一般のテニス愛好家、というレベルで試合をして、よく「メンタルが弱くて」っていうのを耳にしますが、競技レベルの人のとは違うんだろうなあと思って聞いています。
ただ、本質は同じなのかも。自信のあるプレーをどれだけ自信があるか、っていうのが差なのかな、とも思いますし。
インカレ経験のある、ジュニア時代は全国区だったという風早コーチと知り合いになったばかりのころで聞いた、印象に残った一言があります。
「さすがに相手のショットが強くて押される、ってことはもうそうないですね」
いまさっき私は彼のショットが強すぎて、まったく手も足も出なかったんですが、例えば相手が外人のプロ選手でも、ってことなんでしょう。そりゃあ物理的に無理なショットもあるし、突然流れを切るようなハードヒットをされれば、それはリズムを狂わされた、という意味でミスをすることがあると思いますが、彼が言うのは自分の打てる態勢で相手のショットを見たときに伸びてきてヤバイ、とか弾かれてコントロールできない、ということは最初のうちにあってもアジャストする方法というか、対処ができるという意味なんでしょう。
コートに立って相手のことが怖くない
自分のミスを先に心配せずにコートに立っていられる
相手のテニスをイメージして自分のテニスをどう生かすか、勝つことを前提にいられる
などの部分が競技者の場合にはものすごく強く、しかもわざわざ焚きつけるようなことがなくても試合になればスイッチが入るとか、そういうことなんでしょうね。
私自身、アルドールの事業所対抗戦には毎年出させていただいて、それもここ数年はまったく勝っていないんですが、見ていた人からは「楽しめました」とか「励みになります」みたいなお言葉を頂戴するんです。
その中で、よく「メンタルが強いんですね」って言われることが増えてきたんですが、自分ではその逆。
試合前は手のひらが汗びっちょりになって何度もトイレで手を洗ってたり、最初のサーブなんかヒザが震えてます(笑)。お客さんの前で自分のプレーをするのってすごい緊張します。
だけどそうやってみられているっていうのは、試合中によく笑ってたりとかいうのと他に、いつも見ている永木コーチがそのままのプレーをしてる、ってことなんだと思います。だから勝ってないのは、実力通りだと思われてる?そうかもしれない
練習という練習をする機会が最近はほとんどないんですが、レッスンでは固定の位置でお客さんと打ち合うし、そういうシーンで(コーチなんだから)自分のショットがコントロールを失うことはあってはならない。でも実際は打ち負けることはあるし、イージーミスだってします。
試合でもそうですね。
なんとなくラリーしているときって相手を狙ってラリーをつなげに行ってますし、相手も自分の方に打ってくれると思ってコートに立っています。
試合の時はそれが逆。そしてそれが両方とも怖い。
つまり自分が相手のいないところに向かってミスらないか、相手が自分の取れないようなショットを打ってこないか?とても恐れています。
それで練習をどう活かせるのか?
若いころは自分でもわかりませんでした。スクールにいれば、上手に返球できるようにすることでコーチもお客さんも満足すると思っていましたが、その生徒さんたちが試合に出ています。成績が思うようについてこなかったりもするわけです。
試合のコートでは、やっぱり「自分にできること」をできるだけ最大限にして出来続けるようにしていくようなテニスになると思います。
自分はうまくなったと思いたいから、それ以上のシーンで「出来るはず」に期待して無理を承知で打ち込んでみたりします。一本入ったけど三本ミスしたりします。そうやって負けて、メンタルが弱かった、なんて言ったりもします。
イメージと手ごたえが一致するときに狙った通りのショットになったという手ごたえがあるはずなので、集中するとすれば、自分側ができることといえばそれが最大のトピックスになるはず。
もう一つの集中はネットの向こうにいる相手に、ですよね。どんな性格で何が得意なのか、追い込まれたらどうするのか、チャンスの時になにか攻めるパターンが決まっているのか?しっていれば対応もできようってもんですからね。
そこに次のポイントはどうするか、考えるのと実行するのが忙しい間は、弱気になっている時間じゃないことが分かります。
攻め型のテニスをする人でも、守り型のテニスをする人でも、勝ちたいときは強気で自分のプレーを貫くはず。
その自分のプレーがなんだか?わからない人が、一般レベルではメンタルのことを言い訳のように使っているような気がしてなりません。
実力を出し切って勝てない相手なんて、ゴマンといますよね。だけど試合って楽しいじゃないですか。そこから入ったほうが続けられるし目標も作りやすいんじゃないかと思います。