する」
スパーホークはこれまでのことを思い返してみた。
「確かにそうらしいな。だが、もし誰も尋ねなかったらどうなる」
「そのときはアラスが食事を作るのさ。一度だけそういうことがあったと思う」
スパーホークは考えをめぐらせた。
「みんなにも教えてやったらどうかな。アラスには今までの分を含めて、たっぷり当番をやってもらうべきだと思うんだが」
「まったくだ」ティニアンは笑い声を上げた。
午後のなかばごろになって、黒い巨岩が鋭い割れ目をさらす岩山の麓《ふもと》に着いた。道らしいものが曲がりくねりながら頂上まで続いている。それを半分くらい登ったところで、タレンがうしろからスパーホークに声をかけた。
「ここで止まらない? おいらが先に行って、ちょっと偵察してくるよ」
「それは危険だ」スパーホークがあっさりと却下する。
「大人になりなよ、スパーホーク。おいらはその道の専門家なんだぜ。誰にも姿を見られたりしないよ。保証してもいい」そこでわずかに言葉を切り、「それに何か面倒が持ち上がったとき、必要になるのは鋼鉄に身を固めた一人前の男だろ。戦闘ではおいらは役に立たない。いなくなっても惜しくないのはおいらだけなのさ」タレンは顔をしかめた。「こんなことを言うなんて、自分でも信じられないね。アフラエルを遠ざけておいてくれないかな。どうも不健全な影響を受けてるような気がする」
「とにかくだめだ」スパーホークが重ねて反対する。
「無駄だよ、スパーホーク」生意気な口調でそう言うと、少年はもう鞍から飛び下りて駆け出していた。「ここにおいらを捕まえられる人はいないもん」
「しばらくお仕置きをしていなかったな」クリクがうなるように言って、岩山の斜面を敏捷《びんしょう》に登っていく少年を見送った。
「だがあいつの言うとおりだ」とカルテン。「おれたちの中で、失っても痛手にならないのはタレンだけだ。どうもいつの間にか騎士道精神というものを身につけたみたいじゃないか。誇りにしていいと思うがね、クリク」
「誇りなんて、どうしてあの子が命を落とすようなこ母親に説明するときには、何の役にも立ってくれませんよ」
前方でタレンの姿が地面に呑まれでもしたかのようにいきなり見えなくなり、しばらくして頂上近くの亀裂から、ふたたびその姿が現われた。すぐに少年は道を駆け戻ってきた。
「向こうに街があるよ。たぶんあれがゼモックじゃないかな」
スパーホークは鞍袋から地図を取り出した。
「どのくらいの大きさだった」
「シミュラと同じくらい」


カテゴリー: 未分類 | 投稿者blankgut 12:38 | コメントをどうぞ

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