母さん
お久しぶりです
元気にやってますか?
僕は相変わらず元気にしています
そちらはもう春の暖かさを感じることも
多くなってきたことでしょう
東京も道端の雑草たちが、にわかに活気付いてきたようです
お便りするのは去年の10月以来ですね
今も調布校で楽しくやっています
お客様もほとんどがいい人です
それは、まあ、何百人かいれば
何だこいつは・・!?みたいな人も中にはいます
今日はレッスンをしていてひょんなことから
母さんを思い出しました
母さんはいつも言っていましたね
「ピンチのときこそ全力で立ち向かえ」
父さんが死んでしまった後も
母さんはそう言って働き続けていました
男3人の子供を女手一つで大学まで通わせてくれました
いつも明るく弱音など一切吐かず
どんな逆境にも真正面からぶつかっていました
僕は大きくなる度に、
年を重ねていく中で、
そして今もなお思い知らされています
母さんが顔色一つ変えずしてきた
「ピンチのときこそ全力で立ち向かえ」
ということの難しさを
それはテニスでも
それは人生でも
あー、人はどうしてこうも目の前のことから
目を背けてしまうのだろう
どうしていとも簡単に自分に言い訳をしてしまうのだろう
ということが何度も何度もあったのです
このピンチは自分のせいではない
とりあえず逃げておこう
時間が(誰かが)解決してくれるだろう
そんな定型句がいつも僕の頭にはストックされているんです
母さんのような人は他にはいないのだろうと思っていました
いました
調布市飛田給にその存在を確認したのです
若くて綺麗なお客様なのですが
いや、それは少し言い過ぎました
レッスンをしていたのです
バックボレーの守備がテーマだったのです
至近距離から打たれた足元へのボールを
何とか返すというものです
テニスではこれ以上考えられない逆境です
絶体絶命といってもいいでしょう
そんな状況ですので
当てて返すことを考えましょう
と言って、皆さんにレクチャーしていたのです
「ピンチのときこそ全力で立ち向かえ」
そう言う母さんからしてみれば
いささか疑問を感じられるかもしれません
しかし、どうもこうもしようがない
といった状況なわけです
僕たちからすれば
その人は違っていました
僕がバシッと近くから打ったボールを
あろうことかフルスイングしてきたのです
母さん
考えられますか?
A元に来た あ、足元に来たボールを
バックハンドでフルスイングです
そうです
彼女もまた母さんと同じように
「ピンチのときこそ全力で立ち向かえ」
という矜持を持った女性だったのです
前回のお便り、覚えているでしょうか
フォアハンドの練習の時に
左バッターの篠塚を例に出してきた方です
やはり左バッターだったのでしょう
僕が左足近くに打ったボールを
「内角低め!するどいストレート!」
とでも思ったのでしょう
フルスイングを繰り返していました
しかも驚くべきことに、放たれたボールはコートに収まるのです
母さん
やはり僕が未熟だということですね
この世には、まだ僕が知らないメカニズムがたくさんあるということです
しかし、僕も自分の仕事があります
全うしなければいけません
「フルスイングはいただけません」
「守備なので当てるだけにしましょう」
母さん
さあ、僕を叱ってください
僕はどうしてそんなことを言って彼女を傷つけてしまったのでしょう
次のボールです
その方の足元にバシッとボールが来ました
フルスイングしたかったことでしょう
しかし、彼女は僕の注意などを守り、
ギリギリのところでスイングを止めたのです
その両足はつま先立ちになり
小刻みにプルプル震えておりました
小鹿でした
彼女は小鹿になることで
自身のフルスイングを止めてみせたのです
ハーフスイングのラケットに当たったボールは
力なくネットにかかりました
そのボールが泣いているように見えました
彼女もまた泣いているようでした
サングラスの下から頬を伝っていたのは
まぎれもなく涙でした
悔しかったことでしょう
母さん
さあ、僕を叱ってください
僕が間違っていました
僕に誰かの、
彼女の全力をやめさせる権利などあるはずもないのですから
母さん
「ピンチのときこそ全力で立ち向かえ」
僕は過ちを犯しました
でも、まだやり直せるよね
このピンチだって全力で真正面からぶつかって
乗り越えてみせるよ
明日から
「私が足元にバシッと打ちます」
「皆さんはそれをフルスイングで返球してください」
母さん
僕、間違ってないよね
では
三寒四温の季節が続くとのこと
くれぐれもお体ご自愛くださいますように
花粉舞う東京より
亮