王といえども叶わぬ存在とは

昨日の夜に観たフェデラー対錦織の試合は、久しぶりにフェデラーの底力を見せつけられたという感じでした。

フェデラーの身体を見るとかなりトレーニングを積んで、いわゆる良く絞れているという印象を受けました。

かなりのハードなフィジカルトレーニングをこなして無駄のない絶好調の身体状況なのだろうと思います。

それを裏付けるかのように昨晩のフェデラーのコートカバーリンで魅せたパフォーマンスの高さはこれまでみた試合のなかで最高という場面がありました。

それはセカンドセットの何ゲーム目か忘れましたが、錦織のフォアハンドストロークがコーナー深くに突き刺さるように入りそれはノータッチエースとなってもおかしくない快心のショットでした。

しかし、フェデラーはそのボールに追いつき錦織のコートに緩めですが深く返しました、そのボールを錦織はガラ空きとなったダウン・ザ・ラインに打ち込んだところで誰しもがこれで決まりだなと思いました。

ところがフェデラーは猛然とそのオープンスペースのカバーに走り、ネットに詰めて来た錦織の足下に低く返球する余裕すらあって驚かされました。

そして誰よりもその信じがたいコートカバーリングの素早さに驚いてしまった錦織は低めに来たボールをボレーミスしてしまったのでした。

ご覧になられた方はきっと「あぁ、あの場面だな!」と納得されているでしょう。

あれは正しく「神の手を持つ男」ロジャー・フェデラーならではのプレーだったと思います。

そして昨晩のフェデラーは「神の手を持つ男」というより「テニスの神」そのものだったのではないでしょうか。

我らが新しいテニスの王となった錦織選手ですが、いかに王といえども「神」には叶いません。

だから錦織が次に目指すべきはテニス王の地位に甘んじることなく、テニスの神様フェデラーと同じ神の領域に向かうことです。

来年はきっと「錦織テニス神社」なんてものが日本に出来るのではないかと密かに期待しています :01 スマイル:


カテゴリー: 未分類 | 投稿者fresco 23:20 | コメントをどうぞ

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