心配かけまいと初めて橋げたに出かけてみたが

土曜日 晴れ
朝夕急に秋らしい冷ややかな風を感じる。気力体力をそがれている体に良い影響を与えてくれればと思う。あーちゃんがラインに気力体力がないと昼間からソファーで寝てるとコメントを載せたところ、子供たちが心配して、コメントしているのにびっくりする。

これはいかんと、心配させて悪かったとラインして、昼から橋げたの壁打ちから温泉へと思いたち出かけたが、橋げたにたどり着き、テニス用のリックに肝心のラケットを入れてなかった。橋げたに右手でボールを投げつけて10分もすると、いっぱいいっぱいになり、やおら引き上げて温泉に向かった。

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術後3か月の診察・リハビリーに二人で出かけた

水曜日 晴れ

一緒に行くというので、今日は二人で小郡市の病院へ出かけた。時間をかけて出かけた割には、先生は忙しいのか今日も会話は最低限だった。一緒に診察室へ入り、付き添いですと断る。先生は腕を上げてくださいと言う。上げると角度を測っているようだ。予定以上の回復のようで、無理はしてないだろうねと言うので、していません。次に腕を脇に着けて水平に開かせ、これも角度の確認のようで目視で終わり、リハビリに行ってくださいで、追い出された感じだった。

待合室で待機していると、小柄の女性が近づいてきたので、えーっと凝視していると、エコー検査の担当者だった。もう3回もエコー検査してもらっているのに、検査では色々質問したりして勉強させてもらっていたのに、すっかり忘れていて失礼していた。

三か月という節目のなのでエコー検査したのだと後で理解した。上腕骨に打ち込まれたアンカーはうすぼんやりと見えた。腱の動きをチェックして血流を確認して問題ないようだと言ってくれた。もうこれでエコー検査はおわりです。手術前に1回、入院中に2回ほどやった気がする。半年後にMRIの検査がありますが、エコー検査はもうないと言う。寂しく感じた。

若者yanagiharaセラピストが階段を降りてきた。先生に出来なかった質問をする、『手術後三か月のリハビリを要します。修復した腱が骨に固定されるまでに約3か月かかります。』 

その辺を詳しく尋ねると、先生の診察の情報は彼に伝わっていた。情報を共有するとは聞いていたが早い。固定と言っても腱が上腕骨に少し馴染んでいる状態です。無理ををしたらいけませんとたしなめられた。リハビリもまだ必要ですよ。

先輩のtagami氏がやってきたので、手もこんなに上がると示し、出来なかったラジオ体操も、ほぼできるようになっていると自慢すると、今が大事な時だから油断しないようにと、くれぐれも言われた。
最後には分厚いにアンケート用紙持ってきた。よくアンケートをされたのを思いだして、手を動かしていた。

術後半年の12月15日まで、テニスのことは忘れることがベターのようだ。画竜点睛。

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肩の腱板断裂 術後3か月 貰った資料を見直す

日曜日 晴れ 曇り

・6月14日入院して翌日15日手術。

・7月21日退院。

・地元の整形外科で週2回ほどのリハビリと2週間に一度の手術病院行き。2回目に行くと装具が取れて、車の運転もOKとなる。次は一か月後となった。

それが来週の水曜日。3か月になると、どれだけどうなるのか、頭の中ではぼんやりしているので、貰っていた資料を取り出して、読み直してみた。

『手術に関する説明』の中に
・・・・・・腱板は加齢に伴ない質が低下して何かの外傷にて断裂がおきるといわれています。腱板は肩関節の安定化と稼働時の力源として働きます。腱板が切れていても活動性の低い方は絶対的な手術適用となりません。しかし断裂サイズは発症後徐々に大きくなっていきます。断裂サイズを大・中・小とすると大断裂以上は手術しても筋力の完全回復は望めません。しかし痛みがなくなり筋力もアップすることで日常生活機能は格段に上がります。また残存する腱・筋の質と量が良好なうちに手術することが望ましいと考えています。
手術は関節鏡を用いることにより、疼痛も創も小さく、筋肉へのダメージも最小限で行えます。
術後の機能回復、合併症の予防にリハビリが非常に重要になります。手術後三か月のリハビリを要します。修復した腱が骨に固定されるまでに約3か月かかります。その間、医師・理学療法士の指導にそったリハビリをして下さい。

『肩の手術後の患者様へ』
・・
・・
◇引き続き、術後半年にMRIの検査が行われて、腱の状態が分かるまでは、再断裂しないように気を付けて生活することが大事です。
・・・・
① 装具を外しても術後4ヶ月までは⇒脇を開かず手を使用する時期
② 術後4ヶ月から6ケ月⇒軽く脇を開いても良いが、手を上げての使用や重いものを持つ
  ことはまだ行わない時期
術後四か月で腱が骨に逢着してくる時期と言われています。
③ 術後半年以降⇒スポーツや農作業など少しづつ行っても良い時期

左肩腕、自分ではかなり動いているからと考えていたが、これを読んで半年待たねば仕方なしと思えてきた。
ぼくの腱板は大断裂だったと言う、筋力も体力もガタガタだから年内はおとなしくしておくべきなのだろう。

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全米OP メドベージェフついにウイナーとなる

月曜日 曇り

646464ついにメドベージェフはジョコビッチを下したのだ。それもストレートで、テニス界の新たな胎動を感じられた全米であった。

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兄嫁の訃報で田舎へ 全米女子決勝ラドゥカヌ勝利

日曜日 曇り

田舎の兄嫁、急逝の報昨日あり。朝から高速小倉東インター経由を利用して始めて行くと2時間半で到着していた。

兄が妻を自宅でみとったと知ったのは、火葬場での待ち時間、一人寂しく座っている兄を見つけたので、側に行き肩に手をまわして会話したときだった。手を背中に回すと瘦せこけている背中があった。帰りたいと言う妻を自宅に連れ帰ったが、けれどもトイレなどで大変な苦労していたという。最後まで一生懸命に看病、最後の言葉は大きな声で妻の名前を呼ぶと「はーい」とこたえて、それが最後だった。看護婦さんに電話して、それから医者に連絡してもらったという。長女はいたようだが、一日早めて戻った長男家族は間に合ったのだろうか。

涙ながらにつぶやいていた兄、焦心しきった兄の姿。最善を尽くしていたのだから義姉はきっと喜んでいるよと肩を抱きしめていた。時間が来るまで、ぼくは兄の側に寄り添って昔話などもしていた。
畑にしている隣地を買い求めたとき、二人で植えた桜の苗が今はこんなに大きくなっているよと、両手でを丸めた。そこには二人の思い出の桜の木があったのだ。
3月、ルーツ求めてと田川の香春町へ出かけたとき、兄のところへ、庭先を写しているとき、兄が何か言っていたので写真に収めていた。あの桜の木を眺めながら、なつかしむことだろう。

全米女子決勝戦ラドゥカヌ(英国)vsヘルナンデス6463で英国の18歳が予選から上り詰めて優勝。

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ジュニアと思われし二人が決勝の舞台とは

金曜日 晴れ

全米OP、まさか十代の二人が決勝のひのき舞台に上り詰めようとは驚きより呆れる出来事。

ランキング2位のサバレンカ、大坂なおみと互角のハードヒッターはQFでウインブルドン優勝のクレイチコバをストレートで下して、そのパワーをいかんなく発揮していたので、まだくちばし黄色くおもえしヘルナンデス、力でねじ伏せてほしいと、そして試合開始直後はそのパワーでブレークくしたのだが、ヘルナンデスは徐々に粘り強さを発揮しだして、互角に持ち込みタイブレークとなる。そしてタイブレークはヘルナンデス。

セカンドは流石にサバレンカが取りファイナルへ、互角に進んで45でサバレンカのサービス。しかし、あとのないサバレンカはいつもの短所が首を持ち上げていた。メンタル修行をしたと聞いていたが、一番悪い自分に戻っていた。力んでしまってサービスはまともにラケットに当たらず、ショットおかしくなり、独り相撲で自滅もいいところ、なにか情けない寂しい終わり方だった。

続いて行われたSFラドゥカヌvsサカーリ。サカーリはもっと良い試合をやってくれると期待していたが、スリムなフェルナンデスより少し大きく感じたラドゥカヌのショットは腰をおとして目一杯ラケットを振っていた。筋肉ウーマンのサカーリをついて行けずファーストは61でサカーリらしさは発揮できずにズルズルとなっていた。セカンドの中盤かららしき自分を取り戻していたが、時遅し46でここでも十代の少女に負けていた。

2020年コロナの影響で9月に行われた全仏では19歳のシフィオンテク(ポーランド)が優勝していた。いみじくも彼女がのたまっていたのを思いだす、今の女子テニス界では誰もが優勝のチャンスがある。

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十代のヘルナンデス ラドゥカヌ ベスト4に

木曜日 晴れ 曇り

スマホのカレンダーを見ていると今日は9月9日だったと理解する。毎日が日曜日で過ごしていると、日にちと曜日がおぼろげなのだ。並びの日は何かあったと巡らす。
「さんふれあ」の温泉が半額なのを思いだす。そうだ行ってみようとその気になって用意する。退院してきてからひと月以上、車の運転もOKとなっているから、行けたのだが来週の第三木曜日に回数券の割引があるので、それから始めたらと考えていた。

ウオーキングプールプールを歩いてみると、手術前と同じ感覚で行ける。左腕の違和感は感じられず、可動域が知らず知らずのうちに広がっているのが分かった。

テニス&温泉仲間とも出くわして、会話が弾んでいた。

全米、女子QF戦、英国18歳のラドゥカヌVS東京オリンピック覇者のベンチッチ戦。ラドゥカヌは初めて見る選手だった。準決勝まで来たのだからヘルナンデスとどうなのだろうかと、興味深く見ていた。最初は互角に見えたが、慣れるにつれて重心を低くしての思い切りの良いショットはヘルナンデスとよく似ていたが、彼女より体格から推し量って威力がありそうな気がしていた。ベンチッチもハードヒッターの選手だが、動きの良さの差で、押されてミスの差が敗因となっていた。5364で18歳のラドゥカヌ勝利。
完敗を認めたかのようにベンチッチはネットを横切りコートにうずくまるラドゥカヌのもとへ、祝福したのだろう。つよいわね。

2021 US Open - Day 10

同じくQF、ジョコビッチVSベレッティニ戦のファースト。すごい打ち合いでベレッティニがファースト取って、期待したのだが、ジョコビッチは打たれ強い。相手に合わせて、緩急自在にボールを操りまたも最後は余裕のテニスを繰り広げて勝利していた。57626263。

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なおみを下したヘルナンデスの勢い収まらず

水曜日曇り

全米オープン、錦織圭と大坂なおみが3回戦で姿を消してから、ガッカリしてテレビ観戦意欲も急に冷めかけていた。だがベストエイトが決まるころから、台頭する初めて見る若者たちの活躍などもあり圭となおみの落胆の傷も癒えていた。ヘルナンデスの活躍も救いとなっていた。

第三シードのチチパスをフルセットで破ったスペインの18歳アルカラスを解説ではナダルの再現とかではやしたてていた。
ベスト4かけて、カナダのオブジェ・アリアシムと対戦した。21歳の彼も同じ年ごろにデビューしてはやされていた、身長190余サービス、ストロークもいいものを持っていたが、期待される成績は記憶にない。
この試合に勝てばグランドスラム初めてのベスト4に違いない。テニス界の将来を背負うと思われる二人の対戦に満員の観客は期待にどよめいていた。
壮烈なラリーで始まった試合は、ファイナルまで行くのではと思わせた。リードのアリアシム53のサービスでラブフォーティと追いこまれていた。54となれば互角に戻りどうなるかわからなかったが、そこから4ポイントをアリアシムはもぎ取りファースト63で取っていた。
その辺でぼくはリハビリの予約をしていたので出かけた。

帰ってみるともう終わってい、サーカリとアンドレスクの録画が放映されていた。まだ試合の真っ最中のはずだと思い、録画を見るとセカンドの序盤でアルカラスが棄権を申し出ていた。

大坂なおみに土をつけたフェルナンデスは19歳丁度、シピヨンピョンはねる子ウサギのようにして躍動し16シードのケルバーを破り、そして今日5シードのスビトリーナを366376で破りベスト4に進出する。次はサバレンカ、この大会で好調なパワーヒッターには通用するか?????。

2021 US Open - Day 9
(ヘルナンデス19歳にこの大会で、カナダ)
2021 US Open - Day 9
(アルカラス18歳スペイン)

カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 20:49 | コメントをどうぞ

今日の診察で、装具外れて運転もOKとなる

火曜日 曇り 風強し

18日水曜日が退院して2回目の診察日だったが、豪雨が心配されたので断っていた。今日がその2回目の診察日、手術してから2か月と10日余、退院してひと月と5日。そろそろ装具ともお別れしたいし、車の運転もokしてもらいたいと出かけていっていた。
診察は仰向けに寝て両手で握った腕が頭の方までどれくらい行くか、手術した方の腕だけで上げてどうなのか、角度をを測っていたようだった。順調に回復している問題なしという言い方をしていた。車の運転は良いでしょうかというと、はっきりとは言わなかった、が、あとでそれが分かった。

一階のリハビリ室でぼくを迎えてくれた理学療法士、入院中ぼくの担当だった若者にそれが委ねられていた。彼はしんけんな顔付きでリハビリしながらチェックしている様子だった。最後に車の運転はOKです、腕がまだ完全じゃないので気を付けて下さい。装具もしなくて良いことになりましたが、安心しないで気をつけてくださいと付け加えた。

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皮肉な恩返し

 皮肉な恩返し

 これはそう遠くない昔、ある出来損ないの鴉の話。
 その出来損ないの鴉「ヒビキ」と燕や雀の村がありました。
 ヒビキは物心ついた頃に両親を人間達に殺されてしまい、独りボッチでした。
 そんないつも独りでいるヒビキに雀の「ルリ」が言いました。
「あなた、鴉なのに黒くないのね」た
 確かにヒビキの羽は灰色に近い色でした。ヒビキはまだ羽が生え替わっていなかったのです。
 そんないつも一日なにもせず枝に停まっているだけのヒビキに燕の「キキョウ」が言いました。
「お前、鴉なのに飛べないんだな」
 確かに羽の生え替わっていないヒビキはまだ空を飛べません。飛び方を教えてくれるはずだった両親はもういないからです。
 そして、ルリとキキョウが言いました。
『あなた・お前は本当にムラサキね・だな』
 出来損ないのヒビキはその『ムラサキ』の意味を知っていました。
  『ムラサキ』とはあの綺麗な色「紫」のことをいっているのではなく。斑が多い、汚い色・汚いやつという意味の『斑咲き』という、同情と憐れみを込めたあだ名であることを知っていました。
 毎日毎日、上から石や枝を落とされる日々。時にはけがをしたこともありました。
 でも、ヒビキはその場から動きません。どんなに石や枝が顔の近くを掠めても、一歩もその場から動こうとしないのです。
 最初はそんなヒビキを面白がって、繰り返し繰り返し石や枝を落とし続けていたルリとキキョウの仲間も、そのうち飽きてなにもしなくなりました。
 ある嵐の日、ヒビキはいつもと同じようにユラユラ揺れる枝の上に停まっていました
 ポタポタとヒビキの顔に雨が当たっては落ちて行きます。
 このヒビキが停まっている枝からは、一度は行ってみたいなと思っている大きな木と、綺麗な川が見えます。
 今日、その川は嵐のせいで黒く濁り、流れも速く、水の量なんて見たこともないようなものになっていました。
 ずっと同じ場所からその川を見ていたヒビキは、何故かとても裏切られたような気持ちになりました。
 ふと、ヒビキが視線を川の河口付近に逸らすとルリとキキョウの姿が目に飛び込んできました。
 ルリが増水した川に落ちてしまったようでした。必死にルリを助けようとするキキョウがルリと一緒にどす黒い液体に飲まれていくのと同時に、ヒビキはその川に向かって飛び降りました。
 ヒュルルルルとヒビキの翼が音をあげます。
 そして、ヒビキをも飲み込んでしまわんと黒々した川が渦を巻きます。
 でもヒビキはそんな川を見ても怖いとは思いません。逃げたいとは思いません。それどころかヒビキは、水面すれすれで体勢を持ち直して、水面と平行に飛びだしました。
 そして、すぐにルリとキキョウを見つけ出し大きな爪で二人を救いだしました。
 ヒビキは二人を危険のない場所まで連れていくと、その横にそっと座りました。
 二人はどちらも大事には至っていないようで、小さな胸を上下させていました。
 すると不意にルリが目を閉じて言いました。
「あなた、鴉なのに黒くないのね」
 ルリはあのときと同じ口調でした。
 ヒビキの翼は白く、その翼に水を滴らせ全身は銀色の膜に覆われているようでした。
 するとキキョウが目を閉じて言いました。
「お前、鴉なのに泣くんだな」
 キキョウはあのときとは全然違う、とても優しい口調でした。
 ヒビキは知らず知らずのうちに、透き通った黒く大きな眼から涙を流していました。
 ルリとキキョウは同時に言いました。
「ヒビキ、強くなったわね・な」
 ヒビキは泣きながら声を震わせて言いました。
『二人とも、何で目を閉じているのに俺をわかってしまうんだ』
 ルリとキキョウはニッと笑ってただ一言。

『当たり前でしょ・当たり前だろう?』

saku 2015 kirin

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