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「ノスタルジア」過去を懐かしむこと、「幻の柱」

水曜日 朝方小雨 曇り  建国記念日

何をもって建国記念日を決めてのだろうと素朴な疑問がわいてきた。今まで深く考えもしなかったが・・・。ウィキペディアによると『日本では設定に建国神話が用いられている。日本は記紀中で神武天皇が即位したとされる日(紀元前660年2月11日)である。また大日本帝国憲法は1889年の同日に発布された。』とあった。

ホームコートでは「バレンタインデーミックスダブルス」開催、もうそんな元気はないのでお休み。

先月の終わりテニス友達の新築祝いに招かれた。その話を聞いたとき、お祝いに初春にふさわしい「春の海」が頭によぎり、ほとんど手にしていない七寸管を取りだし吹いてみた。テニスで言えば初心者用のラケット、50年前のそんなシロモノ七寸管は期待した以上の音を出してくれた。お祝いに是非吹いてくださいと言わんばかりに。それで1週間ほど練習してささやかな顔見知りの前で、あの有名なさわりだけを吹いて恥をかいたが、よかったと喜んでくれた。

それから思いだしては尺八を手にするようにしている。今日は暇にまかせて尺八で「幻の柱」を吹いてみた。50年前から心に残る曲の一つ、高音でテンポが速くてむつかしい曲、なんとなく哀愁のあるメロディに魅せられていたのかもしれませんが、ぼくレベルが吹く曲ではありませんでした。好きで練習はしていましたが、息が続かなくなるほどの難曲でした。今日は最後まで吹くことができた。つっかかり、もっかかりしながらもめいっぱい、音が出なくても吹いてみた。50年前のことどもが走馬灯のようみよみがえっていた。そして吹き終えるとなぜか気持ちがすっきりしていることに気がついた。

当時、師範大師範の人たちはもういないだろう。もうなくなって久しい会長の名前をPCに打ち込んでみた。探っていくとアマゾンに非売品の回顧録が1冊残っていた。今で言う地元中堅企業の社長に天下って、その会社が出版したようだ。躊躇なく手続きをした。
東大卒業まもない愛息を交通事故でなくし、市長候補に祭り上げられたが辞退した。手を上げていれば間違いなく当選しただろうに・・・。その時の本音は分からずじまいでぼくは落ちて行った。

「幻の柱」という曲目にも魅かれていたと思う。若かりしぼくはその意味を知ろうともしていなかった。作曲 筑紫歌都子 作歌 九条武子とある。筑紫歌都子は福岡在住(当時)で同好会とも会長の関係で親しく、合同演奏会などの経験もある。どれくらいの実力か考えもしなかったが、PCで調べるとYouTubeで「幻の柱」の動画がいくつもあるのにびっくりした。半世紀まえからも有名な曲だったのだ、知らぬはぼくばかりだったのだろう。

九条武子を同じく調べるとなんとなんと朝ドラ「花子とアン」の村岡花子、柳原白蓮、九条武子は大正三大美人と言われ親交があったという。武子は男爵九条良致と結婚、新婚まもない二人は渡英するが、翌年ひとりで帰国した。「夫良致はイギリスでの生活が3年の予定が10年にわたり、その間武子はその孤独と淋しさを歌にして出した歌集「金鈴」は、当時のベストセラーになりました。」

「幻の柱」の中の歌二首
・まぼろしの柱ありけり 女あまたいのちをかけてやすらいよれり

・みわたせば西も東もかすむなり きみは帰らずまた春はきし








 


カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 23:14 | コメントをどうぞ