カテゴリー別アーカイブ: 打ち方オタク

テニスの打ち方に対するこだわりを書くとこです
コーチとして勉強してるんですってアピール?

タッチと、パワー

タッチ系のテニス、というとパワーはそれほどでもないのね。。。と同時にパワー系、というと繊細さはないのね、なんていうイメージがありますね。

私がテニスを始めたころなら、プロ選手でもけっこうそういう雰囲気があって、テニス界の不文律?みたいなもののように固定された概念が出来ていたかもしれませんね。

とはいえ、現代ではパワーを繊細なコントロールで使いこなしているようなテニスが求められていますね。プロだけでなく、我々のレベルでもやっぱりそうなる。

ゲームのシーンで何をもって「武器」とするか?を考えれば、引き出しというか、防具も武具も必要なんだろうってことですよね。それでいて身軽、っていうか。

キリオスとかのネット際のタッチ、もの凄いですよね。。。サーブも220キロオーバーで打てて、ストロークもベースラインからエースが取れて、ネット取ったらネット際20センチくらいの所にドロップ落とせるって。。。

レンドルは出来なかったと思いますよ(笑)。

 

さて、そんなこんなで色々と考えていまして、ストロークのコントロールってやっぱりタッチの良い人のモノだよなぁと。

それでパワーを載せる方法もあるんだし、という所。

その答えが、「コンパクトな」スイングってことだな!という事でつながって参りました!

スイングにはインパクトを境に、フォワードスイングとフォロースルーに分かれます。

とはいえ、動きとしては一つの連続した動作。分かれますといっても、分けて考えているだけの話。それぞれの動きは関連し合うもので、別々にはならないはずだし。

そうはいっても、スイングの最大の焦点はインパクトにあるはずですね。

そうなんです。インパクトの動きに集中することで「コンパクト」になるんです。

そういう言い方がねー。いままでできなかったなぁー。

スイング全体を引いて、止めて、振る。。。みたいな教え方を昔はしていたような気がしますけど、やっぱりどう考えても応用力のある人が勝手にそこを脱して初めて上手くなっていく、様なところがありますよね。

そうじゃない人がどうしても「打ち返し方」で悩むような...

 

まず、相手の飛球には打点で狙った方に打ち返す型の、最小単位が用意されるべきだと思います。

時間的にゆとりがあれば軸足にシッカリ乗って体重を乗せ、スイングを大きくしてさらにパワーが出せると思いますし、相手が攻撃的にその時間をくれなかったとしても先に打点の最小単位は出せるわけですから、対抗策にはなるはず。

そこいらへんの自由に動けるゆとりを持てるようにする事が、コンパクトなスイングを手に入れよう、という皆さんのご要望になるわけですね。

 

小さめのスイングをする、という事がコンパクトではなく、出来る最低限=失敗しないで自分のショットが打てる自信が持てる、というのがコンパクトです。

スイングの癖があるせいで、この言葉でわからない、という人もいるハズ。テイクバックの仕方、変えられませんか?

インパクトはいまある程度のコントロールが出来ているのなら変えなくてもいいと思いますが、「今はまだボールを打っていない」時間帯の動きを、意識して変える事は出来るハズ。

タッチと、パワーを段階的に手に入れるプログラム、つくりましたよ。

夏までにホームページを作ろうと思っているので、それが出来たら公開します。

すごく簡単だと思います。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:41 | コメントをどうぞ

スランプからいかに脱出できたか

3月のおわりに、2本使っている私の「SRIXON REVO CX 2.0」をポリガット仕様から一本だけ、ナイロンに張り替えて、気づいたらフォアハンドストロークの調子が悪くなっていました。

4月の1・2週はかなり落ち込んでいて、「あれっ、なんかおかしいぞ」と気づいちゃってから急激にどうやっていままでコントロールしていたのか俄には思い出せないくらいのレベルでスランプに。

まあ試合に出ている日常ではないですから、プロ選手でもないし死活問題って程でもないですが、毎日テニスをしている男としてはやはり焦ります。

それで、その時にどんな風に調子悪くなったか?というと

・見えているはずのボールと、持っているはずのラケットの接点(打点)のイメージがなくなった
・ラケットをスイングしてくる間の「時間」がなくなり体の動きにリズムがとれなくなった
・ラケット面がまちまちになり、ありえないミスをするようになった

私はライジンガー(ライジングで打つのが多い)人なので、バウンドに近づきすぎるきらいがあり、上記の症状なもので「じゃあよく見えるように下がって打とう」っていう発想でベースラインから少し下がって打つようにしてみたりもしましたし、しっかり回転がかかる感じがわかるように面を伏せ気味にしてみたり、または打点を前にとって伏せずにこするような当て方にしてみたりしましたが、そういう付け焼刃では余計に傷口が広がるだけで、何の打開策にもなりませんでした。

その時のミスは回避できても、何しろ自分の動きのもとになるリズムが壊れてしまっている感じでした。動き出しも遅くなったし、動きそのものもギクシャクしてきたような感じも体の中の違和感として感じちゃってどうにもラリーをしていて気持ち悪い。

その時は思いました。「いやー・・・どこ行っちゃったんだオレのフォア…」

ボールの見え方すらおかしくなってるってのが、自分でわかったのはまた驚きでした。

ボールを見る、という作業ですが、テニスがうまい人の見え方と、そうでない人の見え方は違います。そこに気づいてからは、私自身相手のショットがすごく強いときでも慌てずに自分のスイングエリアをボールのために開けてさえおければちゃんと間に合う、ということが多くなりました。

以前のボールの見方から、わかった後のボールの見方の差が自分でわかるようになって何年も経っているはずなのに、自分でそこがコントロールできない状況、っていう意味が分かりませんでした。

 

何度もブログに書いたことではありますが、私は選手だったり、試合に出続けてすごく強かった時期があるなどのいわゆるエリートプレーヤーではなかったこともあって、40歳を過ぎてもまだまだ自分がうまくなる要素も見つけられたし、体もまだ動くし感覚は上がっていくので、経験って本当に上達を感じる要素だなぁなんて思っていたんです。

その裏ではやっぱり48歳という年齢もあって、もうそろそろ上達はしなくなって下降線に入ってくるんじゃないかという恐怖もありました。

たしかに、足は若いころに比べれば遅くなったかもしれません。だけどポジションや相手とボールを見ること、飛来するボールの時間に対して反応することを意識すれば、まだ自分がへたくそになっていくような感覚ではありませんでした。

 

それが・・・一気に崩れた感じがした時って、やっぱり恐ろしく感じるものなんですね。

 

そんな大したレベルではないかもしれませんが、築き上げてきたものが失われていくものって、自分のアイデンティティの崩壊・・・大げさではなく、コレで飯を食っているわけですから、自信がなくなるとか、上手な人たちのクラスを任せてもらえなくなる(あるいは自分で身を引く決断をしなくてはならなくなる)ようなことを考えるととても恐ろしく感じたんです。

 

3月の終わりに描いた、ジュニアのキャンプのために作った資料の中の、このイラストに救われました。

ライジング図説このイラストは拡大できます。

ライジングでのボールのさばき方を図説したようなものなんですが、スピンが打てなくてスライスしか打たなかったところから、トップスピンがラリーの主になるようなテニスに変えてくれたのが、

「ボールを打ち上げてしまわないように面を伏せ気味にして、スイングはボール軌道の上側をかすめるようにイメージしてラインを合わせる」という基本に立ち返るヒントになりました。

 

ちなみに、片手バックハンドの調子がどんどん良くなってきたのとフォアハンドの調子が悪くなってきたのは時期を同じくしてのこと。

肩よりも上に弾んでくる、以前はすごく苦手だった高さのバウンドにうまく合わせられるようになってきていて、先にスイング軌道の角度を調整して待てるくらいの感覚がありました。そのぶん、フォアハンド側のターンが不足していたのかも、と思い直してチェックすると、軸足は伸び切っていたしラケットは肩と腰のひねり込みを無視して遠いところに引いてパワーだけを期待するような形になってしまっていました。

だんだんと自分のフォアが以前にどうだったか、そしてどうするとよくなるのかのビジョンが見えてきました。

 

スライスしか打たなかった時期の私の癖で、上半身をボールに乗っけるようにして打つために腰が開きやすいという特徴?がまた出てきていました。

レッスン中のラリーでしっかり打つことをせず、楽にスライスで安定したリズムが出るようなラリーばっかりしていたことも原因だったかもしれません。

すこしテイクバックをコンパクトにし、体の前にスイングスペースをとれるようにしながらもグリップ側を操作すればいつでもスイングが始められるようにしました。

ボール軌道の上を、自分のラケット面が通過するようなイメージでスイングするようにイメージして、微妙な角度にはこだわらずに何となくで打ってみながら、調整していくと、先にボールを見るという作業が戻ってきて、ボールがゆっくり見えるようになってきました。

 

あとは若いコーチなどに相手してもらいながら、乱打で自分のリズムを守りながら動けるか、フットワークのほうの課題です。

追いつくけどひねりがないようなときは、やはり深いボールを打ち返す時などには失敗してしまったりしましたが、もう答えの出し方はわかってきました。

そのおかげで、テイクバックの時の手の位置や面がボールを受け止めるときの形のイメージが明確になってきて、合わせる動きにゆとりが出せるようになってきました。

 

いいぞいいぞ、戻りつつあるな、と実感できるところまでこぎつけてきました。

 

おそらく、テイクバックの形が調子が良いときに手だけで合わせられるかなんかで、正しい形から変わってしまっていたのが大きな原因かと。

ナイロンガットに変えて、タッチが変わったこともその一因かもしれませんが、自分で調子が「悪くなった」とはっきり認識する前にその兆候を感じていたかもしれません。

スピンがかかりにくくなったとか、ショットが棒球?っぽくなってしまっていたような感じだったかもしれません。

 

もっとヌルッと、ストレスなくスイングやラケットの重みでボールの衝撃を受け止めて手に大きな衝撃が来ないようにする、というところが私のヒントになりました。

 

今日現在は、朝練をしているアルドールのコーチたちに混ぜてもらって、若いコーチたちと打ち合ってきました。スランプのころは打ち返すのにすごくエネルギーが必要な感じがして遠慮していましたが、今日は「かかってこいよ」的なコートポジションで楽しくプレーできていましたので、ほっとしています(笑)。

カテゴリー: 打ち方オタク, 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 15:06 | コメントをどうぞ

1年か、2年かかる

スイングの要素は体の各部にあって、分解する事によってその効果とか順番とかがあることが分かってきている、という私の研究成果なのですが、それらに一般の方がいちいち詳しくなってもテニスが上手になるのとはまた別。

大事なことは全体の調和の取れた動きで正しい打点の感覚を得られるようにすることです。

「身体をフルに使って打つ」みたいなことは必要ありません。連続した動作にそぐわないからです。フルパワーだしてどこまでボール飛ばすんだってことにもなりますから、フルパワー使ってもまだコートに入るような非力な人ってどうかと思いますし、物凄いショットを打ってなおかつそれを入れる技術があるなら今度はその続き、相手が返球してきたときにどうTENNISするかが課題になると思います。相手のレベルは幾らでも上がる先があると思いますから、うまくなったらステージを上げていけるといいんだと思います。

さて、今回のタイトルですが。

プライベートレッスンをすると、ほとんどはマンツーマンのレッスンで、打ち方の悩みを聞き、それを解決する矯正法をおこなう、という手順になる事が多いのですが、その矯正法がうまくいったとして、それが定着するまではタイトルのように1~2年かかると思った方が良いですよ、というようにしています。

それは、対象となっている生徒さんのレベルがひどくてアンタだったらそのくらいかかるから覚悟しな、という意味ではありません。

これまでテニスを続けてきた中で、その人なりに築き上げてきたのがその人の打球法な訳ですから、それを書き換えるのは慣れて習熟していく必要があるという事です。
矯正法がうまくいったという事は、その人はすでにアドバイスを元に自分のフォームの中に何かの要素を取り入れたら悩ましい部分が改善した、という体験できたという事で、何が悪くなる原因で、手っ取り早く治すにはここに注意しながらスイングすると良い、ということが出来たという事。

つまり、コーチのアドバイスはその方に受け入れられたことになるわけで、生徒さんとしてもすごくむつかしいことをやってのけたというよりは「気を付けるべきポイント」をひとつか二つ、自分の動作の中に組み込んで成功したという事。むつかしくなくて出来るなら気を付けていればいいですね、というレベルの話だったと思います。

で、それを持ち帰ってレッスンでなく自分のテニスシーンで常に気を付けて出来るかどうか、という事。

たとえば確率の悪いボレーをレッスンで矯正して、その練習では確率がグッとよくなった、としても、現実に他の人とのラリーや、ゲームのシーンではやはりミスも出ると思います。

打球技術は、相手のショットが放たれてからの短い時間に判断や反応をした後にできる、ほんの少しのポイントに気を付ける事でいいはずなんですが、それをそのように実践のシーンで成立させるには構え方や反応の仕方にも影響が出ないと、レッスンの効果として実感できるほどのものは無くなってしまうと思います。

つい、普段のリズムで構えて反応すると、矯正前のフォームに戻ってしまうのは、筋肉に記憶があるからです。書き換えるには時間も回数も必要です。
クセ付けをし直さないといけないわけです。

プレッシャーがかかる状況というのも、つい以前の打球法に戻ってしまう原因の一つになり得ます。
とくに、力を入れてスイングを速くするようなタイプの人は、力があるので、動きを速くしてどうにかしようとすることになりやすく、一生懸命にプレーするときほど矯正された打ち方は身体に馴染みがない分出てこなくなります。

準備を速くする=テイクバックを早くすることなんでしょうが、そこで時間が余るくらいの意識をもつとか、つねにゆとりのある状況にできると、気を付けるのにもゆとりを持ってできるはずですが、ゲーム中にそのゆとりがないことの方が多いものです。

だから、元に戻っても、そのせいでミスをしても、それを思い返せることが大事なんだと思います。

「ああー、いま気を付けてなかったなぁ!」と思えたのが、ミスをした直後ならけっこう大丈夫。家に帰ってからじゃかなりマズいです。

「教わったのに、なんでできなかったんだ」と思うのはマイナス思考。
「よし、今度こそ!」がプラス思考ですね。

ミスをした過去はもう戻ってこないですが、この次に期待できるのなら、全然大丈夫。出来るとも思っているだろうし、きっと10球のうち何本かは成功します。

その成功例を増やす努力をし続けていくと、ミスをしないで済む確率が増えれば増える程意識しないでも出来るようになった証拠でもあるだろうし、レベルも上がっていると思います。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:29 | コメントをどうぞ

オフェンスとディフェンスについて

今日は短文になると思います。(珍しい)

それぞれを簡単に、テニスシーンにおけるオフェンスとディフェンスとを定義づけしたいと思います。

オフェンスとは

・次のショットも「攻め」でいけるようにすること
=たとえば、よりコート内に入っていけるとか

・相手が「良いディフェンス」をしたときにイーブンに戻るまではあってもそれ以下にならないこと
=つまり、打ったからといって「決まった」などと油断してしまわないとかその後の動ける範囲をきちんと用意できる、など

・次の展開のためのポジションがイメージできて、移動しやすい状況にあること
=まさかの時のゆとりも持ちながら、甘ければ速攻で次の攻めに移るよういができているとか

そうでなかった場合

打った後に先にコート内に入り過ぎて、思わぬ方向への返球に後ろへ下がっての対応をさせられる(逆襲された)

一発で決まってしまった(アタックだった)

 

ディフェンスとは

・その返球の後の「もう一本」がとれるようにする、または期待できる状況をつくること
=想定できる「捕れる範囲」を拡げて待てるようにした、とか

・良いディフェンスとは、「相手からの更なる攻撃」をさせない工夫のこと
=時間を長く使う為に深く返すとか、相手を走らせる方向へ打つとか…逆襲のための足掛かりになる

そうでない場合

逆襲したら決まってしまったり、攻撃に変わった(カウンター)

返すには返したが、もう一本はムリだった(最後のあがき=相手がミスる場合もあるのでムダではない)

ミスはいけないと遅い球で返したら、次で決められた(弱気)
 

ともかくも、「もう一本」のために動いているというのはテニスの中には必ず必要かと。
状況として「決まってしまった」というのがあったとしても、それはそうなりやすい状況の下で、という事が先で、どうやってテニスしたら点が取れる、なんて方法を先には論じられないはずです。テニスコートは走ってツーバウンドさせるまでの時間を遣えばそこそこ拾いまくれるので、決まってしまう状況というのは説明できますが、それを必ず作れる、なんてことはないと思います。

相手に上手く打たせないようにする工夫が出来る人がどんどん強くなっていくのであって、強いショットも弱いショットもそのなかで使う意味があるというのは、「その次に繋がる」という状況を作る意味があったという事だと思います。

その作った状況を活かせないとしたら、それはそのプレーヤーが未熟だったという事だし、そこんところが成熟しているプレーヤーってのもなかなかいないものなんだろうと思います。だって相手がすごければ、自分なりにやった事が活かせないことだってあるわけで、更なる工夫が出来るかどうかなんじゃないでしょうか。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:11 | コメントをどうぞ

回転のかけ方

今日は具体的なやり方を紹介、ってわけじゃないんですが、回転をかけると飛球が安定します。

というのは空気中を飛んでいく物体はその空気抵抗をまとっているわけでして、またスイングをしてボールを打つ以上、まったく無回転のボールを放つこともむつかしいもので、回転がかかってしまうのなら、意図的にかかるようにすることで、飛球軌道を狙った通りにしようというものです。

ボールを打ちさえすればみんなわかることだと思うんですが、ラケット面に当たったボールを狙った距離に落とすのって、むつかしい。

ラケットに当たれば手で持って投げるよりもスピードが出てしまうからですね。

そこで、回転をかける。

 

回転がかかるというのは、そんなにむつかしいことではないです。

グリップが先行して打点に入ってきて、そこからラケットヘッドが遅れてやってくるような形であれば、スピンであれスライスであれ、その条件を満たすだけで入ります。

要するに、手首でなす角をつくっておければそれでよい。

で、それをうまく実現させるための条件があって、

①インパクトでは面を維持できること

②スイング軌道と面の向きがあっていること

③スイング軌道がボール軌道に合いやすいようになっていて、入射角と反射角の関係を築けていること

といったところでしょうか。

IMG_2061

みぞおちくらいの高さでとった、ライジング気味のチャンスボール。若々しさのないフォームですけど、コートの端っこ狙って入るようなショットです。

写真加工してレイヤー重ねてずらして置いているので、体は全く移動しないでスイングしているんですが、スイング軌道はボールが上がってくるところを上から押さえつけるようなところを斜め上方向に駆け上がるように通っています。

ボールはこの写真で左上に向かって跳ねていっているところを、スイングはその頂点までいかないうちに右上方向に向かってラケットを通しているわけです。

面はネットを余裕で越えるところに向かって入射角に対して反射角でそこへ行くように作っているわけですが、フォワードスイングにはいるところで面を伏せていますね。

そこから打点までは約束通りに通せば狂わない、という自信があるスイングになるように腕の形を決めておくようにしています。

 

ボレーでもそうですね。いや、ボレーこそ回転がナチュラルにかかるような面でないと、ゲームで信用できない武器になってしまいますね。

ボレーはなるべくピンポイントへのコントロールができるかどうかはカギになってくるので、ラケット面とボールの関係を手で持っている感覚で自由にできるように、薄いグリップで持てるようする必要があります。

厚いグリップでボレーできている人も結構いますが、こと「ピンポイントに」と「フォアバックどちらも遜色なく」という条件には当てはまりません。単に「打てる」というだけのこと。ただ、一本で決まってしまう、という要素のボールは打てますから、単純に厚いグリップのボレーはダメだ、とは言い切れない部分もあります。弱点があることは確かですが。

 

ボールにブレーキがかかる、という意識でいいと思います。

それで、ショットをコントロールする。

 

 

 

同じパワーでスイングをしたとすれば、フラットよりも回転がかかったショットのほうが球速は落ちます。それは当たり前のことで、回転がかかるということは、スイング方向と射出方向のズレを生んでいることになり、スイングのベクトルは狙った方向に全部が向いているわけじゃないので、速度の成分は減っていくわけですから、物理的にも正しい。

ただ、世の中にはそんなに速度を落とさなくてもしっかり回転のかかったショットをコントロールしてくる人たちがいますね。

それはそれなりに感覚的にスイングは回転方向に出しながら面だけをボールの真後ろからひっぱたくような当て方にすることもある程度できるということなんでしょう。いわゆる「ボールをつぶす」というやつです。

「ドシッ」と当てて「ぎゅるん」と落ちて行ったり逆に伸びてきたりするようなやつ。

スイングをただ速く振るような力の入れ方をすると、どうしてもできないものですが、ある程度腕をリラックスして、関節の動きをうまく流れに乗せられるような人なら、言っていることがわかるんじゃないでしょうか。

 

 

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 11:59 | コメントをどうぞ

操体法

うーむ。。。

うまく言葉にできないでいることがあって、テニスに限らず「カラダの動かし方」を○○理論、なんて言ってどこかを強調したようなものにすることに、納得もするけど違和感も感じるわけです。

骨盤とか肩甲骨とか、あるいはどこそこの筋肉だとか?

その部位は確かに使い方がうまい人が効率よくパワーを引き出せるし、そのおかげでショットが良くなったり、プレーそのものが楽になったりすると思います。

なによりその理論には根拠があって、間違いなく正しいものであるはず。

だけど、私がテニスコーチをしていて目にするのは、もっと「それ以前」の状況で悩んでいる人たちです。

人間、骨格のおかげで動きのもとがあって、それらは筋肉というバネとかゴムのようなもののバランスで立って歩いています。神経はそういったバランスを制御しつつ瞬間的な反応を、脳を通して行うものも、脳に伝達されずに行われるもの(脊髄反射)もあります。

ようするに、意識下で動けるものだけで体を動かしていないんですね。

それぞれの関節に人間の活動に即した働きの方向があって、テニスというスポーツ独特の動きもふくめ、それらの動き方の特徴をうまく利用するほかない・・・というか、そのようにできる人がとても「自然な動き」に見える振る舞いで美しく打球動作をするんだと思います。

 

 

神経も扱いになれるほどにレーダーのように予測した動きができるようになっていて、空中で速いスピードで動くテニスボールをラケットの真ん中にしっかり当てられるようになるだけの成長していく、すごい機能があります。

 

たとえば速いサーブをうまく打ち返せるようになったり、ライジングでもボールをうまくいてるようになったり、バックボレーの当たり損ねがなくなったりなど、初心者のうちにはできなかったことができるようになるってことです。

 

ある人はボールを強く「打つ」ための方法を論じたり、またある人はボールを「捕る」ような感覚で、とアドバイスしたりします。どちらも正しく、視点が違うだけのことですが、テニスに不慣れな人だったり、片方だけを取り組んでいて発展途上の時に言われたら戸惑うんじゃないでしょうか。

指導者としてコートに立ちながら、自分自身もそのアドバイスがその人に適したものかどうか、正しく判断できているかどうか不安な時もありますし、過去の自分を振り返れば正しくなかったこともあったかと思います。

もちろんその時にはその生徒さんのテニスをよく見たつもりだし、自分の知識を総動員して真剣に考えた末に言っていると思います。だけど、自分が何かのマイブーム的なものに取りつかれて偏っていたり、単純にその後よりも知識が足りていなかったりしたためにいまから思い出せば、ということになってしまっているわけです。

 

 

 

 

カラダを操る、ということについて私の考えは、全体の調和をうまくとって、再現性の高いプレーを目指せるようにしよう、ということを目的に考えていくんだということです。

つまり、より良い一打を放つことよりも、自信をもって打ち続けられるプレーを、ということです。

試合をしていて、自分なりに放った「より良い一打」も、けっこう相手にとられるってことなんですね。その一打は緊張とともに成功させたかけがえのない一打だったのに、もう一度同じクオリティのショットをまた違う場所に打ち込むのは勇気がいるってことなんです。自分では決まってほしかったショットが返ってくるほどめんどくさくて、その次がむつかしく感じるものはありません。

そして、試合中に「完璧なフォーム」を忠実に再現しきるだけのゆとりが出ないことがほとんどです。

 

じゃあ、うまい人はどうやってんのか?ってことになりますよね。

 

ラケットの感覚がいいんです。

 

ボールに近づける「合わせ」が感覚的に正確で、狂いがない。

だから、相手の球が速かろうが遅かろうが、自分の感覚でとらえられたボールには裏切られることがないんです。

ラケットに当たったボールがどのくらい飛んでいくものなのか?

当たったら出ていく方向を事前に察知できているか?

スイングの形を変えて対応することが可能なのか?

ラケットと仲良くなってからじゃないとわからないことも含めて、徐々に感覚を上げていく、という練習をして、ラリーの中で想定できる範囲はプレーのカバー範囲に入っているということにしておければいいんだと思うようになりました。

できないことはできないし、できることを最大限しっかりやり続けるしかない。

自分なりの感覚の中でスイングを確立する

また、そのスイング自体が発展性のあるものにする

コーチとしては「打ち方」を指導するときにその二つにはとても注意が必要だと思っています。

手のひらの感覚のようなラケット面に、サポートを強くできるのが体の役目。

身体の使い方、というのを先に考えるのではなく、感覚的にそっち方向にこんなショットが打てるのなら、パワーを上げるにはこう、回転量を加減するにはこう・・・などといったプラスアルファを与えられるものとして説明ができれば、と思っています。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 23:17 | コメントをどうぞ

フォアボレー

ボレーのタッチの感覚が分かってくると、フォアボレーで悩む人の方が多くなってくる?ような気もします。統計を取っている訳じゃないので、あくまでも個人主観での感想ですが。

ストロークの面を理解して、ボールをラケットで扱う事が分かっていても、ボレーのクリアなコントロールというか、当たった感覚はストロークのグリップでは得られないと思います。

クリアなコントロールの感覚って、コートの隅っこをピンポイントで狙ったらその通り打てた、というような感覚です。

上手い人ほどボレーは「捕球」の感覚というと思いますし、それには私も大いに賛同します。

ただ、コーチとしてそういうコメントをすると、「よくそう言われるんだけど、そこがよく分かんないんですよ・・・」というご意見も聞きます。

ボールを「打つ」という動作が、強い衝突によって生まれる飛球を期待した動きなら、野球のバットで強く振ってホームランを狙う、というようなイメージに近い動作になるかもしれません。

棒状の打具(バットもそうだしラケットもそうだし、ゴルフクラブもそうですね)をつかってモノを飛ばす(まあボールが対象ですが)という動作は、それぞれのスポーツによって打っていい範囲が異なります。だけど「打って飛ばす」という動作は共通のもので、腕と打具の振り子がつくるエネルギーをもとに使っている部分があります。

振り子の原理というと、重力に頼った縦方向の動きを連想しますが、その振り方向は自由にできるはずです。縦でも横でも、振り始めた腕が連れてきたラケットがその勢いを借りて加速していく、というのが手で持って投げるよりも打具を使って飛ばす方が強く飛んでいく、という事になります。

 

脱線しかかってきたので戻しますが、私が理解したのは、テニスのスイングはテニスのスイングという型にはめておいて、振り始めてから振り終わるまでの型が一定するとしたら、一定の打点で打てる場合には何度でも狂いなくそこにボールが飛んでいく、という事です。

で、一定の打点で打てない要因がテニスにあって、相手の打球がそこにいつも来るわけじゃないってことと、もう一つ人間の行うスイングだから寸分の狂いなく再現する事はむつかしかろうという事もあります。

それで、スイングの型にはめられそうなら、打点と思しき位置でうまくラケットでボールを捕まえるような感覚があれば、スイング中に上手く捕まえる=ラケットの真ん中に当たっているという事になって成功率が上がるだろうと。

スイング中にボールを上手く捕まえにいく。スイングの型を崩さずにそれが出来るなら、狙った方向へのスイングをしていてうまく打点に合わさった、ということになりますね。

 

さて、その「打点」の位置がこれでいいのかどうかわからない、というのが悩みを持つ方の大半のご意見だと思います。←いやー、ここまで前振りが長かったけど、今日の本題はここから。

 

プライベートレッスンを受けて下さっているお客様に、黙って実験をしました。先に説明をしてしまったり、私自身がやったりするとその仮説を再現しようとして嘘っぽくなるのを防ぎ、行ったのは・・・

右手でボールをキャッチして、そのまま投げる。

というものです。少し高めに送球したトスを、右手でまずキャッチ。そこから足は動かさずにまっすぐ投げ返してもらいます。

動画を取って検証するのに、分かり易くするために「捕ったあとその場で投げて下さい」とお願いしておきました。

個人のお客様なので、写真にして出すのはちょっと遠慮させていただきますが、そこで私とその方の二人で確認したのは、

捕球時にボールが手に入った瞬間

投球時にボールが手から離れる瞬間

は同じ位置で行っています。

それは、私がたぶんそうなんじゃないかな、と思っていたことを検証するための実験で、動画から静止画を切り取って比較しても同じ形になるので、仮説は正しかったことになります。

この実験では二つの事を順番にやってもらう(捕って・投げる)でしたが、ラケットを持ってやれば一つの動作ですね。

ラケットに当たったら飛んでいくように扱ったラケットが、ボールを捕りやすい位置で振られていればいいんです。

ラケットは当たりやすいように使われていて、当たった瞬間狙った方に飛んでいくように準備されている訳ですね。

すでに狙いがあって、しかもすごく当たりやすいように準備している訳ですから、とても簡単です。

ボールをよく見て、引き方や打点の位置や、振っていく時の面の角度などに細かくこだわっていても、結局は打点て一瞬の事なので、むつかしくこだわっても成果が少ないかもしれません。

もともと高い技術やそれを扱うゆとりのあるレベルの人が、もっと細かい感覚にこだわっていけばそれなりに技術を高められると思いますが、そうでなければ、なるべく簡単で成功率が高くなったことを「上達した」ととらえてくれると思います。

で、簡単にできるとなったうえで生まれるゆとりがプレーに幅を与えてくれるようになるので、その先の上達はその先にまたできやすくなります。

上達とはゴールがあるようでまだまだ届かない、という気持ちになるものなんですね(笑)。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:24 | コメントをどうぞ

乱打練習

乱打。

好きですか?嫌いですか?

私は乱打、好きなんです。自分に求めてるものがあって、乱打しながらその状況になるのを待ったりします。

乱打が嫌いな上手な人って、ゲームにするのが好きな人。こういう人は自分に戦術があって、できることをゲームの流れで確認したいんだと思います。勝負している、というプレッシャーは生で感じられますし、ポイントを取る為のラリーって独特のリズムやテンポがある。

このところ、私のテニスコートでのテーマは、「リズム」と「ニュートラル」です。

自分自身もそうだし、生徒さんにも課題として課しています。

出来るかどうか、っていうお題じゃないですよね。意識し続けられるか、というもの。

リズムを大事にしているので、私は乱打がしたいんだと思っています。

乱打って相手との共同作業ですが、自分のペースでリズムよく打てる人とは、長くつながります。相手のリズムに合わせながら続くようにすることも出来るし、速いペースや遅いペースに自分から課題を作って自分の思った返球が来るように作る事も意識します。

打球の「間」を自分なりに作れるときには、ほとんど狙った通りのショットがだせる。

だから、相手のショットからその「間」を取り出せるかどうかが乱打からだったら、いろんなことを試しながら自分をボールにアジャストさせていくことができるようになります。

 

だから、その後にゲームも必要になります。サーブや色んな球種のバウンドに合わせながら自分の思ったような展開が作れるかどうかはとてもスリリングな練習になるし、さっき書いたように、リアルなプレッシャーに晒されていると感じながらプレーを楽しむことができます。

知っている相手、何度も手合わせしたことのある相手とのゲームでも、それなりに戦略を使って考えてプレーしますし、初めてお相手してもらう相手には、なおさら観察してプレーを知る必要が出てきます。

そのときに、必要なのは目で見ること以上に、自分のプレーがアジャストするかどうかですから、リズムは非常に大事な要素になります。

アジャストしたからといって、適当にオープンスペースにガンガン打っていったところで、やっぱりミスをしますね。狙っていくのは広いコートの端っこになりますから、どうしても精度の問題が出てきます。

そこを狙ってもコートの枠内に収まるようにするってことは、攻めるショットだからといって思いっきり打つのではなくて、絶対に入るように打つこと。ゆるく打てば入るような気もしますが、力を抜くっていう事ほど難しいことはない。

ボールをしっかり見る事も正解ではありません。自分の形にし切ること。自分が崩れるのは、速く決めちゃいたいとか、その続きを考えないで打つから。

普段のラリーで余計なミスをしないのは、入ったショットのその次の為に構える事も出来るリズムがあるからです。

勝ちに行くけど、決まるとは思わない、くらいの方が私にはちょうど良く、乱打の中で出来るリズムをよりシビアにしながら待つように心掛けています。

なので、攻めているようで手堅い、守っているようで強気、という感じでニュートラルを意識した練習が役に立ちます。

どちらも自分のショットとして完成した形でさえ打てれば、そのシーンは活かすことができるかもしれません。

きちんと踏み込んで、タメを作って・・・っていう完璧な形が出来ればいいですが、ディフェンスの時などはそんなこと言ってられない時もあります。

だけど、ラケットとボールが当たる手ごたえだけだったらどうにかなるようにしたいものなんです。自分の信頼できるタッチでボールが触れそうなときは、出来る限り次に繋がる為のいいショットになるように当てに行きます。

乱打、というのはお互いに繋がっている方が楽しめるものですが、抑揚は無いわけではないですね。かならず「思ってもいないようなショット」が言っちゃうことがあって、一定のリズムを続けられなくなってきます。それを元に戻すのも、自分のペースってどんなものか知るいいチャンスだと思います。

そういうときがニュートラルを意識する時ですね。

ゲームで役立つのは、苦しい場面でも打点を自分のモノにする癖がつくってことですから、繋げるための乱打でも、常に狙った通りのショットを描くようにすることでパスを抜くようなシーンでも自分のショットが信頼できるタッチが出せるようになると思っています。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:25 | コメントをどうぞ

リズムを変える

前回記事にでてきた、B・ギルバートの言っていた、「リズムの無いボールを打たせる」って、テニスができるようになればなるほど意図的にそれをするのが難しいように思えます。

打つのがうまくなればなるほど、自分のリズムでボールを打てるようになるわけで、打球動作に狙い通りのショットが打てるリズムがあるってことは、ボールにもリズムがのってしまう事になる。

だから、自分のショットの「打ち損ね」みたいなやつの方がリズムは崩れているはずで、それを意図的にってのはけっこう難しい。

・・・自分からしてもそうでしょうし、相手側から見た時にやっぱりそうなんじゃないかと思います。

 

バックハンドを攻められた選手ががスライスで深めに打つと、球が遅くなっている割には相手がなかなか打てなくて戻る時間ができます。

ドライブでゆっくりした深いボールは、弾道が高くなるので、それが分かっているんだったらバックに強く打った後はネットを取りに行けば強くは打てない相手が高めの弾道のショットを入れてくることに期待が出来るってものですが、スライスの軌道は低くても深く打つことが出来るので、ネットを取ったからといってそこでフィニッシュという結末に結び付けにくくなる面があります。

落下しながら飛んでくるボールが、肩の高さよりも低くなると気って、あんまり攻撃的なショットが打てないものです。ドライブボレーをするには準備の時間が足りなく見える(弾道が低いと速い球にみえる)し、持ち上げて落とすにしても浅くなってしまっては決まらないかもしれない。スライス面でボレーカットするとしても、余計にもう一本プレッシャーをかける必要が出てきてしまいます。

そうするとスライスで切り返された相手としては、さっきの攻め球は無効化されたような感じにもなるわけですね。

これ、そう思って私もスライス得意なのでやるんですが、打ち頃のボールになって余計にひっぱたかれた経験もザラにあります。

リズムの良い球が行っちゃったんですね。

これには二つ、考えなきゃいけないことがあります。

一つには、自分の打つタイミング。ボールを落として自分の方に時間を作りすぎると、相手が十分に構えて打ち込んでくる体勢になりやすいものです。狙われた状態になってしまう、という事ですね。できればライジングというか、速いタイミングで遅い球を深く打てるようにすると良いんだと思います。

もう一つは、相手の前にはノーバウンドの落下中の軌道が迫ってくるように見えながら、前に行ってもせいぜいワンバウンドの地点とか、地面すれすれになってしまうタイミングで相手の前に落ちるような軌道が欲しい。

要するに高めに上がるようなショットを打ったとしても、タイミングが早ければ相手は軌道の高い位置に入ることは出来ず、後ろで待っていることを選択しても結構深く入ってきて、その割にはボールが(バウンドが)死んでいる、という感じにすることでさっきの気持ちよくはなった攻めボールとは違うリズムを要求されることになってしまいます。

そういう球がリセットボールになる。

つまり、もう1ラリー生き延びられるショットになります。もしも次に相手が返球を入れてくるだけにしてくれれば、逆襲のチャンスにもなります。

相手が攻めてきている状況でなくても、こういうショットでリズムを変えることをすれば、遅めの球を打つ以上コントロールにこだわれるようにして、そこを起点に自分の攻めパターンも作れそうなものですね。

私の場合だと、スライスを使うパターンとしてはバックに来た球を相手がベースラインの中に少しだけ入らないと取れないような位置にクロスへ返して、低いバウンドをすくいあげてくれたら自分から中に入ってその逆へスピンで高く跳ねる球を、なるべく遠くに入れに行きます。それで諦めてくれるプレーヤーなら何度も使えるし、それを拾うような相手だったらネットを取りに行きます。

 

攻撃の起点がフォアを狙う、と思われやすい、ズルくていい手だと思っています(笑)。

とくにフォアを得意にしている人のフォア封じに、バックの遠い所っていうのを前のめりにさせるっていうのは効果があるだろうと思っています。ただし勇気がいる。狙い打たれれば踏み込んできて強打されるとか、待っていない角度のショットで決められかねない。

まあ、うまい人はいくらでもいるので、そうなったらそうなったでそういう作戦を見せつつ他も頑張るってことにします。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 10:35 | コメントをどうぞ

ラリーのリズム?

時間と空間の話と繋がるものだと思っていまして、より具体的に体験している物かな、と思うのがラリーのリズムや、テンポです。

いまのところはコレの感覚が良い人が結局はテニスがうまく見えます。自力で制御の利く人は、きっと試合とかでも活躍できると思います。

球が速いから強いわけでもないし、粘り強いから強いってことだけでもない・・・いやいや、そういう要素を持っている人が、自分のリズムでラリーを支配できる時にすごく強い人な感じがするってこと?かなと思うようになりました。

リズム、ですから、ラリー中に途切れることがありません。体の中でそのリズムと同調できているとしたら、やはり打った後の動作や、打たれたすぐ後の動作が良い動きなんでしょう。

「休むな!動いてろ!」みたいなことをコーチはよくプレー中に声を掛けますし、私もそうしますが、それってそこの部分がかなり大事だからなんですね。

※           ※

読んだのはもう結構前なんですが、ブラッド・ギルバート著の「Wining Ugly」を読んだときに、彼の現役時代(最高でATPランキング4位)のプレーの中で、「リズムの無いボールを打たせる」とか書いてあったのが、何となく意味が分かるけど意図的にそうさせるのって難しいなぁと思っていたんです。

初心者同士の続かないラリーって、リズムがない。打つ方は一生懸命ボールに同調して打点を合わせてくると思いますから、それなりにリズムもあるだろうし、ボールがいったんラケットから飛び出したら相手コートまでの時間は設定されたようなものです。

問題なのは、構えている相手側の方。それまで「はーい、〇〇さん、いきますよー!」からはじまるボール出しのボールに覚悟を決めて教わった通りに動きをトレースしていくようになったばかりですから、相手が打つところのどこに向かって何を合わせればいいのか、そこから不安定なわけですね。

初心者から始めても、差が出るのはそこ。似たような運動経験のある人とか、そういうリズム感を持っている人は続けられると思います。コントロールは良くなかったとしてもコートに入れられたりとか。そうでない方の人が対応が遅れて、ちょっと大きいと差し込まれてボールが飛ばなくなったり、ちょっと短いとツーバウンドに間に合わなくなったりします。

 

走らないでだいじょうぶな距離でワンバウンドしたボールを上手く打つときと、走っていったところで同じように打つことは、リズム感がある人にとっては、ボールが飛んできて、弾んだらそのあとでヒットする、という事は同じことなんですね。

要するにボールの動きは自分から近かろうが遠かろうが、打ってからネットを越えてきてこちら側のコートで弾んで打てるようになる、という事は同じリズムに見える。

それが、自分の動きの中で消化しているだけの人だと、打つ前にラケット引いて、バウンドしたらボールをよく見て、今だと思ったら力を入れてラケットを振る、みたいな感じで動きを制御してるんだと思います。その中に「ボールの位置まで走る」というめんどくさいことをどうやって組み入れたらいいのかが分からない・・・というか分かるけど上手くできない?ってことなのかな、と。

 

 

上達した後でも、それと同じような、もうちょっとハイレベルなことで、やっぱり差が出る。

アガシが活躍してきたときに、その前の世代でクリックステインという10代で突然出てきて脚光を浴びた選手がいたんです。

練習コートのサーフェスが傷んでいて、凸凹していたらしいんですが、イレギュラーバウンドにすごく強くて、まるで普通のコートでやっているようにしか見えないアガシに対して、クリックステインはバランスを崩していかにもやりにくそうに顔をしかめながら打っていたそうです。

体幹がしっかりしていて、打点の幅がある事と自分のリズムを失わずに打ち返せることと、ライジングの目で見ているのでバウンドへの対応がものすごく早くできる能力なんかが、アガシにはとても高いレベルであったというエピソード。

自分の所にくるボールがいつどこに来るのか、その予測が正しいことと、柔軟に動ける細やかなステップ(動いていないように見えたとしても重心をシフトできるとか)で自分の位置にある時のボールを正しくヒットできるという事なんだと思います。

 

私もオムニコートが主戦場になって、最初の年はイレギュラーバウンドにけっこうやられましたが、視野を変えたり、油断せずに姿勢を保ったり、バウンドの変わる方向へも対応の利くスイングを覚えたりしていくうちになんでもなく返せるようになった部分はあると思います。

それって試合の時にコートサーフェスが変わるだけで上手く打てなくなっていた時代から見れば、私の中では大きく進歩したと思える事でした。

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 08:21 | コメントをどうぞ