月別アーカイブ: 2017年3月

マイアミ QF 満身創痍の圭 フォニーニの餌食となる

木曜日晴れ

昨日水曜日はぐづついた変な天気、朝外に出てみるとたれ込めた雲からぽつりぽつり、K氏に中止しましょうとケイタイする。できたかもしれない微妙な一日。

打って変わって今日は20度近くに上がったらしい。R氏との久しぶりのシングルス、前回より善戦と思えしも、いいところの決め球のミスも目立ち、セットを取るには程遠く感じてた。ミスを減らせばもっと接戦になるかもしれない。スピンのボールでバックを攻めるとポイントにつながるのだが、ついつい何でもないボールをフォアサイドに打って浅くなりやられること多し。反省反省。

マイアミオープン(1000)、錦織の3回戦ベルダスコをファイナルで何とか勝利したが危ういものだった。4回戦はデルボニス(ブラジル)、聴いたことのある名前、トスを空中高く上げて二段モーションでサービスを打つのを見て思い出した。マレーを破って名前を上げたらしい。スピンサービスにスピンショット、手ごわそうに思えたがファーストは錦織のペースでものにしたので、安心しているとセカンドからは相手のスピンのきいたボールにてこずりだした。長身ながらデルボニスは良く走り圭をてこずらしはじめて、圭は左太ももを治療始め出した。セカンドを落してファイナル危うしと見ていたが、勝を意識したかデルボニスはミスが目立ち、治療を受けながら何とか頑張り、2シードの貫録を示していた。634663。

今朝コートでR氏から圭が負けたと聞いてがっくり、勝敗を確認せず家での録画を楽しみにしていたが、それも簡単に負けたらしいというのだ。

フォニーニには2連勝しているというし、普通であれば負けないであろうと思っていた。

だが錦織は負けなしのソックやディミトロフに近々負けているので、もしやと脳裏をかすめたが、デルボニスで痛めた左太ももが原因で動けなかったに違いないと想像するしかなかった。

録画を見た。フォニーニはそんなに調子がいいとは思えなかった。QFまで勝ち上がっていたが対戦相手にめぐまれてここまで来たとしか思えなかった。

錦織は右手首も痛めているという。元気は感じられなかったし、フォアの強打が打ててなかった。それに気づいたフォニーニは圭のフォアにボールを集め出したのだ。ウイニングショットが打てなくなっていた圭はときどき思い出したように闘志を見せたが単発に終わり、フォアの強打は空をきっていた。一方的にストレートで敗退していた。

もう試合には出ず、5月の全仏に向けて体のケアに専念すべきでしょう。

・フォニーニは2015年全米女子で優勝したペンネッタ(イタリア)と結婚

・錦織プロ10年目 試練迎える

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マイアミオープン 錦織3回戦 ベルダスコにてこずる

月曜日 曇り

錦織 準決勝までノーシード

春めいているのかと外に出てみると、変わらぬ寒さに油断しそう、こんな時に風邪をひくのだ。

勝負に弱いもろいと大関稀勢の里、もう横綱は無理だと何度おもったことか。ようやく横綱になって快進撃、国技の相撲がモンゴルに乗っ取られたかたちの大相撲にへきえきさせられていた相撲ファンにとっては、願ってもない出来事で、前売り券は早々と売り切れて15日間満員御礼の垂れ幕がさがっていたという。

負け知らずの快進撃が残り三日となって横綱日馬富士に負けて土俵下で立ち上がれなかった。左肩に強くダメージが窺えた。日本中が凍りついたのではなかろうか、それだけのショックをおぼえた。将来のことを思えば休場はやむなしと誰しもがあきらめていた。

だが稀勢の里は土俵に上がった。左肩には痛々しくテーピングが目についた。そこで横綱鶴竜は簡単に稀勢の里を寄り切り、なんとも言えない表情を一瞬見せた。やむなしというため息が会場に流れた。

ライバルは一敗の大関照ノ冨士、千秋楽で照ノ冨士に二回勝つというのは誰もが諦めていたに違いない。皆の期待にこたえて千秋楽の土俵に上がる、かせられたつとめをはたすことを横綱は考えていたに違いないとも思えた。

その土俵上の上で劣勢から挽回するという離れ技を二回のみせて見事に優勝を飾った。

もう何も言うことなし、久しぶり胸をすかっとさせてもらった。

錦織 準決勝までノーシード

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北九州に遊ぶ

金曜日 晴れ

昨日今日と北九州に出向いて夕方帰ってくる。

昨日、朝方予報は外れて小雨が降りだしていた。予報を当てにすれば曇り昼から晴れであった。

玉名に出かける準備を整え終えると携帯が鳴った。やはりT氏だった。こちらは雨が降り出して予報では無理なようですから、中止したいと言う。ぼくはそちらから北九州へ向かいたいので、一様出かけますと言うと予報で止みそうにもないので中止しましょうとあえて言うので分かりましたと携帯を切った。

北九州市の友人宅にご機嫌伺いして翌日は近くのK市公民館でTs氏らとシングルスの練習をするというのが一連の予定だった。

最初の予定がなくなり夕方ご機嫌伺いにと思っていたので時間があまった。とりあえず植木から高速に乗って最初のサービスエリア―で車を止めて思案した。同じ北九州の町に一度訪れたいと思っていた友人がいた。

今日がそのチャンスかもしないと思い、電話を入れてみると在宅しており、待っています、何時ごろ言うので12時前には到着します。昼飯時だけどしゃないと電話を切った。それから明日練習するT氏に携帯して今日の予定を尋ねると1時から5時まで同じ場所で仲間とのダブルスの予定というので、事情を話すとぜひ立ち寄ってと言う。

これで夕方までの時間は埋まると、ルンルンで車を走らせた。古賀のインターで下りて3号線へ出てかなり進んで左へと海側へと進んだ。人口3、4万人小さな町でアップダウンの多い道中から少し登ったところに地震に強い立派ながっしりとした家があった。

縁側に通されて情報を交換した。さっそく食事に行こうと言う。何度も言う。1時にテニスの約束があるのでと断り、ここでの会話で十分だった。時間がなかったら近くのうどん屋に行こうと言う。うどん屋ならいいかと腰をあげると、奥さんが出てきて予約をしているでしょうと言う。予約をキャンセルさせるのも気の毒に思い、食事に出かけた。

乗せてもらった車は20年乗り続けているスカイラインであることが戻るときに説明を受けた。白い車、前からは車種が分からず外車かなと後ろに回るとスカイラインとあった。

2500のターボ―チャージャーでゴーンが日産を牛耳る前に生産された最後の車で愛着がありずっと乗り続けたいと言っていた。そういわれてみると、そんなふうに見えてきた。

ギアチェンジがシフトレバーだけでなく、指でシフトできるボタンが何か所かあるというのだ。丁寧に乗っているのか痛みはほとんど見受けられず内装はブラックで統一、彼の又一面を垣間見た。ボランテイアで小中学生の面倒を7~8年見続け、家庭菜園の畑を借り受け、樹木果物を育てる土地もあるという。絵画もやっていると言い、あらためて家に入り見せてもらった。目をこらすと彼のいろいろな絵が所狭しとかかげられているのに気が付いた。20人くらいのグループで月一回勉強会みたいなものもあるというから、かなり本格的かもしれない。絵心のないぼくには良し悪しはとんとわからないが、素人めから感心して見入っていた。

ぼくは厚かましくもテニス仲間に断りの携帯をして、瀟洒なところに案内されてごちそうさんになっていた。充実した老後を送っている彼に拍手を送りたい。そう思っていた。

今日は10時すぎにK市コートに到着、四人のはずが二人ダメになった。Ts氏とシングルス2セット、ホームコートの彼は強かった。ぼくはアウエイだがら言い訳して尻尾をまいて帰途についた。飯塚経由で同世代の棋士、加藤一二三、前NHK会長の出身地嘉麻市にいる旧友にも久しぶり逢って鳥栖から高速に乗った。

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まもなくマイアミ1000の大会はじまる

水曜日 曇り

フェデラーは全豪をナダルと戦い征し、最初の1000の大会バリバOPでは同朋のワウリンカを一蹴してウイナー、今年になってワンマンで活躍している。
フェデラーのテニスは全盛期をよみがえらせているようだ。それが本物かまもなくはじまるマイアミ1000の大会を注視しょう。

もうドローは発表されたいる。西岡は1回戦トンプソン(豪)と対戦する。何とか西岡は1回戦突破すれば又もソックと対戦することになる。めぐり合わせとはいえへ注目の対戦となる。
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(・・・西岡はアカプルコ、ハード、ATP500では、予選を突破して本戦に出場。1回戦でJ・ソック、2回戦でJ・トンプソンを破ってATP500大会で初のベスト8進出を果たした。 3回戦ではR・ナダルに敗れたが・・・・)
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マレー、ジョコビッチ欠場して圭は2シードとして登場する。危険なな相手の一人ジョンソンと対戦する可能性が高い。

圭のリベンジを期待して見守ろう。

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日帰りバスツアー鳥栖アウトレットから杖立、日田散策

日曜日晴れ

何かの抽選で申し込んでいたら半額のバス日帰りツアーが当ったらしい。当てにしていた人がいけなくなったと言うから、付き合うことにした。

熊本駅の裏口からツアーバスに乗車すると植木インターから鳥栖のアウトレットを目指した。想像とは異なるところで、ごつい倉庫のような建物の前にバスは止まった。中は高価な宝飾品だらけ、場違いと思えるような、ダイヤモンドや真珠、宝石とうが展示されているのだ。
来るんじゃなかったと思いながら長々の丁寧な説明に耐えていた。ツアーのメンバーにはご縁のない品々と思えしが、見かけによらず金品ざくざくの人たちいたかもしれない。

それからバスは日田路の高速に乗る。うつらうつらしていると、いつのまにかバスは山路を、窓からのぞくと眼下深くの川沿いすれすを走っていた。ひぜんやに向かっているという。聴いたことのある名前だか思い出せない。

阿蘇の方に走っているようにも思えた。杖立温泉で昼食をとるとわかり事態を把握する。おぼろげな昔一二度訪れたことがある。ひぜんやは一番大きなホテルに思えた。昼食は満足のいくもので、温泉も段取りされていたが、一時間ほど周辺を散策して懐かしんだ。

それからバスは山から駆け下り日田の街に舞い下りた。そして昔の風情の残る町並みの一角、酒蔵の前で降ろされた。

・錦織撃破のソック 準決勝敗退

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パリバオープン ガールフレンド?応援かいなく 圭 敗退 

土曜日 晴れ

早朝からNHKBSで錦織圭のベストフォー決めの試合は始まっていた。地元ソックの応援が大勢を占めていたが、圭たちのコーチボックスには見られぬ若い女性がいた。

今日は野球帽をかぶったサングラスの若い子が白い歯を見せることなく控えめに座っているのが目撃された。ついに圭にもガールフレンドが姿を見せたと感慨深かった。これほど心強い応援はなかったはずだ。だが試合はうらはらに進んでいた。

ファーストはいきなりブレークされ36で落としたがセカンドは圭が先にブレークしてツーブレークの62で取りファイナル決戦となった。調子を取り戻したかに見えた圭はいきなりブレークされて、相手をその気にさせたのがまずかった。セカンドは先にブレークして弱気になったのかミスが多くなったがソックスを攻めたて62でセカンドを取る。ファイナルは錦織の流れと思いきや圭は1ゲーム目ブレークを許すと強気で攻めだしたソックス、ボールがコートにさく裂し出した。豪快なサービス、ショット決まりだしてお手上げ、26で負けていた。悲しい気持ちにおそわれた。1000優勝のまたとないチャンスと思えし。
応援していたのは、もしかしたらお姉さんかもしれない。お母さんに似ていた。

タラレバをいえばいくらでもあるが、グットがまんしょう。

・錦織 大会初4強ならず

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・錦織撃破のソック 準決勝敗退

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二か月ぶりのK壮会

金曜日 晴れ

k壮会、運動公園CDコートで行われた。参加者男女130余名。

松Aは精鋭の12名。4連敗すれば下部へ、4連勝すれば、優勝すれば格上げにと、というアバウトなルールでやっていると推察。

2月は降雨で中止、一か月あくと長く感じる。1月の参加者一覧と比較すれば、二人が降格して三名上がってきている。厳しい戦いだ。

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今日の戦歴は56 62 56 65と二勝二敗で4位となっていた。負けは56 56の大接戦だったが天は味方してくれなかった。だけれども天気明朗で少し悔しかったけどテニスを楽しむことができた。

・錦織vsソック
・西岡「これ以上無い経験」

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BNPパリバ・オープン 西岡良仁の成長はほんものだ

木曜日 晴れ

春は名のみの風のさむさや・・・。この季節衣服の調整が難しい。天気も大事だが気温も大事、両方勘案してコートにのぞむ。火水木と3レンチャンでのシングルスを行なった。

BNPパリバ・オープン(アメリカ)1000の大会、その前のメキシコ・アカプルコ500の大会で大活躍した西岡良仁はその強さの本物であることを証明する大会となった。

ジャパンにはケイだけでなく西岡と言う若者がいることを世界にアピールした大会でもあった。

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その西岡は予選2試合戦い、本戦4回戦でワウリンカに惜しくも敗れた。1回戦バイの圭は2回戦エヴァンス、3回戦ミュラー、4回戦でヤングにそれぞれストレートで勝利してベスト8へ、そこでソックと対戦する。ソックはランキング18位でアメリカNO1の選手、ソックに西岡はメキシコ500の大会でまさかの勝利している。

そんなこともあって圭は負けるわけにはいかない。負けることはあるまいとは思うが、強打のソックがあたりだすと怖い、あのジミトロフを倒して勝ち上がっている。

だが、1000の優勝を今年の目標の一つとしている圭にとって願ってもないチャンスでもある。1シードのマレー、2シードのジョコビッチの本命が姿を消している。名のある残留者はフェデラーと西岡を破ったワウリンカだ。まさに優勝のチャンスは十分にある。

まずはソックをかわしてフェデラー、キリオスの勝者を敗れば決勝の舞台だ、が対戦相手は予想もつかない、戦国時代。

・西岡 大金星目前も一歩及ばず

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西岡良仁 ベルディヒを破る大金星

火曜日 曇り 晴れ

メキメキと力を付けているR氏からメールが届いていた。2月福岡ベテランの試合でトップテン上位の選手にあわやという戦いで負けていた。すごいがんばったね!と携帯していつか教えてくださいとお願いすると、電話しますとだけだった。県室内でベーグルで負けていたし、物足りなくなっていたに相違なかった。忘れていた頃の連絡にベーグルだけは避けなければと思って車を走らせていた。
タクマの練習会に欠席のメールを送り、震災益城のO氏からのお米だけは受け取りにタクマ寄って、約束の10時ぎりぎりにローンに到着。

1セット目は又もベーグルでやられていた。確かにミスが少なくバックのスライスは予想以上にきれていてタジタジとしていた。福岡で各上相手を苦しめたのもさもありなんだった。
2セット目はワンブレークされての46。どうしますかと言うのでまあ1セットお願いしたが22まで行って頑張ってみたが36でやられていた。ぼくの調子は普通だった、力の差は歴然としていた。
やはりぼくのミスが多すぎるのが敗因の全てだと、わかっていながらも実感していた。

パリバ・オープン(アメリカ/インディアンウェルズ1000)、錦織は初戦の二回戦英国ナンバー2のエヴァンスと深夜対戦して苦しみながら何とかストレートで勝利していた。
朝からその録画を見ているとNHKBSで西岡とベルディヒが対戦していると分かりチャンネルを切り替えた。ファーストは簡単に落としたのでチャンネルを戻していた。

ローンで大戦中に彼がスマホで確認して西岡が大逆転で勝っているよと教えてくれて、思わず拍手していた。

・金星 西岡良仁「びっくり」
・古閑美保と小平智が入籍を発表! 3月4日(ミホの日)に届け出
(ブログより)
・2013年06月24日 小平智の戦いぶり 日本ツアーゴルフ選手権

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10年ひと昔  シングルス

土曜日 晴れ

3月11日、東日本大震災の日。あれから6年、 「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」奥州を旅した芭蕉はこの惨事をなんと何と表現するだろうか。

昨日は早朝から蛇が谷公園テニスコートへ出かけた。1月の合宿の折シングルスの練習を終えて帰ろうとするT氏にすれ違う。また練習をお願いしますと頭を下げると、2月から出来ると思いますからその時は連絡しますと言われて別れていた。2月になったが音沙汰がない。社交辞令だったかもしれないと思ったが、思い切って電話してみた。相手は恐縮していた、家族が入院などで失礼しました、また電話しますと、しばらくして電話があった。彼が指定した曜日は予約があった。では金曜日はどうですかという、そこも昼から久しぶりの仲間とのテニスの約束があった。

午前中は空いていますが1時からは用事がありますとのべるとでは9時からしましょうかと言うので、お願いしますと言った。

ぼくはJOPに挑戦始めた10年前、2007年9月からT氏にシングルスの相手をしてもらった。それは2009.3月ごろまでブログを見ると続いている。終わりのほうは56回目とあった。

1時間かけて運動公園まで来てくれて、シングルポールを片手に予約もしてくれていた。近くのぼくが予約をしますと申し入れたが駄目だったし、たまにはぼくがそちらに出向きますと言っても話しに乗ってくれなかった。

ほんとうに久しぶりのシングルス、今はぼくのほうが強いだろうとたかをくっていた。彼はぼくとの練習がしぼんでしまっていらい、ほとんどJOPの試合から遠ざかっていた。まだ何処かで仕事もしていたようだし奥さんも病弱とも聞いていた、体調もいろいろあったように聞いている。

ファーストは簡単に取れると思ったが終盤粘られても52で取ることが出来た。
セカンドも間違いないと思いしや03とリードを許していた。ぼくのボールに慣れたらしく、甘いボールはすかさず攻めていたし、流れは完全に変わっていた。ライジングで攻められて一発で仕留められるシーンが増えていた。

何とか33に追いつくがそこから抜けきることが出来なかった。55まで必死でねばってみたがそこまでだった。57で負けていた。11の分け、今日はここまでにしましょうとT氏、異存はなかった。

話によるとT氏の練習量はぼくよりまさるとも劣っていなかった。周2回はボールだしをしてもらい、みっちりと基礎練習、そして週2回のシングルスをこなし、カラオケにも熱心だという。好きな歌手は松山千春やシナトラのマイウエイなどというからびっくりしていると、自分の歌をカラオケ店で録画CDにして皆に配ったときいて驚きを隠せなかった。

声のでる今のうちに、子供や孫にじいちゃんの歌声を残しておきたかったそうだ。

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・2007年09月14日 JOPの実力

・2007年09月18日 T氏とのシングルスは
・2007年09月27日 T氏と運動公園で
・2007年10月04日 T氏と運動公園で
・2007年10月11日 T 氏に勝つ
・2007年10月18日 朝の運動公園は
・2007年10月25日 うれしいことが二つあった

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 00:38 | コメントをどうぞ