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活動状況をリアルタイム?にちかく報告するとこです

ポイントのビジョンをもつようにする

シングルスでもダブルスでもそうですが、前回のこのブログの最後のほうで書いたことと同じようなことを書きます。

そのショットの続きは、今日の相手だったらどんな風に応えるか?をイメージできるようにする、が「考えながら打つ」です。

常に自分のショットを決定しながらラリーしなきゃならなくなるので、自分のショットがイメージ通り打てないとか、相手がそうさせてくれないときも多々あります。

そういうときにもどうすればいいのか、っていうものを持っていたほうがいいんでしょうね。

ラリーが早いときとか、プレーが連続してどんどん場面展開していく時って、頭が追いつかないものです。その時にリスクが少ないことって何でしょう。

 

一つには、入りやすいショットを選択することです。入れに行く、ということではなくて一番強気が通りやすいところはどこか、ってことでいいんじゃないかな。

例えば私の場合だったら、フォアハンドでもバックハンドでもクロス方向になるべく強めにしっかりスピンをかけて打つ。

 

戦略的な意図があるときでも、まったく何も思いつかないときでも、それは同じように相手に見えるだろうし、コートのかどっこから相手が打ってくるようにする時って、なんとなくでも自分の守っているべきエリアがわかりやすい気がします。

というのも、自分自身が角っこのほうに走らされて、ストレートのオンラインとかねらっては打てないですよね。心配しながら甘いストレートって、センターとほぼ同じ。

だからクロスに思い切って負けないようにひっぱたく。相手も自分もそういうところは一緒じゃないか、って思いながら試合しています。

 

サーブをどこへ打つか、というところから始まって、そのショットをどこへ打ったらどんな風に展開があるだろう、っていう「続き」を連想することが「ビジョン」です。自分ができそうなこと、その中で確率が高そうなこと、それでいて相手に「甘い」ととられないことを一生懸命やっていくってことですね。

自分のできることが少なければ、やはりすぐに攻略されて負けてしまいますし、事実そんな経験ばっかりです。

だけど、やっぱり集中が良かったり、大事なポイントで明確なビジョンが頭にあったりするときに、勝つべきゲームを勝てたりして喜んだりもした経験があります。

ショットは一本ですが、つなぎの一本も、きっかけの一本にもなります。

そこにはできそうか、成功しそうか、というリスクについてのイメージも入ってくると思います。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 10:27 | コメントをどうぞ

なぜだか雨が憂鬱に感じるように

インドアでテニスをする、というスタンスが常だった私が、最近はなぜだか雨の日にまったくやる気が出ない症候群にかかっています。

 

ま、ちゃんとコートに行くとスイッチが入るので心配ないんですが。

このところ、シフトが変わってきて、これまで昼間は毎日当たり前のように仕事に出る生活だったのが、午前中は空き、みたいな日がちょいちょい増えて来ていて、リズムがくるってしまったんですかね。

YouTube活動をする時間が欲しかったのもあって、午前中のスクールレッスンを抜けたりしたのも自分の希望なんですが、自分で言っておいて自分で調子が悪くなってる。

少ししたらなれるんでしょうか。。。

 

こんなんで梅雨が来たらどうすんだよ。。。

 

今日はくだらないブログですいません。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 12:26 | コメントをどうぞ

「打球技術」が先じゃない

打ち方を研究してきて、面白くなってきている訳なんですが、打ち方を理解する段階の時にはそこまで考えていなかったことが、ここのところ、研究テーマというか、考えのおおもとになるようになってきました。

つまりですね、これまでは「トップスピンってどうやって打つんだろう」みたいなことを考える時に、上手な人がどんな動き方をしていて、それがどんな効果を生んでいるためにあんなにしっかりしたボールが打てるようになっている、ということを解析しているに過ぎなかったのですが、

最近では

プレーを連続して走り回りながらもそれを達成するのに、打ち方を準備する時からちゃんと関連しあった動きがあって、あのプレーは生まれているんだなぁ、っていうことに気づきました。

 

もっといえば、トップスピンを教えて打たせることも、スライスを教えて出来るようにすることも出来たとしても、さあ、ゲームしましょう、という段階で教えた技術が発揮されないことが多い、っていうコーチとしての悩みがあったわけです。

「打球技術」を必要性から説いて教える方法があったとしても、実践的な導入をしていくかどうかで「役立つ技術」になるかどうかの分かれ目が出来るんじゃないか、と思うようになったんです。

「こういう場面ではこんな風にスライスでアプローチしてボレーに行くとこれこれこうです」っていう教え方をレッスンのコートでやってきたわけなんですが、教わった場面がやってきたとしても、先に想定しないでそうなっちゃっていたら、「そうだ、この場面ではスライスを使うべきだ」って考えつくころにはそろそろツーバウンドしちゃうんじゃないか、っていう事なんでしょうね。

いまさらやってもまにあわない、っていう。その場面がきたころにはいつも通りに反応しちゃっていて、いまさらスライスの打ち方を最初っからおさらいしている時間はないってこと

走っている形からバックハンドのテイクバックをしやすくなるのって、スライスの形の方がラケットを引いても走り続けやすい。そういうことにも気づく様になりました。

ラケットとボールの関係って、どんなショットが飛び出ていくかを決める要素。だから準備している段階からどんなボールを打ち返したいかをイメージしている必要があります。

スクールで言う初級と中級って、その辺の習熟度で見ている、みたいなものなんでしょうね。

ラケットもボールも、扱い慣れる事によって、自分のパフォーマンスがどんな形で結果になるかってあるていどイメージが出来るようになっているはず。テニスをやったことの無い人が初日からそれがすごく出来ていたらびっくりするわけです。

ボールを追いながら、自分のラケットが打点にどんな風に入って、どんなタッチでボールを扱うか、っていう事をインパクトする前の段階でイメージ通りに作って置けるようになる、という事でしょうね。それが狙いの仕方ですから。

 

スクールで初心者だったら、やはりラケットはこうやって扱いますよ、というレクチャーをすると思いますが、なるべく簡単なゲームをするようにして、狙った枠内(コート内)にボールを収める体験をしていきながら覚えるといいんでしょうね。

カテゴリー: 打ち方オタク, 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:36 | コメントをどうぞ

スライスとボレー

ひとつ、私の普段担当させていただいているレッスンに懸案事項があって・・・

シングルス専門クラスを担当させていただいているんですが、ほとんど毎週ストロークでのラリーをメインにしたレッスンになっています。

重要な項目として、サーブとリターンに「最初の一手」というそこで主導権がどちらに来るのか決まりやすいシーンがある事から、サーブとリターンから始まるラリーは毎週一対一でお相手するような所を作っていたりします。

サーブとリターン。そう、お互いベースラインなんですよね。

そこからネットへ発展させていくように話を持って行きたいのはやまやまなんですが、シングルスの場合、相手がそれを許してくれるような状況を作れないと、ネットに出るのはちょっと怖いと思うんですよね。

その一発でポイントが決してしまうようなソリッドさがあるという事でもあると思います。

私はもうそのレッスンの中でポイント戦に参加する様なら、相手を斜め後ろに下がらせるようなショットの次はネットを取ったりするんですが、「あれズルいよな」って思われてもおかしくない。

私はネットを取るお手本もあるからイメージとして有効なショットからはしっかりポイントを取って見せたいんですが、そのボレーを教えてないじゃん

というのが懸案事項。

スライスも教えますが、ディフェンスっぽい使い方しかされない。

リセットできる。。。ラリーの時間をリセットできるという使い方が出来るので、相手がその次を強打とか遠くへ放り込んでこなければ、そこから攻撃に転じられる、というのもポイントの中にある「展開」の一つだと思います。

となればスライスやロブも、それ自体に攻撃的なプレッシャーはなくとも、その次に「いくぜ」っていう意味をはらませておけば、相手はそこで「いいショット」で私を追い込めないとコート内に踏み込んできてしまう、というプレッシャーにもなる。

 

明らかにレベルが高い相手って、ちょっとでも甘くなったらこちらが取れないような凄いショットをお見舞いされて触れないうちにポイントやゲームをポンポン取られます。

ということは、相手にそうなんじゃないか、と思わせられれば、動き方の前に相手には自分がそういう強い人だと思い込ませる・・・少なくとも「油断してはいけない」というプレッシャーを与えられるようになると思うんです。

 

ただ、コート内って自分の時間も少なくなりますから、そこでお粗末なプレーしかできないと結局「攻めたがりの弱い人」ってなっちゃうところもある。

この辺が難しいところですよね。

 

要するにベースラインプレーのスキルが上げられない事には、シングルスにおいてはネットってけっこう「遠い場所」に感じる。

むしろベースラインから下がって時間がある方が居心地がよかったりするので、余計にボレーの方に意識が行かなくなりがちです。

 

そういうことがわかっていながら、もう何年もベースラインプレーの向上までしかレッスンできていません。

 

さて、どうするか。まだまだ悩みそうです。。。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 10:32 | コメントをどうぞ

やっぱりラリーはリズム

ラリーの基本はボール往復のリズムです。

もう断言します。それが一番だと思います。

初心者のクラスの、今日やっとボール打てるようになりました、というクラスでも、サークルラリーがすっごく繋がる時があるんですよね。30往復とか、そういうときってみんながリズムに乗っている時。そうでないときって、たとえばコーチが同じようなボールを打っていたとしてもミスする人はミスするし、繋がっている時はそうでなくてもつながります。

ミスするかどうか心配な人って、打ちやすいボールだと思っても自分が心配で動きが止まってリズムを失ったりするものです。そういう人ってボールを一生懸命追いかけてる時の方が当たったボールが上手く返ってたりする。

動きながら、ボールを見ているってことですね。

ボールを見てる、っていうのがそこに追いついたときに自分のラケットをどうするか目的がはっきりイメージで来ているってことでもあると思うんです。

そんな初心者や初級者ってわけでもなくとも、たとえば試合中のチャンスボールを、ちょっと迷うとミスをする事が増えますね。ポイント中に迷うようになってくると、たいがい状況は悪い時だし、集中も出来てないような動きになっているように見えます。

勝ちたいからそこで仕留めなきゃ、って思うのも当然だし、そこが数少ないチャンスだと思えばなおさら。だけど、一瞬すこしリズムが狂うとボールコントロールが微妙になって、狙った方向に行ったボールがわずかにアウトしたりネットにかかったりします。

少しくらい考えてから打っても、わずかにしかずれていないんですが、コートに収まらないのは、そこで端っこの方に打つ意識があるせい。かといって甘いコースになんて打つ気持ちにもならないですよね。

せっかく自分のリズムで打てる=主導権がそこにある、という事なんでしょうから、自分のリズムで思ったところにしっかり強く打って、もし読まれて返球が来ても次でとどめがさせるようにシナリオを作っておけるかどうかの方が大事な事かと思います。そこで相手がリズムの狂うような遅いロブとか、こちらがネットに詰めれない低いスライスとかで返球してくる可能性があるならその用意をするべきだし、それすらできないくらい追い込めるとしたら、あとはちょこんと合わせても決まるはず。

練習の時から、自分が「いい球」でぶっぱなすことを考えてテニスするとダメなんでしょうけど、いずれにしても練習のときって相手が返してくるのに慣れていくような練習をしているはずなんですね。

プレッシャーが無ければ気持ちよく打って決められているのがちょっと試合になると決まらなくなる人ってかなりいるはず。テニスは上手いんだから、きちんと最後まで責任を取る、というようなテニスってどうやってやるのかって言ったら相手が返球して来てもこちらは許さないように常に攻められているならすごく強い人なんでしょうね。

そこで気弱になったり、仕方なくまたつなぎに行くとしたら、負けないけど勝てないともいう。

ショットを打つには、自分がうったらこう返ってくるというビジョンの元でテニスをが出来るようになっておくといいってことですね。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:02 | コメントをどうぞ

雪でヒマになったので

昔からある「テニスの教え方」に疑問をもつようになって、さらに勉強がすすむようになった…ということがあって現在の私があるわけなんですが、私が最初にテニスって「勉強すれば分かるようになるんだ!」って気づかせてもらったのはJPTA(日本プロテニス協会)のインストラクターの試験を受けるあたりから。

私に教えをくださったのは、当時の上司でもあった先輩コーチ。いまでも感謝しています。

30歳になるころにいちどテニスコーチから離れ、また復帰した時に、その教則であったこともそうだし、あるいはプロ協の勉強すらしてこなかったであろう『テニスの上手な人』が教えるテニスに、ある一方では勉強させてもらいつつ、その背中では疑問が沸き上がっていました。

若いころの私はそういった先輩方のたくさんの例を参考にさせてもらいながら、テニスコーチの技術を盗んでいこうと思っていたので、真似事とかをするわけです。私自身には戦績もコーチとしての実績もろくにないので、そういったところで「背伸び」させてもらうような感じでした。自分も立派なテニスコーチと同じことを教えてますよ、みたいな。

先輩方にはテニスが魅力的な人も、教え方がしっかりしている人も、たくさんいましたから、自分のテニスにも参考にさせてもらったり、またその成功体験をレッスンのコートでお客さんを相手にこんどは教える立場で使わせてもらったりしていました。

だけどね、生徒さんを上達させられていないような、自分がコーチをしていていいんだろうか、とかやはり人様の真似事って、本人さんのほうが力があるんだろうなとか痛切に感じていた時期もあります。

それでちゃんと勉強できないかな、テニスがうまいわけでもないから、何とかして「教え方のうまいコーチ」みたいになれないかな、ってすごく思ってました。

勉強は、結局はすごく長くかかりましたね。。。だっていまだにやってるもん。

40代に入ってから、気が付いたのは

けっこうテニス教える人って、その人のなにがダメなのかをみてるっていう場合が多いんですよね。他人事のように言いますけど、私も確かにそうでした。

なんでかっていうのも、わかるようになってきました。コーチ自身とか、あるいはこうやって勉強してきた中に、「正しいフォーム」みたいな基準をイメージしてあって、それと比べるような見方をしてしまうわけです。

自分が上達するときに、そういう目線でいるってことでもあると思います。

自分だったらこの球をこうやって…っていうイメージで目の前の上手な先輩に置き換えてみると、明らかに上手な人ってやってることが違う。やっぱり引くのがすごく早かったりとか、ボール見てる感じがするなあっていう、言われてきたアドバイスを守っているな、っていう程度のことをみている。

んで、自分はそういうことを参考にさせてもらいながら練習の時に意識して直したらうまくいくわけですね。そういうことを生徒さんにもやらせよう、っていうのがアドバイスになっている。

そのうち、商売なんだから、言い方をちゃんとしよう、っていうことからアドバイスに使う言葉を自分の頭の中のマニュアルに書き込んでおくってことを、生徒さんの打ち方を見ながらタイミングが遅いとか、身体がちょっと開いた、という評価でみて、そのまま伝えている。

 

自分がうまくなった方法だから、それでそういう目線を生徒さんのほうにも作って上げられればやっぱり生徒さんもうまくなる人がいます。

 

だけど、私が欲しかったのはそういうことじゃない。

 

なんでそうやるといいのか、その理由ってどこにもとめればいいの?物理現象なの?それともメンタル?筋肉の動かし方?骨格の使い方?

どれも正解で、どれも不正解でした。当てはまってできるようになる人も、まったく理解できずに不発に終わる人も、同じくらいの数だけいました。

自分に言い訳することになりますよね、数人だけ成果があったら、できないことはできない人のせいでもあるって。

 

確かにそういう面があって、できない人は何を言っても「言葉」では上達してくれない。できるようになる人が持っている要素を、その人が持っていないなら、与えられるようにならないかが挑戦でした。

そして、時間がかかることなんだということをはっきり認識しました。

 

若いころの恩師と思わせていただいている先輩コーチから、私の打ち方をちらっと見て、「ここをこんな風にするんだよ」ってひとこと教えをいただくと、それを意識したらできるようになったんです。

神様かと思いました(笑)。私もあんな風にスパッと見切れてひとことで生徒さんをうまくするようなコーチになりたいって。

二十歳になる前のことですから、テニスのことに興味を持ち始めてすぐだったと思います。生来言葉を使って何かをするのが好きだったこともあって、テニスコーチの「話す」仕事がすごく好きだったと思います。

 

まあ、いまだに話すのが好きなだけで、無駄なことばっかり言葉にしてしまいますが。。。ブログ長いし。

それがとうとう最近では、私の中に力学的な基本と、身体の関節や筋肉のもつ働き方、それとその可動域や動かせる形ってその人の運動経験や日常生活のスタイルによってみんな違うってことが分かりました。

骨格や筋肉の付き方は似ていると思いますが、やはり使う人が使うなりに発達していったり、感覚が芽生えたりするものなんです。そういうなかで、またその人がテニスに対するイメージをどう持っているのかっていうのも関係してきます。

要するにボールをみると、ラケットを振って当てようとする人もいれば、ラケットを当てて飛ばそうとする人もいる。それが同じじゃない。

いま私の目の前でスイングをしてくれて、その力を何に使う力として認識しているのか、そういうところから差があります。

それを見るのがすごく楽しくなっています。見抜こうとして見抜けるものじゃないように思いますが、二人羽織のように一緒にグリップを握ってボールを出してもらい、「こうやって当ててるけど、こんな風にはできない?」ってその差を感じてもらうとやり方が変わる人も、その形でなら再現できたけどボールをどうやって見ているかから説明するのと、これもまた人によって違います。

 

そういうのを、自分の持っている知識の中からどうやって持ってきて紹介して上げるべきか、っていうのをすごく楽しく感じているんです。

ショウルームの接客をしている人って、きっと私のそういうところを分かってくれるんじゃないかと思います。お客様が来場して、ご要望を聞きながら、提案するべき素材をアタマの中で選び、飲食店のメニューのようにお客様の目の前に並べてあげる。それでも自分としては一番にお勧めしたい商品が候補としてあって、狙い通りにそれを選んでくれないかワクワクしている、そんな気分があると思います。

私がテニスコーチをしていて唯一こだわっていることがあるとすれば、「自分のこだわりを持たないこと」です。

んー?いや、それじゃよくわからないな。どこにも「偏らない」ように気を付けるっていうことです。

つまり、テニスってこうするものだ、っていう、テニスの上手なコーチ、あるいは試合で活躍した有名なコーチって「スタイル」みたいなのがあるじゃないですか。「フルスイングする」とか「骨盤の使い方ですべて治る」みたいな。

ああいうのもちゃんと根拠があってそうしているので、素晴らしいと思いますし、私も何か自分なりのものを発見できないかな、って模索していました。

だけど今になってみれば、「ラケット面にボールが当たってちゃんと相手のコートに入る」っていうことにこだわってみれば、もうちょっとだけ広い範囲を自分が見ていられるような気がしてきて、「そういうの(こだわりのメソッド)を追いかけなくてもいい」って思えるようになってきたんです。

その代わり、すべてのことに説明ができるようになりたくて、今でも常に勉強をしていると思います。

 

だから、自信があるのは「お前は間違っている!」なぜなら・・・っていうことを私には誰も言えないだろうってこと。論破する自信があります。どれか一つの打点にとってはより素晴らしいように聞こえることも、別のシーン…例えば全速力で走ってそれができなければ「腰で打つ」なんて説明を「それが一番重要」なんて言えなくなってくると思いますし、打点が高くなったらとたんに力が入らなくなってしまうようなら、相手に「そこには打たないでちょうだい」ってお願いしなきゃならなくなるでしょう。

低い打点ではこう、高い打点にはこう、遠いボールが来たらこうやって打ち返す、ていうことを一つひとつ研究してきて、握り方が薄い人の体の使い方ってこうだけど、厚く握った人ならこうやって動くはず、ていうことも分かるようになってきたときに、それらの共通する項目もあり、握り方やボールへの入り方のスタイルで打てるショットは限られてくることもすぐにわかるようになりました。

そうすると、相手がどんなショットをどこへ打ったか見た瞬間にそれを発動させなければならないんですが、私自身は無意識に近く、無段階に対応が利くところを、はたして「そのボールが打点が高いかどうか」っていう評価ができないときにどうしているのかっていう疑問が出てきます。

空中に、ここから先は打点が高い打ち方で、とかこの基準を越えたら打点が遠いってこと、みたいな基準って作れないですよね。

だから、「対応の利く打ち方」っていうのを見つけられるようにするのがテニスを教えさせてもらう中ではすごく重要なんだなと思いました。

高い打点とか低い打点の説明をそんなにしない代わりに、個々のやり方を覚えて使えるようになっておけば、あとはたいがい応用が利きます、という打ち方を教えられるようになりたい。

もちろん握り方はどんなんでもトップスピンでバシッと決められるようなショットが打てるわけでもないですし、トップスピンはむつかしいけどちゃんとラケットは届く、ていう打点もあるわけです。

テニスって「相手のショットを打ち返す」スポーツですから、打ち返し続けられる人が最強。「狙い通りの良いショットを打つ」喜びを教えられるようになったら、相手がそうしてきたボールを自分の打ち方で見事に打ち返せる喜びも教えられるようになりたいものです。

 

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:49 | コメントをどうぞ

YouTubeで【サーブ研究会】その1

YouTubeに、swingbuilderとして初めて動画を投稿させて頂きました。
まだまだ知り合いが見てくれる程度のものだと思いますが、いままで自分もちゃんと表現者?みたいなものになりたいと思っていたんですけど、勉強していくうちに勉強した物だけが溜まっていく一方で、ぜんぜんアウトプットしていない事に自分でイヤになっちゃったんです。

「そのうちやるから」みたいな数年を過ごしていくうちに、けっこうもう「ウソツキ」の領域に入ってきちゃってるかも。。。って焦ったので、もう勢いで撮影したものを投稿する事に。

世間にたくさんいらっしゃるユーチューバーさん達みたいなのって、編集ソフトとか使いこなせれば出来るようになるのかも…なんて思っていたんですが、そもそもセンスもない。
しかも、それを考えて妄想にふけっているから時間が足りない事に気づいていながらも進める事をしない。

悪循環でした。

だからなるべくオンコートでちゃんとしゃべって、そのままろくに編集しなくても良いようなものを流れで投稿する方が良かろうと思います。

自分なりに、どこかに偏ることなく、その技術がどういうもので、どんなふうに成り立っていて、どんな感覚になれば使えるようになるのかを勉強してきたつもりです。

なので、順番に並べることも挑戦しましたが無駄だと知り、むしろ人によってニーズがあって引っ掛かって観られていくものだと思うので、あんまり自分で悩むよりも、どんどん出して行った方が良いだろうってことをやっと気づいたんです。

日常のレッスンの時間をどうやって切り盛りしていくかとか、全然考えないで一本目を投稿しちゃったんですが、なんとか週に2本くらいできるようにならないかなって考えています。

最初っからそんなにちゃんとは出来ないかもしれませんが、もうブログも12年くらい?やっているので、こんな風に続けられるようなものになればいいなと思います。

よろしければ視聴してみてください!

 

もし上手くこのページに貼られていなければ、「サーブ研究会」で検索してみてください!

なお、コメント受付中です!

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 08:56 | コメントをどうぞ

ラリーを続ける

テニスコートでネットを挟んだ相手とボールをやり取りする事を、ラリーする(Rally)といいますね。

車のレースにも、ラリーって言葉があります。これも、Rally。

その意味は、「生還する」という意味があるそうです。

車で過酷な状況に飛び込んで行って、「生きて帰ってくる」ということと、テニスコートで、自分の打ったボールが「生きて(?)帰ってくる」という事は同じなんだなぁと思ったので、ちゃんと辞書はひいていません(笑)。

 

まあなんにせよ、ラリーは続ける練習が必要です。

試合になったら、ラリーは早めに終わらせる努力をした方が良いものです。

なので、試合でない練習の場合でも、常にラリーを早めに終わらせる努力をしたものかどうか?というのはどうなんでしょうか。

ちゃんと決められるようなシーンを演出できたとしたら、ちゃんと決め球をコートにいれて終わらせるべきでしょう。

しかし、いつでもどこでもウィナーをとれる、と言うほど甘くもないのがテニスの試合だと思います。

ボールを打つ時に、ミスをしやすくなる条件として「リズムを失う」ということがかなり大きな要因としてあげられることがあるようです。

相手は、試合の時ほどあなたのことをリズムにのせないように、自分のショットが決まるように打ってくるはずです。

そういうショットを、あなたがまるで自分のショットを思ったように打つリズムを狂わせずに追いつけたとしたら?そう簡単にはミスをしないですむはずです。

要するにプレーヤーとは、自分のラリーのリズムを自分で知っておくべきだし、そのリズムってボールが飛んでくる時間だったり、バウンドの後のリズムだったりすることがほとんど。だから、ボールが動くのにある程度あっていなければ、プレーヤーの独自性っていうのは現れないと思います。ボールと打ち方のリズムとが合っていなければ、その人の方が先にミスをするってことになる確率が高いですし、そういう練習しかしていないとなったら、試合で自分のリズムに乗って何本でもショットを入れ続けられる相手よりも自分の方が弱い感じがするはずですから。

 

ラリーは続くように練習する、と言うよりも

「簡単に終わらせないように努力する」ことがもっとも試合の状況に近いものだと思います。相手のショットに翻弄されずに自分のコントロールを失わない練習。

自分だけが、相手の打ちやすい所にコントロールする、でもいいわけだし、双方が打ちやすい様にでもいいんです。そして、双方が勝つことを目的にラリーをしてもいいんです。

その目標が、「お互いに簡単に終わらせない」ということなら、コートの広さを十分に使え、構えも必要だし反応や判断も良くなければならないことが分かると思います。

 

先日、私のレッスンでどう見ても打つのは下手じゃないけどラリーになると思い通りに打てない人がいて、見ていると打った後の時間を上手く使えていない。要するに相手のショットに対してほとんどすべての項目が遅い。反応そのものも、ラケットを引いて準備するのも、打点に移動するのも、なんなら走ることさえも遅い。

そう書くと、その人がすっごいテニスが下手な人のようですよね。でも、実際はそんなでもないんです。サーブだってちゃんと入るし、何ならよく試合にも出ています。

だけどですね。まあ下手じゃないんですよ。だけどぜんぜん上手くない。ってこと。

それが、ボール打ったらほとんど自分のボールを見つめていて動きが止まっちゃうってことなんです。

それが良くない。

だから、ボール打つのはちゃんとできるんだから、相手が返してくるのに対応すればいいんですよ、っていう指導はもちろんします。最初にします。

その他にもいました。

回転のしっかりかかったボールを打ってくる。女性ながら、ボールに重さもあるし、教えた甲斐があるなぁ・・・と思っても、まだ半面のラリーまで。それよりも広い範囲には中々足が届かない。

多分この方は、相手が打ったのを見てからの反応は良いんだと思います。だけどやっぱり調子を崩すと、ボールがバラバラになってくる。

片方の方には、

「打つ時にバランス崩しやすいから、打った後に3歩、『ケンケンパ』ってやってみて!」というアドバイスを。ケンケンパの最後の「パ」はスプリットステップに相当するはず。

もう片方の人には、

「ラリー中の呼吸、どうしてますか?打つ前にスーって吸って、インパクトに合わせてフーって吐いてみては?」というアドバイス。

これ、まあそういう風に見えたから思いついたんですが、ドンピシャ。

いままで必死に一本一本のショットを追っているようなラリーだったんですが、まるで往復するボールの片側に居るだけで、ずっと往復が終わらないようなラリーになりました。

終わってから聞いてみると、

「なんかいつものラリーよりも、物凄い楽に感じました」と言ってくれました。

そうなんですよ。私も皆さんとラリーするとき、結構楽にやっているんです。

でもそれって、すごくうまそうに見えるんですよね。実際、そこそこのレベルのボールを打っている実感もあるでしょうし、しかもそれが中々終わらないんですから、やっぱりよそから見ても上手そうに見えます。

試合の時にも、「相手のショットを上手く返せる自分」をイメージするといいんでしょうね。

ただ、相手がどこに打ってくるのかを知りたいんだけどそこは諦めてる、という態度になれないと難しい。自分が打点に入るのであって、ボールが自分の方に来ることはそんなにないですから。

練習ではラリーは「終わらせない」

試合では「勝つように」ボールを打つべきでしょうが、その練習によって自分のボールは「常に入る」ことを自信もってできるでしょうし、相手が返してくることには「慣れている」から、決まったはずのショット!ではなくて、「もし返球されてもこちらが優位」なことは変わらないように打てばいいんです。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 13:51 | コメントをどうぞ

腱板損傷やや深刻化

肩の痛みが出たのは、2年前の3月末でした。忘れられない。

以前にシングルスで対戦させてもらった他校のコーチが遊びに来てくれて、夜のレッスンが終わった後に「ちょっと打とうよ」っていってコートで打ち合っていた時に、肩の高さ位のバックハンドを振りぬいたときに、激痛が走りました。

ちょっとその後右腕に力が全く入らないくらいで、ぶらーんとしてしまったので、「ごめん今日はもう帰るわ。。。」って言い残して帰ったんです。

忘れられないので、あの時のバックハンドを「メモリアルバックハンド」って呼んでいます。

。。。なんて、笑い話にしていられたのも、それほど悪くなかったから。

整形外科さんで受信したら「腱板損傷だね」っていわれて、耳慣れない言葉だったので「?それってどういう…」と聞き返したら、「肩のネンザみたいなものです」っていう説明。

簡潔には分かりやすくてその時に納得したのですが、良く帰ってから調べてみると、「肩」という間接がかなり複雑な機構になっているところで、「ネンザみたいなもの」といえば「みたいなもの」ですが、足首などの物とはちょっと違うようでした。

特筆すべきは、「放っといて治るものではない」ということ。

私の場合、足首はグキってひねっても、よほど腫れでもしない限りはお医者さんにも行きません。(自慢する事じゃないけど)山登りをしていた時に、けっこう腫れるくらいのネンザをしたことがあったのですが、当然医者などに係れるようなところもなく、その後合宿はあと一週間続く、という状況でして、気合で何とかしないといけない状況でした。

そしたら幸いにも登山靴っていうのが足首をがっちりサポートしてくれて、さらに翌日ののぼりが結構きつくて、靴を蹴り込むようにしながら登っていたら、なんとその日の終わりには腫れも引いて痛みもなくなるっていう。。。それで自信をつけたっていう。。。

ただし、今回の肩は、部分的に断裂している腱は再生しない、という事を教わりました。

それでサーブのフォームを見直したら、かなり合理的な体の使い方っていうのがあるっていうことに気づいて、それで自分のサーブの調子もよくなり、もちろん48歳にして人生最高威力のサーブをコントロールされた状態で手に入れることに成功したんです。

 

。。。と思ったらそれから2週間で肩の痛みが倍増し、サーブはお蔵入りになりました。一日10本程度までは無理すれば打てますが、それ以上になると翌々日くらいまで痛みを引きずる事に。

こりゃあ手術するしか再建の道がない。。。と背中に汗をかき始めたんですが、良く調べてみると、まあ今すぐは無理。

お金もかかるし、なにしろ半年くらい復帰できない。そうするとその間の収入って。。。ということになって今はだましだまし使っている肩です。

 

何かいい治療方法はないか。。。あれば飛びついちゃうかもしれません。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:29 | コメントをどうぞ

アンディ・マレー今季限りで引退

Andy Murray announces his retirement

youtubeのトップページを開いたら、こんな文字が目に飛び込んできて、その目玉がとびでました。

マレーは今季限りで引退。可能性としてはこの全豪が出場できる最後の大会になることもあり得るそうです。

会見の会場に上がり、着席しても落ち着かない様子のマレー。しきりに顔を伏せようとしたり、帽子のつばを何度も触ったりして涙をこらえている様子でした。

こらえきれずに席を離れ、バックヤードに一瞬姿を消しますが、ほどなく出てきて

「sorry」と告げた後に、衝撃の発言が。

英語は聞き取れないので何言っているのか理解はできませんでしたが、20か月間もツアーから、テニスの試合から離れて長い間ずっと考えていた、というようなことを言っていたかと思います。

マレーの現在のランキングは230位。予選カットラインぎりぎりのランキングですが、おそらくワイルドカードでの出場でしょう。初戦は22シードに入っているバウティスタ=アグとの対戦になります。(…と思って発表になっているドローを見たら、ワイルドカードではないようです)

数年前には背中のけがで欠場したこともあったと思います。2016年の最終ランキングで一位に躍り出てからほどなく、彼は腰のけががもとでツアーを離れました。

その年の年末に、ニューヨークでエキシビションに出場したマレーは、フェデラーとの試合を観客の前で披露しましたが、かつてのプレーは見る影もないものでした。

昨年末にはツアーに復帰し、初戦を勝って2回戦で負ける、というようなニュースになりそうでならないところを見たりして、頑張っているんだろうけどマレーはもがいているなぁ、と思いながら聞いていました。

昨年の前半、肘のけがから復帰したジョコビッチがそうやって這い上がってきて、終えてみればウインブルドンと全米のダブルクラウンを獲得するカムバックぶり。

マレーにもそのチャンスというか、セカンドサクセスのストーリーが待っているのかと思っていました。

BIG4のなかでは、最も日本に来てくれているのがマレーでした。

有明で見た本物のマレーは、練習コートからカートに乗って戻るところだったりというシーンもありますが、衝撃のダッシュが忘れられません。

相手はカルロビッチ。

サーブ&ボレーを軸に有明の速いコートで、初戦となる二回戦で、カルロビッチからの強烈なアプローチに、バックサイド後方へ猛然と拾いに行き、スライスで返球したと思ったら、カルロビッチのボレーを見ている間にもうセンターに戻っていました。

いつ走っていたのかわからないくらい速い。私の記憶回路の中では、瞬間移動したようにしか感じられないあっという間のダッシュでして、忘れることのできない衝撃のシーンでした。

それまで、生で見たなかで速かったのはフェレールだったかな。。。その対戦相手は錦織圭。錦織も驚くくらい速いですが、同じようなシーンで、打ち方の違いのせいか、打点に入るのにフェレールのほうが1歩余計に使えるような気がしました。

だけどマレーはそういう感じじゃなかった。そんな遠いところまでボール追えるの?っていうくらい有明のセンターコートの端っこまで走る男でした。

もう、あのレベルを取り戻すことができない。。。そういう判断だったのでしょう。

あの涙。本人が一番悔しく、期待していたところが大きかっただろうな、と思わせる映像でした。

 

 

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 12:01 | コメントをどうぞ