この期に及んできみの中

翌朝の大聖堂の通廊には、早くから人々が押しかけていた。カレロスの市民たちも、ウォーガン王の軍勢がマーテルの傭兵たちを追い払ってしまうと、徐々に廃墟の中へと戻りはじめた。聖都の住人といってもほかのエレネ人以上に信心深いわけではないだろうが、エンバン大司教は純粋な人道主義に基づく施策を演出していた。街じゅうに布告を流して、感謝の礼拝が終わったら、すぐに教会の倉庫を人々に開放すると宣言したのだ。カレロスではほかに食糧を手に入れるあてがなかったから、人々は即座に反応した。何千人という会衆が集牛奶敏感まれば大司教たちもことの重大さに気づいて、自分たちの責務を真剣に考えるようになるだろう――エンバンはそう狙いを説明した。それとは別に、エンバンには飢餓に対する特別の思い入れがあった。その肥満した体型ゆえに、空腹に対してはことさら神経質だったのだ。
感謝の礼拝ではオーツェル大司教が司祭を務めた。スパーホークはこの痩《や》せた厳格な大司教が、一般の信徒に向かってはまったく異なった口調で話しかけることに気づいた。その声はやさしいほどで、時には心からの同情に満ちたものとなった。
「六回だ」カダクの大司教が最後の祈りを先導しはじめると、タレンがスパーホークに耳打ちした。
「何が」
「礼拝のあいだ、六回微笑んだんだよ。数えてたんだ。でもあの顔に微笑みはあんまり似合わないね。昨日のクレイガーの話だけど、どういうふうに決まったの? おいら眠っちゃったもんだから」
「ああ、知ってたよ。クレイガーを聖議会に出頭させて、マーテルとアニアスの会見に関母乳餵哺するデレイダ隊長の証言のあとで、昨目の話をくり返させることになった」
「みんな信じるかな」
「たぶんな。デレイダの証言にはけちのつけようがない。クレイガーはその話を裏付けて、細かい母乳餵哺点を補足するだけだ。デレイダの証言を聞いたあとなら、クレイガーの話を受け入れるのもそう難しくはないだろう」
「うまい手だな。ねえ、スパーホーク、いいことを教えてあげようか。盗賊の皇帝になるって話だけど、あれはもうやめにしたんだ。かわりに教会に入ることにした」
「神よ信仰を守りたまえ」
「きっとお守りくださるであろう、息子よ」タレンが生意気な口調で答えた。
礼拝が終わって合唱が頌歌《しょうか》に変わると、小姓たちが大司教の列のあいだを走りまわって、聖議会がただちに再開されるという知らせを届けた。行方をくらましていた聖職者がさらに六人、新市街のあちこちから発見された。さらに二人は大聖堂の建物の中から姿を現わした。残りは依然として行方不明のままだ。大司教たちはしずしずと通廊を出て、謁見室に通じる廊下を歩いていった。あとに残っていろいろな人たちと話をしていたエンバンが、小走りにスパーホークとタレンの横を駆け抜けた。息を切らし、汗をかいている。
「忘れるところだった。ドルマントに教会の倉庫を開放するよう命令してもらわなくてはならん。さもないとわれわれが暴動の原因を作ってしまうわい」
「教会を切りまわそうと思ったら、おいらもあんなに太らなくちゃいけないのかな」タレンがささやく。「太ってるといざってときに速く走れないんだよね。それにエンバンは、しょっちゅうそういう破目に陥ってるみたいなんだ」
謁見室の扉の前に、デレイダ隊長が立っていた。胸当てと兜《かぶと》は輝くほどに磨き上げられ、真紅のマントには染み一つない。スパーホークは謁見室に入ろうとする教会騎士と聖職者の列を離れ、隊長に短く声をかけた。
「不安かね」
「そうでもありません、サー?スパーホーク。待ちきれない気分だとまでは言いませんがね。いろいろと質問されるのでしょうか」
「たぶんな。びくつかないことだ。落ち着いて、地下室で耳にしたことだけを報告すればいい。きみには名声があるから、誰もきみの言葉を疑ったりはできないさ」
「暴動でも起きなければいいのですが」
「その心配はいらんだろう。暴動が起きるとしたら、きみの次の証人の話を聞いたときだ」
「その証人はどんな話をするのです?」
「それをここで口にすることは許されていない――きみが証言を終えるまではね。立性を損なうような真似をするわけにはいかないんだ。幸運を祈る」
大司教たちは謁見室の中に数人ずつ固まって、低い声で話し合っていた。その朝は感謝の礼拝の影響で、エンバンの思惑どおり、どこか厳粛な雰囲気が漂っていた。あえてそれを破ろうとする者はいないようだ。スパーホークとタレンは、ずっと仲間たちと座っていた同じ席にふたたび腰をおろした。ベヴィエはセフレーニアを守るように、心配そうな表情でそばに付き添っている。セフレーニアは白く輝くローブを身にまとい、穏やかに腰をおろしていた。スパーホークが合流すると、ベヴィエが話しかけてきた。
「いくら言っても耳を貸してくれないのです。プラタイムとストラゲンとあのタムール人の女性は、聖職者に変装させてもぐり込ませました。でもセフレーニアだけは、どうしてもあのスティリクムのローブを着るというのです。国王と聖職者以外の者が聖議会を傍聴することは許されていないと何度も説明したんですが、聞き入れてくれません」
「わたしは聖職者ですよ、ベヴィエ。アフラエルの神官なのですから。実際、高位の神官なのです。これは宗教合同運動の一環だとでも思ってください」
「わたしならそういう話は選挙が終わるまで待ちますね、小さき母上」ストラゲンが忠告した。「何世紀も続く神学論争が始まりかねない。われわれはいささか時間に追われているわけですから」
「向こうに顔馴染の姿が見えないのは寂しいな」カルテンが傍聴席の反対側、いつもアニアスが座っていたあたりを指差して言った。「今朝の証人の話を聞いて、あの顔がくしゃくしゃになるのを何としても見たかったんだが」
ドルマントが入ってきて、エンバンとオーツェルとバーグステンを相手にしばらく何か相談してから演台の前に立った。それだけで部屋の中が静かになる。ドルマントは話しはじめた。
「わがブラザーにして友人諸君、前


カテゴリー: 未分類 | 投稿者blankgut 18:01 | コメントをどうぞ

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