試合の入り方

これまで何度も試合には出ましたが、試合の入り方を気にしていて、うまくできたのかどうかはあまり評価していませんでした。

というのは、試合前というのは少なからず緊張するもので、明日の試合のイメージをどうやって持つのか考えたり、自分のプレーを妄想したり、相手がどんなテニスをするのかわからない中、高ぶる気持ちをどこへ持っていいのか、正直言って持て余すようなメンタルの持ち主でした。

千葉県選手権に少しずつ挑戦するようになってきて、40過ぎてからですが、自分がどういうプレーヤーなのか少しずつ理解できるようになってきて、やっぱり「失敗って生きるなぁ」と思うことがありました。

きっと、人によって違うことなんだと思うのですが、ワタシの場合に限って言えば、

試合には、

「ネガティブイメージで入る」

方がいいような感じなんです。

ワタシのことを知っている人はわかると思いますが、基本、ワタシは楽天家。

中学生の頃からですかね。くよくよ悩んでいても、結局自分で答えが出せないってことがわかってからというもの、別の方向から考えればそんなに悩まなくてもいいことが多いってことに気づいてからは、一番最初にネガティブな発想をしても、それを覆すような材料を探して自分のことに当てはめて考えるようになったので、深く悩む前にやってみちゃって結果を見よう、っていう派になっていったんです。

 

だから、親とか、奥さんなどワタシの本質を知る人は、やっぱりマジメくんでネクラくんが元なんだってことがわかるんじゃないかと思いますが。

 

そんなワタシですから、試合にはネガティブで入れるようにドキドキしている方がいいんだと思うようになりました。

そのネガティブって、

「相手がすごい上手い人なんじゃないだろうか」とか

「いつも打ってるコートじゃないから、バウンドに慣れてないから…」

っていうことを考えるわけなんですが、そう思って本当にそうなっちゃって悪夢のような負け試合を経験したことも、もちろんあります。

けどまあ、この年までまがりなりにも毎日ボール打っている私が、それでどうにもならないような試合するようだったらもうどうしようもない、って開き直れるようになったってのが大きいですかね。

自分の苦手なシチュエーションがどんなパターンかわかってきたので、それにも対応がある程度きくようにもなってきてます。

テニスも変わりました。昔は打てなかったトップスピンが打てるようになったおかげで、苦手を克服する方策が立つようにもなってると思います。

そういった要素を持てているというのがかなり大きいので、あとはいつも通りやるしかないじゃん、って思うのが最近の試合の前の日。

それでも、リターンが返せない、とか、速い球に反応しきれない、などの警戒をすることで、必要な緊張をしておいた方がいいと思います。

シングルスの試合で、初日を勝って、翌日の試合の相手を見ちゃったことがあったんです。

いや見ちゃったって、別に普通偵察くらいするでしょうが、そこで考えすぎると自分に余計なプレッシャーをかけることにもなります。

できそうなことを考えて妄想するだけで、緊張が過度になり、翌日にうまく実行できなかった時にイライラしたりして余計にポイントを落としたりします。

集中したい、と思っているのに自分の中にある予備知識みたいなものに邪魔されて、その時にしなきゃいけない判断ができなくなったりするんです。

次の一点を取らなきゃいけないって時に、もっと自分に今できることでどうやって生き残って勝ちを取るか、ミスらずにミスらせるまで自分にかけるブレーキを持ち続けられるか、その辺ときっちり向き合っていかなければよい試合はできません。

大体の戦略を頭に入れておいて、具体的にどうやって戦うかは現場で素早く判断できるのが理想の試合です。

そのためにできることは、自分が最低限どこまでなら確実にできるか、ということを知っておくことです。

過大評価はダメですが、過小評価するくらいで、ワタシの場合はいいんです。

まずは一本しっかりリターンしよう、ってところと、そこには弱気ではなく手応えのいいインパクトと、確実にコートを捉えるタッチさえあれば、まずは上出来、と思っていなければいけません。

相手のショットにきちんと応えていけるなら、まずはじっくり打とう。

緊張して体が動かなくなることもありますから、試合の時は何しろコートを走ろう、って言ってボール拾いもダッシュでやります。

そのうちに自然と体が動くようになってきて、そしてきちんと集中していけるなら、悪くても「いい試合」になるはずです。

 

不甲斐ない結果、というのは避けたいところなので、余計なことや、欲張ったようなポイントでは自分を戒めて、集中を解かないようにしようと思います。

 

嬉しい勝ち

 

を経験させてもらったからこそ、その時のことを振り返ると最初にあまり意気込みすぎて空回りしていなくてよかったと思い出します。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 22:53 | コメントをどうぞ

テニスの歴史②日本のテニスの始まり

近代テニスは、イギリスのウイングフィールド氏が発案した「統一ルール」をもとに、ヨーロッパ各地域にあった様々なテニスのローカルルールをまとめて「ローンテニス」または「スファイリスティック」として紹介し、コートや道具、ルールについて定めているのが現在の流れを作ったもとになっているとされています。

前回は書かなかったのですが、ジュ・ド・ポームという遊びからテニスという名称が生まれるまでのことですね。

ポームは手のひらやグローブから、道具としてラケットが生まれてきて、最初はおしゃもじのような板で、そのうちフェイスに網が張られ、現在のラケットのような形になってきているようです。14世紀頃?にはフランス生まれのポームはイギリス・スペイン・ドイツなど各地に広まったそうです。

14世紀のイギリスの詩人が記した詩の中に「TENETZ」というスペルが出ていて語源になったのではないかと言われている、という説明があるのですが、どんな詩だったのかはちょっとわかりませんでした。

17世紀にあのシェイクスピアが戯曲の中にテニスボールなどの言葉が用いられていることがあるなど、その当時にはイギリスで「テニス」という言葉でこの遊びが定着していたという説があるそうです。

貴族階級は室内で短い距離(狭い空間)で壁などを利用したゲームをしていて、一般の人々は屋外の公園や野原で現在のテニスのように打ち合っていたそうで、この屋外のものが主流のものとなっていき、ローンテニスへと発展していったそうです。屋外のテニスを、類似の他の打球戯と区別するために「リアル・テニス」と呼んでいて、国際大会などの催しもあった中、先に書いたように選手の住んでいる地域の独特のルールに隔たりがあり、大会中に何度も問題が起きたことがあったことから、ウイングフィールド少佐がローンテニスの発案に至ったとか。

 

さてそんな、ローンテニスの発案は1873年の事。

日本は既に開国していて、神戸の外国人居留区には、1875年頃には既にテニス・コートがあったとされていますから、欧州ではかなり人気のあるスポーツだったのでしょう。

正式に日本に紹介されたのは1878年、となっています。この時にはアメリカ人教師リーランド氏が供してしてテニス用具を取り寄せて学校体育の一環として指導したとあります。

横浜に「日本テニス発祥の地」として未だに存在するテニスコート(横浜山手公園)がありますから、そこがそうだったのでしょうか。おそらく先に書いた神戸と同時期に、横浜に住んでいた外国人が公園の土地に自力でコートを作成した、というのとがあったのでしょう。いずれにしても、イギリスで発案されてすぐに日本にもやってきていたんですね。

当時は本国からボールなどの道具を取り寄せていたそうですから、かなり高額なものだったに違いありません。

日本国内でそれらを製作する力はまだなく、玩具用ゴムまりを作っていた三田土ゴムという会社にボール製作が依頼され、そこで作られたボールから普及していったのが軟式テニスになっていったそうです。

軟式テニスは当時の高等師範学校で体育の授業に取り入れられていたために、そこで習った学生たちが各地の学校に赴任して軟式テニスを指導する形になったために急速に全国に伝播していったということです。

日本では「軟式」と区別して「硬式」とされるテニスは、道具が高価で一般の人に普及しづらかったので、横浜のレディースクラブや、東京ローンテニスクラブ・軽井沢会などで細々と続けられていました。

慶應義塾大学が1913年になって硬式テニスの採用に踏み切ったことが、普及の加速に繋がりました。国際ルールでない軟式から、外国人との交流が増えている中で硬式を取り入れた第一歩は慶応大学が初めだったのですね。

デビスカップ(国別対抗戦)に参加するために必要だった、国が持つ条件として、1922年に日本庭球協会が創立されました。実はデビスカップ初参加はその前年の1921年に、熊谷、清水、柏尾の3選手が参加していて、条件を満たすために協会があることにしていたので、実際の創立式典の方が後になったそうです。

日本ではテニスブームは何度か訪れ、学校に普及していく段階や、試合が多く組まれるようになった頃から、ボルグの登場でファッショナブルなスポーツとして注目され、その後松岡修造さんや伊達公子選手の登場で再び火がつき、現在は錦織の大ブレイクでまた人気が出ています。

 

まあ、テニスうまいとかっこいいですからね。私もそこに憧れていまだに続けていますけど(笑)。

カテゴリー: むかしオタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:05 | コメントをどうぞ

テニスの歴史①近代テニスの始まり

ワタシたちがこれだけ親しんでいるテニスは、ボールを打ち合うところから紐解いてみればフランス貴族の遊びであった「ジュ・ド・ポーム(Jeu de paume)」を起源とする、という説で教わってきました。11世紀頃に修道院で始まって、その後貴族の遊びになったとか。

ポームは英語なら「Palm」で、手のひら、ですね。皮のボールを手袋をつけて打ち合う遊びだったとか。(ちなみに、Jeuは英語でGame。手のひらのゲーム、っていう訳でしょうか。フレンチオープンでゲームを取った時の審判のコールは”ジュー”・ニシコリって言いますね)

その、ポームの遊びが、手のひらから発展してラケットを持つようになっていって続いてくる、ということも歴史上はちゃんとわかっているらしいので、ジュ・ド・ポームが正しい起源とする「説」と言われても、もう我々としてはそれ以外ないんじゃないかな、と信じるほかありません。

 

さて、そんな貴族の遊びがテニスに変わる、というか、画一的なルールのもとで行う「スポーツ」として制定されたのは、提案者のウイングフィールド大佐という人が「lawn tennis(ローンテニス)」を発案してから。

世界的に似たようなゲームとして存在しながらローカルルールが優先されがちだったテニスを、特許をとることで統一し、地域間での差に悩まずに大会を催せるようになったとのことです。

それが1873年。ウインブルドンの第一回大会が1877年ですから、制定されて割と早くからあるんだなぁと思います。

ウインブルドンの最初の参加者は22人。優勝者はアーサー・ゴア。すごいですよね。歴史の第一歩を記した人になっているわけです。

最初のテニスコートは現在のものとは形も違うしネットの高さも違っていたそうです。

変更を重ねながら、現在のコートの姿になったのは、広さの面ではこのウインブルドンの最初の大会の時にはできていたそうです。

ネットの高さは1880年までに落ち着き(それまではかなり高かった=センターで0.99m,両サイドは1.54mもあったそうです)

サービスラインの位置もネットから6.4mになったのはこの頃です。

ウイングフィールド大佐の最初の考案でのコートはオリオン座のように中央が絞られた形状をしており、ネットの高さもセンターで1.42mもあったそうですから、ウインブルドンのおかげでコートの規格が決まった?のか?という感じに聞こえます。

サーブを上から打つようになったのは1878年の第二回大会から、ということでしたから、もっと後かなと思っていましたが勝つために上から打つようになったということなんでしょうか。(当時はスピードではなく回転をかけた変化球、という使い方だったとのことです)

1903年まではサーブを打つときはベースラインをまたいでなければならない、とされていたそうで、それを両足をベースラインの外側に置くように、と変更されたそうです。

サーブを打つときにジャンプして両足が地面から離れても良い、とルールに明記されたのは1960年となっているそうですから、そこから飛躍的にスピードのあるサーブを使えるようになったのではないでしょうか。

その後、道具はウッドからカーボンへ。さらに技術が上がってゲームは多様化し、その後またラリーがあることが重要なゲームになってきました。

 

カテゴリー: むかしオタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 22:36 | コメントをどうぞ

ボレーができないって、握りがわからないんだろう

ラケットはどうぐですから、道具の使い方もマスターする楽しみがあります。

最近、ジュニアの下のレベルのクラスの子たちにネットプレーを教えるドリルをよく使っていて、打ち方を教える前に飛んでくるボールにラケットの使い方をまず考えよう、って感じで速射砲ドリルを行っています。

 

小学生、それも中学年?の3年生とか4年生くらいの子たちの体格で、ボレーをうまくこなせる、というケースを見るのは珍しいことです。

でも、上手い子はいる。

感覚的なものなんでしょうね。うまく打てた経験を自分なりに活かして教わっている以上のことをする。

では、うまくできない方の、大多数の子たちは、教わった通りができていないのか?

まあ、確かにできていませんが、それは彼らが悪いんじゃなくて、コーチが悪いでしょう。

と言って、ワタシが教えれば一発でうまくなるんです、なんてことにはならない。

上達ってのは何事でも、経験を積んでいく上でのことですから、時間がかかるってことを考えて育てていかないといけないんでしょうね。

だって自分だってボレーがうまくなるまでにどれだけ時間がかかったか。。。

ラケットを軽々と扱えるだけの体力がついた15歳から始めて、30キロや40キロの荷物を背負って山登りに青春を燃やしていたワタシが、野球も小さい頃から楽しんでいて、ラケットよりもはるかに重たいバットを振り回していたワタシが?理屈ややり方は教わっても、教わった通りにできなかった時間が何年あったことか。

まず彼らには、ずっと球数を打ち込んでもらいます。フォア・バック・スマッシュの繰り返し。

リズムは一定で、休む間を与えずに、次々と3種類のボールが規則的に飛んできます。

 

不思議なことに、カラーコーンを置いてターゲットにしているのに、彼らのボレーやスマッシュは、ワタシめがけて飛んでくる(笑)。

なので、ワタシの球出しも、いい具合に散ります。(避けながら出してますから)

目的は、飛んでくるボールが見えているという状況で、手の中にあるラケットという「武器」をどうやって認識して扱うか、彼らの体の中の回路がつながるか、つながりそうな感覚が見えるくらいまで、何週間かやり続けようと思っています。

ワタシ、テレビゲームがすっごい苦手なんです。

小学生の頃から、インベーダーゲームで、100点いかない、っていう素質。。。よく笑われましたし、おかげでいまだにゲームは大嫌いです。

玉撃っても当たらないんですよね。ジョイスティックのタイミングと自分の体の反応が全く合っていない気がする…っていうか、動かしながら自分の機体の感覚が全くないので、やりようがないとすら思っちゃうんです。

自分の肉体でラケットを握りしめてコートに立って動いているからこそ、その感覚がわかるし、わかる以上自由に動かしてやろうじゃないか、って気にもなる。

それでテニスはハマったんです。

だから、無理やりっぽいけどそこへ連れて行こうっていう企画なわけですね。

腕を速く振れば、手首は緩みます。そしてラケットの動きは不安定になります。

ボールがラケットに当たれば、勢いでラケットが押されるような感じもしますが、振っているので手首が緩み、コントロールする感覚はないままにボールが飛んで行ってしまいます。

2分くらい、ずっと休みなく打っていれば、そのうち何球かはたまたまでもいいタイミングで力を入れた方に飛んでいきます。

それ待ちです。

ちょっとできたら、本人がわかると思いますから、それを連続で打てるとか、確率が上がるとか、そうなるまでは、ずっと同じようなドリルで、なにしろ考えている間を与えないくらいどんどん打ってもらうことにします。

 

もちろん、最初にはどんな感覚になるか、導入のメニューは入れておきますよ。

ラケットを振る、っていう動作が一つじゃないってことを体が知っていないと、ただの無駄な時間になると思いますから。

転がってくるボールを持ち上げるとか、ラケッティングで両面でボール突きしたり、その2タッチ目で相手のコートに入れるメニューなんかで遊んでおいてから、速射砲ドリルで素早く動いてボールに当てる、っていうつながりで、遊びからテニスになるように段階を経ておくようにしています。

包丁やトンカチだって、シーンによっては力の入れ方や、握り方を工夫して、うまく加減しながら扱っていると思います。

 

ラケットも大事な、感覚を表現してくれる道具です。

 

カテゴリー: 打ち方オタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 19:24 | コメントをどうぞ

感謝の1年でした!

まだ数日ありますが、個人レッスンの方もすべて予定は終わりましたので、ここいらでこの1年を振り返ってもいいのかなと。

年の瀬にふりかえるといえば、感謝するのは誰でも当たり前のことだと思うんですが、ワタシの場合、わざわざ年末にそれを表に出したりしないタイプ。

だいたいね、人に頼って生きているので、年末だからって改めて感謝ですっていうよりか、つねづね…そうですね…常々、ワタシに関わって下さった皆さんに感謝していない上手く生きていけないと思います。

もともとテニスコーチなんて、なにかを生産する職業じゃないですから、せいぜい一生懸命勉強して、それを人の役にたてられるようにしなければいけないものだと思っています。それも、役立てようとして下さるお客様あってのこと。いつもエラそうにしゃべるのは、そういう性分だから、キャラクターを理解して下さる優しい皆様に支えていただいていると思っています。

というわけで、お客様に感謝。

 

そして、今年は自分がこうやって生きていくこともできるんじゃないか?と思えるような出会いがありました。

オタク会議を始めたのも、自分がため込んだ知識を出したくて仕方ないのに、エラそうに知ってるからって上からしゃべるコーチってだけじゃ、煙たがられるので遠慮もしようって思っちゃうこともあります。

だから、自分がオタクであることを恥ずかしがらないくらいの場を作っちゃおうってことで、自分の周りでオタク談義が出来る人と仲良くなって、オタク会議を楽しもうと。

いつもAさん、と表記している荒張さんとは今年マブダチになり、もういつもいつも絡むのが楽しくて仕方ありません。

そうこうしていれば、夏にはラケットスタジオの坂本師匠がワタシの通勤路にお店を構えてくれて、ごあいさつさせていただいてからは人柄にも魅かれ、本当に師事させて頂けるように、ぐいぐい近づいていきました。何でも教えてくれて、朗らかで趣味の多い、あこがれの師匠です。

ぶら下がってついていくだけじゃなくて、自分の方に加速装置を付けて追いすがらないといったい自分が何者なのかにすら迷うような人だと思い知らされました。新しく興味のあることに勉強の目が向けられることは無上の喜びです。

師匠に紹介して頂いて、ストリングマシンも自宅に来てくれました。これからいろいろ研究したり、お客さんのラケットの張り上げを任せてもらったり、活躍してくれることと思います。

 

 

ワタシのこれまでのテニス人生って、徐々にレベルの高い知り合いが出来るようになってきて、打ち合ってくれる人が凄い球を打つ人になってきています。

それだけじゃなくて、経歴としてすごい人や面白い人がたくさんいて、話を聞いたりすることもとても興味深いものです。

これまでは風早くんがワタシの教科書代わりにお手本のプレーを見せてくれましたが、知り合いになったわけじゃないけど、あんなふうに打てるようになることじゃなくて、あんな球でもしっかり打ち返せるようになるには、という目標を教えてくれた、名前もお聞きしなかったけどお兄さんにも感謝です。

 

自分が気づいてそっち向きになれた、ってこともあるのかもしれませんけど、いつもワタシの生きていく道には、ちょうどいい時期に素晴らしい人が表れてくれて、たくさんのことを教えてくれます。

生徒さんでもそうです。自分ではいつも打ち方のことについて仮説を立てても、それを簡単には証明できないモデルがそこここにいてくれて、ワタシが考えていることはその中でも最も効率の良い、効果の出る方法を導き出してくれます。

 

来年は「ナガキ語」を日本語に変換できるようにすることと同時に、英語を日本語に変換できるように勉強すること、師匠の仕事をこっそり盗むこと、生活の変わるシーンで奥さんをしっかり支えられるように準備することなどを大きな目標に掲げて頑張っていきたいと思います。

 

読者の皆様にも、このブログを続けていく力を与えていただいています。有難うございます!

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 09:55 | コメントをどうぞ

グリップが合わない!

ワタシのマンティスは、折れちゃった方ともう一本の方(プロ310)は、ラケットスタジオのチューニングでグリップの型をウイルソンの3にしてありました。

で、一本折れたのと、やっぱり重たいんだよなぁっていう点がどうしても毎日のレッスンに負担がかかるので、軽い方のプロ(295)に変えて、新しく一本購入していました。

それがですね。

私には珍しく、どこもいじっていない状態で、違和感なく使っているんです。

普通に振り回して、どのショットも問題ない。

まあ、モデルが一緒の重さ違いで、ちょうどいいくらいに軽くなったんだから、使い心地が良くなっただけで、変わらないのは当たり前といえば当たり前。

 

アンストラングの状態でスイングウェイトは263でしたが、ガット脹れば増える。期待値は300くらいですが、未計測です。

けど、イイ線いってるんじゃないでしょうかね。だから測っていないんですけど。

 

とはいえ、今まで使っていた、重さに頼ったスイングからは、ちょっとくらいは調整が必要でした。

特にボレーは、相手のショットが強烈だとラケットを押される感じがしましたので、打点の位置や、手首の固め方などを、フレームからくる情報に従いながらちょっとだけ意識して練習しました。

5分くらいで慣れてきて、手の中の居場所が分かったように、もう考えなくてもそれができます。

ただストロークがですね…

大振りするような感じになると、全くラケットの動きが合わなくなります。

ま、普通に打ち合うのなら、もう慣れたんですけど、チャンスボールを、ちょっと難しいタイミングとかで打つと、もうミスります。

すべてネットにかかる(笑)。

てことは、自分は今までの体の情報通り、ちゃんと再現しているってことですね…

ブレないようにぎゅっと握って振ると、グリップが扁平(マンティスのまま)なので、薄い握りの厚めっぽい雰囲気(?)っていう使い方ができなくなったんですね。

説明がめんどくさいんでしませんけど、扁平だから、薄い握りは薄いように握っちゃうんですね。雰囲気持ち(?)を許してくれない(笑)。

ちょっと紙をグリップの中に入れて、今はゴマかしています。

もう一本、手に入るようなら、本格的に二つを揃えて、またチューニングしようかと思っていますが、もうちょっと我慢です。

 

 

 

蛇足ですが、もう一本の310は、折れていないんですが、新品のラケットフレームに比べると、やっぱりへたった感じしますねー。

こっちはエッグパワーとミクロスーパーで、打感が柔らかくなっているってのもあるから、ラケットスタジオのポリに張り替えてもう一回様子見てみますかね^^

カテゴリー: グッズオタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 07:16 | コメントをどうぞ

新しいのが届きました。

購入したラケットは、結局「MANTIS PRO 295」で、「Ⅱ」ではなかったんです。

で昨日、「Ⅱ」の記事を書いたと思ったら、もうラケットが届いていました。

ただ数字が違うだけだと思っていましたけど、スロートのところのロゴや機種名の表記が、シルバーなんですね。知らなかった。(310は白色)

まあ、まだ打ってもいないから使用感についてはまだなんですが、今回買ったのは、グリップサイズ3のもの。

購入時でグリップ3なんて、10代の頃?以来かも。でもまあ、いじるし。

マンティスのグリップの型は、HEADと同じだそうです。パレット式なのも一緒っていうのもそういうことなのかも。

HEADのグリップの型はSPEED型とPRESTIGE型があるそうで、マンティスはプレステージの方です。これは、より扁平な方です。

来てみたときの持った印象は、まあ当たり前ですけど軽いってこと。

軽いからトップバランスかな、と思っていたのですが、ストリンギング前ではむしろ良さげな感じに思いました。

早速、師匠のところに持っていって計測。

シュリンクを外し、ガットなしの状態で

重量292g

バランス317mm

RA60(!)

スイングバランス263

でした。

スイングバランスはガット張って増えるでしょうから、まあ参考に、ってことですが、RAは公称67ってことだったので、かなり柔らかい。

てことは、ガット張って重さが16g、オーバーグリップ巻いて5gですから、313gに。

振動止めつけて、ちょうど315g。

バランスをとりながらでも、ワタシの目標はあと10gの範囲で、いま師匠から借りている、オリジナルラケットと同じくらいの使い勝手になるようにしたいと思っています。

とりあえずの目標が、スイングバランスを300ちょうどあたりになってくれればなんですが、これは昨夜ガットを張り上げましたので、あとで測ってみてからですね。

あとは、フレームから感じる「スカスカ感」があれば、そこをなんとかしたいところと思っているのですが、ガット張ってオーバーグリップ巻いて、なんとなくの素振りでは全体が軽く感じた以外は特に悪く感じなかったので、もしかしたらバンパーを残すために軽量モデルを買ったのですが、まさかの何もせずの一発OKが出るかもしれません。

借りているラケットスタジオのオリジナルと振り比べてみましたが、やや、っていう違いが比べればわかるけど、気にしなければ同じくらい?っていう優秀さだったので、今日はこれで一日使ってみたいと思います。

フレームの柔らかさが気になったので、テンションが46pで今まで通りってので大丈夫かなぁと思っていますが、まあ打ってみなきゃわかりませんからね!

カテゴリー: グッズオタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 07:27 | コメントをどうぞ

MANTIS PROⅡって

ワタシのマンティスが折れてしまったのは、いろいろ話をしたら、いろんな人から「それ、メーカーさんに返しなよ!」っていわれまして、使用頻度も結構あるけど、言っても8ヶ月しか使ってないしなぁ。。。と販売元さんに連絡を入れて、送り返して判断してもらうことにしました。

 

で、新しいマンティスを注文もしているんですが、同じラケットではなんかちょっと重たいような気がして、いっこ軽い「MANTIS PRO295」にして、またチューニングしていくごとに重くなっても平気なようにしてみようってことにしました。

軽くするチューンって、元の重さがあるから、バランスとかを考えれば難しい方なんですよね。自分ではバンパーのカットくらいしかできませんでした。

ラケットスタジオに持っていけば、よくあるグリップのウレタンの中に鉄板やオモリが入っているものを取り除けば軽くなります。こないだ教えてもらったやつは、40gくらい入っていましたし、師匠の話ではもっと入っていたやつもあったそうですから、グリップ側ってのはだいぶ軽くできそうです。

 

ただし、ワタシの場合はトップ側が軽ければ今回の自分のマンティスのように総重量で340g前後までは使えるみたいなので、フレームで325gくらいまではなんとかなるのかもしれません。ただし、極端にトップライトに作っての話ですが。

 

さて、注文をした販売元さん(テニックさん)から、返信がきまして、

「MANTIS PRO 295 Ⅱ」でなくて良いですか?という質問がきました。

今年の秋頃に発売された、マンティス プロシリーズの新しいモデルです。

mantispro295-2_f mantispro310-2_f

 

左の赤っぽい色付きが295・右は310です。

 

写真が小さくてわかりづらいかもしれませんが、マットなブラックのフレームに、1時と7時方向に差し色が入りました。スロートにも入っています。

色のところには小さな「MANTIS」ロゴがゾロゾロっと並んでいます。

ワタシのマンティス・プロはこのロゴはありますがくらいグレーで、目立たないようにしてあるんですが、今回はここに色が入りました。

スペックはほぼ一緒ですから、モールドから特に変更はないのでしょう。ただし、295の方は、バランスが320から325へと変更になっています。

その他は一緒。

フレームのRA値も67で一緒ですから、素材も変わらないわけです。

うむ。

バランスを5mm、トップ寄りにしてるってことで、ちょっと手応えが硬くなるようなこと、あるかな?ってちょっと思いました。

素材はしなりの値のRAが変わりませんから、きっと変わっていないと思うんです。けど、頭が重くなってゴツって当たるようになったら手応えが硬いような気になる?かなって思ったら…

きっとそれはワタシが嫌いなはずなんですが、興味が出ちゃったんですよね(笑)。

マニアだから(笑)

でも、また1年使うラケットだから、冒険はしなくていいかと。

何しろ、師匠のところでいじってからのワタシの「チューンド・マンティス」とは違うはずですからね。

その後、同じ「プロ310」を買ってきた生徒さんや、こないだこの「プロ295・Ⅱ」を持ってきてくれた(試打用)お客さんもいましたが、ワタシのとはちょっと使い勝手が変わりますが、どちらも最初に抱くイメージは一緒でしたから、バランスのみの変更なのかな、と思っています。

 

カテゴリー: グッズオタク | 投稿者ナガキヤスヒロ 07:26 | コメントをどうぞ

ストリンギングはシンプルがまず第一

若い頃は、山登りに熱中していたんです。

最初の頃は、それこそヒマラヤだって行けるようになりたい!くらいに思って日々トレーニングしてたり、真冬でも半袖を貫き通して耐寒訓練?みたいなことをして、大学では体育会山岳部に入って、岩登りも雪山も経験しました。

先輩はヒマラヤに本当に行ったらしいんですけどねー(エベレストのサウスコルまで=8000m越え)

もちろん、こんな性分ですから、なんでも知りたくなっちゃうわけです。沢登りだとか、渓流釣りだとか、カヌーとかまで興味を持っちゃう。(どれもやったことないけど)

 

テニスを始めて、コーチのアルバイトを始めて、割とすぐにガット張りを教わったんです。自分でガットを張れるってすごいなー!ってその頃は思ってたと思います。もう覚えてないですけど。

 

最初は、いろんな張り方があるなんて知りませんでした。それこそ、2本張りからスタートして、で「1本張り」っていうのがあるんだー、的な(笑)。

それが18歳。のとき。

職業コーチになるか、って思うようになったのは、24歳の時で、この頃にはガット張りはかなりの量をこなす業務形態になっていました。社員(まあバイトの頃から週七日やってましたけど)になるようになってきて、キャンペーンなどで集中して本数が来るのをさばくようにして張っていました。

 

その頃からですかね、まずマシンのちゃんとしたのがあると、やっぱり張り上がりが違うってこと。

その後、結婚してすぐに譲り受けた自分ちにおいたやつは、バネが伸びていてちゃんとテンションが出なかったし、新しい機械はかっちり張り上がるんですね。

張る人の腕前もかなり仕上がりを左右する、っていうことも気になりだしました。それだけに、任せてもらえるっていう責任感を感じるようになりましたし、自分の張りがどんな評価をいただけるのかは聞いてみたくて仕方ありませんでした。

そうしているうちに、「面圧」っていう言葉が気になり始めて、ラケットの面の大きさやストリングパターンなどがそういうのに影響するっていう知識が入りました。

プロのストリンガーという人は、張る前からそのコントロールができるものなのか、という疑念が湧き、いまのところ「それは無理だろう」という結論?を自分では持っています。

あるのは、まず張ってみること。そして、その後も、同じ手順と同じ時間で、仕上がりが揃うようにできるように腕を磨くことが大事なことなんだと思います。

バボラ張り

アラウンド・ザ・ワールド

ゴーセン張り

ウイルソン・プロ張り

アガシ張り

…などなど、聞いたことのある「張り方法」の名前も様々です。

けど、それができることが技術の向上ではないと思います。

マシンの都合も、手順の都合も、張り上がりに影響するものだと思いますし、張り手の技術も人によって差があるものだと認識しています。

そういう中、大切なのは、自分の張りを守ることができれば、まずはひとつの課題をクリアしたことになると思っています。

他人の張り方をコピーできるようになれば、そりゃあプロ選手の前に出て「私にやらせてください」なんていうこともできると思いますし、各々の糸にどのくらいのテンションが掛かって、面全体にどんな影響が出るのかがわかるような素晴らしいことにでもなれば、まさにストリンギングマスターだと思います。

しかし、どう考えてもそうはならない。

そして、これまで出会った名人たちの技術を見つめていても、非常にシンプルで、それだけに狂いのない技術を持っていることに舌をまくような思いで見させていただいてきました。

 

ワタシはやっぱり、そういう職人魂みたいなものにシビれる性分らしく、そういうのを見せつけられると如何しても目指してみたくなっちゃうんですね。

ワタシが持っているのは、ゴーセンの張人の認定を受けるのに練習した、ゴーセン張りのみです。

しかし、いまのところ同じラケットに張り上げる時間はかなり一定の時間で自然にできるようになってきましたし、仕上がりは見た目だけじゃなくて、自分のラケットでも納得の打感だと思えるようになってきました。

お客さんのラケットを任せてもらう時にも、自分の一番自信の持てるやり方で、毎度同じ仕上がりに信頼を寄せてもらえるようにしているつもりです。

 

クロスストリングを上から行くか下から行くかで仕上がりが違うこともわかっていますし、目直しやテンションロスの取り方なんかも、見た目で変化がわかりづらいですが、いつも通りの手順を守ることで仕上がりが揃うようにしていくこと、余計なことをしないことが、ストリンギングにはすごく大事なんじゃないかな、と思うようになりました。

 

思えば、もう何年?ガットが張れるようになって25年以上が経っているわけですから、ショップの人じゃなくても、このくらいは出来なきゃね、とは思っています。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 22:07 | コメントをどうぞ

ラケットが一本折れました

正確には、「折れ」てはいないです。

でも、ちょっと使うのはもう。。。

先週の、風の強い日のレッスンで、球出ししてラケットが「ビィーン」と、風で流れたボールにフレームトップの方に当たり損ねて「ビィーン」…あれ、このラケット怪しくないか?

手でフェースをポンポンと叩くと、フレームのトップ近く当たりを触るあたりからそのビンビン感が出ます。

ボトム側では、それほどでもなく、トップの方に当たる手が行くとフレームがビビります。うーむ。

前に使っていたMANTIS TOUR305は、今年の2月頃に同じような感じで、ラリーはまだできるものの、球出しを続けていたら肘に来ちゃいました。

肘はその後、完治はせず、かといってプレーが怪しくなるほども痛まない。ただし、肘の骨が出っ張ってきて、お医者さんに行ってレントゲン撮ってもらったんです。

普通は松ヤニみたいなものが出てきて炎症部分を守るようなものになるんだけど、アンタのここはカルシウムみたいなので出来てるから、こりゃあ骨になってるんだなぁ、と他人事のように(まあなってるのはワタシですから、他人なんですけど)言われ、こちらも他人事のように聞いてきました。

そんな経緯もあるので、今回のビビりラケットも、ワタシ的にはもう使用を中止せざるをえない気持ちになってきて、ラケバの奥っ側にしまって極力出さないようにしてしまいました。

 

昨日、ほんのちょっとだけの時間があって、師匠のところにより、この話をしてラケットを見せたところ、「どれちょっと見てあげようか」と。

ワタシも、ラケットのしなり硬度を測る、 RA値を測る機械にのせてみたくて師匠のお店に来たんですが、プロ直々に見てくれることになりました。

最初は、グリップ内部で何か異物(製造時に出るバリとか)が当たって悪さしてるんだよ、とか色々調べてくれましたが、グリップ開けても原因はわからない。

RA値を測定しても、特に変わっていない。だから、まだ折れてはいないみたいなんです。確かに、ラリーでは感じない。球出しが手のひらの骨とか、肘とかに響いてすぐに痛くなるんですが。

ビビリ音を聞き、じっとフレームを仔細に眺め、またビビリ音を聞き。。。何度かやっているうちに、フレーム内側にある、小さな亀裂を見つけてくれました。

「こりゃあ、塗装のヒビじゃないパターンの可能性が高いな」と、本当に小さな亀裂なんですが、フレームの対角に当たった衝撃がここに出たりするもんなんだよ、などと教えてくれました。

他に外傷も見当たらないので、ちゃんとした原因かどうかは特定できませんでしたが、やっぱりこのフレームはもう「お疲れさん」てことにしとこうと。

エンドキャップもつけ、元グリップも元に戻しましたが、固定はせず、使わないラケットにしました。

本格的なチューニングをプロの師匠にお願いし、重たいけど使い勝手のいい、理想のラケットに極限まで近づいたと喜んでいたラケットだけに、とても残念です。

マンティスは安く買えるので、まだ助かりますが、ワタシ、ラケットって8ヶ月くらいしかもたない。

ヘッドの頃もそうだったし、マンティスは2本持ちを2世代に渡って8〜10ヶ月で中折れっていうか、腰抜けになります。

まあね、今テニスしすぎなんでしょうね。ボール打ってる回数とか時間とか、一般プレーヤーの比じゃないですから。。。

カテゴリー: 日記 | 投稿者ナガキヤスヒロ 07:39 | コメントをどうぞ