今日は少し肌寒いです。
今朝も5時起き・・・起き抜けに燃えるゴミを出しに行くも3番目。
世の中、早起きの方がいるもんですね。
じゃがいもと玉ねぎががあるので、スペインオムレツを作りました。
初めはちょっと焦げ気味だったので、教訓を生かし、2回目は幾分黄色が残りました。 そんなに味は変わりませんでしがが・・・。
さて・・・ いよいよ退院が秒読みに(^^)/
やりたい事、食べたいものが頭の中を駆け巡ります。
でも、1番は、“外の空気を吸う” 事だったかな。
空気に触れ、街並みを眺め、雑踏に耳を傾ける・・・ そんなふれあいのようなものも求めていたように思います。
僕は実家の最寄り駅が地下鉄東西線の早稲田でした。
高校は京王線沿線だったので、高田馬場まで出て、山手線で新宿、からの京王線と言う日々を送っていました。
東西線の高田馬場階段を駆け上がり、山手線のホームへ。 そして、新宿駅では、中央広場を抜けて京王線改札まで・・・まさに人込みの中をすり抜ける高校時代でした。
そんな生い立ちからか、人込みは嫌いではないんです。
そして新宿のネオンも・・・
小学校のお泊り旅行が長野県だったのですが、僕はすぐにホームシックになる子で・・・。
帰り道、中央高速道路を走るバスの車窓から、遠くに見える新宿の明かりを見て安堵したのを、いまだに覚えています。
その頃からお家が好きだったんすね。
ちょっと脱線しましたが、要は、“日常” を感じたかったのだと思います。
退院の日の前日は、嬉しくてあまり眠れませんでした。
ほんとはもう1日、と言われたんですけどね。
前日に事務の方が来て、退院日のの流れを説明してくれていました。 とっても感じよい方でした。
その指示に従って、最後の心電図検査・・・この検査は初めて階下へ行きました。 外来の方と同じ1階の診察所での検査でした。 もう元気だったのですが、やはり車いす(ちょっと速いやつです)
ささっと終わり、また高速車いすで病棟へ戻ります。
その後、支払いを済ませ、事務の方へ報告。
最後に薬剤師からの薬の授与式。
毎日飲む6種類と、もしもの時の為のニトロ。
簡単な説明を受けて、無事に終了。
そうそう、このニトロ。
救急搬送されて手術台に上がってすぐ、
“薬飲めますか!? 噛むことは出来ますか!?” と言われ・・・頷くぼく。
救急車呼んで直後から、
“周りの誰かが、大声で呼びかける声に導かれるように目を覚ましては、また闇の中へ奥深く沈んでいく・・・”
そんな事を何度も繰り返したように思います。
すると、すぐに口の中に錠剤を入れられ、
“噛んで、噛んで、大事なお薬だから、噛んで!” と耳元で叫ぶ看護士さんの声で、まだ意識が戻るっていう感じ・・・。
“ガリッ、ガリッ” と噛むと、
“よし、噛んだ、噛んだ” ・・・と安どの声。
それもニトロだったのかなぁー、と。
意識朦朧の中だったので、断片的なところも多々ありますが、こんな感じの2週間でした。
まさに、夢の中のような・・・。
そんな日々でした。
命をつないだのは、早い治療だったとの事。
心筋梗塞では2割の人がなくなるようですが、その2割の方は発症後3日間に集中しているようです。
緊急手術から始まり、全体安静、足を動かせない、寝返りをうてない、そして検査の毎日・・・ つらかったですが、過ぎてみればあっという間でした。
救急隊員の方、看護士そしてお医者さん、そして母と妹、陰で支えてくれたたくさんの人に感謝せずにはいられません。
こうしてこの体験を書いていることも夢のようです。
これからの人生どう生きるか・・・
生かされた意味を考えてる毎日です。