肉弾戦のラグビーはサッカーより魅力あり

火曜日晴れ

今日も穏やかな一日だった。孫娘と前の道路でバトミントンで遊ぶことしばし。

夜のBSでラグビーの対南アフリカ戦、3名の活躍した選手の解説付で2時間、ぼくも初めてつぶさに観戦して狂喜してよろこびをあらわにしたことがようやく理解できた。

相手の選手も一人加わり、試合進行の中での心の内を適宜にコメントしてくれた。負けるはずはないと戦っている相手チームが、真綿で首を絞められるように、接戦を強いられていたが、後半はパワーを見せつけトライ。7点差としてこれまでかと思うところから、ジャパンは信じられないような粘りをみせた。練習で積み重ねた連係プレーをはじめて大事な場面で使って鮮やかなトライをして同点とすると、客席はジャパンに声援、南アフリカは完全にアウエイであった。

ペナルティキックで3点を奪われたが、ジャパンは敵陣に迫り、ペナルティも同点は狙わず、モールを選択、ゴール前堅い守備人に波状攻撃を幾度となく仕掛けて最後に左隅になだれ込みトライを上げると、やおら試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

その瞬間誰もが信じなかった世界の強豪に競り勝っていたのだ。

・反省二日目

今年の1月になってランキングは7位から9~10位くらいを4月くらいまで続いていた。テニス仲間の女性二人が沖縄オープン国際ベレランテニス選手権(E)にでると聞いてからぼくも行きたくなった。2月下旬というに那覇空港降りたっての気温の違いに驚いていた。着ぶくれのぼくは2枚脱いで大きなテニスバッグに押し込んでいた。

75歳は9人のエントリー、1シードのぼくは初戦Byeで2回戦からだった。ランキングからいってぼくが断トツで優勝しておかしくないと勇躍であったが、3回戦で粘りもなく敗退していた。いまならまさにがっくりポンのできごとでかなりのショックでした。おかげで観光は出来たのだけれど。

今思えば体力がなかった気がする。だが、その時そんなふうには思わなかった。

4月上旬に行われた九州毎日選手権は、宿敵とおもえし選手を3回目にして圧勝してベスト4へと進んだ。一度対戦して見たかった2シード選手との試合はなんとセンターコートにセッティングされていたので驚いた。センターコートは1シードの試合とか優勝戦とかをメインとして使われいる。

あこがれの選手にどこまで通用するのか、できれば苦しめ接戦に持ち込めればと胸算用は胸算用で終わっていた。雨上がりの人工芝のコートはボールは弾まず、苦手としていた。ぼくのボールは相手の打ちごろになっていたに違いない。フォアもバックもさく裂して一方的に終わっていた。こんなに通用しないのかと、前の日の圧勝に気をよくしていた矢先だけに、落胆は大きかった。

(コンコルド広場)

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(オペラ座)

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カテゴリー: 日記 | 投稿者ていちゃん 22:23 | コメントをどうぞ

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