わかやまねんりんピック 顛末記

11月9日晴れ 晴れ

箕面観光ホテルを早朝7時過ぎに出発、2時間かけて開会式場の紀三井寺公園陸上競技場へ向かった。日本晴れの申し分ない一日だった。

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14時半から和歌山県立体育館で合同開始式(ゲートボール、テニス、卓球)。重複するようにも思えたが、選手の高齢者等の表彰の為やむえざるセレモニーなのだろう。おかげで宿舎休暇村紀州加太に着いたのは夕方になっていた。急傾斜をぐるぐるとバスは登っていたが、まさかあんな小高い山の頂上にあるとは分らなかった。

風呂場の露天から眺望する湾内の景色は島々が場バランスよく点在して、深呼吸して感嘆した。絶景の夕日、夜空の月の光に照らされた湾内は神秘的なものだった。

11月10日 日曜日晴れ

ねんりん本番の試合が10日(日)11日(月)と行われた。朝6時45分バスで出発。和歌山市立つつじが丘テニスコートまで15分。山と海で囲まれた和歌山県の大会テニスコートは、小高い丘の上、そこには出来立てと思えし真新しいテニスコート。小高い場所にはこれまた立派なアーチ状の建物の中に4面の室内コート、屋外に4面、近くにあるクラブハウスからエレベーターで降りるとそこには12面のテニスコートが広がっていて、合計20面のコートが用意されていた。
7時50分から10分間の練習は室内コート横の13番コート。8時半より1試合目が行われた。相手は宮城県。
一つのグループは4つ(宮城県、熊本市、徳島県、東京都B)でリーグ戦各3試合を行うのだ。

相手は宮城県70歳代のぼくたちが第一試合、4ゲーム先取の33タイブレークで行われる。31とリードして行けると思ったのが大間違い。それからぼくのミスがあったりで33タイブレーク。流れは相手にあり、26で万事休すから56まで追い上げたが、ぼくのリターンがベースラインを割って57初戦敗退。残すは60歳代の女子と60歳代の男子の2試合。

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60歳代の男女が2勝上げてくれて21で宮城県に勝利。2試合目は東京都B、東京は強いというイメージがあり、又もぼくたちが落として、つづく60の女性も落として02。男性60が頑張り結果は12で負ける。
最後の徳島県との対戦は隣の14番コートへ移動して行われた。そこでもぼくたち70は負けて、つづく男女60にプレッシャーをかけていた。ここも60男子が勝ち、12で敗れる。

明日は決勝トーナメントは4位か?

11月11日月曜日晴れ

決勝戦トーナメントは4位グループと思っていたら3位グループとなっていた。本音は4位グループを期待していたのだが。

昨日とほぼ同じパターンで宮﨑県との初戦は8時半から始まった。
宮﨑県には負けられないと、気合を入れていたのだがぼくたち70は又も敗退で通算4連敗。女子も頑張るも負け、60男子も逆転で負けて03。トーナメントも初戦敗退という汚名をいただいていた。

熊本県が始まりそうだというので応援に行く。エレベーターで下のコートへと行くと、強風の上のコートと比べると比較的穏やかな風に思えた。熊本県も善戦したが3連敗で初戦敗退する。

早く終わったので午後はわかやまねんりん、おもてなしのバス見学に出かけた。淡嶋神社と深山砲台跡へ。

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(淡嶋神社 鳥居の中から遠方、丘の上に見えるのが休暇村紀州加太)

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ねんりん和歌山1日目

金曜日 晴れ

ねんりん和歌山出発。

熊本駅から新幹線で新大阪駅へ、バスで箕面市へ温泉旅館に宿る。

夜の部、かく代表の紹介、そして宴会のあとはそれぞれの代表が、カラオケなどでにぎあう。(携帯より)

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シニア 熊本県オープン大会 明日からねんりん和歌山

木曜日 晴れ

おだやかな秋日和続く。

運動公園CDコートで熊本県シニア連盟第2回熊本県オープン大会行われた。出るつもりなかったけどK氏より声がかかり出かけた。

年齢別5歳刻みで女子は50から70歳、男子は60から80歳

参加者男子25組 女子24組 参加者98人

80歳は4組 2勝1敗で準優勝ということで終わった。

沖縄を除いた県から参加しており、天気にも恵まれて、和気あいあいのひとときを過ごした。

明日からねんりん和歌山へ。

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娘を空港へ送る  試合の思い出

火曜日 晴れ

今日も秋晴れの日。午前中結婚式出席の為、帰っていた娘を例のデイズで空港へ送る。歳月人を待たず、あれから十余年の月日が流れているのに、ほんの昨日の出来事に思えてしかたがない。しかし大学生に成長した孫娘を見るにつけ、自分の「八十寿」という現実に観念せざるを得ない。

二回目の壁打ちに行くと、阿蘇山は黒い煙を吐いていた。噴火したのだ。

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先日のグラスコートベテランはfujita氏が優勝していた。おめでとうございます。ベテラン全日本テニス選手権80も優勝していたので順当な出来事には思えた。

彼とは75歳になりたての頃決勝戦を戦い負けたことが記憶に新しい。2015年の全日本ベテラン1回戦でも対戦してその時は勝たせてもらっていた。

彼はしばらく体調を崩したらしく低迷していたが、すっかり回復して活躍している。一昨年は全日本80ダブルスでも優勝していた。

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若手 トップスリーの牙城はけわし

月曜日 晴れ

昼からチャリで15分くらいの橋桁の壁打ちに出かける。ホームコートを休会したのでしばらく、いやずっと橋桁に出かけることになるかもしれない。右手でのサービスの練習1時間余。風が強くなったのでやめる。橋桁の下から眺める久しぶりの阿蘇山。白い煙を吐いて秋空に染まっていた。

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スイスインドア1000。決勝戦はフェデラーVSデミノー。豪州若手のナンバーワン、デミノーは横綱に胸を借りる勢いで頑張っていたが、ストレートで負けていた。まだフェデラーの敵ではなかった。

フランス1000の大会。決勝戦はジョコビッチVSシャポバロフ。カナダ若手のナンバーワンであろうシャポバロフ、ナダルの棄権で1000の大会初の決勝の舞台に立つ。晴れがましく気負って見えたが、デミノーと同じく胸を借りる戦いをして、同じくストレートで負けていた。

今年は若手台頭の年だったが、いまだ一歩抜きんでる選手は現れていない。ズベレス、メドベージェフも不安定。来年はトップスリーの牙城を破る選手が現れることを期待したい。

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全日本テニス選手権 野口莉央初優勝

日曜日晴れ

寒からず暑からず秋らしいおだやかな天候が続いている。ホームコートは10月末で半分の敷地、クラブハウスと外の2面と屋内3面となって11月から新たに発足した。外の4面と壁打ちなくなっている。

縮小してどれくらいテニスが出来るか分からないし、4面のコートを始末して宅地にする工事を見るのもつらくて、11月は休会している。

全日本テニス選手権男子は、第6シードの野口莉央が第3シードの清水悠太を63 64のストレートで破り、優勝を果たした。野口選手は北九州出身だという。

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今日は全日本剣道選手権もあっていた。優勝は29歳の國友錬太朗(福岡県警)過去2回決勝戦で負けていて3度目の挑戦、福岡ということもあり応援していた、延長戦になってこてをとり、学生剣士を破りめでたく優勝する。3度の挑戦で敗れればショックは計り知れないだろう。2連覇していた地元のたしか西村剣士?の名前はベスト4になかった。

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全日本テニス選手権 本玉真唯(20)初優勝

土曜日晴れ

朝焼けの空を仰ぐと、飛行機雲大きく残してジェット機東の空高くへ飛び去って行った。

そして夕焼けもきれいだった。

BSの番組表見ていると全日本テニス選手権大会の女子が行われることがわかり、視聴予約する。

本玉真唯(20)vs秋田史汎(29)

秋田選手には見覚えがあった。二年前の決勝で敗れると解説があったので思い出す。女性には失礼かな、精悍な顔つきで鍛えられた筋肉が目についた通りに、ショットも力強かった。ファースト、出だしに秋田選手はブレークを許して、ひ弱に見えた本玉選手はのび盛りの強い選手なのかなと思ったりしていた。だが秋田選手はすぐに追いつき終盤にはブレークして64で取っていた。力強いショットとサービスでミスも少なく、秋田選手は二回目にして優勝できるのかなと思っていた。力ずよいサービスも要所要所で決めていた。

29歳の秋田、今回逃せばもう優勝することは大変だろうと、どうしても彼女を応援していた。二十歳の本田はまだあどけなさを残して、粘りのストロークで互角に戦っていたが、パワーは秋田がまさり、セカンドもこのペースで行けばと思っていた。しかしセカンドに入るとミスが多くなり、サービスも何故かいまいちになり、本玉は走り回ってボールを繋ぎ、甘いボールには積極的に対応していた。ひろいまくる相手に強打で打ち取ろうとする秋田、最後にはポイントを奪われ16で落す。

ファイナル、23になるサービスゲームを長い長いジュースで落として14となると秋田は瀬戸際に立たされていた。秋田は最後の力を絞って食いつこうとしていたが、しぶとく返球してくる本玉にお手上げの状況、ポイントは相手に集まり16で敗れていた。64 16 16で秋田は念願の優勝を逸していた。

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勝利が決まると本玉は両手で顔を覆い泣きそうになり、そして両手を突き上げて喜びを表した。秋田は憮然とした表情で握手をしていた。表彰式でマイクを渡されて、話そうとして声が詰まって涙、2年前の決勝戦を思い出したのかもしれない。

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グラスコートベテラン 2回戦カンパイ

木曜日 晴れ

おだやかな秋日和が続いている。風もなく絶好なテニス日和だったが、テニスにならなかった。06 36。

したくない相手とまた対戦するのかと思うと気が重かった。戦い終わったあと笑顔でお互いの健闘をたたえ合えるような試合をしたい。ところが手の裏を返したように、態度が急変していたのでかえって気持ちが悪かった。ベーグルで取ればそうなのかもしれない。もし接戦になっていれば、途中からジャッジも豹変していたに違いないと思う。
この齢になってこんな人とは、二度としたくないと思っていたのに、春の大会に続いて今大会でもかと、ドローを見たときガッカリしていた。

昨日今日と振り返ると、ファーストは上からセカンドはアンダーからでは通用しないことだった。どじょうがおるかと、今日も左で打ってみたが、昨日より威力もなく通用ぜず、腕に違和感を思えたのですぐに止めていた。右手でのサービスの練習、セカンドも上から出来るように工夫して頑張ってみたい。

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グラスコートベテランテニス選手権大会1回戦勝利

水曜日 晴れ

年に一回のローンコートの大会、いつも楽しみに出場していた。しかし肩を痛めて以来、この23年出場していない。利き腕左でのサービスは諦めて右腕でのサービスを練習中で、ランキングからいって厳しいかと思っていたが、とりあえず申し込んでいたら、ドローに名前があって嬉しかった。ファーストは上からセカンドはアンダーサービス、今のぼくはそれが精一杯。それがどこまで通用するか、試しておきたかった。

10時から試合開始、グラスコート佐賀テニスクラブには2時間余、8時半ごろに到着。早速オーダーボードを見に行くと、何とセンターコートに名前があって、またも嬉しかった。センターコートといっても少しの土手があるだけだが、独立しているので、隣のコートからボールが入ることがないのがメリットなのだ。

相手は東京の選手、名前は見たことがあったが思い出せなかった。ぼくとおなじ、バックの両手打ちが得意な少しへんそく選手だった。

ファースト63で取る。上からのサービスの確立悪く、アンダーサービスに相手はほんろうされていた。セカンドになるとアンダーサービスになれて、前づめされてこちらがほんろうされ始めた。44まで行ったが、相手の執念がまさり46で落していた。

相手の流れになっていた。上からのサービスがようやく入っても、相手の打ちごろになり、上からも下からもポイントを取るのは厳しくなっていた。トイレブレークを取り、道中考えた。左手のサービス、軽く素振りをすると痛みが遠のいているのに気が付いた。これで勝負してみよう。

ファイナルは10ポイントのスーパータイブレーク。ほんとうに久しぶりの左腕でのサービス。痛みがはしるかと心配したが、ゆるく打つ分には問題なかった。ぼくは久しぶりのサービスでポイントを取り、相手は戸惑ったのか、ないミスを続けていた。80となっていた。ぼくは勝利を確信した。81 82 92 93  103。作戦は成功して勝を拾っていた。

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八千草薫88惜しまれて逝く  明日からグラスコート大会

火曜日 晴れ

清楚で誰にも好かれていただろう八千草薫。ぼくの一番の記憶に残るのは、高校時代のもう半世紀以上前の昔の話。

四五人で電停まではかなりの距離を、ときには雑談しながら下校していた。当時の驚きのニュース、八千草薫結婚。相手が映画監督の谷口何とか?、歳の差のある男と結婚したことが話題になり、それに憤懣やり方ない男がいた。肩幅の広い男で柔道をやっていたのかもしれない。

その男がそんなに猛烈な彼女の大ファンであることに驚いていた。当時、彼女は25歳くらいの女盛り、よりによってそんな爺さんに口説かれてしまったのがくやしかったのだ。その当時の若者は、大なり小なり同じような気持ちだったに違いない。
遠い遠い思い出。

ぼくたちも80になった。彼女は88で逝ったのだ、もっと年上だったと思っていた。

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カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 21:04 | コメントをどうぞ