台風24号九州北部をかすめて

火曜日、曇り、小雨 風あり。

昨日は終日メンテナンス(塗装の補修)で疲れ果てるがベルトで腰はガードしていた。13時からのレッスンを終えて台風影響の風は若干あったがストロークとダブルスワンセット楽しむ。全日本ベテラン75歳代は九州勢が単複優勝した。

ダブルスは仲間のK氏、シングルスは北九州のA氏だった。A氏とは5月の北九州トーナメント70の決勝で対戦、ファイナルのスーパータイブレークで接戦を制した記憶がなつかしい。

 

 

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祝盃

土曜日、晴れから曇り。
今日も終日テレビ。将棋、ジャパンオープンダブルスの決勝戦、女子日本オープンゴルフ、テニスのシングル決勝戦とチャンネルを切り替えながら多忙な時間を過す。
圧勝と思われた宮里美香、一昨日は8打差、昨日は5打差つけていたのにチャンネルを回すと、2打差でアップアップしていた。一緒に回っていた若手の菊池絵理香がのびのびと、いつの間にか一打差で首位が入れ替わりそのまま行くかと思われた。

しかし最終ホール18番では又も1打差で美香が首位に立つ。ロングホール3打目、絵理香はバーデイチャンスにつけ、美香のボールは下りの厳しいラインにあり、無理をするとボギーもと解説していたくらいの場所だった。地元のキャデイと思しき男はライン上を指さしてアドバイスをするなど、めったに見られない光景もあった。誰もしずめるとは思わなかったはずのパターからゆるく放たれたボールはゆるゆると転がり転がり込んだ。その瞬間美香の優勝が決まった。驚きの表情からほほにつたわる涙をサングラスを外して指でぬぐった。

http://www.okinawatimes.co.jp/pdf/20131006G001.pdf

ジャパンオープン決勝戦、デルポトロがラオニチを76(7)75で下し優勝した。

夜、水前寺公園近くの居酒屋で全日本ベテランテニスでのダブルス優勝のK氏らとひと時を過ごす。

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ジャパンオープンと全日本ベテラン

木曜日、薄曇り、中国から公害物質が流れてきたのか。

ジャパンオープン錦織圭、獅子奮迅の戦いでベスト8。明日はアルマグロ選手、ダブルスでブライアント兄弟を破っただけに乗っている気がする。昨年の覇者錦織とは初めての対戦だそうだ、どんな戦いをするのか黙って見ていよう。

並行して全日本ベテランテニスが名古屋で行われている。脱落の仲間もいるがダブルスで決勝戦に進んだ仲間がいる。

 

 

 

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パークドームで応援

月曜日 曇り小雨。

パークドームでシニア連盟の九州各県対抗戦、団体戦が行われ、佐賀の親父さんが出るというので、応援に出かける。グラスコートベテラン大会では単複とも応援に来てくれていたのだ。北九州トーナメントで戦った選手も北九州市代表で参加しており、県外の顔なじみの方と会話を楽しんだ。

http://youtu.be/zrGVoG49c3I

 

 

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三度目の正直 八代オープンテニス

日曜日、曇り。少し小雨あり。あーちゃんの宇佐神宮行きバス旅行を近くまで送って、8時半八代スポーツコミュニティ広場へナビの案内で出発した。11時集合とケイタイがあったので1時間前到着と予想していたが、30分早く着き、待つこと待つこと、なんと13時大きく過ぎてコートに入るはめとなった。

ベテラン50歳以上は6名のエントリーで3名ずつ二つのパートに別れてパートの1位同士での決勝戦。 ぼくは過去2回この大会に参加した。2007.10.21のときは3位で、翌2008.10.5の折は決勝で敗れたほろ苦い思い出がる。

来週から始まる全日本ベテランがだめになったとき、急きょこの大会に申し込んだ。あれから5年が経過している。としふり体力はまさったとは思わないが、テニスは上手になっているかもと、それを確かめることにした。

ぼくの初戦は1試合目を61で勝利していた66歳の佐賀の選手。ぼくは最初負けた人かと勘違いしていた。なにせ佐賀の対戦相手の選手はミスはあるものの、52歳の若さがプレーに現れかっこよくガンガンと決めていたからだ。負けた人にしては球がいきているなあと不安がやどっていた。あの二人は強かったのだ。

1ゲーム目の相手のサービス、ジュースノーアドをネットインでブレーク。キープして20。キープを許して21 31 41 51 52 62で勝利はしたが、大事なノーアド2本にネットイン等の運があり、大事な場面でぼくに女神が輝いていた。

2試合目の相手は52歳という、ナダルのイメージでやっているという、チャンボールはジャンピングショットで一発で決める。序盤にワンブレークして後は互いにサービスキープであったが気持ちの上では思い切りのショットに不安を感じていた。何度一発で仕留められたことか、ぼくが62で勝利した佐賀の選手が61でやっつけたのが信じられなかった。相性だけでは済まないものを感じていた。43でぼくのサービスをブレークされ44。やっぱりきたのだ。ナイスショットもある反面、イージミスに助けられて何とか接戦に見えた。勝を意識したのか相手はミスを多発して54とブレークしてぼくのサービングマッチ、必死で頑張り物にして64で勝利したが、逆転されてもおかしくなかった。

決勝は2008年の決勝戦で負けていたTOK氏、ぼくからのサービスで10 11ブレークして21 31くらいまでおぼえている。相手がいつものように粘ってきだした。攻撃しないと5年前の再現となる。バックを攻めて前に出るとスライス気味のボールでストレートを何度も抜かれてヤバイ時間帯もあったが、52から53となってぼくのサービスを必死でキープして63で勝利した。リベンジを果たした。もうこの会場に足を運ぶことはないだろうと思った。

 

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終日喪に服す

土曜日、晴れ。 あーちゃんは朝から歩こう会に出かけて、夕方までひとりだった。今日はコートへ行く気にならなかった。 さだちゃんの急逝の報にはじくじたる思いもあった。今日は夕方の通夜まで家で喪にふくそう。 新聞の報告欄に「都山流尺八演奏会 日時・9月29日13時開演 場所・市男女共同参画センター、主催 日本尺八連盟熊本支部 入場料 無料」をスクラップしてから「日本尺八連盟」のパソコンで調べた。 こんな団体があったとは知らなかった。中尾都山の宗家が牛耳っていると思っていたが、改革開放の波があったのだろうか。

久しぶり一週間ほど前尺八取り出してよく見ると、かすかにひび割れているのに気がついた。あーぼくと同じようによる齢に竹もかなわないのだ。けしていい音色は出してくれなかったけど、尺八はこれ1本しかない。音が少しは悪かろうとたまには吹いて見たい。ぼくはビニールテープで二か所力一杯巻き付けていた。

ぼくはその尺八を取り出して、うん十年前の確か「吾子恋慕」(あこれいぼ)?の薄汚れた譜面を取り出し、さだちゃんを頭に置いて吹いていた。まともな音はでなかった。ひび割れのせいにしたかったが、長いこと手にしてなかったから当然のことだった。でも吹き続けた。親が子を慕うのも、子が親を慕うのも同じだろう。

その内少し音が出だしたが、吹けば吹くほどかすれ出し曲の大事なよくようはなくなっていた。音は満足に出なくてもおかげで暗譜するほどになっていた。

会社に遅刻すまいと電車の前を走って横切り、車と衝突して死んでしまった同好会の会長の愛息。東大卒の入社まもない将来を約束された御曹司だったかもしれない。その会長の思いを察して作られたのが「吾子恋慕」だった。九州では、いや全国区だったかもしれない九州在住で親交のあった筝曲の先生の作曲だった。

 

002-130928家族を見守ってくれて

 

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テニス仲間の訃報

金曜日、晴れ。風穏やかで、陽ざしもまあまあ秋の気配。

HG氏から四五日前メールが届いてよかったら9時からお願いしますとあった。低血圧のぼく、早朝は動きが鈍く苦手なのだが、いたし方なく出かけた。エルボーで左ひじは痛いし腰痛などで満身創痍なのだがテーピングなどで何とか持ちこたえている。いつもは苦戦しているのに、2セット運よく何とか勝たせてもらった、ラッキーといえよう。終わって久しぶり屋内で好敵手と男ダブルスを一つしてシャワーを浴びた。昼は例のラーメン屋でキムチをしこたまバリバリと食べ、それから近くの整体で体を癒す。

横浜のTUCHI氏から「祝優勝」と遅まきながらメールが届いた。自分らも11月から始まるグラスコートベテラン(35歳から55)に出場するとあつた。

訃報あり。さだちゃん(さだこさん)が亡くなったと携帯が鳴ったのでびっくり。聞き間違いかと再確認した。昨日もクラブハウスで姿を見かけた気がしている。体調が悪いらしくテニスも控えめにしていたのは散見していた。大きな病院、日赤なんかで見てもらったらと話したのは2か月なるだろうか。そのつもりでいたようなのでフォローはしていないが、診てもらったのは間違いないはず、それなのに唐突のこの知らせには、もっとやさしい言葉をかけてやっていればと、後悔がのこる。自慢の息子が東京で工藤なんとかという歌手のバックバンドのドラマーでテレビ放送があるときは知らせてくれたりした。旦那とは早く死に別れて、人のいいやさしい人だったと語っていたのを思い出す。今頃は旦那さんと逢っているのだろうか。合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

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田舎での墓参り

水曜日、晴れ。明日からちょっぴり気温が下がるそうだ。

次男が墓参りに行きたいという。8月の盆にその話を持ち出したので、お盆にはお墓はからっぽだから、気候が良くなってからでどうかと、忘れることを期待したのだが、彼岸になると日にちを指定してどうですかと言う、それが今日だった。 みずから墓参りしたいというのは殊勝な心がけで、親としては感心すべきことであろうとじくじたる思いもあった。

周防灘に面した片田舎。車で7時半に出発して墓地に到着すると12時になっていた。父親と息子とは無口なもので、車の中でもしばらく沈黙が続いていがその内息子がいろいろ質問してきた。そういえばぼくのルーツなどはほとんど話していないことにようやく気がついた。厄年になろうとする息子、子供も二人出来てそんなことを考えていたのかもしれない。

ぼくはいつの間にか饒舌になって一生懸命話し出していた。 とりあえず通りすがりにあるぼくの生誕地、むかし石炭とセメントで栄えた町、香春岳のふもとの屋敷跡に案内した。なぜぼくの父親がこんな田舎町で写真館を営んだのか、その父が終戦の年に亡くなり、追い立てられるようにして墓のある田舎に戻り、そこで祖父の持っていた土地の一角に小さな家を建て、2反ほどの畑と、見よう見まねの写真を写して、親子4人生き延びてきたことなど、時間は十分にあったので知る限りを車の中で話していた。

幼児の時何度か連れて行ってはいたが、記憶は朧のようで様変わりした風景と、むかしのたたずまいを残している場所を案内したりして、何軒かの親戚にも訪れた。

帰りは有料道路、高速を最大限に利用したつもりだが3時間かかっていた。

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アスパラ

火曜日、晴れ真夏日。

H氏と9時半から2セット、取れそうなゲームを全て落として、ネットインは相手に有利となり、あがいても流れは変わらなかった。セットカウント02。

13時からレッスン、左ひじのエルボーが痛みテニスはすべてすっきりしない。

両手打ちしているのに原因はなんだろうと首をかしげている。

デポーの帰り、田んぼの中道をチャリで行くとハウスの道際に無人の販売小屋がりアスパラが置いてあった。束ねて100円、3束、かけてあったビニール袋に入れて300円を筒の中に落としこんだ。

パソコンで調べたレピシの一つ。フライパンでゆっくりとアスパラに焦げ目がつく位焼いてから皿に移して、オリーブオイルと塩をかけて食すとビールのつまみにピッタシと思えた。

 

 

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テスト

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送信。

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